第2話【南郷財閥総帥、南郷隆夫】
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二階堂祐輔のお通夜の日。英子は突然の出来事に父の死を完全には受け入れることができずにいた。
英子の母である二階堂サエと姉の美津子はすでにこの世にいない。父祐輔までもが逝ってしまった。英子が悲しみに暮れるなか、風岡翔一郎と富雄と早苗がそばにいた。葬儀には祐輔のかつての大学病院時代の知人、友人が数多く参列している。そのなかに祐輔の大学時代からの親友で南郷財閥の総帥、南郷隆夫とその息子、隆之の姿があった。祐輔と隆夫は以前同じ大学病院で供に働いていたが、祐輔が個人医院に移った後も親交を続け、英子のことも幼いころより知っていた。
葬儀も終わり参列者もまばらになっている。隆夫は英子と風岡のいるところまで行き悔みを述べた。
「英子さん、突然のことで何と言っていいのか。無念でならない……。祐輔君は私にとって特別の存在でした。学生時代共に学び、励ましあい、時には喧嘩したこともあった。彼の優しさ、温かさ、そして強さに、私がどれだけ勇気づけられたことか。考えてみれば親友といえる人は祐輔君だけだったように思う。本当に残念です」
「はい、今でも父が死んだなんて信じられません。私をかばって……。うぅぅ」
思わず肩を震わせながら嗚咽を漏らす英子。隆夫は英子を慰めようと肩に手を置こうとするのだが、英子の心の無念さに触れると、何も言えず黙りこくってしまった。しばらく二人の間に沈黙が続き、隆夫はやっと口を開く。
「英子さん、あなたが看護学校を受かったことは祐輔君から聞きました」
目頭を押さえながら深々と頭を下げる英子。
「祐輔君は低額医療を志して大学病院を退職し現在の医院を経営しておられましたね。大変素晴らしいことであると思います。しかし、医院経営は一筋縄ではいかない。お父様が亡くなられて経営や家計は厳しくなるでしょう。場合によっては英子さんは看護学校進学をあきらめねばならない状況になるのではないかと心配しています」
そばにいた風岡が心配そうに英子を見つめている。言いづらそうに話しを続ける隆夫。
「英子さん、これからのことなのだが、もしよかったら、私から援助をさせていただけないだろうか?」
驚く英子。思いもよらない隆夫の言葉に顔をあげこたえた。
「ありがとうございます。大変恐縮なお申し出に感謝いたします。しかし、申し訳ございませんが南郷さんに頼るわけにはいきません。今まで通り義兄と子供たちと一緒に力を合わせて生活していこうと思います。父がいなくなった今、今回の進学は諦めようと思います。医院のお手伝いをしながら少しずつ学費をためて、時間はかかりますが生活が安定してから看護学校へ進学しようと考えております」
南郷隆夫からの突然の申し出に戸惑う英子であったが隆夫からの援助を丁重に断った。隆夫が続ける。
「英子さん、私は亡くなられた祐輔君とは学生時代からの親友だ。南郷家と二階堂家とは家族同然の関係であると今でも思っている。祐輔君からはあなたが幼いころからの話はよく聞いていた。祐輔君がいなくなった今、祐輔君の娘さんには将来の希望を持ってもらいたいのです」
「私は自分の夢を捨てたわけではありません」
隆夫を強いまなざしで見つめる英子。隆夫の言葉にも少し力が入る。
「英子さん、今のままでは看護学校に進学するまでおそらく何年もかかってしまう。学費とそれにかかわる費用、生活全般について援助をさせてもらえませんか?」
「そんなことできません!」
頑なに断る英子であった。しかし隆夫は親友の死を一時的な悲しみだけで終わらせたくない。隆夫は祐輔に代わって英子の将来を支援すると堅く決意しているのである。
「分かりました、英子さん。それでは、援助ではなく”貸与”という形ではいかがですか? 英子さんが学校を卒業した後で、ゆっくりと返していただければいい」
英子は、はっと覚めるような目で隆夫を見た。隆夫が続ける。
「英子さん、あなたを助けることは、あなたの父祐輔君に対する私の切実なる友情の証でもあるのです。どうか私の気持ちを受け止めてもらえませんか。お願いします、英子さん」
隆夫が慈しみに満ちた表情で英子を見つめる。英子の目から大粒の涙がこぼれだす。
「そんな、私のためにそこまで……」
「もうひとつ提案があるのですが、通学は英子さんのご自宅からだと2時間以上もかかる。お子さんたちの世話も心配でしょうが、うちの使用人を派遣させるので学校を卒業するまで私の家から通われたらどうですか?」
「いえ、私は実家から通学……」
英子が自分の思いを言いよどんだ時、二人の会話を聞いていた風岡が話しかける。風岡は南郷の真摯な意図を素早く飲み込んだようだ。
「英子ちゃん、子供たちのことは心配ないから、看護学校へ通ってほしい。これは亡くなられた義父さんの思いでもあるんだよ。子供たちの世話は南郷さんのご好意で使用人の方を派遣してくれるんだ。だから心配ないよ」
英子を見つめる風岡の瞳の奥に深い慈しみの気持ちが宿っている。英子の心臓が少しだけ、きゅうっと締め付けられるような気がした。覚悟を決める英子。
英子は風岡と子供たちと離れたくなかったが、亡くなった父の思いを受け止めて、一日も早く看護師の免許を取ることが今の自分にできることであると自分に言い聞かせた。そして、隆夫の好意を受け入れることが、風岡と子供たちと幸せに暮らせる早道でもあると強く信じるのであった。
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