七十二話 大道芸
ヘルミンさんの希望で、屋敷に戻る前に店で食事をすることになった。
北の大通りを歩く。けれども、どこの店も閉まっていた。
「むぅ、さっき確認しておくべきでした」
森からの帰り道のときに、入る店を確認していれば良かった。そうしていたら、ギルド周辺の開いている店に寄れた。今朝、ザワークラフトを食べ損ねたので、ヤンおじさんの店でもよかった。
「街の中央まで戻りましょう」
「うん。そうしようか……」
そろそろ合同馬車が出発する時刻だ。チミリート伯爵領からの合同馬車も似た時刻に出ると思う。到着までに三時間はかかるので、まだ平気だ。
そうしていると、後ろから素早い何かがフェンフェンに飛び付いた。
「きゃああ、もふもふよー!!!」
「キャゥン!?」
いつぞやの変態店員だ。
ヘルミンさんが力尽くで引き剥がし、人のいない方向に放り投げた。
彼女はすぐに起き上がって、ゆらゆらと動きながら近づいてきた。
「うふふ、素晴らしいですわ」
「そうですか……でも、いきなりは止めて下さい」
もう少しもふもふしたいと言われたけれど断った。
彼女は店が終わったので、合同馬車の見送りに行く所だと言う。私たちとご一緒したいらしい。私は見送りがしたい訳ではなく、昼食を食べられる店を探していると説明した。
「どこもお昼で閉まっていると思うわ。仕入れも今一だしね」
東西の農地や、東の赤羽ボアの狩場も潰された。森に行く冒険者も少ない。他の領地からの輸入も滞っている。どこも材料がなくて店が開けられない。
「うちは午前中だけオープンしているのよ。うふふ、明日はフェンリル君と一緒に来てちょうだいね~、うふうふうふふ♪」
奇怪な笑い声を上げて、彼女はステーションの方角に去って行った。
フェンフェンは震えて、私の足に抱き着いている。足ではもふもふできない。手を伸ばすと、ビクッとして、すぐに離れて私を威嚇し始めた。可愛くない。
「サンドラさんは変な人ばかりに絡まれてますね」
ヘルミンさんがその頂点なんだけど……。
とりあえず、私は屋敷に戻ろうと思った。街を歩いているだけでも、トラブルに巻き込まれそうな予感がする。
ヘルミンさんとフェンフェンはあっさり納得してくれた。
「トラブルメーカー三人組ですね」
「違う」
「ガゥ!」
屋敷に戻る。
マリアンヌさんがいたので報告をする。
区長の件から。アイテム袋から出し過ぎたことも言わないといけない。
そして、アイテム袋を見せびらかすのは危険だと注意された。子供の私が持っているとなると、悪い考えを思い付く者が出てくると。何度も聞いた話だけれど、実際に冒険するとうっかり使ってしまう。
「街の為と言いいながら、相手が子供だと見下しているのよ。それに、連日騒動が起きているのにサンドラちゃんのことを知らなかったのかしら?」
「私の事は、巨大な魔狼を連れた魔女だと思われているようです」
「ガゥン?」
「噂と全然違うというのはよくあることだけど……まぁ、トムが何とかしてるでしょ」
申し訳ないけれど、トムさんに任せるしかない。
孤児院で大道芸をすることには賛成してくれた。岩砂糖の採掘場の防衛や日々の拝礼で、マリアンヌさんは教会の人たちとは親交があるそうだ。安心していいみたい。
「街中で披露するのなら反対したわ。不安しかないもの」
「変な商人にスカウトされるとか? 逆らうと、宿まで脅しに来るみたいな?」
「強引に取り込もうとする人もいるわね。冒険者ならギルドが後ろ盾になるのだけれど、街にもよるわ。ここは王都の騎士団出身のギルマスがいるから、ミルちゃんの威光が通用……あんまりしてないわね」
「……ですね」
ひとまず、どんな芸を披露するかを決めないといけない。魔法や魔道具を使用したり、演者の身に危険がある行為は避けることになった。街が非常時なので、なるべく問題を起こさない様に控え目に行う。
けれども、その前に昼ご飯だ。丁度、お昼御飯が余っていた。トマト入りの赤い雑炊だ。
食事は屋敷の中で食べた。食堂も綺麗なっていた。
ヘルミンさんは遠慮なくお代わりしていた。
屋敷のリビングで休む。
すると、トムさんが入ってきた。たった今、男爵家の会議から戻ってきたようだ。疲れた顔をしている。
無限観音像の報告を受けた。
男爵夫人が部屋から出てこなくなったらしい。男爵や親しいメイドの前にも顔を出さないとか。
原因は事業の失敗とカールの死だ。どちらも、私にどうこうできることではない。関わらないようにしたい。
けれども、仏像は部屋の中にあるそうだ。どうやら、返す気はないようだ。
結局、対決することになりそう。まずは神話に習って、大道芸で気を引いて部屋から出すとか……。嫌なフラグが立っている。
それから、援軍がチミリート伯爵領を出発したそうだ。私は屋敷で大道芸の練習をすると伝えた。外へ出る気はない。
報告が終わると、私たちはリビングを出た。
広間に向かう。
ヘルミンさんが簡単な芸を見せてくれる。玉乗りに、ジャグリングなどなど。
「むっ、普通だ」
「こんな時ですから、自重しますよ」
そして、大きな銀色の輪っかをアイテム袋から取り出した。頑丈そうだ。
ヘルミンさんは輪っかの中に入り、クルクルと回り出す。片足から、さらに両足を上げてパフォーマンスをする。
そして、だんだんと倒れて行き、おかしな体勢になる。地面の上でペタンペタン跳ねているみたい。遠心力でコケない様にしているのだと思う。
このくらいなら前世の記憶にある。物理法則の範囲だ。本気を出したら、どうなってしまうのだろう?
ヘルミンさんは別の輪っかを取り出す。少し小さめで赤色だ。
「フェンリル君にくぐってもらいましょう」
「ガゥ」
「嫌だって」
「子供たちの為ですよ!」
「ウォン」
自分が輪っかを持つからお前が入れと言っている。
「じゃあ、フェンリル君は輪っか係をお願いしますね」
「ガゥ?」
ヘルミンさんはフェンフェンに輪っかを渡す。
フェンフェンは前足を使い、縦に握って掲げる。そして、こんなつもりはなかったという顔をしている。
「行きますよー」
ヘルミンさんは後ろ向き何度も回転しながら走る。バク転だ。そして、障害物が存在しないかのように、輪っかをするりと通り抜けた。
「まだまだ行きますよー」
今度は前に回って、くぐる。さらに、後ろに回って、またくぐる。
「輪っかを増やしましょう」
丁度、マリアンヌさんと強欲シスターが現れた。
シスターは明日の打ち合わせに来た。人を寄こすと言っていたけれど、本人が来るとは驚いた。
折角なので、マリアンヌさんに手伝ってもらう。私が黄で、マリアンヌさんが青の輪っかを持つ。
ヘルミンさんは回転しながら、三つの輪っかの中を容易く移動した。
「もっと速くしても良いですか?」
「えっと、本番は誰が持つの?」
孤児人の職員さんかシスターに頼むしかない。輪っかくぐりでそうそうケガをすると思えない。ヘルミンさんが高速で動かなければ。
シスターは子供相手ならこの速さで十分だと言う。私もキレがあって凄いと思う。それでも、まだまだ本気ではないそうだ。魔物の群れに飛び込んで戦えるのだから、そうなのだろう。
「自重しますよー」
それから、輪っかを上に投げる場合の話をした。会場は、この広間と同じくらいの天井だそうだ。
私の身長が百六十センチくらい。右手を上げて、大きめの緑の輪っかを掲げる。
ヘルミンさんはジャンプをすると、丸まって回転しながら輪をくぐった。バク宙とは違う。今度は逆に回転して、輪をくぐる。アクションゲームとかで、小柄のスピードキャラがやる動きだ。ちょっと物理法則を無視している。
シスターさんは商人の顔をして喜んでいる。これだけでも十分に稼ぐことができる。
いくつか簡単な芸を披露して、どれも問題ないという事になった。
シスターさんはウキウキで帰って行った。
今度は、ヘルミンさんが本気の"遊び"をするから外に出ようと言う。
「私は火の魔法も使えるのです。口から炎を吹けますよ」
「屋敷が燃えそうだから止めましょう」
「だから、外に出ますよ」
庭で使っても、という意味なんだけど……。
マリアンヌさんも止める。ここら一帯は住宅街だ。火事になると大変だ。それから、騒音も控えるべきだ。
そんな訳で、本気の"遊び"は別の機会に街の外で行うことになった。
三時だ。食堂でゆっくりお茶にする。
騎士たちも全員揃っている。
街の人たちから、お菓子をたくさんもらった。ヘルミンさんは遠慮なく食べていた。
"テイミング"のスキル持ちの騎士が連絡を受け取りに行った。そろそろ、先生がチミリート伯爵領に到着するそうだ。
騎士が戻って来た。無事に着いたらしい。
トムさんは急ぎの連絡がないのなら少しゆっくりしようと言った。私たちは紅茶をおかわりした。
トムさんたちが会議を始めたので、私たちは広間へと戻る。
演目に合わせて、音楽の練習をする。ヘルミンさんが楽譜を用意してくれた。昨日、私を見失っている間に買ったらしい。
オカリナと、借りたマーチングドラムで練習する。
フェンフェンもタンバリンを使わせてもらう。前足で起用に叩いている。
しばらくすると、人が来た。
トムさんにマリアンヌさん。
それから、ロバートさんのパーティだ。チミリート伯爵領から無事に戻ってきたみたいだ。
六人の表情が硬い。いや、リッカルドのおっさんだけイカした顔をしている。
事情を聞く。
チミリート伯爵領で、ジマーリ男爵領の防衛依頼を受けた冒険者の中に問題のあるパーティがいた。昨日、私を襲って逮捕された冒険者の兄貴分らしい。
それで、彼らは昨日の事件の詳細を冒険者ギルドで聞いて回っていた。若い冒険者に絡んでいるのを見て、不審に思ったギルド職員が詰め寄った。その後、ワイルドビーストのパーティと揉めて、彼らは叩きのめされた。それから、アッシュさんたちに蹴り飛ばされ、二度と街に来ないと誓ったそうだ。
そんなこんなで、明日の朝の合同馬車で、彼らをチミリート伯爵領に送り返すことになった。
さらに、コンナトキー伯爵の手配した冒険者にも荒くれが二組いた。
一組は面白半分で先ほどのパーティに加担しようとして、ワイルドビーストとアッシュさんに止められた。
もう一組は、ワイルドビーストに説得されて大人しくなったそうだ。
「ワイルドビーストの人たちが味方してくれているのですか?」
トムさん曰く、ワイルドビーストは口が悪いが、手を出すようなことはしないとのこと。コンナトキー伯爵から追加の報酬も貰っているので裏切ることもない。Bランクだけあって、その辺はしっかりしている。
そして、ロバートさんたちが困った顔をして説明する。何でも、私がヘルミンさんの手綱を握っていると思われている。大人しくなったパーティは"クレイジーピエロ"を知っていたようだ。どうやら、私の存在が今回の依頼の明暗を分けるくらい重要らしい。
「腑に落ちませんね」
「つまり、魔女とその手下の地獄の悪魔ってことじゃない?」
「むむっ、酷いですね」
ロバートさんたちの微妙な表情を見る限り、当たらずとも遠からずだ。とりあえず、フェンフェンとヘルミンさんから離れない様にする。対処はそれしかない。
カリーナたちにも、ギルマスが注意する様に連絡をしてくれた。私ができることはない。引き続き、大道芸の練習をしよう。
門の所まで行って、ロバートさんたちにお礼を言って別れた。何かあったら頼るように言ってくれた。遠慮なくそうしよう。
今日も魔物の襲撃は起きなかった。
南方から撤退したので、スタンピードは止まったのかもしれない。あとは先生がガツンと言ってくれれば万事解決する。
明日は十時から教会で公演だ。
お昼は、南門のコーヒーショップで食べてもいい。
「……キャィン」
フェンフェンが嫌がっている。却下された。




