六話 岩砂糖とスタンピード
屋敷に戻ると、すぐに先生の所に向かった。
この時間は執務の際中だ。
半開きになったドアから中を除く。数人の大人に小さな子供が囲まれていた。何やら揉めているみたい。知らずに見ると、危ない光景だ。
後ろから執事長がやってきたので、伝言を頼んだ。
ひとまず、部屋に戻る。
スタンピード。
何かの拍子に、群衆や群れが暴走すること。
前世でやるせない時、バーボン片手に動画サイトを漁っていた。
そこで動物のスタンピードをたくさん見たことがある。シマウマとかバッファローとか。画面越しだと、トコトコ歩いていて可愛いんだよね。
こっちの世界では、魔物の大量発生を意味する。
自然界のエネルギー、通称"マナ"が乱れたことで発生すると言われている。
そんな面倒ごとに関わるなんて。
しかも、最初の街で。
おやつの時間に呼ばれたので、テラスに行く。
テーブルに着くと、私は文句を言った。
「ああ、モグモグ、バレたか、モグモグ」
先生はスコーンを口一杯に頬張りながら、ケラケラと笑っている。
「ジマーリ男爵領の街の南側。領地の半分以上を占める樹林帯があるでしょ。そこの山で良質の"岩砂糖"が取れるのさ、モグモグ」
「岩砂糖? 岩塩ではなく?」
「うん、砂糖、ムシャムシャ」
「おかしくないですか? 何で、砂糖が岩になっているの?」
「それを言うなら、塩が岩になるのも変でしょ? その辺は"ゲームの設定"なんじゃない? 私は感覚的によくわからないけれど」
そう言われてみれば、そうかも……。
しかし、岩塩は実在する訳で、どういう仕組みか科学的に証明されているはずだと思う。けれども、私は知らないので説明できない。
「で、その岩砂糖を採掘するとマナが乱されてスタンピードが発生するんだ。七百年前と九百年前にも派手に起きたらしい」
「ふむふむ。つまり、岩砂糖に手を付けなければいい訳ですね」
「そうなんだけど、今年に入って採掘が始まったんだ」
何だって!?
「採るとスタンピードが起きるのでしょう?」
「うん」
「何で採掘してるの?」
「そこに岩砂糖があるからじゃない?」
わからない。
砂糖の為に、死を選んだのか!?
「ジマーリ男爵がお金に困っていたとは聞いていたけれど。軽い気持ちで始めたみたいだね。そうしたら、王都の貴族たちに、……面倒な男が飛び付いてきた」
「面倒な男?」
「"ハンマーヘッド"だよ」
「……ああ」
エルフの天敵であるドワーフ。
そんなドワーフの大統領的存在。
"ハンマーヘッド"の異名をとるモカシャック大公。
彼がこの屋敷に来たときに、私は先生の弟子として合っている。
「そうか。大公閣下は甘党だ」
ドワーフと言えばお酒好きだ。
しかし、彼は紅茶とお菓子を嗜む。それも、とてつもない量を。ついでに、酒も飲む。
「"スタンピード"なんて怖くねぇよ。かかってこい。だってさ。全く、これだからドワーフは」
やれやれと先生はスコーンを口一杯に頬張る。
「えっと。止めないのですか?」
「止めても聞かないもん。王都の馬鹿貴族も大昔のことだと一蹴したみたい、モグモグ」
何て無責任な。
封建社会の悪い所が出ている。
「それで、私がそこに行く理由は何ですか?」
完全にフラグが立っている。私が行けば、間違いなく"スタンピード"が発生する。
「サンドラはハンマーヘッドに気に入られていたでしょ?」
「何故か、一方的にですけど」
傍若無人な男だけれども、何故か波長が合ってしまったのだ。
もしかしたら、私も前世でお菓子をお酒のあてにしていたから?
「いざとなったら、エルフの軍を出すつもりなの。実は七百年前まで、エルフが守り人として山に住んでいたんだ。だから、私たちが行く大義があるのさ」
「縄張り争いってことですか?」
「まぁね。今更、占領する気はないけれど。主張したいことは山ほどある。けれども、いざ事が起きれば、お互いに協力しないといけない訳だ。男爵の方は国王から了解を貰ってるからゴリ押しでいけるはず。でも、ドワーフはまずい。そもそも、あいつらが元凶だ。間違いなく喧嘩になる」
ドワーフは背が低い。100から140センチくらい。
そして、超司教様がエルフに小人要素を足した結果、エルフの身長も100から140センチくらいなった。
こうして、ドワーフとエルフの目線が同じ位置になったのだ。
それが仲の悪さに拍車をかけているのだと、私は思う。
「だからさ。有事の際には伝達係を務めて欲しいの」
「私がですか?」
「うん。頑張ってね」
最初の街のイベントにしては、ハードルが高い。
どうすればいい?
スタンピードが起きる前に、レベルを99まで上げて無双する。
無理。