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第10話【英子、アルバイト計画】

 次の日の朝食の時間、隆之がダイニングに入ると多江と桜子がすでに食事をしている。英子がいないのを不思議に思った隆之が給仕をしていた藤原に聞いた。

「藤原さん、英子さんは?」

「英子様でしたら朝早く自転車で学校に行かれました」

「自転車?」

「はい、英子様は今後も自転車で通うとおっしゃっておりました」

 南郷家にある自転車は必要な時に誰でも使っていいことになっている。朝早くひとりで家を出ていくなんて、英子からは何も聞かされていなかった隆之は、何か事情があるのだろうかと心配になった。

 この日、隆之は桜子と一緒に車で学校へ向かった。桜子は英子と同じ学校に通っているため、藤原は英子をいつも降ろしていた場所で車を止めようとした。桜子が車を運転していた藤原に話しかける。

「藤原さん、校門の前まで行ってくださらない」

 藤原が返事をしようとしたところを隆之が遮るように桜子に聞く。

「桜子さんの学校は校門の前でさえも男子禁制ではないのですか?」

「そんなことはございませんわ。実家から通っていた時は男性の使用人にいつも送っていただいておりました」

 桜子の言っていることは本当のようだ。それではなぜなぜ英子は『手前で降ろして』と言ったのか? 英子の気持ちが益々わからず不安になる隆之であった。


 その日の夕食の時間にも英子は顔を出さなかった。心配した隆之が藤原に聞いた。

「藤原さん、英子さんは?」

「何やらお金を貯めるためにアルバイトを始めたいとおっしゃっていて、今日はアルバイトを探しに行くので少し遅くなるとおっしゃってまいした」

「アルバイト?!」

 英子は以前、馬小屋の掃除を体験してから、その後も藤原の手伝いをするようになっていた。馬小屋の掃除をしている最中、よく藤原に相談事を持ち掛けていたのだ。隆之は英子が自分には相談をしてこないことへの寂しさと頼りにされていないことに虚しさを感じていた。桜子が驚いた顔をして話しだした。

「英子さんがアルバイトですって? そんなにお金にお困りなのでしょうか。南郷家のお屋敷に不自由なく住まわせていただいているのに、南郷家の住人がアルバイトをしていることが周りに知られれば、南郷家はお金がないと有らぬ噂を立てられ、恥をかかせるようなことがないといいですけど」

 それを聞いた多江も複雑な顔をして聞いていた。二人の会話を聞いた隆之はやり切れない思いに苛まれる。英子が自分の家に来て喜んでいたのもつかの間、隆之が思い描いていた生活とかけ離れていく気がした。同じ家に住みながらも英子が自分から遠いところに行ってしまうような寂しさを感じる。英子のことで心配そうに思い詰めている隆之の様子を見た桜子は、さらに英子への不満が募るのであった。


 隆之は昨晩、英子に会って話を聞くつもりでいたが、緊急で勤務先の病院から出勤要請がきてしまい、夜遅くに帰宅した時には英子は自室で就眠していたので話をすることができなかった。

翌日、隆之は英子のことが気になり、病院勤務後、藤原の運転する車で英子の学校まで送ってもらい、下校時間に間に合うように校門の前で英子を待った。

英子の学校の校門の脇に佇む隆之だったのだが、通りゆく女学生の視線を感じる。

隆之は地元では有名で、知らない者はいないと言っていいだろう。背が高く、物憂げな黒い瞳の奥に光を宿し、すじの通った鼻梁に聡明さが漂っている。本人には自覚がないにせよ、歩いているだけでも人目を引いてしまう、地元の女学生たちの憧れの的であった。学校の校門の脇に立つ隆之に女学生たちが気付くのに時間はかからなかった。隆之をちらちら見ながら女学生たちが興奮気味に騒ぎ始める。

「ねえ、校門の脇に立っている人。南郷様じゃない?」

「え!? 本当。本物だわ! なぜ南郷様がうちの学校の前にいるの? 誰かを待っているのかしら?」

 下校時、校門を通る女学生たちがざわめきながら隆之の横を通り過ぎていく。何人かの女学生が駆け寄ってきて「こんにちは!」と緊張しながら挨拶をする。隆之は小さくうなずき、通りすぎる女学生達の中から英子を探した。丁度その時英子が校舎から出てくる。

英子は校門の前がやけに騒がしいなと思いながら見ると、その先に隆之の姿があった。女学生たちに囲まれている隆之が少し困った顔をしている。英子はしばし立ち止まり、遠めに見ていると桜子がやって来た。桜子も校門にいる隆之に気がついたようだ。

「隆之さん!」

 桜子は隆之のいる方に向けて大きな声をだしながら駆け寄って行った。

「隆之さん、どうされたのですか? こんなところまでいらっしゃるなんて。もしかしてわざわざ迎えに来てくださったのですか?」

 隆之を囲んでいた女学生たちが一斉に桜子を見る。桜子は自慢げに口元に笑みを浮かべる。

「嬉しいですわ。校門の前までお迎えに来てくださるなんて。隆之さんのご自宅に住ませていただいているうえにお迎えまでしていただけるなんて。大変うれしゅうございます」

 恭しく頭を下げる桜子なのだが、周りの女学生に対してどことなく勝ち誇った雰囲気でいる。隆之はというと、桜子へは特に返事をする様子もなく、英子の姿を探していた。校庭の隅で立ち止まっていた英子は校門にいる隆之を確認すると、踵をかえして校舎の方に戻って行ってしまった。そして校舎の裏手にある小さな裏門から出た。英子は自分が南郷家に住んでいることを他の生徒には内緒にしていた。今校門の前で隆之に会ってしまうと、自分と隆之の関係が周りにばれてしまう。そうなると、自分の存在により南郷家の評判が悪くなると思っていたのだ。学費や生活費の一部も貸与という形ではあるが実質は援助してもらっている。肩身の狭い思いと引け目もあるし、地元でも有名な隆之と一つ屋根の下に暮らしていることで、あらぬ嫉妬ややっかみを持たれたくないのである。

隆之は英子が来るのも待っているのだが、いつまでたっても校門に現れない。心配になり隆之は桜子に聞いてみた。

「桜子さん、英子さんはまだ校内にいますか?」

「もうほとんどの生徒は校舎には残っていないはずです。先に帰ったのではないでしょうか」

 英子のことを気にかけている隆之を不満に思いながら桜子は適当なことを言う。結局その日は英子を迎えるのはあきらめて、桜子だけ車に乗せてもらい家まで戻っていった。


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