第11話【隆之様は日本拳法上級師範です】
英子は南郷家から援助してもらったお金を少しでも早く返したいためアルバイトを始めることにした。英子は、隆之の父隆夫からは卒業してからゆっくり返してもよいと言ってもらっていたのだが、卒業後は病院勤務はせず実家に戻り、今まで通り実家の医院で風岡の手伝いや子供たちと世話をすることを考えていた。元の生活に戻れば当然収入は少なく、学費の返済が滞るのは目に見えている。そう考えた英子は時間が許す限りお金を貯めて、なるべく早く南郷に返済したいという思いが強くなっていたのである。
今回決まったアルバイト先は学校から南郷家の中間あたりにある商店街の一角で営業しているカフェだ。昼間は喫茶店として店を開き、学生や近隣の主婦の憩いの場となっている。夜はアルコールも出しており、仕事帰りのサラリーマンや工場勤務の作業員などが一日の疲れをいやしに集まっていた。時給が周辺の店よりも少し高めで、店の前に張り出されたアルバイト募集の紙に『若い女性急募』とあったので英子はここで仕事をさせてもらおうと応募したところ、お店側も英子の容姿を気に入ったようで即決したのだ。
その日も英子は朝早く家を出て学校へ行き、学校が終わるとアルバイト先へと向かう。多江と桜子は英子の帰りが遅くなったことなど気にせずにいつも通り夕食をとっていた。隆之は昨日英子を学校の校門前で待っていたが結局会えずじまいであった。英子と会う時間が取れず、どんなアルバイトをしているのか不安で、隆之は居てもたってもいられず、藤原に英子がその後何か言っていなかったか聞いた。
「藤原さん、英子さんは最近どうされたのかご存じですか?」
「はい、うかがっております。英子様はアルバイト先が決まったとかで今お忙しいそうでございます」
「英子さんは私には何も言っていませんでしたよ」
「それについては私にはわかりません。多分皆さんにご心配をおかけしたくなかったのではないでしょうか」
黙り込む隆之。藤原の話によると、英子はどうやらカフェでアルバイトをしているようだ。夜はお酒も出すそうで、遅くまで営業する日もあるという。隆之は心配になり、藤原に車を出してもらい英子のアルバイト先へ行くことにした。
カフェに到着した隆之は、外から窓越しにカフェの中をのぞいてみた。女性店員達に混ざってエプロン姿をした英子が忙しそうに店内を走り回っている。久々に英子の元気な姿を見て隆之は少し安心した。今日は一旦帰ってから英子の帰宅を待ってアルバイトの件についてじっくり話し合おうと思っていたら、何やら店内が騒がしくなった。隆之が店の中をのぞくと英子が男性客の前でぺこぺこ謝っている。気になった隆之は足早に店の入口に行きドアを開け店内に入った。店の奥のテーブルには、三人組の男性客が足を投げ出すような形で座っている。作業員風でシミやペンキの汚れが付いた作業服のまま店に入りお酒を飲んでいた。態度や口調も横柄ですでにかなりのお酒を飲んでいる様子だ。店の奥から店内中に響くほどの大声がする。
「お嬢ちゃん、隣に座って一緒に楽しく飲もうと言っているだけだよ」
「もうしわけございません。今お仕事中ですし、そのようなことはできません」
「俺の言う事が聞けないのか? お嬢ちゃん、こんなところでアルバイトして金に困ってるのか? 俺の親父は建築会社の社長なんだ。バイトなんかやめて一緒に飲んだらバイト代くらい出してやるぜ」
男が英子の腕をつかみ自分たちの席に引き寄せようとしたとき男の後ろから声がした。
「すみまん、ちょっといいかな? この子は嫌がっているじゃないか。仕事中に邪魔をするのはよくないな」
男たちが振り向く。
「た、隆之さん。どうしてここに?」
英子が驚く。
「心配で来ました」
男達3人が立ち上がった。その勢いでテーブルの上にあったコップが倒れ、床に落ちて『ガシャーン!』と激しい音を立てて割れる。一人の男が語気を強めて叫ぶ。
「なんだてめー! 調子に乗ってんじゃねーぞ! このやさ男が!」
「白馬に乗った王子様の登場ってわけか、ちょっと表で話そうか!? おうっ!」
もう一人の男がテーブルを激しくたたいた。思わず他の客たちが悲鳴を上げる。騒然となった店内に男の怒鳴り声が響く。隆之はそんな男達の態度を意に介さず英子に声を掛ける。
「英子さんはここにいてください」
「かっこつけんじゃねーよ! お坊ちゃま風情で何ができるってんだ? 後で吠え面をかくなよ!」
隆之は店内を見渡し、「皆さんお騒がせいたしました」と言いながら店の外に出た。三人はいきりたち、隆之を追うように足早に外へ出る。英子が「隆之さん!」と叫びながらあとを追った。男たちは店の表にある駐車場わきの路地に入っていった。日はとっぷり暮れており、薄暗くなった駐車場の奥は照明も少ないので人目に付かない。
英子は駐車場の脇に南郷家の車が置いてあるのを見つけた。運転席には藤原がいた。英子は車に走り寄り藤原に叫ぶ。
「藤原さん! 大変なの、誰か助けを呼んでください!」
「ああ、確かに大変そうですね。隆之さま達が先ほどお店を出ていかれるのを見ました。まあ大丈夫でしょう、隆之さまはお優しいから」
露路の裏から怒号がして『バキッ!』っと何かが割れる音がした。英子が慌てて叫ぶ。
「藤原さん、早く! 隆之さんが心配ではないのですか?」
「心配なのはあの三人組の方でございます。隆之様は日本拳法の上級師範です」
「え?」
藤原は落ち着き払っている。英子は意を決して隆之と三人組がいる駐車場わきの路地に向かった。すると路地裏には隆之が一人だけいる。全く疲れたそぶりも見せず服についたほこりを両手で軽く払い襟元を整えていた。心配している英子が話しかける。
「隆之さん! 大丈夫ですか?」
「ああ、英子さん。ご心配をおかけしました、大丈夫ですよ」
何事もなかったように平然と応える隆之。
「あの三人の人たちはどこへ行かれたのですか?」
「帰られました。ずいぶん酔われているようでしたが、お話したら分かっていただけたようです」
隆之の足元に折れた棒きれと破れた服の袖が落ちている。英子が心配そうに尋ねた。
「隆之さん、お怪我は?」
「私は何ともありません。あの方たちも大丈夫だとは思うのですが」
少し遅れて藤原がやってきて、ため息交じりに話しかけた。
「隆之様、ちゃんと手加減なさったのでしょうな?」
隆之は苦笑いしながら小さくうなずいた。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「今後どうなるの?」
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