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第4話 ラストフロンティア・イズ・ユー(3)

「マステマの射出、急げよッ!」


 ラットは叫ぶ。カタパルトに乗ったマステマは射出準備に入る。轟音と鈍い金属音。鼓膜が破れてしまいそうになるほどのものだった。ラットはマステマのシステムを管制室で見守っている。整備班は第二管制室にて、マステマの射出コードを入力していた。


「ヨムナ……マキナとは宙域にてドッキングすると、弥生に伝えておいてくれ」


「了解、ラット」


「よーし、よし……? 第八ボルトが展開されない!?」


 マステマのカタパルトの一部が機能不全に陥っていることが分かった。ラットは唖然とするが、すぐに気を取り直して別のカタパルトで射出できないか試してみる。しかし、不可能だった。既にカタパルトを展開している状態だった。重力を戻すには十五分以上かかる。そうなれば、マキナを待たせることになってしまう。


 一刻を争う状況の中、ラットは声を上げた。


「俺が直接行って修理する! 宇宙服だと勝手が違うとは思うけど、十分で終わるはずだ」


「行けるの、ラット?」


「任せておけ! 宇宙服に着替える! 用意してくれ!」


 そう言うとラットはカタパルトに宇宙服で飛び出し、第八ボルト部分へと向かう。無重力のため動きが重いが、そのような状態でもボルトを直すことなど容易いことだった。ラットはカタパルトに取り付くと、第八ボルトの修理を行う。腰に抱えた工具を取り出して、第八ボルトの整備用ハッチを開けた。


「酷いな……。これほどまでに痛んでいるとは……マキナの時にならなかっただけマシだが、一歩間違えるとカタパルトがぶっ壊れちまうところだったぜ」


 予想外に内部は傷んでおり、固定小ボルトが数箇所外れていた。


「……ったく、どこの不良品だよ。これも人為的……なのか? ……うッ!」


 ラットは今、それに気がついた。彼の宇宙服の酸素ボンベに穴が開いていたのだ。それも小さなものではない、大きなものだ。いや、それ以上に問題なのは、冷却装置がまったく機能していないことだった。密閉されている宇宙服の中は予想以上に熱い。体中から汗が噴出し、酸素も薄くなってきている。


「やべぇな……」


 だが、ラットは作業をする手を止めなかった。固定小ボルトを全て取り付けると、ラットの頭の中は真っ白になる。その時、ヨムナから回線が入った。


「ラット! 戻ってきて! 宇宙服が故障してるんでしょ!」


「……命綱も切れている……もう、戻れない。だが、心配するな、作業は終わった」


「何言ってるのよ! 何か方法が……」


「ははは、どう言ったって助からないよ、俺は……」


「じゃあ、何でそんなに余裕事を吐いているのよ!」


「どうしてだろうな……突然……だったからかな? 不思議だよ」


 酸素も薄くなって、息がほとんどできない。必死に呼吸しながら、ラットは言った。


「どうやら……これは……人為的なものらしい。誰だか知らない、が」


「……らっと……」


「君は、俺の、楽園だ。こんな状況になっても……楽園は、あったんだな」


「ラットッ! ラッ……」


 回線が切れたようだ。周囲の機器は熱されたため、殆どが破損。使い物にならなくなっている。朦朧とする意識の中、ラットは宇宙に手をかざして、そっと、一言呟いた。


「弥生、お前の翼を届けるぞ……」




 同時刻、マキナはルスルの大群と交戦中だった。無数のレーザーがマキナに襲い掛かる。射撃型の半分は殲滅したものの、三機の巨神型は未だ健在。巨大な腕部から放たれる大質量のレーザー。何とか回避したマキナだが、次は無い。眼下には水星のゴツゴツとした地表が見える。巨神型のレーザーの爪跡が残っている


「数が……マステマはッ!?」


「現在射出準備中よ!」


 フラガラッハ三号に弥生は回線を開いた。応答したリアナ顔からは焦りが感じられた。


「レーザー……来るッ!」


 弥生は両ステップを勢いよく踏みつけて、迫り来る無数のレーザーを回避してゆく。抜け目を探して、突っ込む。ワンパターンだが、非常に有効な回避方法。しかし、抜け目が見つからない場合、どうしようもない。紅の弾道を描きながら、回避してゆくマキナ。


 腕部からスモーク弾を飛ばして、灰色の煙を発生させる。その瞬間、マキナの脚部ミサイルポッドが展開。白い煙の糸を弾道に乗せて、疾風の如く放たれるミサイル群は、マキナの前方にいた射撃型を一掃させた。しかし、その時。


「え? 嘘ッ!」


 灰色の煙の中から、一機の巨神型が現れた。巨神型は腕部を巨大な手に変形させて、マキナの右足を掴む。熱されるマキナの右足の塗装は剥げてくる。右ステップを踏みつける弥生だが、まったく反応がしない。そして、マキナの右足は多大な圧力によって圧し折られた。


 第二関節から下の機能が完全に停止。巨神型はマキナを掴んだ左腕を振り上げて、水星の地表に叩きつけようとする。巨神型の左腕から離れたマキナは、反発もせずに地表へと落ちてゆく。巨神型は両腕を落ちてゆくマキナに向かって構え、大質量レーザーを発射した。


 電子制御装置損傷。右脚部応答なし。オートパイロットシステム、ダウン。マニュアルに自動切換え……しかし、右脚部の反応は無い。警告音がコックピットに響き渡り、赤いアラートの光が弥生を濡らす。


「…………」


 朦朧とする意識の中、ふと弥生は考えた。自分が死ねば、アルカディアスを攻撃する手段をなくしてしまう。フラガラッハ三号の皆も死んでしまう。いや、地球に住む全ての人間がルスルに反撃する手段を失うことになる。それはルスルに黙って殺されろ、と言われるのと同義のことであった。そんなの嫌だ、弥生は瞳を開けようとする。


 そこには栄治の姿があった気が、弥生にはした。微笑んで手を差し伸べてくれる。ここは天国か地獄か? 弥生は考えた。だが、今、ここにいるという感覚はある。まだ死んでいない。幻覚なのだろうか。だとしたら、見ている場合ではない。弥生はもう一度、瞳を閉じて―――再び開けた。そこはコックピットだった。


 操縦桿から離れていた両手を、元の位置に戻そうとするが届かない。必死に手を伸ばした結果、触れることはできたものの反応が無い。メインシステムが狂っているのだろうか? 頭が回りそうも無い。


 弥生は自身の命の終末を確信した。もう終わるのだ。もう終わるのだ? いや、このままでは死ねない。まだ、皐月やヨムナやラット、幸蔵にエルガム……クルーの皆が死力を尽くして戦っているのだ。ここで自分だけくたばるわけにはいかない。


「こんなことで……こんなことで私はァァァッ!」


 その時、弥生の中で何かが、また弾けた。


 弥生はキーボードを叩き、メインシステムをサブシステムに切り替えて、操縦を行うことにした。多少、動かしにくいが、動かないよりマシだ、と弥生は考えたのだ。レッドアラートは消えて、システムが復旧した。緑色の光が弥生を包み込む。


 弥生は左ステップを踏みつけて大質量レーザーを緊急回避。旋回して巨神型へ突貫する。


「マステマのドッキング領域まで、あと900! これならッ!」


 マキナは両腕のビーム刀を展開。ビーム刀を構成する粒子が、マキナのフレアドライヴによって巨大化される。大質量になったビーム刀をマキナは前にかざして、二つの光を合体させる。

それはマキナの十倍もある大きさの巨大な粒子剣となる。マキナが振り上げた粒子剣は、巨神型の脳天から推進部まで左右対称に一刀両断した。残りの射撃型も瞬時にロックオンして、脚部ミサイルを時間差射出。回避システムの狂った射撃型と指揮型は次々とミサイルの餌食になってしまう。


「はぁぁぁぁぁぁッ!」


 マキナは粒子剣を構えたまま巨神型のホーミングレーザーを回避して、紅の鮮やかな弾道とともに巨神型の腹部に取り付く。そして、大きく横に粒子剣を振りかざす。巨神型は上半身と下半身に両断されて、水星の地表に落ちていく。金属の多く含まれた水星の地表の土が舞い上がり、巨神型の屍は鮮血を噴出しながら消滅していった。


「システム……ドッキングモードへ移行」


 マステマの反応を確認した弥生。マキナに迫ってくるマステマは接続口から青いレーザーを出して、マキナの股関節後部にある接続口に照準を合わせる。それをガイドに、マステマはマキナとドッキングした。マキナは眩いばかりの緑色の輝きを放ち、周囲に粒子を撒き散らす。


―――МASTEМA・МОDE―――


挿絵(By みてみん)


 マキナはフレアドライヴから金色の翼を広げて、マステマのビットの展開準備を行う。そして、マキナは加速。それとともに、マステマのビットが展開した。鋭い剣にも見えるビットは宇宙を翔けて、敵の大群の中に切り込んでいった。


「大丈夫……見える。いけぇぇぇぇぇぇッ!」


 弥生の咆哮と同時に、全てのビットは側部から無数のホーミングレーザーを放った。一瞬にしてマキナの目の前にいる大群は鮮血の液体となり、宇宙空間に漂う。それはまるで、鮮血が流れている天の川にも見えた。しかし、それは希望の光。


 巨神型の最後の一機に狙いを定めて、マキナはビットを巨神型の周囲に集める。そして、一斉射。穴だらけになった巨神型は爆風と共に紅煙を噴き散らした。


「これで……決めるッ!」


 ビットはマキナの周囲に集まり、弥生は残りの敵全てに照準を定める。ロックオンサイトは無数の赤い照準に染まった。そして……。


「消えされぇぇぇぇぇぇッ!」


 マキナの周囲にあったビットは、無数の轟音と共に蒼き閃光を放った。暫くすると、マキナの視界に入る全てのルスルは、鮮血の液体と化していた。一瞬にして消え去った敵。


 デウス・エクス・マキナは既に機械仕掛けの神となっていたのかもしれない……。


「皐月……守ったよ……みんなも……あっ」


 一人の少女は、その神を操る者。それはいったい何なのだろうか?


 マキナの目の前にはブラット・リヴァーが広がっていた。



「あぁぁぁぁぁッ! ラット! ラット!」


 その日、フラガラッハ三号の格納庫は慟哭に染まった。ヨムナは返事の無い、冷たくなったラットの前で泣き叫んでいた。格納庫には整備班の人々が、その様子をそっと見守っている。声をかけようとも、何を言えばいいのか分からなかったのだ、誰も。


 帰還してきた弥生は皐月と共に、その場から離れることにした。怖かったのだ……さっきまで生きていた人間の死体を見るのが。一瞬にして消え去った命の火は、皆を悲しみの沼に沈めてしまった。特にヨムナは人一倍、悲しい思いをしているだろう。彼女はこの閉鎖的空間で唯一、心を許して接し会える存在を失ってしまった、のだから。


 着替え終わった弥生は皐月と合流した。


「私のせい……なの?」


 弥生は格納庫と居住区を結ぶ通路で、そっと皐月に呟いた。皐月は弥生の肩に手を置いて、それを静かな口調で返した。


「違う。また誰かの仕業なんだって……」


「裏切り者……なの? 怖いね……うんん、私だって狙われるかもしれない」

それを冷静に言った、弥生。


「なんでさ?」


「私はデウス・エクス・マキナのパイロット……。計画を阻害するなら、パイロットである私が殺されれば……手っ取り早いよ。カタパルトの不具合だって一歩間違えれば、デウス・エクス・マキナが事故を起こしてしまうところだったんだよ」


「…………たしかにな。でも、心配するな! 私が弥生を守るよ。部屋だって一緒にしたら、うかつに殺しに行けないだろ? 裏切り者も」


「そう言ってくれると嬉しいよ、皐月」

皐月は部屋に戻ると弥生を部屋に入れて、日用品を全て片付け鞄に詰めた。その様子を不思議そうに見つめている弥生、そして訊いた。


「なにしてるの?」


「引越し作業に決まってんだろ」


「ありがとう……皐月」


 皐月は鞄に詰め込んだ荷物を弥生の部屋へ持って行き、机の前に置いた。皐月は「ふぅ」と一息して、部屋の電気を消し、壁にもたれかかり言った。


「疲れたろ? もう寝よ」


「うん……でも、ベットは一つだよ?」


「地べたで寝るさ。そういうのには慣れているからな!」


「……いいの?」


「親友だろ、私たち。さて……じゃあ、寝るよ、私は」


 皐月は床に寝転がり、腕を枕代わりにして寝始めた。弥生も、ベットに入り寝ようとした。ふと、弥生は皐月の方を見る。そうすると、皐月は不思議そうに弥生に言った。


「どうした?」


「あ、うんん……。皐月がいるだけで、安心できるなーって思って」


「私もだよ。ルスルとか、裏切り者とか……怖いものばかりの、この場所でも、弥生がいるから安心できる」


「今頃、栄治くんは何をしているだろうな……」


「そうだな……地球は大丈夫なんだろうか?」


「地球とは連絡が取れないし……。うんん! でも、大丈夫だよ!」


「変わったな、弥生は」


「へ? どういうふうに?」


「全体的に、芯が硬くなったんだよ。なんというか……強くなった、うん。私が助ける必要も無くなってきた」


「……でも、まだ弱いところもあるよ。だから、一緒に歩いて……」


「ああ、分かった……」


 フラガラッハ三号がアルカディアスの直接攻撃可能距離到達まで、あと二週間だ。二人は、その二週間、片時も離れることは無かった。怖かったから……二人でいたのだ。

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