第4話 ラストフロンティア・イズ・ユー(2)
その二時間後だった、フラガラッハ三号のレーダーがルスルの大群を捉えたのは。数千もの大群だ。ブリッジにいる幸蔵は第一種戦闘配備を出す。ブリッジに重苦しい空気が流れる中、ヨムナと幸太郎はルスルの大群との距離を算出した。
「距離、約1340メートル。数は約千の大群。接触は避けられません」
幸太郎がそう言うと、幸蔵は号令をかける。
「これより、フラガラッハ三号は戦闘体勢に移行する。デウス・エクス・マキナの発信準備を急げ!」
「それが……」
リアナは申し訳なさそうに言った。
「パイロットが、いつになっても現れないと……」
「どうしたのよ! 弥生ッ!」
皐月は握りこぶしでドアを叩きながら、弥生を呼んだ。しかし、弥生は毛布に包まったまま、動こうとも返事をしようともしない。黙ったままで、怯えていた。皐月はドアを、思いっきり蹴った。だが、開こうとはしないドア。皐月は苛立ちを込めて、もう一回蹴った。すると、若干ではあるがドアの中心部は凹んだ。
「敵が来たって言ってんだろ! このままだと死んでしまうんだよ、みんな!」
「…………」
「守れなくてもいいから、戦おうとしろよ! 私はどう言われようと、弥生を信じているから! だから……」
「信じないで……私を」
「ふざけるなよ! 親友だろ、私たち」
「絶交したって言ったよね! 私は怖いの! 苦しいの! 戦うか、戦わないか……決めるのは私! 誰も守れないって分かったの! きっと、皐月のことも守れないよ!」
弥生は毛布をドアに向けて投げつけた。鈍い金属音が響く。そのせいで鍵が外れてドアがゆっくりと開く。皐月は部屋に入って、弥生の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「自分勝手なのもいい加減にしろよ!」
「……私を嫌ってよ。もう、何もしないって」
「そんなこと……できるわけ無いだろッ!」
皐月は涙ならがらに、皐月の胸に飛び込んだ。そして、ぎゅっと抱きしめる。
「どうせ、守れないよ……みんな」
「だからって……何もしないのは駄目だ! 逃げるな! 戦え!」
「怖いよ……苦しいよ……こんなところにいることが、とっても……。それに、私……最低なことをしてしまったんだよ? ジーブノックさんを死なせてしまった……。守るって約束したのに!」
「……弥生」
「嘘つきなんだよ、私。最低だよ……私。だから、もう誰も守りたくない。どうせ、何も守れないし……」
「私が弥生に守られているのと同じように、私も弥生を守る。見ているだけしか、できないのかもしれないけれど、それでも私が弥生を支えたい!」
「どうせ、守れないよ、みんな……だったら、何もせずに傷つく方がいい!」
「ふざけんなッ!」
皐月は弥生の胸ぐらを掴んで、ベットに押し倒した。弥生はベットの上に倒れて、泣き出す。
「私は見ているだけ! 何もできない! 守れない! だけど、弥生には力がある。私には無い力が……。それを何にも使わずに、このまま逃げて逃げて死ぬのが許されると思ってんの!?」
「……怖いよ、みんな」
「怖いのは、ヨムナさんもラットさんも、幸蔵さんも一緒! だけど、みんな頑張っている! 自分ができる、精一杯のことをしているの。だけど、今の弥生はそんなんじゃない! ただ、怖い怖いと逃げているだけ! たしかに、弥生のやっていることはとても苦しいことなのかもしれない……。いや、そうだろう。私じゃ、想像もつかないほど苦しいのだと思うよ。でも、だからって逃げていいってわけじゃない!」
「…………」
「あなたが戦わないと、地球のみんなも死んでしまう。栄治も……みんな!」
「…………」
「弥生が怖いときは、ずっと傍にいてあげる……だから、安心して。弥生だけが何かを守っているわけじゃない。私だって、弥生を守りたいの」
「……守る?」
「ああ! 私は弥生の親友だぞ! そういうことは昔も同じだろ?」
弥生はようやく分かった、自分が何をするべきなのか。弥生は、自分の両手を見た。これで操縦桿を握り締めて、この足でステップを踏みつける。戦うことは、まだ怖い。だけど、守るべきものを失ってしまうのはもっと怖い。差し伸べてくれた皐月の手。暖かい。
この暖かさを守りたいのだと、ようやく分かった。逃げていちゃ、駄目だと。たしかに、守れなかったものもあった。それゆえの重圧に負けていたのだろう。その人の笑顔を消してしまった自分が嫌いになったのだ。だが、弥生は思った。ここで戦わなければ、自分の愛おしいものが、また一つ消えてしまうと。それを守ろうとしてすらいなかったことに、気がついたのだ。守らなくてはならない。
どうせ、守れないのだろう……いや、そうと分かっていても、皐月だけは守りたかったのだ。宇宙へ上がる前に二人で誓ったはずだ、「生きて二人で帰ろう」と。その約束を守れなかった自分は、ジーブノックを守れなかったときの私と同じだと。醜い自分と同じだと。
怖いけれど、そこに自分を守ってくれる人がいる。自分に暖かな手を差し伸べてくれて、抱きしめてくれる友達。自分はここにいるのだと、認識させてくれる親友。
「私……行くよ、皐月。私が皐月を守らなきゃ。それをできる力が、私にはあるから」
ゆっくりと立ち上がった弥生は、皐月のほうを向いて言った。
「私も、弥生を守ってあげる。気持ちだけでも、それでも精一杯、私にできることをするつもりだよ」
「うん……ありがとう……皐月」
「もう怖くないのか?」
「皐月を失うほうが、怖いよ」
そう言うと弥生は部屋を出て、更衣室へと向かった。パイロットスーツを着て、乱れた髪にインターフェイスを付けた。いつもは重いパイロットスーツだが、今は違う。重くても、それは違う重みだ。弥生は格納庫へ向かいマキナの前へ立った。すると、下にいたラットが弥生に声をかけてきた。
「答えは出たんだな……」
「でも、難しいことじゃなくて、すっごく簡単な答えです」
「簡単なほうが良いさ。難しく考えすぎると、哲学者のように頭でしかものを考えられない女の子になっちゃうからな……どうぞ、頑張ってこいよ」
「はい!」
開いたコックピットハッチから入った弥生はマキナのシステムを起動する。そして、ブリッジへと回線を開いた。応答したのはヨムナだった。
「お騒がせして、すみません! 私なら大丈夫です。発進準備を進めてください」
「ええ、了解。マステマはОSの構築が終わって、カタパルトへ乗せる作業をしているから、もう少しよ。それまで、時間を稼いで」
「敵の数は?」
「約千機……後方にいる援軍の数も気になるけど、今は先行の部隊の殲滅を優先して。数が多いと思うでしょうけど……私からは「頑張って」としか言えないわ」
「大丈夫です……脚部ミサイルの弾薬補給がすばやくできるように、準備をよろしくお願いします。遠距離で射撃型を殲滅して、指揮型を潰します」
「反応のよれば、新型もあるそうよ」
「……臨機応変に対応します」
「心強いわね……。皐月に代わるわ」
ヨムナがそう言うと、モニターは皐月に変わった。
「私はここにいる。だから安心して、肩の力を抜いて……。プレッシャーに負けちゃ駄目だ。やれるだけのことを一生懸命にやればいい。それ以上のことは、求めない」
「うん……やってみるよ、弥生。だから、傍にいて欲しいな」
「ああ、もちろんだよ」
皐月の微笑が、弥生を少しだけ軽くした。まだ、重いけれど、少しだけ軽くなたった。ほんの少ししか軽くできない皐月だが、それが彼女がやれる最大限のことなのだ。
「皐月……私はみんなを守る」
マキナはカタパルトに両足を固定。弥生は顔を上げて、宇宙を見た。
「X―3Bデウス・エクス・マキナ、発進どうぞ!」
リアナの声とともに、マキナは背中のフレアドライヴを起動させた。フレアドライヴから放出される、金色の粒子。
「デウス・エクス・マキナ、藤崎弥生―――行きますッ!」
発進したマキナは宇宙空間に飛び立ち、フレアドライヴを展開。金色の翼はマキナのエネルギー循環度を上げてゆく。加速するマキナ。弥生は操縦桿を握り締めて、そのGに耐える。フレアドライヴを装着したことで反応速度は良くなったものの、操作が複雑になったとともに、動きに若干の誤差が生まれてしまう。
誤差の調整を脳波で行い、機体の操縦を両手両足で行うのだ。まず、常人では不可能な神業。しかし、弥生はそれを易々とこなす。
「反応速度が良くなっている……誤差調整は大変だけど、これなら!」
敵が見えてきた。レーダーに映る無数の敵。数は千……二千……三千……。弥生は数え終わるのを待たず、操縦桿を握り締めて誤差調節に神経を回した。敵が視界に入るまで、あと100……50。
そして、見えたルスルの大群。視界を覆う射撃型。その後方にいる指揮型。そして、百メートルはくだらないであろう、新型のルスル。両腕は赤く発光しており、おそらくソードとして使うのだろう。モノリス状の頭部は不気味だった。コアは胸部にある。巨神型……そう呼ぶのに相応しい。神々しい雰囲気を放っている。それも三機いる。
三千……いや、五千はあろうか。大群を目の前にしたマキナ。
「守らなきゃ、皐月を……みんなをッ!」