五十八話 根も葉もない噂
ギルマスと職員数名が伯爵を迎えに外へ出る。
私たちは奥の部屋へ向かうことになった。マリアンヌさんがこのままギルドのフロントで話し合いをすると言って、トムさんに止められてた。
豪華な会議室に入る。絨毯が敷いてある。壁には魔物の角や牙などが飾られている。
中央にテーブルがあり、私とトムさんはそこのイスに座った。後ろに、マリアンヌさんが立つ。他の騎士は、酒場で待機だ。
ヘルミンさんとステラさんは斜め後ろに立っている。
フェンフェンのリードはヘルミンさんが持ってくれた。フェンフェンは嫌そうな顔をしている。
そして、ディーノさんとケビンおじさんも入ってきた。
さらに、知らない職員さんも入室する。服装が違うのでギルドの人ではないようだ。私を見て、簡単に自己紹介してくれた。ステーションの職員さんだった。
私は合同馬車の護衛依頼で指名された。もし受けることになれば、ここで打合せをすることになっているらしい。
緊急時の護衛の仕事は冒険者の花形だ。上手くやれば、カールは汚名返上になる。
ステーションの職員さんは、私は歓迎だけれど、カールは勘弁だと遠回しに言った。集団での移動の護衛は、高い戦闘経験値と土地勘が必要らしい。新人をねじ込むのは無理があるそうだ。
「私も登録して三週間くらいの新人なんですよ」
「それなら難しいね」
彼はやんわり笑った。
すると、ケビンおじさんがもぞもぞと動き始めた。自分も自己紹介すると言う。そういえば、話したことは無かった。
どうも、依頼先がもう一つあったみたい。風の神のほこら周辺への採取だ。夜番の騎士から聞いていると思って、そのことをトムさんは私に言わなかったそうだ。
そんな訳で、ケビンおじさんはマップの説明に呼ばれた。彼是、三十年も採取に通っている大ベテランだ。
ステーションの職員さんから、私がほこらのマップに行って、収集品を天高く積み上げたという噂について聞かれた。その話は不味い。マリアンヌさんが反応した。
「アイテム袋は馬車一台分しか使ってはいけない約束でしょう? これで強制送還かしら?」
「つい、入れ過ぎたんです……」
ステラさんが、ギルドとしては非常に助かると擁護してくれた。
それで今回指名された理由も説明してくれた。
ベテランから中堅まで全ての冒険者に街と馬車の防衛にまわってもらった。それで採取に行く冒険者がいなくなった。ギルドも街も物流が止まるのは避けたい。
そこで、ほこらのマップを歩けて、大容量のアイテム袋を持っている私に白羽の矢が立った。そして、カールを同行させることで名誉回復につながると伯爵は考えたのだろう。
もちろん、ケビンおじさんは反対だ。
「若い冒険者がミスって死ぬのを何度も見てきた。あの坊ちゃんでは、まず無理だろう」
私のことも心配された。狼の従魔を連れていても油断はできない。カールのような足手纏いを連れて行くのは危険だと言う。
「ヘルミンさんが一緒に来てくれるなら……」
「採取は退屈なので行きたくです」
ステラさんがヘルミンさんの頭をグリグリする。
「わがまま言わないで一緒に行きなさい」
「痛いよぅ、うぅ……」
拳骨か二日酔いかどっちだろう?
ケビンおじさんは二日酔いで行って死んだ冒険者を大勢知っていると言う。今日は止めておくように促す。
ステラさんも私に休息をとって欲しいと言う。
本来、私は屋敷でゴロゴロするつもりだった。しかし、カールが今日も追いかけてきたのだ。その辺を集まった人たちにも説明する。強制イベントで、もう組むしかないのだ。
ステラさんはギルマスが止めてくれると言う。ギルマスは先代コンナトキー伯爵に仕えた騎士だ。今の伯爵とは共に剣の修行をしたり、魔物の討伐に行った仲だそうだ。ギルマスが話せば、きっとわかってくれるはずだと。
街の中では、根も葉もない噂が飛び交っている。誤解だと良いな……。
大勢が廊下を歩く音がした。
ノックされるよりも早く、ギルドの職員さんがドアを開ける。
私とトムさんは起立する。礼儀作法は先生の屋敷で教わった。前世の営業職の記憶もなるので、バッチリ身に付いているはず。
伯爵様の登場だ。茶髪で立派なフル・ビアードのヒゲをしている。カールに似ているけれど、しっかりとした貴族の雰囲気がある。
続いて、シッカーリト氏が入ってくる。
その後ろから茶色い塊が現れた。見覚えのある光景。ルーシーと同じ皮鎧。着ているのは、カールだ。生気のない顔で完全武装している。
「えぇ……」
変な声が出た。慌てて口を押えそうになる。その行為も行儀が悪い。まずい、まずい。
すると、伯爵が気さくに笑いかけてきた。
「ワッハハハ、こってり絞っておいたぞ!」
お陰で、一息つけた。
権力を笠に着るタイプなら、一挙手一投足で揚げ足を取ってくる。マナー違反は許されない。
違うみたいで良かった。
両家の執事や騎士も入ってくる。
男爵家の騎士は見たことのない人。鎧も簡素だ。執事は前に冒険者ギルドで見た嫌な人だった。
ギルマスも入ってきて、私の横、トムさんの反対側にきた。
順番に挨拶する。
トムさんからだ。トムさんが紹介する形で、私は挨拶した。
次に、マリアンヌさん。さすがに、いきなり喧嘩はしないみたい。優雅に挨拶する声が聞こえた。
伯爵は岩砂糖の採掘場の防衛の件で感謝と労いを述べた。
マリアンヌさんはAランク冒険者で、過去には司教にも推薦された。上級貴族とも張り合えるくらい格のある人だ。
一通り挨拶した後、カールから謝罪が行われた。生気のない顔で話し始める。
「昨日は御迷惑をおかけしました」
明らかに不自然だ。
「僕は心を入れ替えて」
「ウォン!」
フェンフェンが吠える。嘘だと言っている。
向こうの執事と騎士が構える。
伯爵が何と言っているのか、私に聞いた。
「……嘘だと言っています」
「急に変われるものでもないさ。まぁ、ちゃんと反省しとるよ。これから行動で示すから長い目で見てやってくれ」
「……はい」
カールが逆ギレするかと思ったけれど、しゅんとしている。不気味だ。
ヘルミンさんがフェンフェンを抱き上げた。すると、大人しくなった。けれども、私に目で訴えている。絶対に組んではいけない、と。
「じっと見ておるな」
「私に組んではいけないと言っています」
伯爵はフェンフェンを知っているみたい。狂暴化の話も。すっかり懐いていると聞いて驚いたと言った。
「それでだが……」
「?」
「君のことで、危険な場所に率先して首を突っ込む戦闘狂だと聞いていたが……」
「んん、えええ???」
「ダニーは違うと言っている。わしからも……そうは見えないな」
やはり誤解があったようだ。
原因は、ヘルミンさん。そして、シッカーリト氏が彼女の言葉を鵜呑みにしていたようだ。一度会ったのに、何で!?
「採掘場に行って暴れたいと、受付でゴネていたとも聞いたけれど……」
「それはヘルミンさんの方から暴れてはどうかと進めてきた訳で……」
「そうでしたか?」
ステラさんが自分も横で聞いていたと証言してくれた。
これで丸く収まるかと思ったけれど、ここ数日の戦いのことを伯爵に質問された。臨時でCランクの従魔とBランクの冒険者と組んだので平気だと思ったといった感じに答えた。そうしたら、呆れた風に笑われた。
謝った情報から、伯爵は私が血気盛んな人物であると考えた。それなら自分で直接話そうと考えたようだ。急いでいたのもあって、ギルドに呼んだ訳だ。
トムさんがそこまで間違ってはいないと苦笑いで、私の日ごろの行いを説明する。やめてほしい。
軽く話をした後、伯爵と改めて依頼の話になった。伯爵の人柄が見えてきたけれど、強制するつもりは無いというのは本当だろう。
ステーションの職員が未経験者を混ぜる余裕は無いと言った。
伯爵は私が訓練を受けていると思っていたようだ。トムさんが私が修業中に脱走したと茶化すように言う。ちゃんと許可を貰ったのに、やめてほしい。
ほこらのマップの話になる。
男爵家の執事が街とダンジョンの関係について語り始める。
何でも、初代男爵が領主として着任した際に、風の神様が夢の中に現れ、あのダンジョンを授けたらしい。五百年の間、街に恵みをもたらしてくれたそうだ。
この未曽有の事態に、カールがそこへ向かうことがいかに英雄的行為かを長々と語った。
そこに、トムさんがノーを突き付ける。あのダンジョンは千年以上前からあったと言う。風のほこらのマップにはエルフが住んでいた。それを後からきた街の住人たちが追い出したと説明する。
ここで私の話になる。もし冒険者にならなければ、私は先生の家で"お抱え魔法使い"として働くことになっている。そこで任される仕事の一つが、エルフの伝承の蒐集だ。
そういう訳で、私が謝った歴史に関与することは避けないといけない。
男爵家の執事は、こちらが正しいと声を荒げて抗議する。
大変な揉め事の予感がする。
しかし、伯爵が間に入り、今回は歴史の件は一切持ち出さないことにした。執事は大人しく引き下がった。
それから、戦闘の話になる。あそこの適正ランクはDだ。カールのDランクは男爵のゴリ押しだ。実際はどこまでなのか。そういえば、今はGランクだった。
シッカーリト氏が昨日、剣を打ち合ってみたけれど素人同然だったそうだ。ただ、背とそこそこの腕力はあるので盾役になれるはずだと言う。
そして、ギルマスがケビンおじさんの経歴を簡単に話して、それからマップの説明が始まった。
ケビンおじさんは、あそこの魔物には装備の隙間を狙うくらいの知恵がある。Dランクの確かな実力が必要であると言う。
南方への開拓が始まり、大勢が街を訪れるようになった。それで未熟な冒険者たちがケガをして、命を落とす所を何度も見たと説明した。
ケビンおじさんには酔っ払いのイメージが強かったから、理路整然とした話しぶりに驚いた。
伯爵は私は平気なのかを聞いた。前は、Bランク冒険者のヘルミンさんがいたので、その辺がよくわからない。
私が説明した後、ギルマスをヘルミンさんを改めて紹介しようとした。
「ぐーぐー」
ヘルミンさんは立ったまま寝ていた。
ステラさんが慌てて起こす。ギルマスも呆れている。
伯爵はヘルミンさんを知っているようだ。
「彼女があの"クレイジーピエロ"か……にわかに信じ難いが……、数々の奇行を耳にはしている。……よく組む気になったな」
私を見る。
私は異名のことも、ここに来る以前の彼女ことも何も知らないと答えた。一体、何をやったの?
伯爵は何とも言えない表情で「そうか……」と呟いた。憐れんでるの? 私もクレイジーだと思われた?
そんなこんなで、指名依頼はどちらも無理という事になった。
改めて、私には何かのフラグが立っているので組まなければならない。しかし、どう説明していいか判らない。私の抽象的な物言いを、トムさんが補足してくれる。自分たちは先生から直感を大事にしろと教わっていると言った。
伯爵は子供の頃に冒険者に憧れたことがあると言う。ロッキーの冒険譚を何度も読み返した話をする。
「つまり、フラグというやつだな」
同じ転生者である超司教様がフラグの単語を使っていた。それで、私の言いたい事は簡単に通じた。
伯爵は私にカールとパーティを組んでほしいと言う。ジマーリ男爵家を救う為であり、街の住人たちを安心させる為だと言う。無理を言っての頼みだそうだ。伯爵にそこまで言われると断れない。
けれども、マリアンヌさんが割って入った。カールの品性を欠いた行動を問題視している。同じ女性冒険者として信用できないと言う。
伯爵はこれから再教育すると言う。そして、カールに高位の冒険者でもあるマリアンヌさんにしっかり挨拶をするように言う。カールは立ち上がる。
「あなたの事は国王の双子の姉だと伺って」
「おいいいいいいい!?」
伯爵が大声を出し、慌ててカールの口を塞ぐ。
驚いた。何が起きたか、わからない。
伯爵の執事や騎士たちは、男爵家の人たちを鬼の形相で睨んでいる。
男爵家の執事は目と口を大きく開いて、この世の終わりのような顔をしている。
シッカーリト氏は、少し驚いた表情をしながら固まっていた。彼も何が起きたかわかっていない。
ヘルミンさんが呑気に口を開く。
「噂で、王様に双子の姉弟が、ふぐっ」
ステラさんが口を塞ぐ。
マリアンヌさんは優雅に返事をする。
「根も葉もない噂ですわ」
声のトーンで激怒しているのがわかった。
話は本当みたい。
前世の知識で、古い時代に双子が忌み嫌われた話を知っていた。生まれてすぐに片方を隠す。そんな物語をいくつか知っている。
こんな大事な情報を何故、カールに教えてしまったのだろう。
伯爵は無礼を謝罪し、話を切り替えた。見るからに落ち着きが無くなって動揺している。
簡単に話して、一度パーティを組んでみることになった。
伯爵はカールからもお願いするべきだと言った。カールは私に向かって、言葉を述べる。
「昨日のヒールはとても素晴らしかったです」
ん?
「ママはサンドラさんが勇者職に違いないと申して」
「おいいいいいいい!?」
また伯爵が大声を出し、慌ててカールの口を塞ぐ。
何が起きたのかわからない。昨日のを見られていたの? 何で今、この場で言ったの?
トムさんを見る。トムさんもどうしようもないみたい。目で、笑って誤魔化すようにとサインを送ってくる。
後ろからモゴモゴとヘルミンさんの声がする。すでに口を塞がれている。
「キュゥゥン」
フェンフェンが申し訳なさそうにしている。
席に着いた伯爵は、プルプル震えている。後ろの執事や騎士たちも混乱している。シッカーリト氏は何も聞かされていないのか、動きが止まっている。
重い雰囲気の中、マリアンヌさんが提案する。
「念のために、私も同行します。それで、よろしいですね」
声のトーンから激おこなのがわかる。
伯爵は精一杯の感謝を述べた。
マリアンヌさんの言い分は、お家の事情に協力するから絶対にこれ以上喋るなということだろうか?
よくわからないまま会談は終わった。
早朝から"輝かしい勝利"とは正反対の方向に動いている。この駄目イベントの先に一体何が待っているのだろう?




