第5話 エターナル・アライヴ・ガールズ(4)
「人類は贖罪されるべき醜い存在だ……」
幸蔵は黒く鈍く光る銃をオペレーターたちに向けて構えた。先ほど、一発の銃声が鳴り、オペレーターのリアナが撃たれた。銃弾は頭部を貫通しており、地面に転がった彼女の付近にはおびただしいほど
の鮮血が流れ出している。ヨムナは即座に反応して、銃を幸蔵に向けて構えた。そして、叫ぶ。
「よくもリアナをッ! これ以上やらせない! 通信機能を回復させなさい! パスワードを書き換えたのは、あなたなんでしょ!」
「そうだ……私だ」
鈍い声で返答した幸蔵は銃をヨムナに向けた。
「ここで人類は滅びなければならないのだ」
「何を言ってるんですか! どうして、そんなことを……」
ヨムナは後悔した。ラットの言っていたことを、まともに聞いていればよかったと。単に嫌いな人間だからとか、愚痴だとか考えていた自分を殺したくなった。しかし今、殺さなければならないのは船長。水和幸蔵なのだ。
しかし、裏切り者は一人ではなかった。近くにいたジャムも銃をヨムナに構えた。彼は幸蔵と親しかったアーム操縦士。幸蔵と手を組んでいることも考えられないことではなかった。幸蔵は落ち着いた声……いや、冷徹な声で言った。
「二対一だ。君が私を殺しても、ジャムが後の仕事をしてくれる。逆もそうだ。さぁ、銃を置いてルスルからの罰を受けよ……」
幸蔵は「ルスルの意思」を聞いてから変わった。表向きはそれほど変わった気配はなかったが、彼は人類すべてが贖罪するべき存在だと信じてしまったのだ。それは恐ろしい考え。人類を滅ぼす考え。ルスル……いや、アルカディアスを殲滅しようとする彼らは、幸蔵にとって「神を殺す者たち」だった。そして現在、彼は神を救った英雄となろうとしていたのだ。勿論、これは彼の頭の中でも価値観だが。
「何を言ってるんだ……ッ!」
副船長のドロウクは立ち上がり、幸蔵に言った。幸蔵は振り向くとドロウクに銃口を向けた。
「ドロウク副艦長……君は人類が悪いとは思っていないのか?」
「何をバカな……さぁ、やめるんだ!」
「言っても分からない人間は……アルカディアス……あなたの変わりに罰を下す……いや、これは見せしめだ」
幸蔵は銃の引き金を引く。その瞬間、ドロウクの胸部から鮮血が噴出した。二発目は右足の脛に、三発目は左足のふくらはぎに命中した。血に染まった体を見て、ドロウクは絶叫する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「醜いものだ……」
四発目は頭部。噴出した鮮血が幸蔵の全身を濡らす。ドロウクの頭部は地面に落ちた。
「ルスルは私たちに言ってくださったではないか……「人類は贖罪されるべき」だと」
幸蔵は再び、ヨムナに銃を向けた。ヨムナの背後にあるイスの影には皐月が隠れていた。両手を互いに握り、体中を震えさせている。普通の高校生で銃声を聞いて恐怖しない者はいないだろう。殺される……既に二つの人間の死を見た皐月は、その光景に恐怖していた。
「あなたのやり方は間違っている! さぁ、銃を捨てなさい!」
「二対一で……よくそんなことが言える……聞け、ヨムナ。我々人類は地球にとっては一部分でしかなかった。それなりの利があり害がある……そういう存在だったはずだ。だが、今の世界を見ろ。人類は地球にとって害なことばかりをしている。罪を重ねてきた人類は贖罪されるべきだった。そして、禊を洗う者……ルスルが我々を攻めてきた。それは罰だ。罪に対する罰」
幸蔵はそう言うとジャムに言った。
「格納庫を切り離させろ……核弾頭はパスワードの入力がなければならないが、じきに破壊されるだろう。頼んだぞ」
「はい……」
ジャムは目の前のパソコンを開いて、格納庫を切り離す作業を行った。しかし、彼の右手にある銃は依然、ヨムナの方を向いている。暫くすると轟音が船内に鳴り響いた。格納庫が切り離されたようだ。中にいた整備班の人々とともに。
「もう後戻りはできぬ……さぁ、禊を洗う刻がきた!」
「黙れッ!」
ヨムナの隣にいた男性オペレーターが立ち上がり叫んだが、胸部を二箇所撃たれて死亡した。そして、次々とブリッジにいる人々を撃つジャム。彼は無言のままだった。
「皐月ちゃん、いい? 私と一緒にここを爆破させましょ。大丈夫、マキナには六人は乗れるわ。脱出用シャトルで待ちましょ!」
ヨムナは姿勢を崩して、横で倒れていたオペレーターを担いで盾代わりし、皐月に言った。皐月の手の震えが止まった後、ヨムナは皐月とともに立ち上がり、前へ飛び出した。
「行かせはせん! ここで死ね!」
「キャッ! 大丈夫ですか、ヨムナさん!」
「大丈夫、私も。隠れていて!」
幸蔵はヨムナたちの動きに気がついて、走る彼女らに対して発砲した。銃弾は皐月の頭上を通ると、向こう側のコンピューターのデスクトップに突貫した。ヨムナと皐月は段差の陰に隠れる。ヨムナは皐月に呟く。
「まさかね……私の責任だわ。ラットの忠告を聞いていれば……。きっとラットを殺したのも、あの二人。ヴァーミリオン2の座標をルスルに提示したにもね」
「ヨムナさん……」
「相手は二人……でも、大丈夫。攻めている側より、守っている側のほうが有利なのよ。ここで待ってて。片付けてくるわッ!」
そう言うとヨムナは立ち上がり、生存者を探して油断していたジャムの腰を銃で撃ちぬいた。悲鳴を喉の奥から出して倒れこんだジャム。ヨムナは更に頭部に三発銃弾を撃ち込んだ。ジャムは自らの頭部から鮮血が噴出しているのを確認でぬまま、体を床に落として力尽きた。
ヨムナはジャムの死体に取り付き、手に持っていた銃を奪い取るとジャムの体を掴み、盾にして幸蔵に突っ込んでいった。幸蔵は銃を何発も撃つがジャムの死体がそれを遮っている。幸蔵をジャムの死体ごと壁に打ち付けたヨムナは、ジャムの死体を振り払い幸蔵の胸部に銃弾を二発浴びせた。ジャムの持っていた銃の弾は切れたようで、幸蔵の顔に投げつけてやった。
「これで……ッ!」
しかし、幸蔵は防弾チョッキを付けていたらしく、暫くすると立ち上がった。そして、ヨムナの右足に銃弾を撃ち込んだ。倒れるヨムナ。彼女は振り向いて皐月に言った。
「先に行きなさい! 私も合流するからッ!」
「で、でも……」
「早くッ!」
「はい!」
皐月は段差の影から飛び出して、出口のドアへと向かった。
「まだだ……我々の贖罪を邪魔する気か!」
幸蔵は皐月に向かって銃を構えた。ヨムナは衝動的に皐月の体を隠すように立ち上がり、足の痛みを抑えて幸蔵の前に立った。そして、銃弾はヨムナの胸部を貫く。おびただしい量の血液が流れ出し手いるにもかかわらず、ヨムナは動じない。
「ヨムナさん!」
「あなただけでも生きてほしいの……あなただけでも! 外に出たなら、ブリッジを切り離して! ルスルに気づかれないように!」
ヨムナは幸蔵に抱きつき、ナイフを彼の腰に突き刺した。もう一度、ヨムナは皐月の方を振り返って
叫んだ。
「生きて……絶対にッ!」
「…………はい……」
流れる涙を隠すように皐月はドアに手をかけてブリッジの外に出た。そして、脱出用シャトルへと向かった。ブリッジには幸蔵とヨムナ、二人だけが残った。幸蔵は腰から大量の鮮血を流れ出させ倒れている。ヨムナは倒れた幸蔵にまたがり、ナイフを構えた。
「もう遅い……人類は滅びる」
「そんなこと……分からないじゃない。あなたは間違っているわ。勿論、私の中での価値観で図ったときの答えだけど」
ヨムナは胸の痛みを堪えてそう言った。
「人類は贖罪される存在だ……。死んで審判を受けるべきなのだ」
「死んだら!」
ヨムナは幸蔵の胸にナイフを刺した。それを何回も繰り返す。
「死んだら……何もかも終わるのよ。その先にあるものが何かは分からない……そうやって考えることこそが、一番罪深いと思うわ……」
ヨムナは地面に力を失ったように倒れこんだ。そして、天井を見て呟く。
「弥生ちゃん……世界を救って……そして、生きて。私たちのようにならないで……」
これまでの人生を考えることにしたヨムナ。そういえば、ラットといる時間が一番楽しかったようだ、と彼女は思う。やっと一つになれた。そう考えると、この計画に参加してよかった、と思えるようになってきた。そして、未来への思いを弥生と皐月へと託した。
もう、自分の役目は果たした。だから、あなたの胸の中で眠らせて……。
暫くすると、ブリッジは船体から切り離された。