四十五話 乾杯
勝利を祝い、酒場で乾杯だ‼……と、そんな簡単には行かなかった。
周辺の魔物が混乱に乗じて襲ってくるかもしれないと、引き続き警戒態勢が敷かれた。そして、私たちに戦力として残って欲しいと言われた。そういう訳で、兵団の詰所で待機することになった。
待ち時間に兵士とギルドの職員がやってきて、戦闘の報告をした。
両者ともに、ヘルミンさんの報告を首を傾げながら話を聞いていた。ヘルミンさん側も具体的に言わないのが問題だ。クラブを投げた、ラッパを吹いた、玉乗りで避けた。信じられる訳がない。自分も受付嬢で報告書を作成する側のはずなのに、どうして分からないのか。
疲れているので、私は口をはさむことはしない。ギルマスや兵士たちが目撃しているので問題は無いはずだ。
そして、自身の報告も手短に済ませた。
それから、しばらく時間が経った。
ヘルミンさんが暇つぶしに占いをしようと言ったけれど断った。
フェンフェンは寝ている。
兵士がちょくちょく報告に来てくれた。今の所、危うい兆候は確認されていないそうだ。
そうして、ぼんやりしていると、バックアタックを受けたことを思い出した。急に背筋がゾッとした。
落ち着く為に、何か気を紛らわす物はないか探してみる。すると、ヘルミンさんと目が合った。
「どうしました?」
ヘルミンさんは私に向かって右手を伸ばし、頭を撫で始めた。
「どういう状況ですか?」
「何となくです♪ サンドラさんもよく頑張りました♪」
すっかり気が抜けた。
お陰で助かったと言うべきか……。
ひとまず、屋敷に帰ろう。もう一度、戦闘ができるとは思えない。
そう考えていると、急に大勢の冒険者が入ってきた。よく見ると、ディーノさんたちだ。確か、援軍を募りにチミリート伯爵領に行っていた。しかし、雰囲気が重い。
ヘルミンさんが嬉々として話しかける。
「皆さん、戻られたのですね。援軍は大勢呼べましたか?」
冒険者たちの表情が引きつる。
ディーノさんが絞り出すように話し出す。
「援軍は来ない。すまない」
近隣の街の領主たちの間で話し合いが行われた。それで、岩砂糖の採掘場を放棄しないのなら、一切の援助を断ることになった。ようするに、男爵家に圧力をかけてスタンピードを阻止しようと言う訳だ。
そして、冒険者たちもその話を聞いて、援軍を断った。
けれども、それではジマーリ領の住人が割を食うことになる。強力な魔物の群れが襲ってくれば……そう、今回の様に。
ディーノさんたちが奇異の目でヘルミンさんを見ている。事情は聴いているみたい。
「どうかしましたか?」
ヘルミンさんはとぼけた顔で笑う。
すると、トムさんが部屋に入ってきた。何やら慌てている。
どうやら、私の行方をずっと探していたらしい。けれども、ディーノさんは兵士に聞くと、すぐに私がここにいると教えて貰えたそうだ。たぶん、兵団側も混乱しているのだろう。
トムさんとディーノさんたちの大人の会話が始まった。
聞いてるだけで、混ざらない。私は前世で大人だったけれど、二十四歳とまだまだ若造だった。三十代の上司の話に意見を挟み出す頃合いだけれど、リセットして今は十四歳だ。じっとして聞いている。
そして、私が先生を呼ぶという形で、アルベーデン領から増援を送るという提案が出た。
この世界は建前が大事だ。前の暴動と今回の件で、弟子が危険に晒されたと先生が男爵に直接抗議する訳だ。これなら、騎士隊と兵団の面々を大勢引きつれて来れるらしい。
問題点としては、他のエルフが勝手に付いてくることだ。それで、チャームにやられる人間が大勢出れば問題になる。
ひとまず、この案は保留され、男爵に採掘場からの撤退を進言することになった。
そして、私たちは帰ることになった。南門の見張りはディーノさんたちに交代した。
寝ているフェンフェンをヘルミンさんが抱き上げると、慌てて目を覚ました。まだ苦手なのか、降りて自分で歩き始めた。
外に出ると、アイラさんたちがいた。彼女たちは門の前や、上の見張り台で待機していた。自分たちだけ詰め所で休んでいて良かったのか思ったけれど、誰も何も言わないので口に出さないことにする。
ロバートさんがどこかから戻って来て、ギルドに帰ることになった。
これで全員らしいけれど、リッカルドのおっさんがいない気がする。聞くと、お尻をかじられて教会に行ったそうだ。立って歩けるくらいの軽傷らしい。毒があるかもしれないので、そっちの治療とのこと。
街中を歩く。
時間が経って、夕焼けが出る前くらいの時刻になっていた。いつもなら、騒がしい音がする。けれども、静かだ。活気が無い。
アイラさんが教えてくれた。今回の件で、また暴動が起きるのではと、街の住人は戦々恐々になっているそうだ。
兵団と冒険者ギルドはなるべく穏便に収めようと努めている。しかし、男爵の反応次第では衝突が起きる可能性がある。
うんざりする話だ。他にも魔物が襲ってくるかもしれないってときに人同士で争うわないといけない。
気が滅入ると、またバックアタックを思い出した。
嫌だな。
ギルドに着く。
軽く祝勝会をやるそうだ。ロバートさんたちに誘われた。ヘルミンさんはノリノリだ。
トムさんはまだ仕事があるらしく、帰りに迎えに来ると言ってくれた。
そんな訳で、鬱憤晴らしに参加しよう。
ギルドに入ると街の住人が大勢いた。
受付にも行列ができている。それを見たヘルミンさんは、向こうを手伝うと言って建物の奥へ入って行った。
酒場を見ると、リッカルドのおっさんがいた。もうケガは平気らしい。
もう一人、ケガをした魔法使いの人がいた。無理して教会から出てきたみたい。
「飲まなきゃあ、やってられないよ。あの不良坊主共の分も盛大にやってやらにゃあな……」
レオンたちのことかな?
戦死者はヒューゴたちだけらしい。ケガ人は複数人。殆どカールの被害者だ。あいつが門の外に来なければ……そうなると、ウィルや小麦パーティがオオトカゲを止められると思えないので、死傷者がもっと増えていたかもしれない。
そういえば、ウィルたちはどうしたのだろう?
酒場の奥を見ると、カリーナがいた。ナディアたちも。新人女子の席ができあがっている。私もそこへ向かう。
「おかえり! 大変だったんでしょ!?」
「うん。バックアタックを受けて、危なかったよ……」
「ケガしたの!?」
「フェンフェンが知らせてくれたから、何とかガードできたよ」
「ウォン!」
「さすがフェル様だね」
フェンフェンは代わる代わる頭を撫でられて満足そうだ。
そうしていると、給仕の女性が注文を取りに来た。皆はお酒を頼んだ。私は未成年なのでレモネードを頼む。
注文が終わると、ナディアが話を始める。
「まさか、ヒューゴとマルコがやられちゃうなんてね……」
皆の表情が暗くなる。そうだ、彼らは人気者だった。
「どんな感じだったの?」
私に聞かれた。この重い空気の中で、どんな返事をすればいいのだろう? そもそも、私は現場を見ていなかった。
「前にいたから、私は見てないの……。四匹のオオトカゲが来て、その内の一匹と戦ってたから……」
すると、後ろから誰か来た。ヒューゴの仲間だ。
「ヨハン! ケガはいいの?」
「じっとしていられなくて、クンツさんたちと一緒に戻って来たんだ」
クンツさんは知らない。リッカルドのおっさんと一緒にいた魔法使いの人かな?
「手も足も出なかった。俺は尻尾で吹き飛ばされて気絶していた。それで、フェンリル様が助けてくれたって聞いてな」
どうやら、お礼を言いに来たみたい。フェンフェンは尊大な態度で礼を受けていた。
そうしていると、注文した飲み物といくつかの料理が来た。合図はロバートさんがすることになった。
誰かが、ギルドの中で立ち話をしている街の住人たちに静かにするように伝えていた。受付でも手を止めて、こっちを見ていた。
「街を守れたこと。そして、亡くなった者の勇姿を称えて、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
一気に飲み干す人。少し口をつける人と様々だ。
女子席では戦士のナディアが一気にエールを飲み干した。そして、滝のように涙を流し始めた。
「あー、ヒューゴォォォ! 許さんぞぉぉぉ!!!」
そんな急に酔う訳ないので、さっきまで我慢していたみたい。
他の女子たちにも移って、みんな泣き始めた。
男子たちも泣き出す。さっきのヨハン君も声は出していないけれど、涙で一杯だ。
釣られて、私も泣きそう。ちょっとの付き合いだったけれど、彼らが誠実な人間だと言うことは分かる。
ベテラン冒険者たちは、どっしりとしていた。こういう状況だから、新人の前ではビシッと決めているのだろう。
チラッと受付の方を見ると、街の住人にも泣いている人が数人いる。もらい泣きかな?
給仕の人たちが遠慮しがちに料理が運んでくる。
ナディアがフェンフェンにお腹が空いているだろうと言って、食事を勧める。
「ウォン!」
フェンフェンは周りの雰囲気に戸惑いながらも、勇ましく食べようとする。実際にお腹も空いていたみたい。
ヨハン君たちがウィルや小麦パーティを誘って、フェンフェンに乾杯した。
そして、ナディアが大きな骨付き肉をフェンフェンの口の中へ思いっ切り放り込む。慌てるフェンフェン。
「あれ~?」
一気に飲み干したから、酔い方がおかしい。カリーナやモーガンが慌てて止める。
ベテラン冒険者たちが他の新人たちにも注意する。皆、一気飲みに慣れていないみたい。
しばらくすると、ヘルミンさんがやってきた。ロバートさんたちと話をして、彼らの席に座った。
声をかける用事も無いので、私は食事をしながら、みんなの話を聞いた。
夜が更ける前に解散になった。
いつの間にかトムさんが来ていて、隅のカウンターで紅茶を飲んでいた。
帰る前に、ヘルミンさんの所へ行く。お世話になったと挨拶しておく。
見ると、ヘルミンさんはべろんべろんに酔っ払っていた。
「サンドラさ~ん、明日からも頑張りましょ~」
「ヘルミンさんには受付の仕事があるでしょう」
ロバートさんたちが事情を説明してくれた。ギルマスから「冒険者を手伝え」と言われたらしい。
この状況で強大な戦力であるヘルミンさんを、受付でただ座らせておくのは勿体ない。
しかし、私がパーティを組むのは遠慮したい……。
けれども、みんなが「お前がやらねば誰がやるのだ」という顔で私を見ている。
これは強制イベントなのかしら?
こうして、怒涛の一日が終わり、新たなパーティが誕生した。




