八十五話 初めての冒険の終わり
馬車の中で揺られる。
外の景色を見ると、ジマーリ男爵領から出たようだ。
一カ月近く、あの街にいた。もっと長い時間を過ごした気もする。苦い経験だった。
あくびが出る。チミリート伯爵領に着くまで、ひと眠りしよう。
すると、先生がプリプリと怒り出した。
「何、全部終わったみたいな顔してんだよー!」
「私はもう帰るだけですから」
「抜けてるなー」
「抜けてないです」
「Aランクの悪魔が出たんだぞ!?」
Aランクの魔物と戦おうとなると、レベル60くらいいる。私はレベル92のドワーフなので楽勝だ。
「おーい、どこ見てんだよー」
ぼんやりしていた。
今のは、ゲームの話だ。
今の私はDランクの新人魔法使い。レベルは……20くらいだと思う。
「私が来なかったら、どうするつもりだったの?」
「先生が、自分が来るまで街に残れって言ったんじゃないですか?」
「んん?」
周りの騎士に確認を取る。
「そーだったかな?」
首を傾げる先生。百歳を超えているけれど、先生はエルフなのでボケることはない。ただのド忘れだ。
それから、悪魔の件で説明を受けた。
今回の事件は、これまでの"スタンピード"とは違った。魔物の動きが、明確に街を狙っていた。
「前との違いは、街があるかないか」
ジマーリ男爵領はマナの流れを安定化させて、"スタンピード"が起きない様にするために作られた説があるらしい。効果があるかどうかは、じっくり計測してみないとわからない。
先生は、効果があるはずだと言う。
「でも、南方に行っちゃった。それで、ド派手に魔物が暴れ出した訳だ」
いざ始まると、人の営みが邪気を呼び寄せた。結果として、Aランクの悪魔が現れた。
「はぁ……」
先生が大きくため息をつく。今度は何だろう?
「それを勇者がいたからとすり替えようとしてる訳」
誰がと聞かなくてもわかる。監査官の一味だ。最後の最後まで厄介な連中だ。
そんなはずはない、と先生に確認する。
「岩砂糖を掘ったのが悪いんですよね?」
「だよー。けどねー。あいつら、責任取る気ないから」
前世でも経験した。言い訳地獄。返事したくない。
今回は先生に任せればいいから、一安心かな。帰って、ゆっくりしよう。
「こらこらこら、くつろいでるんじゃない!?」
「私にできることはもうないですよ?」
「王都に連れて行くと面倒が増えそうだしなぁー、もう!」
私に怒られても困る。
今生の十四歳の私にできることは本当にない。体力が子供の分、疲れが溜まっている。寝るのも仕事の内だ。
「では、居眠りしますね」
「師匠が多忙なら、弟子も目を開けてるの!」
「ふぇー」
何ハラか知らないけれど、私は起きたままチミリート伯爵領まで馬車に揺られて行った。
街へ入る。
城門が新しくなっていた。修理するという話をロバートさんがしていたのを思い出した。
街の中を馬車で移動する。
こじんまりとした屋敷に着いた。ここも拠点に借りたらしい。
先生と別れて、屋敷で暇を持て余す。勉強をしていろと言われたけれど、そんな気分ではない。
やることがないので、フェンフェンを撫でようとしたけれど逃げられた。
ごろごろしていると、留守番の騎士に呼ばれた。
猫の獣人の女の子が私に会いに来たそうだ。名前は、ミレイ。私が最初にパーティを組んだ冒険者だ。
応接室で会うことにした。
久しぶりに会ったミレイはやつれていた。
聞くと、冒険で立て続けに失敗したからだった。
本当は私の所に行きたかったらしい。しかし、ミレイのクランは暴動の件でジマーリ男爵領を出禁になっていた。
それで、他の誰かの力になろうと緊急性の高い仕事を受けたけれど、張り切り過ぎて空回りしてしまった。
私は慰めるように頭を撫でる。ミレイも猫みたいに甘えてくる。
最初のパーティがずっと続いていたら良かった。
今は生意気な従魔がいる。見ると、フェンフェンはプイッと目を反らした。絶対に頭を撫でさせない気だ。
それから、ジマーリ男爵領で起きたことを話した。
ミレイの耳には、私のおかしな噂ばかり届いていた。主に、ヘルミンさんの奇行が私にスライドしたものだ。しっかり訂正しておく。
ミレイは"クレイジーピエロ"のことを知っていたので、すぐに納得してくれた。
話し込んでいると、先生が戻って来た。
「帰るぞー!?」
プリプリと怒っている。
周りの騎士たちも諦める様に私に目線を送っている。
ミレイはもっと話したかったのか、しょんぼりした顔をしていた。
こうなったら、なるべく早く脱走しないといけない。その為に、今は指示に従おう。
ミレイと別れる。
別れ際に、ルーシーとカレンがこの街にいることを教えた。探して、無事に終わったことを伝えてくれるはず。
そして、チミリート伯爵領を出た。
監査官と男爵夫妻は一旦街に置いて行く。先生は、アルベーデン辺境伯領で執事との相談や遠出の支度をして、またここに戻ってくる。それから、一緒に王都へ向かう予定らしい。
夜になる頃に、先生の屋敷に戻ってきた。
私が出発したときは、ここまでの移動で二泊した。乗っている馬車は、先生の精霊魔法の効果で自動車並みのスピードで走っていたようだ。
私はメイド長たちに迎えれた。みんなに抱き締められ、無事の帰還を祝われた。
そして、中に入るとお説教大会が始まった。疲れているから後にして欲しい。
何とか解放されて、お風呂に入る。
それから、紅茶を入れてもらった。
砂糖には、ジマーリ男爵領でドロップした岩砂糖を使う。貴重な戦利品だ。
甘い。格別な味だ。
しかし、この味の為に大勢の人間が犠牲になった。そう考えると、紅茶の味は苦くなった。
今日の所は、寝ることにする。
ふとんに入ろうとしたら、フェンフェンが先に私のベッドにダイブした。子分の私にはソファーで寝ろと言っている。むかつく。
ひとまず、ベッドをはんぶんこすることで起き着いた。
まぶたを閉じる。
これで初めての冒険は終わり。
明日からは平凡な日常に戻るのかな。ヘルミンさんの襲撃があるかもしれない。
今は休もう。
おやすみなさい。
ここまでで『第一章 岩砂糖を入れた紅茶の味は苦い』の完結になります。
プロットをありったけ放り込んだので長くなりました。
上手く書けず、投稿が遅れて申し訳ありませんでした。




