なぜ馬番ジョージがその名を? フランSide
私たちは馬番ジョージの案内で、ツタの生い茂って多年草の花が咲き乱れる小さな家の前までやってきていた。フォーチェスター城にはこういった離れがいくつかあるらしい。中は居心地が非常によく、客人が泊まったり、たまには女王陛下がここで一人で過ごすこともあるらしい。もちろんそういう時は侍女や衛兵が外に待機するのだろうが。
おとぎ話に出てきそうな可愛らしくて素敵な家だった。私とエヴァがその家に見惚れていると、馬番の後ろに貴族階級の男性がやってきた。彼は全身黒の服を着ている。貴重な黒色の服を着るのは、最近貴族階級で大流行りだ。私はミカエルを一瞬思い出して、胸の奥がちくりと痛んだ。馬番ジョージは彼に目配せをした。私はそれを見逃さなかった。
「ちょっと失礼」
馬番のジョージは私とエヴァから離れた。そして、黒づくめの若い男性と会話し始めた。
「なんだって?ウォルター、本当か?」
「本当のようです」
若い男性はウォルターというらしい。二人がサッと私の方に視線を送ったことに私は気づいた。
――なぜ私を見たのかしら?
私は意味がわからなかったので、気づかないフリをした。エヴァはそばかすだらけの頬を赤らめて、フォーチェスター城で湯につかれることをどれだけ期待しているかを話している最中だった。
私の足元には小さな黄色い宝石のように小花が広がるメカルドニアが咲いていた。花びらの上に小さなてんとう虫がいた。
ぼんやりとてんとう虫を眺めながら、私は考えこんだ。
私が許せないのは「奴隷貿易」と「家族を危険に陥れる行為」と「裏切り」だ。私の祖父が海賊行為をしていたのは知っているが、彼は「奴隷貿易」だけは手を出さなかったと家族の間では確かな事実として認識していた。彼が最も毛嫌いした商売の仕方だったからだ。
「家族を危険に陥れる行為」とはおそらく世の中の誰しもが嫌いだと思うが、私の父は失踪したし、時間が戻る前は母も行方が分からなくなっていた。少なくとも母については婚約者であるミカエルが関与していると思っている。ミカエルは今後数日のうちに私との婚約を破棄するはずだ。その直前に母の行方がわからなくなるはずだ。リサが失敗すれば。
私の鼻の奥がツンと痛み、目から涙が出てきた。
前の時間軸で公爵令嬢の私に起きたことだけれども、婚約者ミカエルは私の心には最悪な男としてしっかり染み付いている。
彼は裏切りもした。土地の権利書を母がミカエルに売るはずがない。私になんの相談もなく婚約者に売るとはおかしな話が過ぎるのだ。フラれたこともショックだった。従姉妹のアネシュカが彼に全てを捧げたと言って、結婚式を来月行うと言われた時のショックたるや言葉にできないほどの落胆を感じた。
思えば、何もかもが最悪な日だった。母の失踪、婚約破棄、心がわり、裏切り、公爵家の財産を根こそぎ盗まれと推測されること。これが一人の男性に繋がって起きたことだと分かったのは、私の体感だと3日前のことだ。
確かにこれから10日ほど先に起きる未来のことだとしても、彼のせいで私とリサは入れ替わりまでした。リサは身を挺して時を二週間前に戻して、公爵家に潜入したのだ。
アイビーベリー校で昨日のお昼にすれ違った時のリサの真っ青な顔を思い出して、私は心が痛んだ。
だが、私はこのタイミングで、最悪で極悪なミカエルの名前を聞くとは思わなかった。しかも美しいフォーチェスター城の魅惑的な馬番ジョージの口から。
彼は私にその名前を口にした。元婚約者で盗っ人の名を彼は私に告げた。




