七十五話 要石
屋敷の外に出る。
人が大勢いた。アルベーデン辺境伯領に残っていた先生の騎士たちだ。
その中に、トムさんを見つけた。
近寄ると、筋骨隆々のフルアーマーに囲まれて、子供がちょこんと立っていた。金色の髪に、葉っぱのような尖った耳。先生だ。
「おっ、早く行くぞぉー!」
「どこへですか?」
「まずは、男爵夫人の所だろー?」
トムさんを見る。私の直感の事を教えたみたい。
本当に男爵夫人を倒しに行くの?
それでいいの?
実際にやるとなると怖い。
すると、ヘルミンさんの声がした。
「どうかしたのですか?」
ふらふらと屋敷の中から出てきた。先生を見つけて、好奇心全開で近づく。
「わー、エルフですか? 可愛いですねぇ」
頭を撫でようとして、周りの騎士に止められる。
私は目の前の小さな女の子が先生だと、ヘルミンさんに教える。金ぴかの装飾品の付いた貴族の服を着ているのだから、察して欲しい。
先生は子ども扱いされてご立腹だ。
「子供じゃないからね。全く、変なのとパーティ組んじゃって」
「強制イベントだから仕方がないんです。元々は、きちんとした仲間がいました!」
誤解をされては困る。けれども、言い訳を考えていなかった。ここに来るとは思わなかったから。
「先生も珍獣を押し付けて来たでしょ!」
「ガゥ!」
フェンフェンが私の足を前足でペチンと叩く。戦闘用の革靴越しでも結構痛い。
「懐いてるなら、もういいだろー?」
「ウォン!」
「俺様がコイツの主人だ? めんどくさいなー」
マリアンヌさんと、部隊の騎士たちが屋敷から出てきた。全員、戦闘態勢だ。
先生がマリアンヌさんに質問する。
「まずは、男爵夫人の所でいいんだよね?」
マリアンヌさんが首を傾げる。
「えっと、どういうこと?」
チミリート伯爵には近隣の領主たち、商人、王都から来た監査官など、大勢集まっていた。
それで、先生は面倒な会議に巻き込まれた。責任の押し付け合いから、利権の話やら。さらに、スタンピードが本当に起きるのかどうかを何度も質問された。それも高圧的な態度で。心底、うんざりしたそうだ。
それで、カッとなって、ここに来た。
サクッと、スタンピードを攻略して帰るとのこと。
マリアンヌさんは納得したようだ。そして、私を見る。
「南方に行く目的は無いのよね?」
「……はい」
「こういう時は、身近なイベントから片付けて行くのよ。男爵夫人の所に行ってみましょう」
前世のゲームの経験で、似た状況がある。イベントや仕掛けを放置してダンジョンの奥に行くと、扉や自然物に阻まれて進めないことがある。そうなると、来た道を戻らないといけない。最悪、街まで。
今世では、実際に歩かないといけないので、移動時間が物凄くかかる。街まで戻って、もう一度挑戦となると面倒極まりない。
それ故、気になるイベントは消化しておくのが望ましい。
色々と怖いけれど、先生と一緒なら大丈夫だ。トラブルメーカーが増えただけの可能性もあるけれど……。
街の中を歩く。
騎士は十八人いる。民衆の注目の的だ。けれども、私たちのことを知っているので、慌てる人は殆どいない。
そして、エルフはいない。みんな、行きたがっていたらしい。誰か一人でも連れて行くと大喧嘩になるので、今回は控えてもらったそうだ。
冒険者ギルドに着く。
ギルマスに挨拶するそうだ。
フロントには冒険者に職員、街の人たちがちらほら。私たちに一気に視線が集まった。
ギルマスもフロントにいた。すぐに、こちらに来た。
「アルベーデン辺境伯殿、突然の」
「やぁ、ダニー。これから領主の家に行くから、よろしくね。じゃあっ!」
先生はくるりと反転して、外に出ようとする。
「一体、何を!?」
「大丈夫、へーきへーき♪」
先生が外に出たので、私たちも続く。トムさんは残って、ギルマスに説明している。
トムさんの部下の騎士の案内で、私たちは男爵邸へと向かった。
男爵邸の近くまで行く。
門の前には、大勢の住民がいた。衛兵は匙を投げているのか、やる気がなさそうだ。
そして、臭い。前に、ケビンおじさんが馬糞を投げ込むとか言っていた。まさか、本当にやった人がいるのだろうか。
住民たちは、私たちを見ると道を開けてくれた。
すると、ヒゲを生やした職人さんが、トムさんはいないのか尋ねてきた。
先生が答える。
「トム? トムは……あれ?」
「ギルドに残りましたわ」
「だってさ、ごめんね」
ヒゲを生やした職人さんは、目を丸くして、おろおろとしている。どうやら、エルフと気がついたようだ。エルフの髪や肌の色は人間とは大きく違う。
そして、貴族の服を着て、騎士隊に囲まれていることから、目の前の人物がアルベーデン辺境伯だと察したようだ。
周囲の住民も慌てている。
しかし、先生は軽い口調で、周囲の住人に事情を聞く。
ヒゲの職人さんが自己紹介して、何故自分たちがここにいるのか、ゆっくりと話し始めた。
男爵に文句を言いたい人、逃亡を阻止したい人などなど。そんな中、ヒゲの職人さんは暴動が起きないよう見張る為に来た。職人の組合の偉い人みたい。
事情を聞いている内に、ギルマスとトムさんが合流した。ディーノさんや冒険者たちに、ギルド職員も何人かいる。
さらに、男爵邸の中から、嫡男のシッカーリト氏も出てきた。確か、コンナトキー伯爵と一緒に街を出たはずだ。
横にいた騎士さんに尋ねる。街の危機を聞きつけて、先生と一緒に戻ってきたそうだ。
こういう事態なら、跡取りは避難しておくべきだと思ったけれど、貴族はそうもいかないのだろう。ノブレスオブリージュだ。
先生はシッカーリト氏に、男爵夫人に会いに来たから入れて欲しいと言う。シッカーリト氏は領主の父ではなく、母に会うということで困惑している。
ギルマスが間を取り持とうとするけれど、先生はぐいぐいと中に入って行く。マリアンヌさんも続いて、騎士隊が男爵家の衛兵をブロックする。
「早くこーい!」
先生が、私に手招きする。本当にいいのか不安なんだけれど。
フェンフェンは止めるように言っている。
すると、ヘルミンさんが私の手を引っ張って、半ば強引に入ることになった。
「叔母様はどこですか?」
「……美術室に籠っている」
シッカーリト氏から居場所を聞き出したヘルミンさんは、私の手をさらに引っ張った。
男爵邸の中に入る。先生に騎士隊、シッカーリト氏も続く。
階段を上り、二階に上がる。
そうすると、痩せた男性が現れた。ヘルミンさんに少し似ている。
「あ、叔父様」
この人が領主のジマーリ男爵のようだ。
男爵は先生に挨拶しようとするけれど、先生は拒否する。
「言いたいことは山ほどあるけど、今はそれどころじゃないの」
ヘルミンさんが先に進む。先生も男爵を避けて、後をついていく。
手は放してもらったけれど、止まる訳には行かない。私も続くしかない。
「ここですよー♪」
ドガッ!
ヘルミンさんがキックでドアを破壊した。
中から金切り声がする。
ヘルミンさんに続いて、先生やマリアンヌさんも突入した。
物が落ちる音や割れる音がする。戦闘の音とは少し違う。
今度は先生が戻ってきて、私を呼ぶ。正直、入りたくない気持ちでいっぱいだ。
「ガゥ!」
フェンフェンも反対する。
先生が苛立ちながら私の手を引っ張った。
すると、フェンフェンが私のマントに噛みついて逆方向に引っ張る。
「う、うわ、わわわ」
痛い。体勢が崩れて、転びそうになる。
トムさんとギルマスが止めてくれた。
けれども、先生がプリプリと怒るので、仕方がなく部屋に入ることにする。
私は恐る恐る中を覗いた。
ヘルミンさんとマリアンヌさんがいる。飛んでくる何かをステッキや盾で弾き落としている。
投げているのは、カールによく似た太った女性。髪がボサボサで怖い。彼女が男爵夫人のようだ。
「あんたたちが悪いのよーーー!!!」
支離滅裂なことを大声で叫んでいる。散々、被害に合った身としては、逆ギレもいいとこだ。
「どうします? 私が庭に投げ飛ばしましょうか?」
「それ、死んじゃわない?」
先生は、私にやれと言う。
「倒すんでしょ?」
「いや、え、どうやって!?」
部屋には物がたくさん置いてある。花瓶、本、美術品などなど。それらを投げてくる。うまく回避して、男爵夫人にアタックしなければいけない。
急にアクションゲームになった。そういえば、イベントでシューティングやレースなどのミニゲームをクリアすることがあった。そういう感じなのか。
ひ弱な私は一個当たっただけでもアウトだ。集中して、タイミングを見極めるしかない。
「キィィィエエエ!!!」
男爵夫人がまた叫ぶ。
怖い。荒ぶる姿が絵本に出てくる魔女のようだ。
それから、カールにもそっくりだ。化けて出たみたい。
先生から急かされるけれど、どうすればいいのだろう?
ふと、何かの拍子に、左側を向いた。理由は判らない。そして、棚に飾ってある大きな青い石が目に留まった。
ゲームによっては、重要なアイテムの上にカーソルが出ることがある。"クノテベス・サーガ"には、そんな親切な仕様は無かった。けれども、それに似た感覚を感じた。
「先生、あの石は何ですか?」
「石? 大きな石だけど、何だろう?」
先生は、マリアンヌさんに聞く。
「先に、あっちをどうにかしましょう」
先に、男爵夫人を倒さないといけない。
先生が私を急かす。
フェンフェンが、自分が代わりに倒すと言う。従魔なら、私が倒したとしてカウントされるはず。もう頼むしかない。
しかし、ギルマスがストップをかける。さすがに、貴族を攻撃するのはまずいようだ。
すると、男爵とシッカーリト氏が飛び込んできた。男爵夫人にアタックする。
バコッ!
ガッシャァァァン!
男爵に花瓶が命中した。男爵はその場に倒れた。
シッカーリト氏は男爵夫人の元に辿り着いた。けれども、苦戦している。
ギルマスが男爵の所に向かう。
マリアンヌさんは男爵夫人の所へ行って、シッカーリト氏に加勢する。神官戦士なので、パワーがある。あっさりと男爵夫人を拘束した。
それから、屋敷の執事や使用人たちが集まってきた。
男爵と男爵夫人は担架に乗せられて、外へ運び出された。何度も見た光景だ。
先生は石を調べようと言う。私たちは石の所へ行く。一応、シッカーリト氏と執事にも一緒に来てもらう。
石は、卵の形をしている。濃い青。うっすら光っているような気がする。
シッカーリト氏が説明する。
「岩砂糖の採掘場で出土した物と聞いています。"鑑定"のスキルでは普通の石と出ました。しかしながら、母はパワーストーンに違いないと言い、コレクションに加えました」
先生が鑑定する。
「隠されているけれど、かなり強力な魔法石だ」
マリアンヌさんと、部下の魔法を専門にしている騎士も石を調べる。
結果は、採掘場周辺に張られていた結界の"要石"だった。魔力の気配が同じらしい。
先生が私に教えてくれる。
「当時は"要石"を使った結界が流行っていたんだ」
騎士は、採掘場の結界の効力がまだ残っていることを話した。
「結界を張り直すには、Bランク以上の魔法使いがいるね。チミリート伯爵領にいるアホを呼んでくれば解決だ」
「スコールなら、暴動を扇動した罪で街を出禁になっているわ」
「何やってんだよ」
マリアンヌさんが別の提案をする。
「"ワイルドビースト"というパーティがここに来ているの。彼らの中に、王都の魔法学院を出たBランクの魔法使いがいたわ。主席になれなくて、グレて冒険者をしているそうよ」
そんなことで、グレないでほしい。
「じゃ、その冒険者に頼んでみようか」
シッカーリト氏と執事に了承を貰い、冒険者ギルドに"要石"を運ぶことになった。
ひとまず、男爵邸のイベントをクリアしたってことでいいのかな?
カールから続くフラグの正体が、この"要石"だ。スタンピードを止める最重要アイテムである。
「マリーの部隊が入れば十分だっただろ? もっと早くに見つけれいれば、こんな面倒なことにならなかったんだよ」
「領主の家に突撃とか無理ですよ」
ゲームがリアルになったことで、国の法律という大きな敷居ができてしまった。先生が来なかったら、無理だった。
でも、ヘルミンさんに頼めば、突撃してくれたかも。彼女を見る。
「いくら私でも、お爺様のお屋敷で暴れたりしませんよ」
さっき、ドアを蹴り破ってたよね?




