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第18話【ひとりぼっちの優雅な夜の舞踏会】

 先に南郷家に帰った英子は、舞踏会での情景を思い出していた。舞踏会のホールは優雅な雰囲気に包まれている。豪華なシャンデリアの灯りが煌めく中、彩り豊かなドレスをまとった紳士と貴婦人たちが、奏でられる音楽の響きに誘われて優雅なステップを刻む。英子は自分の部屋に入ると鼻歌交じりにドレスから普段着に着替えて中庭に出て馬小屋へと向かった。英子に気がついた雪風が小さくいななく。雪風の足元にいた鶴丸が「クンクン」と鳴きながら英子のそばへ来た。

「鶴丸、ここにいたの? 雪風のことが大好きなのね」

 鶴丸が嬉しそうに尻尾を振る。英子は馬小屋の壁際に立て掛けられた竹ぼうきを手に取ると、中庭の方へと向かった。庭の中央には小さな池がある。広い芝生に囲まれた池の水は澄み切っており、空に浮かんでいる月が水面に映り込み幻想的な趣を醸し出している。英子は池へと続く石畳を歩いて、池のほとりまで来た。

舞踏会の余韻がまださめやまぬ英子は、馬小屋から持ってきた竹ぼうきを真っすぐに立てると、人に見立てて、ほうきの柄を左手の親指と人差し指で掴み、右手を軽く前に出し、まるで人とダンスを踊るかのような形を取り、静かにダンスのステップを踏み出した。ひとりぼっちの優雅な夜の舞踏会が始まる。池の水面に月の光が波紋になって踊り、湖畔に咲いた花々からひそかな風に乗って芳香が広がる。竹ぼうきとダンスを舞う英子の脳裏には先ほどまでの舞踏会の光景が鮮明に浮かんでいた。


 隆之を乗せた車が南郷家に到着し、隆之は急いで玄関に入ると渡瀬が出迎えた。

「英子さんはどこですか?」

 と聞く隆之に、

「先ほど庭の方に行かれました」

 と応える。隆之はそのまま中庭へと足を運んだ。屋敷の脇を通って中庭へと出た隆之。庭の中央にある池のほとりに英子の姿があった。隆之は英子の方に向かってゆっくりと歩く。いつも見慣れている中庭の風景なのに、なぜか今日はやけに心にしみ込んでくるようだ。

池のほとりで竹ぼうきを相手にダンスを踊り続ける英子。青白い澄み切った月の光に照らされた彼女の横顔があまりにも綺麗で神々しさを感じる。隆之はその姿を見て、やっと落ち着いたようだ。夢の中にいるかのように独り踊る英子は隆之が来たことに気がついていない様子でいる。隆之は英子のそばまで来きて声を掛けた。

「英子さん、わたくしと踊っていただけませんか?」

「え!?」

 ダンスを止め振り向くと、そこには隆之の姿があった。

「隆之さん! 舞踏会はどうされたのですか?」

「途中で抜け出してきました」

「え?」

 タキシード姿のままの隆之が突然英子の手に触れる。驚く英子。

「あっ、隆之さん。今、雪風の世話をして服が汚れています。隆之さんの服も汚してしまいます。手を放してください」

 隆之は英子が持っていた竹ぼうきを取り地面に置く。それから半場強引に英子の手を取った。そしてそのまま、もう片方の手を英子の背中へと廻す。英子は緊張しながらも、隆之に促されるようにダンスの誘いを受けた。隆之はやっと英子とダンスができた喜びで胸がいっぱいだ。暖かい風がほのかに流れ、木々のざわめきに混ざって草花の香りが漂ってくる。

英子の体をやさしく導く隆之。ぎこちないながらも一生懸命に体をゆだねる英子であったのだが、芝生の上ではやはり思うように動けないようで、足運びがままならない。たどたどしい足取りとなった英子を支えようと隆之がついつい力んでしまってステップが乱れる。それにつられて芝生の柔らかい土草に英子のつま先が少しのめり込むようにしてつまずいてしまった。バランスを崩した英子は思わず倒れかかったのだが、隆之が素早く英子の体を支える。少しのけぞる形になった英子の目に、明るい月の光が注ぎ込んだ。はっと目が覚めるように輝く月光と交わるかのように隆之の顔が英子の目の前で微笑んでいた。月の光は絹で作られたレースのように淡く輝き、湖畔で踊り続ける二人を包み込むように降りそそいだ。


 舞踏会会場には桜子が一人残っている。ダンスに酔いしれる人々で賑わっている会場で桜子は隆之を探すのだがどこにもいない。気が付くと英子の姿も見当たらないではないか。二人とも一体どうしたのだろうかと訝しがっていたら、光沢のあるタキシードで身を包んだ若い男性が声を掛けてきた。会場には豪華な演奏が鳴り響いている。

「もしよろしければご一緒していただけませんか?」

 桜子は黒澤財閥のご息女であり、愛らしい顔つきできらびやかなドレスを纏っている。舞踏会は財閥や華族の出会いの場でもあるため桜子に声を掛けてくる男性は枚挙にいとまがない。

男性のお誘いを断る理由もないため桜子はしばしお相手をすることにした。音楽が終わり、相手の男性が

「飲み物でもご一緒にいかがですか?」

と声を掛けるも、桜子は丁寧にお辞儀をしてその場を去った。ダンスを踊っている最中も桜子は隆之と英子の姿を探したのだがどこにも見当たらない。桜子は急ぎ足で通路へと向かった。通路に出ると藤原が脇にあるソファーで一休みしている。桜子が話しかけた。

「藤原さん、隆之さんたちはどちらへ行かれたかご存知ですか?」

「はい、桜子様。隆之様と英子様はご自宅へお戻りになられました」

「え!?」

 驚く桜子。いったいどうしたというのだ。自分一人を会場に残し隆之と英子は二人して南郷家へと戻るなどとは。少し声を荒げる桜子。

「藤原さん! わたくしも帰るわ。車のご用意をお願いします」

「かしこまりました」

 桜子は怒りを抑えつつ藤原に車を出してもらった。藤原の運転する車が南郷家に着いた。桜子は急ぎ足で玄関に行く。使用人長の渡瀬が、慌てて家に入ってくる桜子に驚きながら挨拶をする。

「おかえりなさいませ、桜子様」

「渡瀬さん、隆之さんはお部屋におられますか?」

 なぜか怒った口調で話しかける桜子に戸惑う渡瀬が少し言いよどむ。

「あの、ええっと、お部屋にはおりません」

「どこに行ったのよ!?」

「はい、お庭の方へ行かれたご様子でございます」

 桜子は急いで玄関を出ると中庭へと向かった。庭に着きしばし立ち止まる桜子の見つめる先には、月明かりの淡い光のもとでダンスをする隆之と英子の姿があった。仄かに揺れ動く二人の体は、まるで水面に咲く百合の花のように神々しい色彩を放っている。隆之と英子の優雅な舞踏の美しい光景に一瞬息を飲む桜子であったのだが、その心の中には驚きと怒りが入り混じり、なにかが崩れ散っていくような感覚が呼び起こされた。桜子は心の中で叫ぶ。『隆之さん、なぜここで? なぜ英子と?』心の中に響くその声は冷たく、焦りと嫉妬が氷の固まりとなって砕けていった。

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