第19話【キジ狩り】
舞踏会のあと、南郷家ではいつもと変わらぬ日々が過ぎていた。英子は相変わらず学校の勉強と隆之専属のメイドの仕事で忙しい日を送っている。桜子は、隆之と英子が話をしているのを見かけると時折不満げな表情になったりするのだが、その時は決まってそ知らぬふりを装いながら平然としている。
そんなある日、いつものように夕食をとっているときに桜子が思い出したように口を開く。
「みなさま、今度の日曜日お天気もよさそうですしキジ狩りに行ってみませんか?」
「それはいい。久しぶりですね、僕もしばらくぶりに狩猟をやってみたいと思っていたところなんですよ」
隆之が嬉しそうに応える。
桜子の父・黒澤孝之助は南郷財閥と古くからのつながりがあり、時折狩猟やキャンプなど使用人を含めて家族づきあいのイベントを行っていた。黒澤財閥は青葉山、紅葉山、銀嶺山の三つ山を所有している。そのうち南郷家に一番近い青葉山は小規模ながらも狩りをするにはうってつけの山であった。標高はさほど高くなく、山頂付近は広い盆地状となっており、起伏に富んだ山沿いから少し下ったところに比較的大きな渓谷があり綺麗な水が流れていた。
今回のキジ狩りは黒澤財閥恒例のイベントではなく、桜子が個人的に実家所有の山へ招待したいということで企画したのである。隆之は久しぶりに猟銃を撃ってみたくなり桜子の提案を喜んだ。英子は動物を銃で撃つところなど見たくもないので気乗りしなかったのだが、隆之がしきりに英子を誘う。
「英子さんも行きましょうよ。たまには息抜きしないと」
「わたくしは狩りは苦手です」
「狩りはしなくてもいいんです。野原を駆け巡るのは楽しいピクニックになりますよ」
是非とも英子と山に登りたがっている隆之がうれしそうな顔をして話しかける。すぐそばから桜子も声をかけた。
「英子さんにはぜひ来ていただきたいわ。慣れないお屋敷のお手伝いばかりだと気がつかれてしまうでしょ? たまには山登りでもして自然の中で過ごすのもいい気晴らしになってよ」
少し困った顔をする英子なのだが、今は隆之専用のメイドという立場ということもある。気乗りはしないのだがお供することにした。そして桜子の提案でキジ狩りに行くことになった。隆夫と多江は仕事があるとのことで今回は参加しない。
キジ狩り当日、ハイキングの準備を整え、みんなで青葉山へと出発することとなった。隆之と桜子と英子、そして執事の藤原康造と使用人長の渡瀬トメ、鶴丸も一緒だ。南郷家から大型の車に乗っての移動となる。青葉山は南郷家から車で3時間ほどのところにあり、峠道を五つほど超えたところに山奥とは思えないくらい広大な開けた土地が見えた。車の中から見える山々の連なり、緑に覆われた森林に涼しげな風が吹き抜けている。
現地に着くと山の管理人である高柳栄作が待っていた。高柳は黒澤家で雇われている使用人で、山の管理を任されている。そのかたわら、猟師の仕事もこなしており、黒澤家がキジ狩りをするときなどは狩猟道具の用意など、もろもろの準備を担当していた。高柳が車から降りてきた桜子に深々と頭を下げて挨拶する。
「桜子様、ようこそおいで下さいました」
「高柳、お出迎えご苦労さま。本日はよろしくね」
「承知いたしました。狩りの準備はすでにできております。しかしまだキジが出てくるには少々早うございます。お車での移動の疲れもございましょうから、しばしご休憩なさるとよいでしょう」
桜子は腕時計を見て小さく頷く。
「わかったわ、ちょうどお昼時ですわね。狩りの前に腹ごしらえといたしましょう」
「昼食の場所はあの木の下がよろしいかと思います。どうぞ、ごゆるりと」
高柳は小高くなっている丘を手で示した。桜子たちが丘の上に向かうと、高柳はすぐさま狩場の隅に建てられた小屋に行った。キジ狩りといっても野生のキジを狩るわけではない。狩りをする人たちの用意ができ次第、頃合いを見計らって事前に準備したキジを野に放つのである。名目上は狩猟ということになっているのだが、実のところは裕福層の趣味として続いていた。
丘の上にある一本の大きな木に向かって歩みを進める隆之たち。使用人が用意した弁当を藤原と渡瀬が運ぶ。丘の上にたどり着いた。遠くから見えた木はクスノキであった。立派なクスノキが英子たちを待っていたかのように、その豊かな青々とした葉が風に揺らされて心地よい音が流れている。クスノキの下は柔らかい芝生で覆われており、程よい広さの平坦な場所となっていた。
昼食の準備を整えると、隆之たちはしばし目の前に広がった山々を眺める。緑に覆われた草原が広がりまるで絵画のように美しい。心地よい風と鳥のさえずりが心を和ませる。日差しが少し強く降りそそいでいるのだが、狩りをするには絶好の天気だ。山の景色を眺めながらみんなで食事をして、隆之は早々に食べ終わると楽しそうに猟の準備をしている。桜子が腕時計を見て、隆之に声を掛けた。
「隆之さん、そろそろキジが寝床の草むらから出てくる頃ですわ」
そのとき、草原の脇の方から高柳の声が聞こえた。
「桜子さまー! キジが出ましたー!」
みんな一斉に立ち上がり、声のする方を向く。すると一羽のキジがちょうど茂みの中から出てきて地面の上を軽快に走り回っている。キジは飛ぶよりも走るほうが得意だ。
「あっ! いたわ!」
桜子がキジの方を指さして叫ぶ。鶴丸が大喜びで「ワンワン!」と吠えた。鶴丸のリードを持って藤原がキジを追いかけようとする。渡瀬も急いで一緒に駆け出す。渡瀬の頭には、いつ着けたのだろうか、『解決! 使用人』と書かれた鉢巻が巻いてあった。藤原が少しあきれた表情をしながら横目で見る。藤原の視線に気がついた渡瀬が「何か私の顔についてますか?」と言い、藤原は『顔ではなくオデコですよ』と言おうと思ったのだが、何も言わず前を向いた。
猟銃は隆之だけ持っている。藤原と渡瀬との三人でキジを追う。鶴丸も先ほどから「ワンワン!」とふわふわな尻尾をおもいっきり降って大はしゃぎだ。
桜子は「私はまだここにいます」と言ってお昼を食べたところに座っている。なぜか桜子は英子に向かって「英子さんもここで待っていましょう」と声を掛けた。英子はもともと狩猟には興味がなかったので桜子と一緒にその場で待つことにした。キジの足はそんなに速くはない。もともと狩猟用に飼いならしてあるキジである。隆之たち三人と鶴丸はキジが遠くへ逃げないように慎重に後を追っている。昼食場所でお留守番をする形になった桜子と英子なのだが、桜子が落ち着きなさげに英子に声を掛けた。
「英子さん、もしかしたらこちらにキジが来るかも知れませんわ。そうすると危ないので一緒に別の場所に移動して野イチゴなどを探しに行きません?」
突然親しげに話しかけられた英子は少し驚いたのだが、みんなが帰ってくる頃に軽食でもあればいいと思い、桜子の誘いに着いていくことにした。桜子は「とっておきの場所があるのよ」と言いながらが英子の前を歩く。少し山岸沿いになっている場所に来た。背の高い木が多くなっている。そばには崖があり、その下は深い渓谷となっていた。
「ここよ、キジは草原の方に行ったから安全よ。それにここらあたりは野イチゴやキノコが群生しているの。たくさん採って帰りましょう」
優しく声をかける桜子。英子があたりを見ると茂みの中には小さな野イチゴがたくさん実っている。嬉しくなった英子は地面にしゃがみ一つ摘まんで食べてみた。甘酸っぱい香りが口の中に広がる。桜子が声をかける。
「英子さん、ここでイチゴをたくさん摘んでいてください。私は籠を持ってまいりますわ」
そう言って桜子は一人その場を離れていった。
そのころ、英子のいる場所から少し離れた草むらの中に、黒澤家の使用人である高柳栄作が猟銃を手にして身を潜めていた。高柳の持つ猟銃の銃口は英子の方に向けられている。銃のスコープを覗いている高柳は、数日前に聞いた桜子の言葉を思い出していた。
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