七十三話 輪っか
いつも通りの朝……ではない。
昨日は屋敷の部屋で寝た。ふとんがフカフカで上手く寝付けなかった。フェンフェンも同じ部屋にいる。
起きて、朝食の準備を手伝うことにする。フェンフェンも眠たそうにしながら、一緒に来る。
屋敷の食堂へ行く。
丁度、食事当番の騎士二人が起きてきた所だった。三人で調理をする。フェンフェンは隅っこのイスの上で丸くなっている。
食堂に皆が集まる。私はできあがった料理を運ぶ。
トムさんを見ると、生気がない。げっそりしている。昨日も遅くまで会議していたようだ。私は先に寝させてもらった。
ヘルミンさんは、最後にふらふらと現れた。
朝食の後、トムさんに呼び出された。
昨日の会議で、王都から派遣された役人と揉めたそうだ。その人物は、暴動と森の異変を受けて、査察の為に王国から派遣された。改革派で、男爵側。貴族の出で、プライドも高い。
彼は軽い気持ちで仕事を引く受けた。それが連日の魔物の襲撃でスタンピードの発生する可能性が高まった。非常事態の焦りから、やや混乱気味になっている。
それで、先生の騎士隊だけでなく、私とヘルミンさんにも防衛に混ざるように要請しているそうだ。
私の事は未成年だからと断ろうとした。けれども、何度も戦闘に参加したことを指摘して、しつこく迫ってくるそうだ。こき使われる為に、命懸けで戦った訳ではない。それに、採掘場の防衛で人手不足だから、私は参戦した。もう、頑張らなくてもいいはずだ。
「ヘルミンさんは混ざるべきなのでは?」
「方針としては、魔物襲撃があるまで、君の方で彼女を大人しくさせてほしいということだ」
「二体目の従魔ですか?」
「そうそう、フェンリル君のこともだ」
フェンフェンにも貸し出しの要請が来ているらしい。私がテイムしている訳ではないので、本人に尋ねないと答えは分からない。
リビングに戻ると、騎士たちに抱かれていた。もふもふは大人気だ。嫌そうな顔をしているけれど、最初の頃に比べれば、警戒を緩めたみたい。それなら、街の防衛任務も受けるかもしれない。
すると、私の世話で手一杯だから無理と返ってきた。たくさん世話になっているので、もう事実でしかない。スタンピードを生き残るには、フェンフェンの助けは不可欠だ。
そんな訳で、要請は断ることになった。
トムさんは戦闘に参加する場合は、マリアンヌさんの部隊に混ざるように言う。昨日の夜、相談したらしい。
マリアンヌさんは、一緒に動くのは無理だから後方にいてほしいと言う。
私は迷惑になるなら混ざらないつもりだ。
けれども、フェンフェンはどうだろう。見ると、足手纏いになるなら行かないと言っている。フェンフェンよりも、騎士隊の人たちの方がレベルが高い。気後れするのも仕方がない。
ヘルミンさんが異議を唱える。私とフェンフェンは自分の応援団だと主張する。ようするに、遊び人スキルの為に、後方で演奏と歓声を上げる役になるのだ。
これだけだと素っ頓狂な発言に聞こえる。けれども、騎士隊の面々はエルフの遊び人職を知っている。それと、三日前の東門の戦いで、ヘルミンさんが玉乗りで大暴れしたのを見ていた。私が担当するポジションの重要性をすぐに理解してもらえた。
トムさんとマリアンヌさんは、そっちの方が安全だと言って、応援することを薦めた。
みんなが戦っている後ろで演奏するのは恥ずかしいけれど、役割があることを喜ぼう。
それから、問題の人物の特徴を教えてもらった。細身で背が高い。ニワトリのような頭をしている。
見つけたら、すぐに逃げよう。
教会に向かう。
周囲に気をつける。援軍らしき人たちの姿は見えない。
警備の女性兵士がいる。一人が私に軽く手を振る。ナディアだ。もう現場で仕事をしている。よほど、人手不足のようだ。
私も軽く手を振り、邪魔をしない様に先に進む。
教会に着いた。
若いシスターが出迎えてくれる。教会の奥へ進む。
中庭へ出る。ベンチなどがあり、入院している患者たちが談笑していた。
中庭を横断して、二階建ての古い建物の所に行く。私がいた孤児院に似ている。どこも似たような感じなのだろう。
中は入ると、強欲シスターがいた。
そして、子供たちが数人、飛び出してきた。
「フェンリルだー!!!」
「ガゥ!?」
フェンフェンは私の後ろに身を隠す。追いかけてくる子供たち。
逃げるフェンフェン。リードを離す訳にもいかず、引っ張られる。
こけそうになった私をヘルミンさんが受け止める。そして、リードを引っ張ると、勢いでフェンフェンが後ろにひっくり返った。
子供たちがフェンフェンに飛び付く。もふもふしている。
「キャン! キャン!」
シスターや孤児院の職員さんが慌てて止める。
先行きが不安になる。
けれども、年長の子供たちは大人しかった。私と同い年くらいの子もいて、年少組が暴れない様に取り押さえている。
私の所は不良もいて、ちょっと荒れ気味だったので羨ましい。
屋敷と同じくらいの広間があった。
大道芸が始まると、子供たちは目を輝かせて見入っていた。
フェンフェンも期待に応えてか、輪っかをくぐる演目に自らも参加した。キレのあるターンを決める。
すると、広間の入り口の方で妙な声がした。
ちらりと見ると、ニワトリのような頭の細身い男がいた。強欲シスターと揉めている。例の査察に来た人物だろうか。
雰囲気から、たまたま孤児院の査察に来た訳ではないようだ。街の噂で、私たちがここで大道芸を披露することを知って、直接要請を出す為に足を運んだのだと思う。
ここはシスターに任せて、大道芸を続けよう。子供たちが夢中になっている。止まる訳には行かない。
カン! カン! カン!
変な音。誰が鳴らしているのだろう。
ヘルミンさんが警鐘の音だと言う。それなら前にも聞いたことがある。鐘が古いらしく、音が少し違うようだ。
客席を見ると、年少の子らが慌てている。フェンフェンが落ちつくようにと勇ましく吠える。
「ウオオオオ!」
年少の子らに笑顔が戻った。フェンフェンは王都で活躍していただけあって、ときどき主人公みたいな行動をする。
私たちは街の防衛のために戻ることにした。
年少の子らは残念そうにしていた。年長の子からは次の機会に冒険の話を聞かせて欲しいと言われた。エルフの話をするチャンスだ。私はみんなと約束をした。
そして、問題はニワトリ頭の男だ。まだ、いる。こっちに話しかけようとする。
突然、ヘルミンさんが輪っかを持って走った。男に輪っかをはめると、中の男はクルクルと回り始めた。そして、目を回して倒れた。後ろから子供たちの笑い声が聞こえた。
こんなことをして、いいのだろうか?
強欲シスターは大丈夫と言う。オーケーサインもしている。きっと、彼は寄付が足りなかったのだ。
私たちは教会の外へ出る。
冒険者ギルドに行くべきか迷ったけれど、屋敷に戻ることにした。マリアンヌさんの騎士隊に合流する。
昨日と一昨日は、魔物の襲撃は無かった。それは嵐の前の静かさだったのかもしれない。




