ときめき
「待って!」
私は後ろから腕を掴まれて、引き戻された。引き寄せられて彼の胸に飛び込んでしまった。彼の逞しい胸に頬をぶつけてしまって、慌てて私は彼から離れようとして、彼の顔を見上げた。馬番の彼だ。
くしゃくしゃの前髪の隙間から、キラキラとイタズラっぽく輝く青い瞳が私を見下ろしていた。長めのブロンドヘアが風にふわっと揺れて、彼は首を傾けて私の瞳を見つめている。彼のブロンドヘアの隙間から、太陽が煌めき、すぐそばの窓から見えるピンクと白のマグノリアの花も美しかった。
どのくらい見つめあっていたのだろうか。
彼の瞳に吸い込まれそうになり、私の心は思いがけず、ときめきを感じた。
確かに、そうだ。私は今、ときめきを感じている。彼のふっくらとした唇がふっと緩み、彼は笑みを浮かべた。
私の心臓は止まってしまいそうだ。胸の奥がキュンとした。私をフッたミカエルに一度も感じたことがない感覚に、私はうろたえた。
「キャッ!」
私は我に返って馬番の彼から慌てて離れた。
「どこに行く?この城は初めてだろ?」
彼が近くにいると私の心臓は信じられないほどの速さでどくどくと胸を打った。耳まで自分が真っ赤になっているのがわかって、なんとか平常心に戻ろうとするのだけれども、うまく行かなかった。
「リサ・アン・ロベールベルク、もしかして熱がある?」
彼の手が不意に私の額に触れた。あたたかい手でふわっと私のおでこに触れられて、私はますますドキドキが止まらなくなった。
「な……っないですっ」
私は彼の指が私の顎を持ち上げて、私の瞳をのぞき込むのを感じて、思わず息を止めた。じっと私の瞳を見つめている青い瞳から目が離せない。
「君、何かを誤魔化している?」
彼の言葉に私は後ろに飛び退って彼から離れた。
――私ったら、無防備に心をさらけ出した顔を馬番にしていたに違いないわっ。何を考えているのよ、フラン!
私はメアリー・ウィンスレッドの方に一目散に戻った。
――バレたわ……もう、バレちゃったじゃないの……
私は心の動揺を悟られないようにすましてメアリーに微笑むと、メアリーに引率されて3期生がぞろぞろと歩く群れに紛れ込んだ。とにかく、馬番の彼は勘が良すぎるようだ。あの見た目の素晴らしさに、侯爵令嬢の私はうっかり騙されそうになっている。
彼はあの輝く瞳で私を見つめながら、私の中の何かを見透かそうとしていた。今は彼からひたすら離れておくべきだ。
私は無我夢中で他の生徒に紛れようとした。馬番の彼が私の後ろ姿を見つめられないように、他の生徒の前に前に出ようとして歩いた。時々、馬番の彼の視線を背中に感じたからだ。
「さあ、ここが薬草学の教室よ。皆さんにバロン教授をご紹介します」
メアリー・ウィンスレッドは微笑んで、だたっ広いキッチンのような部屋の扉を開けた。そこには、厳しそうな背の高い男性が立っていた。フォーチェスター城の入り口で、時間に遅れた馬番と私を厳しく叱った男性だった。
どうやら彼はフォーチェスター城の執事ではなく、バロン教授らしかった。
「薬草学へようこそ。まずは君たちの実力を拝見させていただこう」
バロン教授は厳しい表情で私たち一人を見渡した。私は身をすくめそうになった。
――大丈夫、大丈夫よ。フラン、落ち着くのよ。お母様の真似をすればきっと大丈夫よ。
私は逃げ出したい気持ちを必死にこらえて、表面上は冷静な表情を保ちながら、皆と一緒に薬草学の教室に入った。
ぞろぞろと部屋の中に入って、物珍しそうに周りを見渡す3期生は、皆一様に自分に自信がありそうだった。
「さあ、それぞれ自分の得意な薬を作ってみなさい」
バロン教授がそう言うと、皆の間を縫うように歩き始めた。いつの間にか、恰幅の良いメアリーウィンスレッドはいなくなっていた。
私はヘンリード学校を追い出されるわけには行かなかった。リサが時を戻して、ロベールベルク公爵邸で土地と森の権利書を守ろうとしているはずだ。もちろん、ミカエルが本物の土地と森の権利を手に入れられるはずがない。私がこの秘密の特訓施設に、土地と森の権利書を持ってきたのだから。




