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第5話 エターナル・アライヴ・ガールズ(5)

 皐月はフラガラッハの第七区画にいた。すでにブリッジと格納庫、そして居住区が切り離されたフラガラッハに航行能力はなかった。おそらく、艦内にいる生存者は皐月だけだろう。皐月は薄暗い通路の冷たい壁に背中を付けて、足を休めようとした。普段なら疲れないはずの距離も、かなり重くなっている。艦内の重力制御装置がイカれてしまったからだろう。


 視界がぼんやりとする。虚ろな瞳を閉じそうになった時、艦内放送が聞こえた。フラガラッハに生存者いないはず。ノイズ混じりでもわかった、その声は。


「……弥生!?」


 皐月は立ち上がり艦内放送に耳を傾けた。


「生存者……誰かいますかーっ!? 皐月! 皐月はどこッ! 第七区画の武器庫前にいます! 早く……誰でもいいからッ!」


 すぐにでも「ここにいるよ」と返事をしたかった皐月だが、通信機がない。第七区画の武器庫……核弾頭が設置してあるところだ。皐月は疲れきった足に鞭を打ち、武器庫へと向かった。皐月はカードキーを挿してドアを開けると、中にあった据え置き型の通信機を起動させた。


 皐月は「どうか繋がって……」と呟き、通信機に耳を当てる。ノイズの向こうに微かに聞こえる声。それは弥生だった。皐月は虚ろな瞳を開けて、言った。


「弥生……弥生だよね!?」


 返ってくる、親友の声。微かだが、皐月には分かった。その声は徐々に鮮明になっていった。


「う、ん! 弥生……だ、よ! 今、私……マキナに乗ってる。核弾頭は取ったから……マキナに乗り移って!」


「分かったよ! でも、どうして……」


「銃声が……聞こえたから……どうなっていたのかは分からないけれど、ブリッジが切り離されて残骸になっていて……もう駄目かと思ってた。でも、生きてるんだよね、皐月!?」


「うん……私はここにいるよ」


 そう言うと皐月は通信機から耳を離して、宇宙服を着ると外へ出るための重たいドアを開けて外へ出た。宇宙服の中からでも分かる冷たさ。宇宙と呼ばれる場所は、ここまで冷たかったのか。鉄板の上に足を付けた弥生は、動きにくい宇宙服で目の前にいるマキナの方へ向かった。マキナのコックピットに飛び移り、皐月はコックピットの中に入った。


 そこには弥生がいた。親友がいた。もう会えないだろうと内心思っていた皐月。ネガティブな考え方だったのは、自分だったんだと初めて気がついた。そして、皐月は一歩前に出ると、弥生を抱き寄せる。また会えた。不安で不安で仕方なかった。汚い大人の思想、エゴ、死。皐月はその全てが怖かったのだ。震える手で救いを求めていたのだ。


 いつも普通だと感じていたことが、初めて愛おしいと思えた。日常では感じることのなかった苦しみも、全て弥生に救われていた。そして、皐月自身も弥生を救ってきたのだ。互いに助け合ってここまできた二人は、固く抱き合う。そして、皐月は涙を流し、そっと呟いた。


「もう会えないと……会えないと思ってた! だけど……だけど、弥生はここにいる! 私は幸せだ……弥生という親友に出会えて。弥生がいないと、私……全部、駄目だった!」


「嬉しいよ……皐月。もう、離さない。一緒に帰ろ……みんなのいる地球へ!」


「その時は……また、一緒に夏祭りに行こうな。ずっと、友達でいような!」


「うん……うん!」


 その時、宇宙に轟音が響いた。真空で伝わるはずのない音。しかし、たしかに聞こえた。マキナは視界を遠くへ伸ばした。弥生と皐月の目の前に広がったのは無限に等しいルスルの群れ。この漆黒の宇宙を赤く染めるほどの数であった。


「こんな数……コンピューターが計算できない! だけど……」


 弥生は操縦桿を強く握った。眼前のアルカディアスは星の形状を崩壊させて、巨大な異次元空間へと変貌を遂げた。


「やるしかない……生きて帰るにはッ!」


 両腕に核弾頭ミサイルを装備したマキナは、ルスルの大群の中に突っ込んでゆく。何が起こっているのかは分からないが、とにかくやるしかなかった。そうしないと、生きていけないから。そうしないと、また大切なものを失ってしまうから。


「もう……もう誰も……やらせるかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 弥生の咆哮とともに、マキナは脚部ミサイルポッドを展開させて、マキナの目の前にいるルスル群にロックオン。そして、無数のミサイルを射出させた。マキナの射程圏内にいたルスルは一掃された。何百機ものルスルが紅煙に変わり、宇宙の塵と化した。


 異次元空間の先に何かあるはずだ。弥生はマキナの両脚部スラスターを展開させて、異次元空間へと向かう。道を塞ぐ無数のルスルはレーザーを放ってくる。束となったレーザーがマキナに襲いかかってきた。


「くるッ!」


「弥生、落ち着いて!」


「大丈夫! これぐらいならッ!」


 マキナは軽やかなステップでレーザーの束の隙間抜いて、ルスル群の向こう側へとすり抜けていった。脅威の反応速度。それはマキナの性能を限界まで引き伸ばした弥生にしかできないこと。マキナの適格者である弥生のみが……。覚醒した弥生は常人では感知のできない速度のレーザーを見切り、華麗なステップで回避。そして、巨大なビーム刀を発生させて、無数のルスルを殲滅。マキナの翔けた場所には、ルスルの鮮血のみが漂っていた。


 異次元空間は徐々に拡大を始めており、付近の残骸を吸い込んでいるようにも見えた。そんな中に、自ら入ってゆくマキナ。外部から相当な圧力がかかっているが、十分間は十分な運動ができるだろう。それから先は分からないが。


「ここは……どこ?」


 皐月は辺りを見回す。そこには何もなかった。ただ、真っ白な空間のみがあった。気がつけば、二人はマキナから降りている。冷たくも暖かくも感じない。寂しくも苦しくも感じない。そういうような空間だった。あえて言うならば、突き放すような疎外感があった。


「うん……ここは?」


 その時、二人の立っている場所から少し離れたところに、真っ白なワンピースを着た少女が立っていた。彼女は真紅の瞳と、長い白髪を靡かせて、こちらを不思議そうに眺めていた。


「……お客さん?」


 少女はそう、二人に訊いた。皐月は返答した。


「ここはどこ? 何か知ってるの?」


「うん……知ってるよ。私がアルカディアスの本体。教えてほしい? この世界の真実を」


「ああ、知りたい。そして、地球を救う方法も教えてほしい」


 皐月がそう言うと、少女は若干不満そうな顔を覗かせるが、暫くして頭を縦に振った。


「私は神の使い、人類を……いえ、宇宙の元となった塵を創り出した神―――その代弁者。なんで、こんなことをしたのかって? それはね……人類を試したかったから」


「試す……って?」


 弥生は不思議そうな顔で少女に訊いた。


「うん。人類はもうすぐ幼年期を越すの。神は人類が幼年期を越えるべき存在なのか、試したかった。それで……ルスルと呼ばれるバケモノを世界に送り込んだ。アルカディアス……いえ、私という代弁者を通して」


「で……どうすれば、人類は生き残れるの? 私たちは……どうなるの」


「弥生……だったけ? 私はあなたが嫌い。でも、答えてあげる。簡単よ。私を殺せばいいの。でもね、私が死んじゃうと、この空間は崩壊を始めて、あなたたちは時空の彼方を彷徨うことになる。いつ帰れるかも分からない世界よ。時間は止まっていて……。どこの世界へ落ちてしまうかも分からない。もしかすれば、別の世界に出てしまうかもしれない」


 少女がそう言うと、二人は暫く黙り込み、そして顔を上げて少女に言った。


「でも、弥生がいるからいいよ、私は」


「地球を護りたいもの……そこに大切な人がいるから。もう、失いたくなんかないよ」


 その瞳に迷いは無かった。


「それでいいの? あなたたちは、もうあなたたちの知っている地球へは帰れないのよ?」


 弥生は一呼吸置いて、暖かな笑顔で言った。


「ずっと私は守られてきた。ずっと、ずっと……他人に。それで大切なものも、自分自身のせいで失ってしまった。だから、もう失いたくない。いいえ、守りたいの、今度は、私が」


「守る……大切なもの?」


「ずっと……ずっと、好きだった人だよ。でも、もう会えないんだよね? いいよ、それでも。あの人が笑ってくれたら……私、それだけで幸せだから」


「でも、あなたの心には迷いがあるよ」


「あえていうなら……嘘、ついちゃったことかな。「必ず帰ってくる」って」


「お好きにどうぞ……人類にも、こんなのがいたなんて、驚いたよ」


 そう言うと弥生は少女の首下を両手で握った。苦しそうにもせずに、少女はその真紅の瞳を閉じた。弥生は涙を流しながら、少女の首を絞め続けていた。もう、会えない、栄治に。あふれんばかりの悲しみが、涙に表れてきたのだ。


 でも、そうしないと大切な人は死んでしまう。みんな死んでしまう。こうするしか道は無かったのだ。後悔はあるけれど、そうしなければならなかったのだ。でも、そう簡単に忘れられそうもない。ならばいっそ、別の世界へ行ってしまおう。そう思っていた弥生。花びらのように散ってゆく少女。もう、悲しくなんかない。そう、自分に言い聞かせたかった。ただ、弥生はその言葉を言えずにはいられなかった。そして、呟く。


「もう一度、「好き」って言ってほしかったな……栄治くん」


 崩壊する世界の中、皐月は弥生を後ろから抱きしめて、そっと耳元で呟いた。


「泣きたいときには泣いていいんだよ。それが人間」


「皐月……あなたに出会えて本当によかった。最高の友達だよ、皐月」


「二人だから、もう寂しくなんかないよ……」


 互いに理解しあえる二人。少女たちは優しい手で抱き合い、ずっとそのままでいた。世界が崩れ落ちるまで。二人の声はどこまで聞こえるのだろうか。


 おそらく、永劫の友情は無垢なる宇宙そらの彼方へと消えてゆくのだろう。

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