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第3話 ハッキング・ルスル・アタック(2)

 ヴァーミリオン2……それは巨大な円柱状の宇宙船だ。その大きさはフラガラッハ三号の二倍ほどだ。燃料や食料、物資などが詰め込まれている。さらに対ルスル用のステルスシステムも完備。その場を動かない限りは、ルスルにまだ鈍い金属音がする。


「……臭いな……吐き気がっ! それに……おてあら……いっ!」


 皐月は蒼白な顔で言った。ヴァーミリオン2内は燃料の吐き気のするような臭いが充満している。慣れない人間にとっては辛いだろう。皐月もその一人だ。それに対して弥生は何も感じずに、のほほんとしていた。弥生はヴァーミリオン2の艦長に呼び出されたらしく、それに皐月もついて行ったのだ。


 当初は真っ白であっただろう外壁も、灰色に変色しており、接続口のトイレからは糞尿の臭いがする。たったの三ヶ月間でこんなにも汚れるものなのかと、皐月は変なところに感心した。艦長室なのだろうか、やはり汚い。そして、所有物や食べカスが散乱している。


「お前がマキナのパイロットか?」


 二人に聞いてきたのは大きな体で、軍人のような格好をしている黒人男性。三十代後半ぐらいであろうか。彼がヴァーミリオン2の艦長の・クラウド・ジーブノックだ。怒ると怖そうな……というイメージが皐月の中に浮かぶ。そして、少し怯んだ。苦手なのだろう、こういうタイプの人間が。


「は、はいぃっ! 私がデウス・エクス・マキナのパイロット、藤崎弥生ですっ!」


「ああ、いや、そんなに緊張するな……俺はヴァーミリオン2の艦長のクラウド・ジーブノック……大佐だ」


「うぐぅっ!」


 皐月はさっきまで我慢していた尿意が抑えきれなくなり、弥生に言った。


「ごめん! お手洗い、行ってくるっ!」


「臭いよ……たぶん」


「この際、使えればそれでいいっ! 死ぬわけじゃないからな……それではーっ!」


 そう言うと皐月は糞尿地獄トイレへと疾走していった。その様子を面白そうに見ているジーブノック。


「ユーモアを心得ているな、彼女は」


「あれは……天然だと思います」


「まぁいいさ。で、君を呼び出したのは他でもない、これを渡そうと思ったからだ」


 ジーブノックは弥生に一冊の本を渡した。何かのマニュアルのようだ。


「脳波コントロールタイプ遠隔操作型間接接続タイプ超高速射撃自在兵器最終決戦追加武装マステマ・アルデ・ドラグーン……完成していたのですかっ?」


「いや、こちらで機械だけは完成させたが、肝心のОSがまだ組み終わっていないんだ。そこで、フラガラッハ三号で仕上げを行っている。あと二週間で組むことができるはずだ」


「……あの兵器……正直、動かせられるか不安です」


「大丈夫だ。君の操縦能力とシンクロ性能の十分対応している。君の反応速度を満足に引き出させるための、マキナの装甲板の改良作業も行われている最中だ」


「でも、自信がないんです……私が脳波でコントロールできるかなんて。シュミレーションでも、ぎこちなかったから……動きが」


「そう悲観的になるな。まぁ、こういう孤独な空間うちゅうにいれば、誰でもネガティブになるさ。まぁ、俺や彼女は例外としてな」


 ジーブノックは皐月のいるトイレの方向を向いて言った。そして、微笑。


「これ……ご家族の写真ですか?」


 弥生の瞳が捉えたのは、ジーブノックの家族の写真だ。日本人の妻と三人の娘に囲まれて笑っているジーブノックの姿。今の硬い表情からは考えられないほど、柔らかく暖かい顔をしていた。弥生は内心、羨ましく思った。


 こんな写真……一枚も持ってないや。


 ずっと昔、弥生が一人で留守番していた時、皐月たちの家族が旅行に行くところを羨ましく見ていた。そして、まだ子供だった弥生は大声で泣き出す。そんな弥生を見た皐月は手を差し伸べて言ってくれた。一人なら一緒に行こうよ、と。皮肉にも弥生の中での、家族という存在は皐月の家族であった。しかし子供に無関心な親でも、弥生は恨まなかった。それが普通なのだと思っていたから。皐月の家族が特別なのだと思い込んでいたから。


 しかし、この写真を見ると、そうは思えなくなってしまう。きっとジーブノックのような父親ならば、自分から逃げずに励ましてくれただろう。自分の家族は今、どうしているのだろうか……弥生は少し寂しくなった。きっと、背中に背負った重石が無くなったかのように、二人で幸せに暮らしているのだろう。予想はできた。


「どうした?」とジーブノックは弥生に訊いた。


 でも、もう一度会いたい。あんな家庭でも戻りたいと思うことがあるのだなと、弥生は思った。そうすると自然に瞳が涙で潤ってきた。これほど、寂しいと思ったことはなかった。ここは外国ではない。地球ではない。地球よりもずっと遠いところに、自分の住んでいた場所……帰るべき場所があるのだ。帰れるのかどうか分からない状況の上に立っている、弥生。死んでしまうかもしれない。帰れないかもしれない。どこか知らない、冷たい宇宙空間に屍を浮かばせるかもしれない。そう思うと、そこが愛おしくなってきた。そして、ここいる場所が現実ではないように思えてきたのだ。


「自分の帰るべき場所が遠く感じられてしまって……」


「不安か? そうだろうな……俺も同じだった。だから、その気持ちを忘れるな」


「はい……。ジーブノックさんは、この補給が終われば地球に帰るのですか?」


「ああ、そうだな……。三ヶ月間……風呂にもろくに入っていないから……入りたいな。妻に背中を流させてもらって」


「いい夫婦じゃないですか……私なんて」


 栄治の顔が真っ先に頭に浮かんだ、弥生は顔を赤くする。その時、警報音が鳴った。ルスルの軍勢が来たようだ。だがしかし、この宙域ではヴァーミリオン2からの強い妨害電波があり、周りは小惑星や惑星間塵が多いので、まず敵には察知されないはず。どうしてだろうかと、首をかしげるジーブノックだが、暫くすると全回線を開こうとした。


「……何故だッ! 回線が……くそっ!」


 繋がらない回線を壁に叩きつけて、ジーブノックは頭を抱える。


「私が……私がルスルを倒します!」


 守らなければいけない……ジーブノックさんにも帰るべき場所があるから!


 弥生の決意は固かった。ジーブノックも彼女の瞳を見て、それを感じ取り「ついて来い!」と弥生をフラガラッハとの接続口に連れて行った。


「皐月……フラガラッハ三号に帰ってるといいけど……」


「あの子なら、状況を判断できるだろう。大丈夫だ」


 艦長室から接続口まではかなり遠い。十分ほどかかった。混乱するクルーたちを掻き分けて、弥生は接続口まで来た。その時、ルスルはヴァーミリオン2の第二区画(補給物資の積んである区画)を攻撃してきた。轟音とともに外部からの攻撃に弱いヴァーミリオン2は崩壊し始める。レーザーの数から、そう数は多くないと思われるが、奇襲なので迅速な反撃ができない。ルスルは図体の大きいヴァーミリオン2を先に攻撃しようと考えてのだろう。


「妨害電波が中央部に集中しているな……フラガラッハ三号の切り離し準備を開始しろと、ブリッジに伝えろ! ああ、そうだ、伝令みたいに走れ!」


 混乱するクルーの中、ジーブノックは大声で叫び指示を出した。


「ジーブノックさんは、どうするんですかっ!?」


「ブリッジでフラガラッハ三号の切り離し作業を指揮する……」


「危ないですよ! 狙われています!」


「だからといって、ここで何もしないわけにはいかない!」


「わかりました……守ります! ジーブノックさんは私が守ります! あなたは父親であるべきなんですから……絶対に」


「心強いな。頑張れよ……行けッ!」


「はい!」


 弥生は接続口からフラガラッハ三号へ移り、マキナのある格納庫へ向かった。そこではラットたち、整備班の人々が待っていた。準備は万端なようだ。両手に五十八ミリマシンガンを装備していた。脚部ミサイルポッドの弾薬も補充されているようだ。作業服のラットが弥生にパイロットスーツを投げ渡した。そして、笑いかける。


「頑張れよ! あと、パイロットスーツは似合ってるぜ!」


「ありがとうございます……」と弥生はぺこりとお辞儀。


 パイロットスーツに着替えた弥生はマキナの胸部にあるコックピットに入り、システムを起動させる。強力な妨害電波のため、ブリッジからの声は一切聞こえない。ただ、弥生はヴァーミリオン2とフラガラッハ三号を守ることしか考えていなかった。そして、マニュアルで全システムの動作確認を行う。


「アイ・ハブ・コントロール。EXシステム設定完了、CPC設定完了。酸素濃度、イオン濃度ともに正常値。パワープロー正常、機体制御よし。システムオールグリーン。デウス・エクス・マキナ、システム起動!」


 起動したマキナは自力でカタパルトまで降りて、足を固定させる。すでにカタパルト付近は無重力真空状態だ。しっかりと固定されるとマキナは腰を低くして、射出体勢になった。そして、緑の眼光を走らせる。


「守る……絶対にッ! デウス・エクス・マキナ、藤崎弥生……行きますッ!」

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