第5話 エターナル・アライヴ・ガールズ(1)
遂にこの日が来た。フラガラッハ三号はアルカディアスへの直接攻撃の準備へ取り掛かった。贖罪計画はフェイズ3に移行されたのだ。ブリッジのモニターに映されたのは、漆黒の星……アルカディアスだった。そのすぐ傍には、太陽のプロミネンスが噴出している。
ヨムナと皐月は、その様子をじっと見つめていた。間近で見るアルカディアスは、想像より大きい。その周りにいる無数の黒点が、ルスルの大群だ。目分量でも、万単位はいる。
「こんな数……どうやって……」
ヨムナは敵の数を記したモニターを見つめて言った。弥生は出撃準備のために、マキナの最終チェックを行っている。
「それより……ヨムナさん」
ヨムナの隣にいた皐月はヨムナに向かって言った。
「この二週間、奴らに目立った動きがないのは、あなたのおかげよ。でも、気をつけて。まだ、ここに裏切り者がいるんだから……」
「いざとなったら……」
「私が銃を持っている。あなたは私が守るわ」
「ありがとうございます……」
不安げな顔で俯く皐月に、ヨムナはそっと呟いた。
「弥生のところに行ってあげて。あの子……無理しているから。あの子の不安を取り除いてあげて、少しでも」
「はい。弥生の心の支えになるのが、私の役目ですからっ!」
そう言うと、皐月はブリッジを出て格納庫へ向かった。格納庫は出撃前のマキナを整備班が各部の最終チェックを行っている。しかし、そこにラットの姿はない。いつもあったはずの、それは無かったのだ。もう、あれから二週間たった。なのに一向に消えようとしないラットの存在の記憶。
そして、地球にいたころの記憶。二ヶ月も前のことなのに、つい最近のことに感じてしまうのは何故だろうと、皐月は思った。陸上のインターハイはどうなっているだろうか、少し気になる皐月。地球へ帰ったら陸上をやろう、と皐月は決意する。
そして、マキナのコックピットの前には弥生が立っていた。既に準備は万端なようだ。しかし、顔には不安が浮かんでいた。
「弥生……心配しないで、私がいるから」
「うん……大丈夫。そうだよね、私がアルカディアスに核ミサイルを撃ち込めば、全て終わるんだよね? 地球へ帰れるんだよね?」
「そうだよ。それでだけで、いいんだ……。あとは何も考えるな」
「ありがとう、皐月……あなたがいて、本当によかった」
「……ッ!」
そっと、皐月は弥生を抱きしめた。優しく包み込んだと言った方が妥当であろう。
「私……少し、おかしいよね」
「へ?」
「……どうして、弥生のことが好きなんだろ……。どうして、私の体は女の子なんだろ……」
「…………」
皐月はいつも、思っていた。自分が女性に生まれてきたのかという、疑問に。そして、いつも遊んでいた弥生に「好き」という感情が芽生えたことが、不気味で仕方なかったのだ。所謂、自己嫌悪……なのだろうか?
「好き……ってどういうこと?」と弥生は訊いた。
「うんん。なんでもないよ……ごめんね」
皐月は自分の突出しすぎた心を抑えて、弥生から体を離した。自分の気持ちを押し殺して、皐月はできる限りの笑顔を造りだして、弥生に言った。
「いってらっしゃい」
それを言った瞬間、何故だか皐月の瞳は涙に濡れてきた。そして、弥生の胸に顔を埋めて泣き始めた。
「泣かないって……泣かないって決めたのに! 私はぁぁぁぁぁぁッ!」
「大丈夫……ずっと一緒だよ、皐月」
離れると、消えてしまいそうな存在。皐月にとって、それは弥生だった。ずっと一緒にいたいという存在。自分の本音を言ってしまえば、離れていってしまうのだろう。ならば、その気持ちを押し殺して、笑顔で送り出してあげよう。そう考えたのだ。
自分なんて、どうなってもいい。弥生が笑顔であろうならば、私は。
「おーい! 作業が完了したから、コックピットで最終チェックを行ってくれ!」
整備班の一人がそう言うと、弥生は笑顔で「はい!」と答えて、コックピットの中に入ろうとした。それを皐月は止めようとしなかった。
「……そうだよね……私は女の子なんだ―――――」
皐月はそう、呟いた。暫くすると、皐月はブリッジに戻った。
同時刻、アメリカ贖罪計画作戦本部。栄治はふと、空を見上げた。そこは無垢なる蒼い宇宙が広がっていた。昼だというのに、少し暗かった。太陽は三日月のように半分に割れて見える。異常な光景に栄治は不気味な気分になった。しかし、それと同時に、寂しくもなった。
弥生は今頃、どうしているのだろうか? 予定だと、既にフェイズ3に入っている時間だ。だが、太陽フレアによる通信妨害のため、正確な位置が分からない。彼らが作戦に成功したと分かる手段は一つ。空に浮かぶアルカディアスが消えた時だ。永遠に消えないかもしれないし、今再び顔を上げれば、消えているかもしれないし。
前方は何もない滑走路。かなり熱されているようだった。栄治はやりきれない気持ちを、どこにもぶつけることなく、地面に座った。こんなところに何時間もいたら、熱中症になることは必至だ。ただ、こうやって、空を見ていると、栄治の心は静まっていった。
「僕はどうしてここにいるのだろうか?」
ふと呟いた言葉も、空のどこかに消えていってしまった。弥生たちが頑張っているのに、自分は何もできない……のだろうか? 無力な自分が悔しくないのか?
しかし、彼は何もできない。まるで、いくら泳いでも酸素のある場所にたどり着けない、深海にいるような気分だ。栄治はそっと、地面の砂を触った。さらっとしていて、パサパサに乾燥した、それは、風とともに栄治の手のひらから飛んでいった。その砂はいったいどこに行くのだろうか? そして、今、どうしているのだろうか?
不安の渦に中にいる栄治。抜け出すのは自分しかいない……。しかし、彼は抜け出す手段をまだ知らなかった。