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クノテベス・サーガ  作者: 落花生
第ニ章 岩砂糖を入れた紅茶の味は苦い
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四十一話 トノサマバッタの羽

「私は屋敷に帰ります。ヘルミンさんは街を守ってください」

「何を言ってるのですか? 私たちはパーティでしょう?」

「泉に行ったので解散です。故郷の危機なんだから、街の人たちと力を合わせて頑張ってください」

「……地元で遊び人スキルを使うことが恥ずかしいのですよ。サンドラさんが一緒でないと行きません」

「どうして、私がいると平気なんですか!? これ以上、変な噂が広まるのは避けたいんですよ」


 スキルが恥ずかしいのは分かる。それゆえに尚更、巻き込まれたくない。

 

「スキルに理解のある仲間がいると安心できます。サンドラさんなら冒険者への信用もありますし。それに、ストレスも発散したいのでしょう?」

「その前に、命の危険がありますので……」


 泉へ同行して気になっていた。ヘルミンさんはCランク以上の使い手だ。街の危機に投入しない選択肢は無い。

 ただ、こういう攻防をするには、私のレベルがまだ足りていない。背伸びをするために、手の内を晒すことになる。下手をすると、勇者職だとバレてしまう。

 そして、全力を出しても、Bランク以上の魔物には敵わない。

 リスクが多過ぎる。ヘルミンさん一人と釣り合うのか。

 それに、遊び人スキルは味方へマイナスに作用することもある。最悪の事態を招いたら、それは連れて行った私の責任にもなる。


 行きたくない。フェンフェンを見る。


「ガゥガゥ……」

 

 止めるように言っている。

 乱戦になると、従魔への誤射の危険性もある。現在、前衛を従魔に頼っている私は参加すべきではない。


 渋っていると、ヘルミンさんが私の腕をつかんで引っ張る。


「悩んでいても仕方がありません。いざ、戦場へ!」

「ちょっと待って下さい」

「ガゥ!ガゥ!」


 フェンフェンが前に立って抗議してくれる。


「フェンリル君まで……街の危機なのですよ!」


 ヘルミンさんは、私とフェンフェンを涙目で見つめる。そう言われても、レベルが足りないのはどうしようもない。まだ14歳の未成年だ。私は逃げていい。


「仕方がないですね。では、私は街から脱出して、アルベーデン辺境伯領に行きます」

「どうして、そうなるのですか!?」

「一人で行くのは、もう嫌なのです。誰も組んでくれなくて、ずっとソロだったの……。だから、サンドラさんくらい遊び人職に理解ある人は、本当に初めてなのですよ」

「そうは言われても……」

「それに、街の危機に逃げ出したくありません」


 ヘルミンさんはらしくないほど、必死に頼む。故郷を守りたいという気持ちは本当のようだ。

 

 私には奥の手がある。先生から貰った"トノサマバッタの羽"という魔道具だ。ゲームだと、ダンジョンから脱出する為のアイテムだった。

 この世界では、使うと最大で三百メートルくらい飛び跳ねることができる仕様だ。ダンジョンからの脱出は難しいけれど、会敵した敵から逃げることはできる。

 そして、今回は城門の外での戦いだ。ピンチなれば、この魔道具を使い城壁の中へ逃げ込むことが可能だ。


 ヘルミンさんと一緒に行くなら、条件を付けるべきだ。


「一つだけ条件があります」

「何ですか?」

「ピンチになったら、ヘルミンさんを置いて逃げます。それでいいですか?」

「全然オッケーですよ。私も逃げますから!」


 彼女はあっけらかんと笑う。この笑顔……見捨てても心が痛まない。

 

 私はフェンフェンを見る。残るかどうか聞こうとすると、仕方がないから行くと言ってくれた。やれやれと言う顔をしている。

 逃げる手段があるので、なるべく私のそばにいるように伝える。たぶん、フェンフェンなら抱えて一緒に飛べるはず。


 話は纏まった。南門に向かう……その前に、カリーナたちの所へ行こう。

 

「ギルドを出る前に、カリーナたちの所へ……」

「あー、えっと……」


 後ろに、カリーナがいた。モーガンたちはパーティメンバーを探しに宿へ向かったそうだ。合流して、その後のことは未定らしい。

 カリーナも混乱気味だ。私より先にヘルミンさんがここに残るように言う。


「戦闘後の仕事もあります。女の子が無理してはいけません」

「ん? ヘルミンさんは男なんですか?」

「違いますよ?」


 私にも気を使って欲しいものだ。

 ヘルミンさんはきょとんとした顔で私を見る。


「サンドラさんはイカレたシチュエーションが大好きなクレイジーでしょう?」

「違います」


 どこを見たら、そんな印象になるのだか……。


 

 

 ギルドを出て、南門へ向かう。

 街は混乱している。

 南から家財道具を持って走ってくる人たちがいる。伝令の兵隊や丁稚の人たち。色々な人とすれ違う。みんな、顔に恐怖を浮かべている。

 正直、引き返したい。足取りが鈍くなる。


「サンドラさん、ビビってますね。こういうときこそ……何が良いですか?」


 私に聞かれても困る。遊び人職はとにかく遊んで"遊びポイント"を貯めないといけない。私は少し考えて音楽を演奏することを提案した。すると、私も混ざって欲しいと言われた。

 勇者職で転生者として、この状況を見過ごせない、けれども、怖いものは怖い。そんな訳で、やけっぱちだ。

 私はオカリナを取り出す。ヘルミンさんはドラムを装着して、ラッパを吹く。演奏するのは「まもの割り戦士」だ。


 パンパカパッパッパー♪


 前から来る人たちが奇異の目をしている。怒鳴る人がいないのが救いだ。パニック時には、何が琴線に触れるか分からない。

 フェンフェンが前を歩いて、人にぶつからないように先導してくれた。ヘルミンさんはテンションが上がって、ノリノリだ。私も自暴自棄気味に演奏する。




 南門に到着する。

  久しぶりに来たけれど、北門の二倍くらいの大きさがある。ギャップに驚く。南方からの魔物を警戒して、頑丈に作ってあるのだと思う。

 野次馬らしき町の住人や商人がいた。私たちを見て、何か言っている。聞こえない振りをしよう。

 門の外を見ると、土嚢を積んだり、柵の組み立てが行われていた。兵団が独自に南門で戦闘の準備していると、トムさんから聞いていた。アイテム袋を使い、効率よく陣地を作っている。

 そして、柵や土嚢の壁に、魔法使いが"マジック・コーティング"の魔法を使っている。物理と魔法の耐性を上げる効果だ。これで、より強固な陣地になる。

 アイラさんを始め、冒険者の魔法使いも協力していた。私は魔石ブーストが無いと使えないので、不参加だ。

 

 門をくぐる。冒険者証を確認する門兵さんはいなかった。

 あちこちから視線を感じる。ヘルミンさんは気にせず演奏している。

 どうしようかと悩んでいると、またリッカルドのおっさんが混ざってきた。そして、西側に移動して、作業の邪魔にならない場所で演奏することになった。


 ロバートさんのパーティは兵団との合同訓練に参加していて、陣地の中央で戦うらしい。おっさんはそういうのが苦手なので不参加だったそうだ。

 こういう状況では、野良の冒険者は陣地の左右に割り振られる。個性が強くて、連携が取れない人間も多い。隅っこで好き勝手にやらせるのが一番良いとされている。

 私はギルマスに頼めば、後方の安全な所から魔法を撃たせてもらえるかもしれない。しかし、今、三匹の珍獣に囲まれている。ここがゲーム脳の変人にとってのベストな立ち位置なのだろう。


 三人で軽快に演奏を行う。色々な視線を感じるけれど、無視する。


「リッカルドの野郎が女を侍らせてやがる。この世の終わりかよ」

「羨ましい……」

「演奏、上手だな。誰も止めないし、いいのか?」


 気になる声もあるけれど、無視だ。

 次の曲を相談する。私の奏でられる曲が少ないので困ってしまう。もっと練習しておくのだった。

 次の曲は、さっき森で演奏した"おお冒険者は真っ赤"に決まった。楽しく演奏する。皆、陣地を作るのに忙しいみたいだ。申し訳なくなる。この演奏が誰かの癒しになっていることを祈るばかりだ。

 



 そうして、演奏が終盤に差し掛かった頃、ドカドカと不快な足音が聞こえてきた。

 カールだ。後ろに、ヒューゴやレオンたちもいる。

 フェンフェンが追い返そうと吠えたけれど、無視して向かってきた。


「こんなところで何やってんだ!? お前ら、馬鹿かよ!?」


 そっちこそ、ここがどこか分かっているの?

 私たちは演奏を止める。そして、ヘルミンさんがカールを注意する。


「ここは素人がいていい場所ではありません。早く街の中に戻ってください」


 カールは聞く耳を持たない。ヘルミンさんの格好を見て笑っている。

 ヘルミンさんが切ない目で私を見る。


「似合ってますよ」

「それ、褒めてます?」

「どうなんでしょう? 言葉通り、似合ってるとしか……」


 リッカルドのおっさんが間に入る。


「僕たちは戦記高揚とリラクゼーションの為に音楽を奏でているんだ。邪魔しないでくれないか?」


 おっさんがかっこいい。

 でも、私とヘルミンさんは"遊び"なんだよね。スキルの為だから、ふざけてる訳では無いのだけれど。


 どうやら、カールは手柄を立てる気でいるみたい。けれども、自分で戦う気は無いと思う。安全な場所でやり過ごし、あたかも戦った風に見せかけるつもりだ。

 そして、隅っこで音楽を演奏している私たちを見て、ここが安地と誤解したようだ。


 リッカルドのおっさんがカールを説得する。彼は下級貴族の三男坊だとルーシーから聞いていた。貴族モードと言うべきか、背筋を伸ばして美しい立ち振る舞いで話し始めた。まるで別人のようだ。

 しかし、カールには逆効果だったのか、癇癪を起こした。魔物なんて大したことないとほざく。あなた、一匹も倒したことがないはずでしょう。


 ギルマスが走ってきた。皮鎧を着ている。簡素だけれど、上等なものだと私の目でもわかった。

 ギルマスはカールに街の中へ入るように促す。怒り気味だ。

 私はもう放っておけばいい思っている。しかし、ここでカールが死んだら、ギルマスやヒューゴの責任にされるのだろうか?

 本人は自身が回りに迷惑をかけているとは考えないのか? 貴族だから当然と思っているのかな?

 貴族は"青い血"が流れていて、平民とは違う生き物だと言う考え方もある。綺麗な身なりをしていれば、庶民からはそう見えてしまうのだろう。今のカールから、高貴な身分とは微塵も感じ取れないけれど。

 すると、カールが私たちを指差した。


「じゃあ、こいつらはどうなんだよ! 俺は戦いに来たんだぞ! どう見ても、ふざけてるじゃないか!?」


 私たちの悪口を言えば、自分を正当化できると思っているみたい。この手の手合いには何を言っても無駄だ。口を塞いで、街の中に放り込むしかない。

 しかし、ギルマスがヘルミンさんを見て、神妙な顔をしている。


「お前は何をしているんだ?」

「私ですか? 私はこのままでも戦えますよ?」


 ヘルミンさんはラッパの空気砲を前方の地面に発射する。


 バン!


 ドォン!


 前方の地面が爆発した。


「ほ~ら♪」


 得意げな顔のヘルミンさん。リッカルドのおっさんが口笛を吹いて、はやしたてる。

 一方、ギルマスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。空気砲は王都でも珍しい武器なのだろうか。

 陣地の方からざわめきが聴こえる。おそらく、私たちのことを見られている。振り向いて確認したいけれど、怖いので止めておく。


「すげぇな! ちょっと貸してくれよ!」

「貸しませんよ! 自分でダンジョンに潜って、宝箱から出してください」


 ヘルミンさんはさっき、ずっとソロで活動していたと言っていた。つまり、一人でダンジョンに潜ったの? 本当に何者なんだろう?


 正気に戻ったギルマスが再びカールと話す。怒鳴りつけて、強引に帰らせようとする。怯んだカールはしぶしぶと街の中に戻ると言った。


「しゃーねーな、帰ってやるよ、しゃーねーな」


 ぶつぶつと文句を言っている。実際に戦う気は無かったので、彼としては別にここにいなくても良かったのだろう。ギルマスに追い返されて戦えなかったと言い訳ができた。カールはそれで満足したようだ。とりあえず、ヒューゴたちが巻き添えにならなくて良かった。

 

 ドオオオン!


 大きな音がした。慌てて、音の鳴った方向を見る。門が閉まった音だ。落とし格子も下りている。

 周りの人たちも混乱している。何があったの?

 今度は大きな声がした。門の上の見張り台の所に男爵家の騎士が立っていた。


「領主様から諸君らに死守命令が下った!」


 一体、どういうこと?

 門が光る。内側から門に"マジック・コーティング"の魔法が使われたようだ。これでは開けられない。

 ギルマスが駆けて行く。

 陣地から怒鳴り声がする。騎士も高飛車に能書きを垂れる。 

 私は周りを見る。リッカルドのおっさんが答えてくれる。


「もうそろそろディーノたちが帰って来るんだ。応援の冒険者たちと一緒にね。それから、チミリート伯爵が兵士や騎士も派遣してくれたんだ。魔物の群れもまだ遠いし、余裕があるんだよ。けれども、男爵は慌てて変な命令を出しちゃったみたい」


 余計なことをしてくれた訳だ。


「門を塞いじゃったけれど、戦える人はまだ集まってないよ。ロバートたちも補給物資を取りに行って帰ってないみたい」


 門の外には50人以上いる。大工や街の若者の姿が見える。新人冒険者の中には、ウィルや小麦パーティもいる。

 何人くらい戦えるのだろう? これでは、無駄に人員を消耗するだけだ。

 陣地の中で兵士が落ち着くように指示を出している。その中には、ルーシーのお父さんの姿も見えた。


 すると、ヘルミンさんが次は何を演奏するか聞いてきた。


「サプライズですよ!」


 得意げなヘルミンさん。この無法っぷり。やっぱり、あなたは遊び人が天職だよ。

 リッカルドのおっさんが賛同する。おっさんも大分ズレている。

 私は皆が落ち着ける曲を提案する。"近い火のガメン"を選んだ。

 しかし、演奏を始めると、すぐにカールが妨害してきた。


「こんなときに何してんだよ!? おいおいおい、街に入れないじゃないか!?」


 この慌てよう。やっぱり戦うつもりは無かったようだ。

 おっさんが落ち着くように言う。 


「魔物の群れはまだ遠い。門が開くまで待てばいいんだよ」


 門は"マジック・コーティング"の魔法が使われているので、すぐには開かない。効果が切れるのを待つか、魔法自体を打ち消すしかない。

 魔法を打ち消す"カウンター・マジック"は高位の呪文だ。私はまだ使えない。遠目に見るに、アイラさんたちも無理みたい。ミレイのクランの中二病のリーダーならできると思う。しかし、彼はジマーリ男爵領を出禁になっているので、ここには来ないはずだ。


「開くって、いつだよ!?」


 すると、南方から馬が走ってきた。魔物の群れがこっちに向かっているらしい。

 私はリッカルドのおっさんを見る。


「陣地の作成を気取られたのかな? まずいね。戦える人が殆どいない。たぶん、中の詰所で打ち合わせしているんだ」


 陣地を見ると、戦闘員でない者を門の近くに下がらせている。大半がそうみたい。

 ルーシーのお父さんは街の中の警備が仕事だと聞いていた。魔物と戦う部隊は門の中の詰所にいるみたい。

 そして、魔法職を除いたベテラン冒険者の姿も見えない。これは非常にまずい状況だ。

 男爵家の騎士たちは、ろくに確認もせずに門を閉じたようだ。カールまで門の外にいるのはおかしい。


 先生から貰った"トノサマバッタの羽"が頭をよぎる。今、見張り台に飛び込むと騎士がいる。会いたくない。門の中の様子が分からない以上、うかつに街へ飛び込むのは危険だ。


 そういえば、どんな魔物が来るのか聞いていなかった。ゴブリン程度なら、このメンバーでも倒せる。

 リッカルドのおっさんに尋ねようとしたら、カールがまた騒ぎ始めた。


「そうだ! 俺にはこれがあったんだ!」


 カールがアイテム袋から、30センチくらいの銀色の虫の羽を取り出した。"トノサマバッタの羽"だ。入手困難な品だけれど、貴族なら持っていてもおかしくない。


「うおおお! 俺を街の中に連れて行け!!!」


 カールが"トノサマバッタの羽"を両手に持って、高々と掲げる。すると、魔道具が発動し、カールの体が飛び上がった。まるで、バッタが跳ねるように。


「あああああああ!!!」


 この魔道具はコントロールが簡単なことも高い需要を誇る理由の一つだ。しかし、簡単と言っても、スキルも使えない全くの素人ではどうしようもない。


 カールは300メートルほど真上に飛び上がった。そして、魔道具の効果が切れ、落下が始まった。


「あああああああ!!!」


 ヘルミンさんが叫ぶ。


「サンドラさん、何とかしてください!?」


 私ですか!?

 一応、先生から失敗したときの訓練は受けている。風魔法で体を浮かせて、落下のエネルギーを消すことができる。けれども、他人に行うのは初めてだ。


 私は風の魔石を使い、強力な竜巻を作る。そして、カールの落下地点に置く。


「うおおおおお!!!」


 カールはグルグルと回転して、最後はゆっくりと地面に着いた。


「さすが、サンドラさん!」

「ガゥ!」

「ピュ~♪」


 ヘルミンさんたちが褒めてくれる。正直なところ、このまま死んで欲しいと思った。でも、目の前では無理だ。

 

 カールは地面に寝転がって痙攣している。ヒューゴたちにカールを門の方に運ぶように言う。彼らはきょとんとした顔をして、反応が鈍い。おかしなことの連続に混乱しているみたい。


 ギルマスが大慌てで走ってきた。アイテム袋から担架を出して、カールを門の前に運ぶようにヒューゴたちへ指示した。


 すると、南の方から地響きが聞こえてきた。どうやら、魔物のお出ましのようだ。

 ヘルミンさんが私を見て、不敵に笑う。


「まったく、サンドラさんといると命がいくつあっても足りませんよ!」


 ケラケラと笑う。

 いやいや、私は関係ないよ。


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