六十二話 頑張る
前には血塗れのボルグ、後ろには号泣するカール。地獄かな。
ボルグの仲間二人もいたようだ。三人とも、キャベツサークルで待機のはずだったのに。二人はマリアンヌさんに"ヒール"を頼むが断られる。
「「魔女様!?」」
魔女は止めてよ。
私の所に来ようとした二人を、マリアンヌさんが首根っこを掴んで投げ飛ばした。
後ろでは、ナディアが大声でカールを怒鳴りつけいた。
「いい加減にしてよ! 一体、あんたは何なのよ!?」
「だって……だって……うわあああん!?」
こっちも泣きたいよ。
ピンクの光がした。マリアンヌさんがボルグに"ヒール"を使った。みるみる内にケガが治っていく。
「うっひょっひょ、すげええええ!?」
飛び跳ねるボルグ。馬鹿だ。
マリアンヌさんは鎖の魔道具を取り出す。自動で対象に巻き付いて拘束する。完全に犯罪者扱いだ。
「オーマイガー!?」
ぐるぐる巻きにされて、ボルグは倒れた。
マリアンヌさんは担架を取り出し、仲間の二人にボルグを運ぶように言った。
「……行くわよ」
そして、カールの首根っこを掴み、ズルズルと引きずって行く。動きから怒りが伝わってくる。声をかけられない。
私たちは何も言わずに歩き出した。
キャベツサークルに到着した。
早速、モーガンのパーティの治療をする。エンマのパーティも手伝う。
私たちは見張りをする。カールは泣き止んで、ジッとしている。
ボルグの仲間たちはヘトヘトになっていた。体力もないみたい。
ボルグは口を塞がれている。まだジタバタしている。
ヤンおじさんの刺客たちは、まだ採取しているはず。背負い籠三杯分なら、結構な数が入る。帰りに待つ約束はしていない。けれども、異変の可能性があるなら連絡すべきだ。
フェンフェンが伝令に行くと言う。首輪に筒を付けて、簡単な手紙を入れた。
「ウォン!」
"加速"のスキルだろうか? 弾丸のごとく、凄い速さで飛び出して行った。
カリーナが話す。
「あの人たちが戻るって言ったら、私たちも街に戻るの?」
「うーん、その方が良いと思うけれど……隠しエリアなら、またの機会にすればいいから。それにどこか運が無いというか……」
「あー、わかるー。こういう時は帰りたいよね」
次は私たちのパーティがケガする番。ローテーションだ。
話を聞いたカールが帰ろうと言う。
「もう無理だ……お終いだ……」
生気を失っている。
それから、ボソボソと家のことを話し出した。
もう男爵家は潰れてなくなると、自分たちは全員死んでしまうと言う。
それを聞いたナディアがまた怒り出す。
「そうならないように、みんな頑張ってるんでしょ!? 当人のあんたが何で泣き言を言ってるのよ!?」
カールが言うには、貴族の力は絶対で何でもできる。岩砂糖を売って、家も街も豊かになる。功績を認められて、パパは伯爵になる。自分は王都の大商人の家に婿入りする。一生安泰のはずだった。
それが借金まみれになり、街の人たちから恨まれ、自分は檻に入れられた。
ママは叔父さんが何とかしてくれると言っていた。しかし、叔父さんはパパやママや自分を激しく叱りつけた。
もう、どうすればいいのかわからないらしい。
自分の中の常識が壊れていく。世界が全く別のものになる。恐ろしい。
前に、ヘルミンさんが男爵夫人が甘やかしたとか言っていた。きっと、誤った貴族主義を吹き込んでしまったのだろう。
ナディアが叫ぶ。
「男爵家が潰れたら、あんたたちだけの問題じゃないのよ! 今まで家に仕えてきた人たちが、誰も覚えていてくれなくなる。忘れられて、みんな消えてなくなっちゃう!?」
ナディアの目から大粒の涙がこぼれる。彼女の頭に中にあるのは、仲間たちやヒューゴたちの姿だ。男爵家が無くなれば、彼らの戦った意味がなくなる。
モーガンが慰める。
カリーナはあわあわと震えている。
マリアンヌさんと目が合う。見張りは一人で十分だからと言ってくれた。
本音を言うと、マリアンヌさんに何とかして欲しい。そんなやましい気持ちを抑えて、カールと向き合う。
「頑張ればいいよ。とにかく頑張ればいいよ」
こんなことしか言えなかった。勇者失格だよ。
すると、ナディアが叫んだ。
「そうよ、頑張りなさいよ!」
カールは身を震わせる。
「う……うぅ……ん、頑張る……」
また涙を流す。
私は声を振り絞る。
「ひとまず、今日は帰ろう」
これだけしか言えなかった。情けない。誰か助けてとか思ってしまう。そんな都合よく助けてくれる相方なんているはずも……。
「ウオン!」
フェンフェンの声がした。
北北西ルートを見ると、フェンフェンの姿が見えた。後ろに、刺客の四人が走ってくる。
彼らは担架に鎖で縛りつけられたボルグを見て、ギョッとした。さらに、三名の負傷者に、泣いている二人。彼らは戸惑っている。
私は街へ帰ることを選択したと言う。彼らは、それならとボルグの搬送を買って出てくれた。刺客の人たちは四人組なので、荷物は余った二人が持つ。三年目なので筋力もある。街までの搬送も余裕のようだ。
「ウォン! ウォン!」
「フェンフェンが魔物は全部俺が倒すと言っています」
エンマはまだ目を覚まさない。"ヒール"は受ける側もそれなりに鍛えていないとすぐには動けない。
彼女のパーティには男子が四人いる。交代で担架を担ぐことになった。
モーガンのパーティの男子二人は余裕がある。けれども、大事を取って戦闘は控えてもらう。代わりに、無事なモーガンがフェンフェンの援護に志願した。
私のパーティ。ナディアとカールは戦闘ができる状態ではない。
しかし、通常のマップならフェンフェンだけで抜けられる。マリアンヌさんもいるので余裕はある。これで問題ない。
私は出発を指示した。
それから、ゴブリンが何匹か出たけれど、フェンフェンがあっさり倒した。弓も特別な装備も持っていなかった。
キャベツ帯を抜ける直前に、三匹の尻尾プラントが出現する。
フェンフェンの"ファイヤーボール"で一網打尽だ。みんなから歓声が上がる。有頂天のフェンフェン。
それでも、フェンフェンは周囲への監視を怠らない。私もしっかり"魔力探知"で見張っている。
キャベツ帯を抜けて、最初のマップへ戻る。
一角ウサギが三匹出たけれど、またフェンフェンがあっさり倒した。
次に、暴ウルフが一匹出た。フェンフェンが牽制し、カリーナが弓を撃つ。矢は当たった。右足の付け根の辺り。予備の弓なので、狙いが今一らしい。フェンフェンが噛みつく。暴ウルフは灰になった。
順調に進む。
フェンリル大戦隊のいる所まで戻ってくる。このまま何もないと思っていたけれど甘かった。大戦隊は半壊していた。
私たちは足を止めて、救助を行う。
彼らはクリティカルがたくさん出たと言う。ロレッタが普通に戦って負けそうになったと白状した。
一番、重症なのはウィルだ。足に一角ウサギの角が刺さった。骨も折れていて歩けない。
ウィルは"ヒール"を欲しそうに、マリアンヌさんを……私の方も見ている。何で知っているの?
刺客のリーダーがウィルに耳打ちする。おそらく「あいつのようになりたいのか?」と言った。あいつとは、ボルグのことだ。
ウィルは鎖でぐるぐる巻きにされたボルグを見て諦めたようだ。
それを見て、マリアンヌさんはウィルたちに担架を貸した。ウィルの仲間二人が運ぶ。
後ろでカリーナがボソボソと彼らに呟いていた。昨日のは見間違いだったと説明しているみたい。一体、何人に広めたの?
入口に戻ってきた。
入口にいる冒険者は、一度納品して戻ってきた所だった。ゴブリンアーチャーの話を聞いて、彼らも引き返した。
北門に着いた。
門の前の広場で休憩することにした。
ウィルの仲間が限界だった。特に大きなケガはしていないけれど、体力が足りない。おまけに担架を運ぶ姿勢も悪かったので腰を痛めている。
マリアンヌさんはカールにウィルの担架を運ぶように言う。カールはしどろもどろしている。そこにナディアが発破をかける。それで、カールとナディアの二人でウィルの担架を持つことになった。
エンマのパーティは四人で交代しているので大丈夫みたい。
一方で、三年目の刺客たちは余裕がある。疲れている様子もない。
門兵が十人くらい来てくれた。偉い人もいる。
前と同じ魔法使いの兵士がゴブリンアーチャーの魔石を"鑑定"する。マリアンヌさんの回復スキルの"真贋"ではEランクと出ていた。こちらもEランクだった。
Eランクのゴブリンアーチャーに遠距離から首を撃ち抜く技量は無い。
マリアンヌさんは偶然弓を拾ったゴブリンが、たまたまクリティカルヒットを出したと言う。私たちから現場の状況を聞いた門兵さんたちも同じ結論に至った。
そんな訳で、非常事態の警告は出さない。一応、森を調査するかは、冒険者ギルドと相談するそうだ。
私たちはギルドに戻ることにした。
門兵さんが街に入るための冒険者証の確認をここでしてくれた。これで門の中で担架や荷物を下ろす必要がなくなる。
門兵と偉い人は、鎖でぐるぐる巻きにされたボルグを見て、何とも言えない顔をしていた。マリアンヌさんはギルマスに厳重に処分してもらうと言う。一人、彼を知っている門兵がいて頭を抱えていた。
今度は、若い門兵がカールの冒険者証を見て驚く。そういえば、Gランクだった。
街を出るときは門兵の隊長さんが確認していた。話が通っていたので、何事もなかったのだろう。
他の門兵さんたちもカールがいることにたった今、気がついたみたい。地味な茶色の皮鎧を着ているからわからなかったのだろう。
偉い人が挨拶する。
「カール様、お疲れ様です」
「……ありがとうございます」
いつもと違って、大人しく返事をするカールに、偉い人は戸惑っていた。
それから、冒険者証の確認が済むと、若い門兵さんに誘導されて門をくぐった。
街の中を歩く。視線が痛い。
担架三台は目立つ。その内の一人は鎖でぐるぐる巻きにされている。
最後尾にいた刺客の所に、街の人たちが何人も来て、話を聞いていた。おつかいのプロだけあって、顔が広い。
ギルドに戻ってきた。
入口の前に職員さんが立っていて、扉を開けてくれた。門兵さんが伝令を走らせたと言っていたので、事情はある程度伝わっているみたい。
中に入る。冒険者と街の住人がちらほら。
受付カウンターの奥にギルマスがいて、こちらに向かってきた。
担架が入ってくると、ざわめき声がした。そして、三台目の鎖に巻かれたボルグが登場すると、唸り声に変わった。
ギルマスが困った顔をしている。マリアンヌさんはボルグの件でも話があると言った。
私はカールを見る。限界そうだ。担架を落とすと困る。
「もう少しだよ」
ギルマスは二台目の担架を運んでいるのがカールだと気がついていなかった。冒険者や街の住人達も驚いている。
マリアンヌさんは先に医務室へ行くように言った。
医務室はギルドの奥にある。入口から大した距離はない。それでも、カールがウィルを落とさないかヒヤヒヤした。
医務室に到着する。
担架を下ろすと、カールはふらついて倒れそうになっていた。後ろにいた小麦パーティが支える。そして、支えられながら歩いて、端っこのソファーに座った。
暴れる声がした。
鎖を外されたボルグが脱走しようとして、もう一度締められていた。医務室のスタッフが太い縄を持って来て、手足をベッドに縛りつけていく。
マリアンヌさんが説明する。ふざけて、二度も死にかけたこと。新人の前なので、"ヒール"を使い治したこと。
ギルマスは青ざめていた。
年老いた医師が顔を真っ赤にして、ボルグを叱る。どうも、私の思っている以上に深刻な事態だった。今、この街には神官が足りていない。貴重な回復スキルを不必要に消費することになったことは、医療従事者たちにとって衝撃だったようだ。周りのスタッフも怒っているのがわかる。
すると、エンマのパーティが謝り出した。みんな、絶望で泣いているように見える。街全体に迷惑をかけたと思い込んで、事の大きさにパニック状態になっている。
マリアンヌさんやギルマスが彼らを落ち着かせようとする。
と、その時、医務室に大きなイビキが鳴り響いた。
「グオオオオ!?」
カールだ。目を離した隙に眠ってしまった。
結局、こうなったか……。
ひとまず、"輝かしい勝利"には程遠い結果だ。午後から何もないといいな……。




