四十七話 数が多い
西門には初めて来た。
北門と同じ作り。二階建ての建物くらいの大きさ。
門の外は穀倉地帯になっていて、街の住人が育てている。
周りに村とかは無い。大きな柵があって、その向こうには森があり、その先には岩山がある。このルートを通る人はまずいない。ジマール男爵領を訪れる人は北側のルートから来る。
そして、門へと向かう途中に、レトロなコーヒーショップがあった。前世の感覚でレトロと思ったけれど、こっちだと流行りの最先端なのかな?
ファンシーな飾り付けが目立つ。入口のドアにも可愛いウサギのボードが付いていて、口の所に営業中と描いてある。
中もお洒落だ。あちこちに植物がある。
何だか、前世の現代日本のカフェっぽい。文明水準がおかしい。ゲームの中に、こういうお店があったのかもしれない。通常の異世界とは違うので、深く考えずにそういうことにしておく。
ヘルミンさんが言うには、西区には工房がたくさんあって、そこで働く女性たちがよく利用する店だそうだ。
「いらっしゃ……」
店員のお姉さんが私たちの前で止まる。視線はフェンフェンに向いている。
「私の従魔です。連れて入っても大丈夫ですか?」
従魔は入れないかもしれない。
「えっと、その……」
駄目っぽい?
「評判はお聞きしています。その……抱き締めてもいいですか?」
店員のお姉さんが興味津々な顔でフェンフェンを見つめている。どんな評判を聞いているのだろう?
「ガゥ……」
フェンフェンは後ずさりする。
「少しなら……いいよね?」
「ガゥゥ」
嫌そうだ。
「フェンフェンもパンケーキ食べたいよね? 少し抱かせてあげて」
「クゥン……」
許可を出すと、店員のお姉さんはフェンフェンに飛び付いた。
「もふもふよーー!
きゃあああああ!
気持ちいぃぃぃ!
むほほほほほほ!」
「キャイン! キャイン!」
やばい人だった。
コックが飛んできて、彼女を止めてくれた。コックは店長だった。
それから、店長さんが応対してくれた。とても丁寧に接客してくれる。ヘルミンさん曰く、私が貴族の弟子だからだ。それも、今話題の渦中にいる先生の。街中で噂になっているらしい。
席に着く途中、他のお客さんがフェンフェンのことを興味深そうに見ていた。自分も抱きしめたいという表情だ。
フェンフェンは怯えている。グレた原因は、この辺りにもあると思う。
案内された席には、ファンシーな小物が一杯あった。さらに、コインを入れる占いゲーム機まである。ヘルミンさん曰く、自分と正反対の結果が出てくるらしい。どういうこと?
私は外のメニューボードにあった"ふんわりパンケーキの七色イチゴ添え"を頼んだ。
フェンフェンにはハンバーグを注文する。"笹エビの有頭フライ"付き。
ヘルミンさんは私と同じパンケーキに、"溶解クリームと鋼鉄ウェファーのパフェ"と"赤羽ボアのチーズポークサンド"を頼んでいた。よく食べる。
評判通り、美味しかった。
食後は、店の中でまったりする。
ヘルミンさんから敬語を使わずに普通に話して欲しいと言われた。年齢もランクも上なので、私としては遠慮がある。
ヘルミンさんの方からそうして欲しいと言ってみる。けれども、この話し方が自然な状態になっているので無理らしい。お酒を飲んだ時に、一度だけ敬語が外れていた気がしたけれど思い出せない。
そんなこんなで、私の方から慣れたら普通に話す事になった。"さん"付けはするつもり。
もうしばらく、ぼんやりしていたいと思った。
すると、不快な声がした。カールだ。
店長さんが出てきて応対している。カールはとても偉そうにふんぞり返っている。
ヘルミンさんも不満のようだ。
「あんな態度では、お家に傷がつきます」
後ろには、ヨハンやナディアたちがいた。暗い顔をしている。
店長さんは私たちと反対側の席にカールたちを案内した。向こうは私たちに気がついていない。
そして、カールは大声で、南門で"イナレートオオトカゲ"と戦った話を始めた。店長さんだけでなく、店のお客さんたちに聞こえるように話している。もちろん、お客さんたちは信じたりしない。みんな、目を反らして、関わらないようにしている。
ヨハンは悔しそうにしていた。戦ったのはヒューゴたちなのに。
ヘルミンさんがカールに注意してくると言う。間違いなく話がこじれる。店長さんが諌めようと頑張っているので任せるべきだ。私は立ち上がろうとしたヘルミンさんを止める。
すると、鐘の音がした。
カン! カン! カン!
「兵団の警鐘ですよ!?」
ヘルミンさんが勢いよく立ち上がる。
私も行かないと。フェンフェンも席から飛び出す。
ヘルミンさんはアイテム袋からお金を取り出して、机に置く。私の分もあると言った。それから、店員さんに知らせる。
「行きますよ!」
「はい」
私たちは店を飛び出した。
警鐘は西門からだ。農作業をしていた人たちが逃げてくる。
ぶつからないように避けながら、門まで走る。
門の外に出ると、土嚢が積んであった。そして、兵士が四人ほど、茫然として立っていた。
穀倉地帯の奥にある柵が壊され、ウルフ系の魔物が侵入して暴れていた。数は、三十体くらい。"山ウルフ"だ。
山ウルフは暴ウルフの色違いで茶色の毛をしている。Dランクの魔物だ。
昨日の"イナレートオオトカゲ"に比べれば、大したことは無い。ヘルミンさんとフェンフェンが行くと言うので、私たちも一緒に行くことにする。
兵士のおじさんが私たちを止めた。
「戦える連中は南門に集まっている。彼らを待つべきだ」
まだ大勢の人が逃げ惑っている。待ってはいられない。
「危険と判断したら戻ります」
ボスが出たり、これ以上、数が増えるなら撤退しないといけない。無理をするつもりは無い。
穀倉地帯の中央の道を進む。"ファイヤーウォール"を展開すると道幅の半分を占拠してしまった。周囲の作物を焦がさないように注意が必要だ。
前から人が逃げてくる人がいる。ヘルミンさんは大きくジャンプして、ラッパから空気砲を発射した。地面に当たり爆発する。その衝撃で後ろにいた山ウルフたちは怯んで、動きを止めた。
逃げてくる人たちが衝撃に驚いて悲鳴を上げる。私は落ち着くように声をかける。
「大丈夫です。走ってください」
私は"ファイヤーボール"を用意する。
フェンフェンは私の前で構える。逃げてきた人たちが今度はフェンフェンに驚く。
「私の従魔です。襲ったりしません」
話を聞いた彼らは慌てながらも左右に分かれ、私の"ファイヤーウォール"を避けて走って行った。
私は前方にいる山ウルフの群れと対峙する。しかし、ヘルミンさんがクラブを投げて、簡単に倒してしまった。見ると、クラブには火属性が付与されている。おそらく、魔法のスクロールを使ったのだろう。土属性の山ウルフとは相性が良い。
「ガンガン行きますよー」
向かってくる山ウルフを、ヘルミンさんはバッタバッタと倒していく。レベル差があるので、数は意味がない。そして、打ち漏らしか私たちに回したのか、二体ほどがこちらに来た。それをフェンフェンがあっさり倒す。出番がない。
「サンドラさーん、見てください!」
見ると、岩の塊が四足歩行で歩いていた。山ウルフよりも一回り大きい。上位種の"岩石ウルフ"だ。Cランクの魔物。岩のような皮膚が物理も魔法も弾く強敵だ。
「お腹の柔らかい所を狙うと良いですよ。トゥッ!」
ヘルミンさんは武器をステッキに持ち替えていた。そして、地面を滑るようにスライディングをして、岩石ウルフに攻撃を加える。よく判らないけれど、岩石ウルフが横転した。私の方にお腹が見えている。そこには岩の皮膚は無く、柔らかそうな毛が生えていた。
「今です!」
私は"ファイヤーボール"を発射する。命中した岩石ウルフは断末魔を上げて、灰になった。ゲームだと硬い面倒な魔物だったけれど、現実化したことで簡単な倒し方ができたみたい。
「まだまだ来ますよ」
西の柵の辺りを見ると、次々と山ウルフが入ってきている。まだ逃げ遅れている人もいるみたい。
ヘルミンさんは一目散に走って行く。私は先に炎の防壁を貼り直すことにした。
アイテム袋から"灼熱ウーパールーパー"の魔石を取り出す。そして、"ファイヤーウォール"を再び発動する。魔石を消費して、防壁の強度を上げた。これでDランクのウルフなら数匹同時に飛びかかられても平気だ。
私が"ファイヤーウォール"を再発動したとき、後ろから声がした。
「あちっ! 危ねえだろ!?」
人がいた? この声はカール?
魔法に集中していて、気がつかなかった。
後ろを見ると、カールがいた。ヨハンやナディアたちもいる。
「どうして、ここにいるの?」
みんな、Eランクのはず。Dランクの魔物の群れを相手にして、前に出るには力不足だ。
「そりゃあ、戦いに来たに決まってんだろ!? ほら、早く行けよ」
行けって、何?
戦いに来たなら、私を追い抜いて行けばいいでしょ?
ナディアが答える。
「サンドラの後をつければ安全だって……止めても聞かなくて……」
ナディアにはいつもの元気がなく、涙目になっている。彼女は一年目のEランク。魔物群れに飛び込むのを恐れて当然だ。転生者+ゲーム脳で自分がどうかしていることを実感する。
「みんな、こいつを置いて、戻って。言い訳は私が何とかするから」
先生を呼ぶ。全部言いつけてやる。これしかない。
「でも……」
ヨハンが自分が残るから、ナディアのパーティには帰るように言う。他の男子二人も震えている。よく見ると、ヨハンもだ。
「何だよ、ウルフなら余裕って言っただろ!?」
「それは"始まりの森"のウルフでしょう? 相手は山ウルフ。Dランクの魔物。皆は、Eランク。無理だよ。早く戻って。カールもわがまま言うな!」
一気にまくし立ててしまった。
カールが逆上して暴れるかと思ったけれど、先にフェンフェンの声がした。
前を見ると、血を流した農婦が逃げてくる。後ろには、山ウルフが三匹。
フェンフェンが走る。農婦を追い越して、山ウルフを止める。私はフェンフェンの合図を待ち、"ファイヤーボール"を撃つ。一匹が灰になった。隣の山ウルフにもダメージを与えた。そして、残った二匹をフェンフェンが倒した。
「はあ……はあ……」
農婦は今にも力尽きそうだ。ヨハンたちに背負ってもらおう。
すると、カールが彼女に話しかけた。
「そこのお前、よーく聞け!」
「え、えぇ……」
「俺様、カール=クート・ジマーリが救助してやった。ありがたく思え!」
「はぁ……」
何してるの……?
気が遠くなる。
でも、今動かないとまずい。ナディアたちに死んでほしくない。
「彼女を連れて、門まで戻って!」
ナディアの仲間の一番大柄な戦士が農婦を背負った。
「ウォン!」
前を見ると、山ウルフが十匹以上、こっちに走ってきている。後ろの方に岩石ウルフの姿も見える。まずい。
「全部は止められない。走って!」
「な、おい、マジかよ!? うおおおお!」
カールは全力疾走を始めた。それでも私より遅い。救助に来たのに、住民も仲間も置き去りにして逃げている。
「サンドラも早く逃げて!」
「まずいと思ったら、すぐ逃げるよ」
ナディアたちは農婦を連れて、西門へと走った。
彼女たちが街の中に入るまで、時間稼ぎをしよう。私には"トノサマバッタの羽"がある。いざとなったら、使えばいい。
「フェンフェン。二人で"ファイヤーボール"を使うよ」
「ウオン!」
二発の"ファイヤーボール"が魔物の群れに直撃する。何匹か吹き飛んで灰になった。
そして、煙の奥から岩石ウルフが姿を現す。こっちに突っ込んでくる。
体躯の小さいフェンフェンに止められそうにない。私は"ファイヤーウォール"で受けることにした。フェンフェンには周りの山ウルフを倒してもらう。
岩石ウルフが突進してくる。私は前方に魔力を集中させて、炎の防壁でガードする。
ドン!
岩石ウルフを弾き飛ばした。
硬いだけで攻撃力も素早さも低い。これなら何とかなる。
私は魔力探知の反応を見る。山ウルフが二匹、私に向かっている。これらも"ファイヤーウォール"で弾く。
態勢を整えた岩石ウルフが私にもう一度体当たりする。さっきと同じようにガードする。
ドン!
今度は腹を見せて、ひっくり返った。この隙に"ファイヤーウォール"を撃てば倒せる。しかし、また山ウルフが襲ってきた。そっちのガードをしている間に、岩石ウルフは起き上がってしまった。
先に、周りの山ウルフをフェンフェンに倒して貰うしかない。
「ウォン!」
フェンフェンが吠える。私に警告している。
前から、また十匹くらいの群れが来る。これは、まずい状況だ。
すると、後方に反応が出た。
ディーノさんに、リッカルドのおっさんだ。他にも、スカウトやレンジャーなど素早い職の人たちが走ってくる。
ディーノさんが力強く矢を射ると、岩石ウルフは一撃で灰になった。おそらく、相手が硬いほど威力が増す"錐の矢"を使って、スキルを放ったのだろう。
他の山ウルフも次々と倒された。
これで終わりかなと思い、前方を見ると大変なことになっていた。
百を超える山ウルフと岩石ウルフの群れ。
一際大きい個体がいる。トゲのようなものが生えている。"ドリル岩石ウルフ"。Bランクの魔物だ。この群れのボスだろうか?
そして、ヘルミンさんは山ウルフを踏んづけながら、野原でスキップするように戯れていた。一応、クラブで攻撃もしている。余裕なのか、ピンチなのか判り難い。
ディーノさん曰く、逃げ遅れた人が小屋や木の上にいるらしい。その人たちに配慮して、スキルが使えないみたい。
どうしようか?
考えていると、ロバートさんやアイラさんが走ってきた。他にも、大勢の冒険者が駆け付けた。
私たちは陣形を組んで、群れと戦うことになった。
岩石ウルフには攻略方があるとロバートさんが言う。
物理職は、ヘルミンさんがやったように転がして腹を突くのが定石らしい。ロバートさんたちは長い木材を持って来ていて、それを岩石ウルフの足に絡めて転ばした。
もう一つは"ファイヤーピラー"の魔法を使う。地雷の様に設置して、真上を通る敵に炎の槍を繰り出す。
私はまだ使えない。この中だと、アイラさんとクルツさんが使える。
リッカルドのおっさんが囮を買って出て、次々と倒していた。
フェンフェンも自分も誘導役ができると言う。早く覚えろと急かされた。
そして、ボス戦だ。
ヘルミンさんがまた怪しいスライディングを決めて、ドリル岩石ウルフの巨体をひっくり返した。ステッキの持ち手の部分を引っ掛けているのか、もしくは合気道のようなものを使っているのだろうか? ディーノさんたちも首を傾げていたので、相当おかしなことをやっているみたい。
柔らかいお腹に皆で攻撃すると、ドリル岩石ウルフは灰になった。
戦闘が終わり、救助が始まった。
西門の方から、兵士や冒険者、ボランティアの住人たちが走ってくる。彼らに任せて、私はベンチで休憩させてもらう。
ヘルミンさんも混ざる。寝転がって、私に膝枕をしてくる。そんな関係じゃないんだけど……。
倒れている人が大勢いて、玉乗りができずに苦労したそうだ。仕方ないなぁ……。
しばらくして、救護活動が終わった。
柵の壊された場所は、土魔法で一時的に塞がれた。
そして、街に戻ることになった。ディーノさんが森の様子を見てくると話していたが、仲間に止められていた。
二台の荷馬車と共に進む。そこには亡骸が載せられていた。
私たちが街の中に入ると、すぐに門は閉められた。
門の周りは静かだった。負傷者はどこに運ばれたのだろう?
すると、私を呼ぶ声がした。ナディアだ。ヨハンたちもいる。みんな泣きはらしている。
私がウルフに囲まれている所を見ていたらしい。心配をかけたみたい。
ヘルミンさんが何事かと訪ねてきた。どうやら、"ファイヤーウォール"の後ろで会話していた為、ヘルミンさんからはカールの姿が見えていなかったらしい。
そして、カールは街へ入った後、どこかへ走って行ったそうだ。
「とりあえず、後でギルマスに報告しよう」
「今でもいいぞ。何があった?」
後ろを向くと、ギルマスが立っていた。巨漢なので、急に現れると怖いよ。
私は先ほど起きたことを話した。
すると、話を聞いていた冒険者たちが怒り出した。そして、口髭を生やした中年のレンジャーの男性が、兵舎の馬小屋から馬糞をかき集めて、男爵の家にばら撒くなどと言い出した。
「ケビンおじさん、止めてよ!?」
この人がケビンおじさんか、森で会うかもしれないので覚えておこう。
ひとまず、ギルマスが宥めて、その場は収まった。
私も無茶をしないようにと注意を受けた。次からは到着を待って、他の冒険者と一緒に行動するように言われた。
それから、見張りに何組か残して、ギルドに戻った。
受付で報告を終える。
ベテラン冒険者はすぐに南門と西門の見張りに行ったので、祝勝会は開かないことになった。二日続けて、街が襲われて、みんなも気が気でないというのもある。
そんな中、ヘルミンさんがお酒を飲みたいと言う。Bランクなのに、見張りの仕事はいいのかなと思った。
私はヤンおじさんの店のザワークラフトが食べたいと思った。ヘルミンさんに言うと、彼女もお店を知っていた。そんな訳で、ヤンおじさんの店で軽く夕食を食べることにした。
ヤンおじさんの店はガラガラだった。外食する余裕も無いのだろう。
久しぶりの来店にお店のおばちゃんが喜んでくれた。そして、ザワークラフトをおまけしてくれた。
ヘルミンさんはエールを頼む。一杯だけと注意したけれど、三杯飲んでしまった。
食べ終わった後、ギルドに戻り、変わった様子がないか確認する。あれから、西門には魔物は現れていないそうだ。
ひとまず、私は暗くなる前に屋敷に帰ることにした。
ヘルミンさんとギルドの前で別れる。
「明日は東門ですね、フフフ♪」
フラグを立てないで欲しい……。




