九話 ベテラン冒険者とのつながり
朝。まだ薄暗い。しかし、外が騒がしい。
窓を開けると、荷運びの馬車が門の前に十台ほど止まっているのが見えた。今から出発すれば、ジマーリ男爵領にはお昼前に着くはず。
ここまでの馬車で聞いた話だと、男爵領の南の山で岩砂糖以外にも珍しいものが取れるようになったらしい。それで、商人や冒険者が集まってきているそうだ。となると、馬車の積み荷は食料品かな。
門が中々開かなくて、揉めているみたい。ここからだと、詳しくは分からない。
私が予約した馬車も早い時間に出るので、今から身支度をしておく。
向こうの冒険者ギルドに着いたら、すぐに依頼を受けて冒険に行くのだ。まずは、ゴブリンだ。因縁の相手だよ。転生してすぐの頃は逃げる事しかできなかった。今なら魔法で薙ぎ倒せる。否、剣でもいける。私は剣士になるのだ!!!
冒険に行くので地味な旅装束ではなく、冒険者の装いに着替えることにする。
服はまず、動きやすいシャツとズボンを着る。その上に、スカートを履き、皮鎧を付けて、バックとナイフの付いたベルトを巻く。それから、魔術師っぽいフード付きのマントを装着する。純白の生地にピンクの線が入っている。膝くらいまでの長さ。足にはブーツを履いている。いきなり、ヒールを履くほど馬鹿でない。
鏡を見ると、ピカピカの新人冒険者という印象。
元は黒髪だったけれど、今はピンクに染めている。この世界では珍しい色ではない。伸ばしていたけれど、出発するときにミディアムヘアにした。髪飾りか何か欲しいと考えている。
薄く化粧をする。先生の屋敷で働いているときに、日焼け止めの効果もある化粧品を教えてもらった。この世界の素材で錬金術師が作っている。効果は高い。お値段も高い。
自分の容姿は可愛いと思う。損か得かで言うと、損かな。目立ちたくないから。女性関係で粗暴な冒険者たちがトラブルを起こす話を聞いていた。言い寄られたりしないように、ベテラン冒険者たちとつながりを持つようにとアドバイスも受けた。面倒事は御免被りたい。
それでも、私はこの顔が好きだな。青い目に丸っこい顔立ち。ヨーロッパっぽい顔だけれど、日本人みたいな雰囲気もある。ネットで見た東欧にいるアジアっぽい人たちの画像を思い出す。あんな感じ。
ずっと鏡を見ていると前世の私が出てきてニヤニヤと笑い始めた。人前でやらないように、外では気をつけないと。
宿を出て、ステーションに行く。
今日乗るのは客席の無い大型の幌馬車のはず。揺れが強いけれど、これで最後だ。我慢しよう。
馬車を探していると、鎧を着こんだ大柄の男たちがいた。次々と馬車に乗り込んで行く。その度に荷台がギシギシと音を立てる。不安な光景だ。移動中に壊れないかな?
案の定、私の乗る馬車だった。御者と切符の確認をする。
そして、おそるおそる中を覗く。
「おはようございます」
「「「うおおおおおい!!!!」」」
大きな声だ。驚いて、後ろに後ずさりした。
「可愛い嬢ちゃんだ」
「どうした? 一人かい?」
「うぇっへっへっへ」
おいおい、セクハラだぞ。
髭モジャの筋肉モリモリ男が五人ほど座っている。厳つい光景だ。申し訳ないけれど、怖い。
とりあえず、愛想笑いしてみる。ちょっと、乗り込む勇気が出ない。
どうしようかと考えていると、後ろから若い男性がやってきた。戦士っぽい恰好。冒険者みたい。
「トラブルは勘弁してくださいよ」
「何もしてねーよ」
「そぉら、嬢ちゃん乗った乗った」
「うぇっへっへっへ」
いや、怖いのだれど……。
若い男性は護衛の冒険者だった。名前はロバート。
乗っている冒険者たちのリーダーはドワーフだった。身長は120センチくらい。他の冒険者に隠れて見えていなかった。名前はアッシュ。
ロバートさんとアッシュさんたちは知り合いらしい。何度か共同依頼を受けたそうだ。強面だけれど、乱暴するような人たちではないから、安心するようにと言ってくれた。
そこに仲間の女性魔法使いがやってきて、一緒に乗ってくれた。名前はアイラ。四人パーティで、二人ずつ交代で護衛をするそうだ。
客は私とアッシュさんたちにもう一組いた。若い夫婦が馬車に乗り込んできた。
「「「うおおおおおい!!!」」」
「きゃああああ!!!」
何やってるのさ……。
出発の時間まで、あと少し。
アッシュさんが城門が軋んで開かなかったという始めた。さっき、馬車が詰まっていたのは、そういうことだったのか。
ロバートさんは近々、門の修繕工事があると話した。この区間の護衛の仕事を頻繁に受けているので、情報を貰えたそうだ。門が使えない間は、木造の簡易城壁を建てて街を守る。その警備の仕事を引き受けるつもりだと教えてくれた。
「まず魔物も来ないだろう。楽な仕事だ」
「どーだかな。アホな盗賊が門が無いと勘違いして襲撃に来るかもよ」
聞いた感じだと、混乱の無いように馴染みの冒険者を集めているようだ。
ふむふむ、仕事の話だ。大冒険に出たい私には関係ないかな。
「しかし、門を直すなら早くしねぇとな。えっと、アレだ。アレがきちまう前に……」
「スタンピード」
「そう、それだ」
気になる単語だ。結構、噂になっているみたい。二人は半信半疑だけれど、主人公がいる以上はほぼ確実に起きる、と思う。あんまり大事にはなって欲しくない。不安だな。
程なくして、馬車が出発した。
城壁の外に出るとスピードを上げる。
後ろを振り向くと、馬に乗った冒険者が二人付いてくる。
ロバートさんの仲間で無骨な人がボブ、チャラそうな人がリッカルド。
チャラそうな人と目が合う。すると、彼は両手を手綱から離して鳥の羽のようにパタパタと動かしながら、私に向かって口笛を吹いてくる。
これはナンパされているのかな?
「おい、コラ」
「見ちゃ、ダメよ」
アイラさんが手で私の視界を遮る。馬鹿が移ったら大変だものね。乗っている間、後ろは見ないことにしよう。
それから、何事もなく馬車は進んだ。
名前を聞かれたので、自己紹介することになった。
「サンドラ? 手紙の配達って……どこから来たんだ?」
「……アルベーデン辺境伯領です」
「!?」
驚かれた。何だろう?
「"ハンマーヘッド"が言っていた。領主の嬢ちゃんの所に変わった魔法使いの女子がいるとな。エルフのスキルを授かったとかで、弟子入りしたとか」
私のことも噂になっているの? 少し違うけれど。
「スキルは珍しいもので、エルフ固有という訳では無いです」
転生者と勇者職のことは隠してある。代わりに、洗礼式でレアスキルを授かったという設定になったいる。
何故か、ドワーフの大公が私のことを広めていたみたい。そこまで気に入られるようなことをしたかな? 記憶にない。
話を聞いて、ロバートさんたちも驚いていた。
どうも、ミルルム先生の弟子という点が大事みたい。思ったよりも先生は影響力ある人物のようだ。だから、私のことも注目されていた。この二年間、領地から出なかったので、そういう目に晒されることは無かった。ちょっとまずいことになりそう。悪目立ちしないように気を付けなければ。
ひとまず、スキルのことは珍しいだけで大したものではないと誤魔化しておく。冒険者は互いの詮索をしないことも暗黙の了解になっている。なので、特に詮索されるようなことは無かった。
村に併設された停留所に止まり、馬を休憩させる。
ここで護衛を交代するみたいだ。
「ヤッhうわああああ!!!」
何事か!?
馬車に飛び乗ろうとしたチャラ男が、無骨な男性に首根っこを掴まれて放り投げられたらしい。ボブさんだったかな。「すまんな」と言って、近くに座った。
チャラ男の方はリッカルドだっけ。罰が悪そうに馬車に乗り込む。目が合うとウインクされた。
「何かしたら、撃つからね」
馬に乗ったアイラさんがリッカルドに向かって杖を構える。リッカルドは両手を上げて降参のポーズをしながらニヤニヤと笑っていた。
この人、怖い……。
食事休憩の後、しばらく進むとジマーリ男爵領に着いた。
ステーションの中に入る。馬車から降りて、兵士に冒険者証を見せる。依頼で手紙の配達にきたことを伝えた。すぐに街へ入る許可が出た。
この世界では一般人の領地間の移動が制限されている。本来なら行政から許可を貰い、書類をチェックするまでステーションからは出られない。
Dランクの冒険者になると、一定の社会的信用があるので、この辺の手続きがあっさりしてくる。ここに来るまでにも止められるようなことは無かった。
アッシュさんたちもすぐに許可が出た。
一般人の夫婦は奥の受付へと向かうようだ。そこで手続きするらしい。挨拶をして別れた。
「よぉぉぉし、一杯やるか!」
「何杯でもいいぞ!!!」
「嬢ちゃんやロバートたちも来るよな?」
昼間から飲むの?
どうしようか?
お酒は飲めないけれど、ベテラン冒険者たちとつながりを持つ機会ではある。アルベーデン辺境伯領から来たことが噂になると面倒ごとに巻き込まれるかもしれない。あと、リッカルドみたいなのが湧いてくると大変だ。
ロバートさんたちは参加するみたい。アイラさんが私が来るならギルドの酒場で飲むことを提案する。何か起きても、周りの冒険者が止めてくれるから安心だそうだ。アッシュさんは最初からそのつもりだったようで、意見はまとまった。
十四歳でまだ酒が飲めないことを説明して、私は参加を申し出た。