お嬢様を盗み見 ある侍女Side
フランお嬢様の部屋から朝早くに物音が聞こえた気がした。私はハッと目を覚ましてそっと階下に降りて行った。扉に耳をつけて物音を聞くと、やはりお嬢様は何か支度をされているようだ。
息を潜めて、私はそっと階段を上がった。床に這いつくばって様子を伺う。この時間帯は他の侍女もまだみんな寝ているから、私がこんなことをしているとは誰も気づかないだろう。
――お嬢様が部屋から出てくるのを見張ろう。
私の雇い主の話に寄れば、お嬢様はまもなく婚約者にフラれるはずだ。そんなことも知らずにお嬢様は婚約者のミカエルにゾッコンだった。私の目からすれば、ミカエルは陰でうんざりした表情をしていたが、世間知らずのお嬢様はそんなことに全く気づいていない様子だった。
――こんな朝早くにお嬢様は何をされるのだろう?
私が見張っていると、お嬢様は大きな鞄を持って出てきた。公爵令嬢として常におしゃれなお嬢様にしては、非常に地味な服装をしている。
――あんな服も持っていたのね……いつも絹やレースが使われた贅沢なドレスしかお召しになっていないから、お嬢様にしては珍しいわ。
ただ、一つ言えるのは、そんな服装をしていてもお嬢様の光り輝くような美貌は一つも損なわれていないということだ。
――…あぁ、かわいそうに。世間知らずだけれども私たち従者には優しいのに、婚約者に振られるなんて、見ものなのか哀れなのか。私がしっかり見張っているから、お嬢様と婚約者が男女の仲にはなっていないのは断言できるけれど、あの美貌でも男は愛想をつかしてしまうものなのね。
――それにしてもあんな荷物を持って一体どこに行かれるのだろう?
私はお嬢様に気づかれないように、そっと廊下の曲がり角に隠れながら、お嬢様の後をつけた。
――まずはキッチンね。あら、誰か他の人の分も用意されているわ。準備の良いお嬢様らしいこと。
私は庭を抜けてお嬢様が御者のダニーの家をノックしているのを隠れて見ていた。
「急なのだけれど」
とお嬢様の澄んだ声が私のところまで聞こえてきた。女王陛下の設立したアイビーベリー校のご友人を訪ねるらしい。お嬢様は貧しい家の娘たちにドレスを分けてあげるらしい。
――お嬢様は今までそんなことは一度もしたことがなかった気がするわ……でも、お嬢様がくださるなら、是非私も欲しいわ。
フランお嬢様に私が取り入ったら、私の雇い主は激怒するだろうか。
私は逡巡した。私の雇い主は少し怖い考え方をしてしまう気がする。フランお嬢様を敵に回す方がまだマシだろう。
私はフランお嬢様がダニーのために朝食を余分に準備したのだと悟った。
――そうなのだ。フランお嬢様はいい所があるのだ。少々めでたいぐらいに人が良いわ。私の雇い主の方が怖いだろう。
私はこの件は、特に雇い主に報告する必要がないと思った。
お嬢様がいつもの気まぐれで慈善事業をしようとされているのだろう、その時はそのぐらいにしか思っていなかった。




