巻き戻し成功 リサが力を発揮する
夜、寝付く前、私は涙が止まらなかった。
窓から星を見上げると、ミカエルの美しい瞳を思い出して胸が痛かった。彼に恋をして、彼の花嫁になることに憧れて星に願いをかけていた日々を思い出して、死にたくなるほど辛かった。
私は騙されたのだ。
母の失踪にミカエルが関与しているだろうと思うと、私は発狂しそうだった。公爵家の土地も大事な森も全てミカエルに盗まれたのだ。アネシュカとミカエルの結婚式が行われる世界に身を置きたくなかった。一刻も早くこの時間から去りたかった。
夕食の席で、弟二人からなぜ森に行かないのかと質問責めにあった。私はあと三日待とうと弟を説得した。
時を戻せるなら、森に行く必要はない。
私は枕が涙で濡れるのも構わずに思い切り泣きじゃくった。部屋に一人の今は、悲しい思いを悟られないようにと気持ちを隠す必要はなかった。
――いい?もう泣き止むのよ。明日の朝、目が覚めたらここを出て、女王陛下が設立した寄宿舎にリサになりすまして行くのよ。これはミカエルの盗みを防ぐため。そして母を守るためよ。
私はベッドの中から星を見上げながら、自分に言い聞かせた。ロベールベルク公爵邸の庭は静まり返っていた。広大な星空を見つめながら、私は唇を震わせて「私はやり抜くわ」と自分に言い聞かせた。
――時間さえ戻れば、入れ替わらずに私一人でもミカエルの盗みを防いで、母を守れるのではないかしら?入れ替わる必要はある?
眠る瞬間、私はその疑問を抱いたが、私はそのまま泣き疲れて眠ってしまった。疑問は永久に後に残された。私は目が覚めたら、二週間前に戻っていて、寝付く前に感じた疑問のことなど忘れてしまっていたのだから。
朝になって目覚めると、私はすぐに母の寝室まで走った。母が公爵邸内にいるのか確かめるのだ。静まり返ったロベールベルク公爵邸で、私一人が動いているようだった。廊下をそっと進み、母の寝室のドアを開けて、私は部屋の中に滑り込んだ。おそるおそる母の寝台まで近づいた。
――あっ!お母様っ!
母は穏やかな表情で寝入っていた。3日ぶりに見る母はいつもの母だった。私は確かに時間が巻き戻っていると確信した。リサ・アン・ロベールベルクは特殊能力を発揮することに成功したようだ。
そのまま父の書斎まで行くと、鍵のかかった机の引き出しを開けた。引き出しの中には思った通り、森の権利書と土地の権利書が入っていた。私はそれを全て抜き出して、そっと胸に抱えて自分の寝室に静かに戻った。
旅行鞄を取り出して、権利書を一番下に入れ込み、質素だと思われるドレスを5枚選んだ。さらに普通の訪問着、普段着、下着と次々と入れ込んで、パンパンに膨れ上がった旅行鞄を持ち、侍女に宛てた手紙を書いて机の上に置いた。
「午後には戻ります。フラン」
私は寝静まった屋敷のキッチンに行き、2つのカゴにパンを詰めて、携帯用の石壺を3つ用意した。1つには水を入れて、2つにはミルクを入れた。鞄を肘に下げ、2つカゴを両手に抱えて私は裏口から出た。そのまま敷地内に住む御者のダニーの家に急いだ。ダンは妻と一緒に、敷地内の馬番用の家がある一角に住み込みんでいる。
ダニーの家の玄関扉を小さく叩くと、何事かとダニーが玄関の外に出てきた。
「フランお嬢様っ!こんな早くにいかがされましたでしょうか?」
ダニーは身支度を整えて旅行鞄を持った私を見て目を見張った。私は両腕に石壺とパンの入ったカゴが2つ持っている。
「急なのだけれど、女王陛下がこの度設立したアイビーベリー校の友人を訪ねることになったの。お昼には戻りたいから、朝早く出発したいの。ごめんなさいね、ダニー」
私はにこやかにダニーに告げた。
「そのお荷物は?」
ダニーは私のパンパンに膨らんだ鞄をいぶかしげに見つめた。
「ほら、女王陛下が設立したアイビーベリー校は、貧しい家の子息が対象でしょう?友人もあまり物を持たないので、分けてあげようと思って荷物にしたの」
「おぉ、そうでございましたか。すぐに支度をしますので、少々お待ちくださいませ」
ダニーは素早く身支度を整えると、玄関の扉をしっかり閉めて、馬車のしまってある馬屋の方に私を案内した。荷物はダニーが持ってくれた。私は水の石壺とミルクの石壺とパンの入ったカゴをダニーに渡した。
「朝ごはんと昼ごはんの分よ」
私は自分用のミルク壺とパンの入ったカゴを抱えて、ダニーの後ろから急いでついて行った。
「お昼にはアイビーベリー校につけるかしら?」
私がダニーに心配そうに聞くと、ダニはー大丈夫だと力強く微笑んで言った。私はほっと安心した。
私はダニーが準備した馬車に一人で乗り込んだ。御者台にダニーが乗り込んで、ミルクを飲み、パンをかじったダニーが鞭を振るって馬が勢いよく走り出すのを感じた。
――さあ、冒険の始まりよ。リサになりすまして、女王陛下のヘンリード校に忍び込むのよ!
ロサダマスケナのピンクの花が咲き乱れるロベールベルク公爵家の門を馬車が出た時、私はもう後には引き返せないと覚悟を決めた。
私は公爵家の土地も森も失うわけには行かない。母を失うわけにも行かない。婚約者ミカエルを決して許さない。
美しい田園地帯を抜けて、馬車ははちみつ色のライムストーンて造られた村の家々を通り抜け、カモや白鳥の泳ぐ川沿いの道を進み、緑の新芽を誇る木々の間を抜けて進んだ。普段は賑わうマーケットも今は朝早いのでちらほら人がいるだけだ。
公爵邸の馬車が村を抜けて行ったことに気づいた者はほとんどいないだろう。私は景色を楽しみながら、持ってきたカゴのパンを食べてミルクを飲んだ。
しばしの旅を楽しもう。