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第15話【南郷家のダンスホールで舞踏会の練習】

 ある日の夕食の時間、隆之が一枚のパンフレットを手に取りテーブルの上に広げた。パンフレットには舞踏会の案内が書かれている。隆之が通う大学病院の同僚からもらったものだ。その同僚が言うには、

『婦女子と言うものはだな、ダンスパーティーに誘えばその気になるものだ。自分がレディーとして認められていると思えるし、大切にされていると再確認できるからな』

とのことであった。

もともと華やかな世界は隆之は苦手であったが、ここのところ英子と良い関係性が築けている。そうなると英子とさらに距離を縮めたいと欲がでた隆之は、思い切って夕食後に舞踏会の話を切り出してみた。

「今日、友人から舞踏会の案内チラシをもらって来たのですが、舞踏会は興味ありますか?」

 隆之は英子に聞いたつもりが、英子の隣にいた桜子が身を乗り出し、大喜びではしゃぎだした。

「まあ! うれしい! 舞踏会ですわね。しかも隆之さんからお誘いしてくれるなんてとても嬉しいですわ! ドレスを新調しないと!」

 一方、英子は浮かない顔をしている。

「折角のお誘いですが、私は勉強がありますし、ダンスなどしたことありません。何よりドレスがありませんのでご遠慮いたします」

 そう応える英子に対し隆之は少し慌てて話しかける。

「ダンスは私が手ほどきしますよ。せっかくの機会だから今後社交の場へ出る機会があるかもしれない。ダンスは習得されておいた方がいいですよ。ドレスは私の知り合いに貸してもらえるか聞いてみます」

「そんな、お手数をおかけしてしまうので結構です」

 英子が改めて断ると隆之は続けて話す。

「実は風岡さんをお誘いしたんです。そうしたら、久しぶりに英子さんに会いたいといっていました」

 風岡は隆之と同じ医大の出身で、世代は違うのだが二人とも英子の父親の二階堂祐輔に指導を受けたこともありお互い面識があった。

「義兄が参加するのですか!?」

 実はその時はまだ隆之は風岡を舞踏会には誘ってはいない。隆之は英子が風岡に思いを寄せていることに気がついていた。なので風岡さんの話をすれば英子は舞踏会に来てくれるのではないかと思ったのだ。隆之の話を聞いた英子は驚きとうれしさで顔をほころばせる。

「義兄が来るのでしたら……、参加してみようと思います。義兄と久しぶりに会ってお話をしたいです」

 英子は最初気乗りがしなかった舞踏会なのだが、風岡にはやはり会いたいのである。そこへ多江が話に入ってきた。

「英子さん、私のお古でよければお使いなさい。今は着ていないドレスがありますから」

「え?」

「今回、隆之が舞踏会に出るなんてとても珍しい。社交界への挨拶回りがようやくできます。英子さんは南郷家でお預かりしている夫の親友のご息女という立場です。南郷家の住人がみすぼらしい格好で行くことは避けなければなりません」

 多江は相変わらず息子の隆之を桜子と結婚させたいと思っているのだが、ここ最近は学業と両立して使用人の業務をこなし、女学校の成績も上位を維持している英子の生活態度に好感を抱くようになっていた。

夕食後、英子の部屋に若い使用人が来た。使用人は嬉しそうな顔をしている。

「英子様。多江様からのお申し付けでドレスを持ってきました。英子様がこのドレスを着たところを見られるのが楽しみです」

そう言うなり使用人は英子の部屋を後にした。

多江が使用人に持ってこさせたドレスを手に取る英子。派手さはないがシックで落ち着いたものである。確かに少し古い感じはしたのだが、英子にとってはドレスを着ること自体が初めてで、何となく気恥ずかしいような、うれしい気持ちが込み上げてきた。

 南郷家には100名ほど収容できる大広間があり、社交用のダンスホールにも使われる。簡易なステージの上にはグランドピアノと大型のレコードプレーヤーが置いてあり、高い天井の中央には立派なシャンデリアが設置されている。南郷家では、時折り仕事上の取引先や各財閥の知り合いなどを招き、小規模ではあるが華やかなダンスパーティーを開催していた。

南郷家のダンスホールに隆之と桜子と英子、執事の藤原と使用人長の渡瀬がいる。本番の舞踏会に向けて練習しようと隆之が提案して集まってもらったのだ。隆之がみんなの前に立った。

「皆さん、忙しい中お集まりいただきありがとうございます。舞踏会の日が近づいてきたので少し練習しましょう」

 桜子は楽しそうに目がキラキラしている。

「隆之さんとダンスの練習ができるなんて夢のようでございます。英子さんは踊ったことはないわね。私と隆之さんでお手本をお見せしましょう」

 隆之は少々不本意ながらもホールの中央に桜子を招いた。渡瀬がレコードプレーヤーのスイッチを入れると大型のスピーカーから音楽が流れだす。藤原がつぶやく。

「ほう、ヨハン・シュトラウスの『美しき青きドナウ』ですな」

 音楽に合わせてステップを踏む隆之と桜子。慣れた足取りで華麗に舞う隆之に桜子は身を任せる。5分ほどでダンスを終え、隆之は英子を呼んだ。

「はい、次は英子さん、お願いします」

「はい」

 英子は体が硬くなって返事もぎこちない。

「あの、わたくし、ダンスは初めてでございます。脚を踏んだらすみません」

「大丈夫ですよ、私がエスコートします。英子さんは私のステップをゆっくりでいいので真似して着いて来て下さい」

「はい」

 小さくうなずく英子を前に隆之が微笑む。音楽が鳴った。隆之は硬くなった英子の手を優しく取り、もう片方の手を英子の背中を包み込むように添える。ゆっくりとステップを踏む隆之、その足の運びを真剣に見つめながら英子も足先で床をなぞる。

「初めてにしては上手いですよ、英子さん」

と言いながら次第に動きを速める隆之。英子は少し要領が呑み込めてきたものの、やはり足取りが硬い。上手く踊らなくてはと思えばおもうほど緊張感が増していく。突然隆之が足を止めた。英子が緊張しすぎて隆之の足を踏んでしまったのだ。立ち止まった隆之が苦笑いしている。

「ご、ごめんなさい!」

 頭をぺこりと下げて必死で謝る英子の姿に、微笑ましく思った隆之が声を掛ける。

「大丈夫ですよ。ゆっくりと覚えていきましょう」

そんな二人の様子を見た桜子が不満げに声を荒げた。

「英子さん、無理に踊らなくてもよろしくてよ。人には得手不得手と言うものがあるんだから!」

 少し気落ちした英子は思った。確かに自分はダンスには向いていない。今まで踊ったことがなかったし、急に上手くなるわけでもない。舞踏会の当日、風岡さんに会えればいいだけだ。ダンスには参加しなくてもいいのではないか。

そんなことをぼんやりと考え込んでいる英子に隆之が話しかける。

「風岡さんも英子さんと踊ることを楽しみにしていると思いますよ」

 英子はしばしうつむいていたが、軽くうなずいてから頭を上げた。

「分かりました、隆之さん。ご指導のほど、よろしくお願いします」

 微笑む隆之は英子の手を取り、レコードプレーヤーのそばにいる渡瀬に目配せする。音楽がまた鳴りだした。藤原が英子に声を掛ける。

「英子様、さあ、体の力を抜いて。優雅に美しく、ゆっくりと静かに、そして軽やかに。自ら楽しむのです」

 藤原の方をちらっと見る英子。藤原のおかげで緊張がほぐれたのか、英子は先ほどとは比べ物にならないように軽快なリズムでホールを舞った。英子は初めての経験に戸惑いながらも次第に楽しさが込み上げてきた。心地よい音楽の調べに合わせ優雅に導く隆之の優しさがその手を通じて英子に伝わってくる。桜子は「ふん!」と言いながらホールを出て行った。

「面白かった!」

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