四十一話 トノサマバッタの羽
「私は屋敷に帰ります。ヘルミンさんは街を守ってください」
「何を言ってるのですか? 私たちはパーティでしょう?」
「泉に行ったので解散です。故郷の危機なんだから、街の人たちと力を合わせて頑張ってください」
「……地元で遊び人スキルを使うことが恥ずかしいのですよ。サンドラさんが一緒でないと行きません」
「どうして、私がいると平気なんですか!? これ以上、変な噂が広まるのは避けたいんですよ」
スキルが恥ずかしいのは分かる。それゆえに尚更、巻き込まれたくない。
「スキルに理解のある仲間がいると安心できます。サンドラさんなら冒険者への信用もありますし。それに、ストレスも発散したいのでしょう?」
「その前に、命の危険がありますので……」
泉へ同行して気になっていた。ヘルミンさんはCランク以上の使い手だ。街の危機に投入しない選択肢は無い。
ただ、こういう攻防をするには、私のレベルがまだ足りていない。背伸びをするために、手の内を晒すことになる。下手をすると、勇者職だとバレてしまう。
そして、全力を出しても、Bランク以上の魔物には敵わない。
リスクが多過ぎる。ヘルミンさん一人と釣り合うのか。
それに、遊び人スキルは味方へマイナスに作用することもある。最悪の事態を招いたら、それは連れて行った私の責任にもなる。
行きたくない。フェンフェンを見る。
「ガゥガゥ……」
止めるように言っている。
乱戦になると、従魔への誤射の危険性もある。現在、前衛を従魔に頼っている私は参加すべきではない。
渋っていると、ヘルミンさんが私の腕をつかんで引っ張る。
「悩んでいても仕方がありません。いざ、戦場へ!」
「ちょっと待って下さい」
「ガゥ!ガゥ!」
フェンフェンが前に立って抗議してくれる。
「フェンリル君まで……街の危機なのですよ!」
ヘルミンさんは、私とフェンフェンを涙目で見つめる。そう言われても、レベルが足りないのはどうしようもない。まだ14歳の未成年だ。私は逃げていい。
「仕方がないですね。では、私は街から脱出して、アルベーデン辺境伯領に行きます」
「どうして、そうなるのですか!?」
「一人で行くのは、もう嫌なのです。誰も組んでくれなくて、ずっとソロだったの……。だから、サンドラさんくらい遊び人職に理解ある人は、本当に初めてなのですよ」
「そうは言われても……」
「それに、街の危機に逃げ出したくありません」
ヘルミンさんはらしくないほど、必死に頼む。故郷を守りたいという気持ちは本当のようだ。
私には奥の手がある。先生から貰った"トノサマバッタの羽"という魔道具だ。ゲームだと、ダンジョンから脱出する為のアイテムだった。
この世界では、使うと最大で三百メートルくらい飛び跳ねることができる仕様だ。ダンジョンからの脱出は難しいけれど、会敵した敵から逃げることはできる。
そして、今回は城門の外での戦いだ。ピンチなれば、この魔道具を使い城壁の中へ逃げ込むことが可能だ。
ヘルミンさんと一緒に行くなら、条件を付けるべきだ。
「一つだけ条件があります」
「何ですか?」
「ピンチになったら、ヘルミンさんを置いて逃げます。それでいいですか?」
「全然オッケーですよ。私も逃げますから!」
彼女はあっけらかんと笑う。この笑顔……見捨てても心が痛まない。
私はフェンフェンを見る。残るかどうか聞こうとすると、仕方がないから行くと言ってくれた。やれやれと言う顔をしている。
逃げる手段があるので、なるべく私のそばにいるように伝える。たぶん、フェンフェンなら抱えて一緒に飛べるはず。
話は纏まった。南門に向かう……その前に、カリーナたちの所へ行こう。
「ギルドを出る前に、カリーナたちの所へ……」
「あー、えっと……」
後ろに、カリーナがいた。モーガンたちはパーティメンバーを探しに宿へ向かったそうだ。合流して、その後のことは未定らしい。
カリーナも混乱気味だ。私より先にヘルミンさんがここに残るように言う。
「戦闘後の仕事もあります。女の子が無理してはいけません」
「ん? ヘルミンさんは男なんですか?」
「違いますよ?」
私にも気を使って欲しいものだ。
ヘルミンさんはきょとんとした顔で私を見る。
「サンドラさんはイカレたシチュエーションが大好きなクレイジーでしょう?」
「違います」
どこを見たら、そんな印象になるのだか……。
ギルドを出て、南門へ向かう。
街は混乱している。
南から家財道具を持って走ってくる人たちがいる。伝令の兵隊や丁稚の人たち。色々な人とすれ違う。みんな、顔に恐怖を浮かべている。
正直、引き返したい。足取りが鈍くなる。
「サンドラさん、ビビってますね。こういうときこそ……何が良いですか?」
私に聞かれても困る。遊び人職はとにかく遊んで"遊びポイント"を貯めないといけない。私は少し考えて音楽を演奏することを提案した。すると、私も混ざって欲しいと言われた。
勇者職で転生者として、この状況を見過ごせない、けれども、怖いものは怖い。そんな訳で、やけっぱちだ。
私はオカリナを取り出す。ヘルミンさんはドラムを装着して、ラッパを吹く。演奏するのは「まもの割り戦士」だ。
パンパカパッパッパー♪
前から来る人たちが奇異の目をしている。怒鳴る人がいないのが救いだ。パニック時には、何が琴線に触れるか分からない。
フェンフェンが前を歩いて、人にぶつからないように先導してくれた。ヘルミンさんはテンションが上がって、ノリノリだ。私も自暴自棄気味に演奏する。
南門に到着する。
久しぶりに来たけれど、北門の二倍くらいの大きさがある。ギャップに驚く。南方からの魔物を警戒して、頑丈に作ってあるのだと思う。
野次馬らしき町の住人や商人がいた。私たちを見て、何か言っている。聞こえない振りをしよう。
門の外を見ると、土嚢を積んだり、柵の組み立てが行われていた。兵団が独自に南門で戦闘の準備していると、トムさんから聞いていた。アイテム袋を使い、効率よく陣地を作っている。
そして、柵や土嚢の壁に、魔法使いが"マジック・コーティング"の魔法を使っている。物理と魔法の耐性を上げる効果だ。これで、より強固な陣地になる。
アイラさんを始め、冒険者の魔法使いも協力していた。私は魔石ブーストが無いと使えないので、不参加だ。
門をくぐる。冒険者証を確認する門兵さんはいなかった。
あちこちから視線を感じる。ヘルミンさんは気にせず演奏している。
どうしようかと悩んでいると、またリッカルドのおっさんが混ざってきた。そして、西側に移動して、作業の邪魔にならない場所で演奏することになった。
ロバートさんのパーティは兵団との合同訓練に参加していて、陣地の中央で戦うらしい。おっさんはそういうのが苦手なので不参加だったそうだ。
こういう状況では、野良の冒険者は陣地の左右に割り振られる。個性が強くて、連携が取れない人間も多い。隅っこで好き勝手にやらせるのが一番良いとされている。
私はギルマスに頼めば、後方の安全な所から魔法を撃たせてもらえるかもしれない。しかし、今、三匹の珍獣に囲まれている。ここがゲーム脳の変人にとってのベストな立ち位置なのだろう。
三人で軽快に演奏を行う。色々な視線を感じるけれど、無視する。
「リッカルドの野郎が女を侍らせてやがる。この世の終わりかよ」
「羨ましい……」
「演奏、上手だな。誰も止めないし、いいのか?」
気になる声もあるけれど、無視だ。
次の曲を相談する。私の奏でられる曲が少ないので困ってしまう。もっと練習しておくのだった。
次の曲は、さっき森で演奏した"おお冒険者は真っ赤"に決まった。楽しく演奏する。皆、陣地を作るのに忙しいみたいだ。申し訳なくなる。この演奏が誰かの癒しになっていることを祈るばかりだ。
そうして、演奏が終盤に差し掛かった頃、ドカドカと不快な足音が聞こえてきた。
カールだ。後ろに、ヒューゴやレオンたちもいる。
フェンフェンが追い返そうと吠えたけれど、無視して向かってきた。
「こんなところで何やってんだ!? お前ら、馬鹿かよ!?」
そっちこそ、ここがどこか分かっているの?
私たちは演奏を止める。そして、ヘルミンさんがカールを注意する。
「ここは素人がいていい場所ではありません。早く街の中に戻ってください」
カールは聞く耳を持たない。ヘルミンさんの格好を見て笑っている。
ヘルミンさんが切ない目で私を見る。
「似合ってますよ」
「それ、褒めてます?」
「どうなんでしょう? 言葉通り、似合ってるとしか……」
リッカルドのおっさんが間に入る。
「僕たちは戦記高揚とリラクゼーションの為に音楽を奏でているんだ。邪魔しないでくれないか?」
おっさんがかっこいい。
でも、私とヘルミンさんは"遊び"なんだよね。スキルの為だから、ふざけてる訳では無いのだけれど。
どうやら、カールは手柄を立てる気でいるみたい。けれども、自分で戦う気は無いと思う。安全な場所でやり過ごし、あたかも戦った風に見せかけるつもりだ。
そして、隅っこで音楽を演奏している私たちを見て、ここが安地と誤解したようだ。
リッカルドのおっさんがカールを説得する。彼は下級貴族の三男坊だとルーシーから聞いていた。貴族モードと言うべきか、背筋を伸ばして美しい立ち振る舞いで話し始めた。まるで別人のようだ。
しかし、カールには逆効果だったのか、癇癪を起こした。魔物なんて大したことないとほざく。あなた、一匹も倒したことがないはずでしょう。
ギルマスが走ってきた。皮鎧を着ている。簡素だけれど、上等なものだと私の目でもわかった。
ギルマスはカールに街の中へ入るように促す。怒り気味だ。
私はもう放っておけばいい思っている。しかし、ここでカールが死んだら、ギルマスやヒューゴの責任にされるのだろうか?
本人は自身が回りに迷惑をかけているとは考えないのか? 貴族だから当然と思っているのかな?
貴族は"青い血"が流れていて、平民とは違う生き物だと言う考え方もある。綺麗な身なりをしていれば、庶民からはそう見えてしまうのだろう。今のカールから、高貴な身分とは微塵も感じ取れないけれど。
すると、カールが私たちを指差した。
「じゃあ、こいつらはどうなんだよ! 俺は戦いに来たんだぞ! どう見ても、ふざけてるじゃないか!?」
私たちの悪口を言えば、自分を正当化できると思っているみたい。この手の手合いには何を言っても無駄だ。口を塞いで、街の中に放り込むしかない。
しかし、ギルマスがヘルミンさんを見て、神妙な顔をしている。
「お前は何をしているんだ?」
「私ですか? 私はこのままでも戦えますよ?」
ヘルミンさんはラッパの空気砲を前方の地面に発射する。
バン!
ドォン!
前方の地面が爆発した。
「ほ~ら♪」
得意げな顔のヘルミンさん。リッカルドのおっさんが口笛を吹いて、はやしたてる。
一方、ギルマスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。空気砲は王都でも珍しい武器なのだろうか。
陣地の方からざわめきが聴こえる。おそらく、私たちのことを見られている。振り向いて確認したいけれど、怖いので止めておく。
「すげぇな! ちょっと貸してくれよ!」
「貸しませんよ! 自分でダンジョンに潜って、宝箱から出してください」
ヘルミンさんはさっき、ずっとソロで活動していたと言っていた。つまり、一人でダンジョンに潜ったの? 本当に何者なんだろう?
正気に戻ったギルマスが再びカールと話す。怒鳴りつけて、強引に帰らせようとする。怯んだカールはしぶしぶと街の中に戻ると言った。
「しゃーねーな、帰ってやるよ、しゃーねーな」
ぶつぶつと文句を言っている。実際に戦う気は無かったので、彼としては別にここにいなくても良かったのだろう。ギルマスに追い返されて戦えなかったと言い訳ができた。カールはそれで満足したようだ。とりあえず、ヒューゴたちが巻き添えにならなくて良かった。
ドオオオン!
大きな音がした。慌てて、音の鳴った方向を見る。門が閉まった音だ。落とし格子も下りている。
周りの人たちも混乱している。何があったの?
今度は大きな声がした。門の上の見張り台の所に男爵家の騎士が立っていた。
「領主様から諸君らに死守命令が下った!」
一体、どういうこと?
門が光る。内側から門に"マジック・コーティング"の魔法が使われたようだ。これでは開けられない。
ギルマスが駆けて行く。
陣地から怒鳴り声がする。騎士も高飛車に能書きを垂れる。
私は周りを見る。リッカルドのおっさんが答えてくれる。
「もうそろそろディーノたちが帰って来るんだ。応援の冒険者たちと一緒にね。それから、チミリート伯爵が兵士や騎士も派遣してくれたんだ。魔物の群れもまだ遠いし、余裕があるんだよ。けれども、男爵は慌てて変な命令を出しちゃったみたい」
余計なことをしてくれた訳だ。
「門を塞いじゃったけれど、戦える人はまだ集まってないよ。ロバートたちも補給物資を取りに行って帰ってないみたい」
門の外には50人以上いる。大工や街の若者の姿が見える。新人冒険者の中には、ウィルや小麦パーティもいる。
何人くらい戦えるのだろう? これでは、無駄に人員を消耗するだけだ。
陣地の中で兵士が落ち着くように指示を出している。その中には、ルーシーのお父さんの姿も見えた。
すると、ヘルミンさんが次は何を演奏するか聞いてきた。
「サプライズですよ!」
得意げなヘルミンさん。この無法っぷり。やっぱり、あなたは遊び人が天職だよ。
リッカルドのおっさんが賛同する。おっさんも大分ズレている。
私は皆が落ち着ける曲を提案する。"近い火のガメン"を選んだ。
しかし、演奏を始めると、すぐにカールが妨害してきた。
「こんなときに何してんだよ!? おいおいおい、街に入れないじゃないか!?」
この慌てよう。やっぱり戦うつもりは無かったようだ。
おっさんが落ち着くように言う。
「魔物の群れはまだ遠い。門が開くまで待てばいいんだよ」
門は"マジック・コーティング"の魔法が使われているので、すぐには開かない。効果が切れるのを待つか、魔法自体を打ち消すしかない。
魔法を打ち消す"カウンター・マジック"は高位の呪文だ。私はまだ使えない。遠目に見るに、アイラさんたちも無理みたい。ミレイのクランの中二病のリーダーならできると思う。しかし、彼はジマーリ男爵領を出禁になっているので、ここには来ないはずだ。
「開くって、いつだよ!?」
すると、南方から馬が走ってきた。魔物の群れがこっちに向かっているらしい。
私はリッカルドのおっさんを見る。
「陣地の作成を気取られたのかな? まずいね。戦える人が殆どいない。たぶん、中の詰所で打ち合わせしているんだ」
陣地を見ると、戦闘員でない者を門の近くに下がらせている。大半がそうみたい。
ルーシーのお父さんは街の中の警備が仕事だと聞いていた。魔物と戦う部隊は門の中の詰所にいるみたい。
そして、魔法職を除いたベテラン冒険者の姿も見えない。これは非常にまずい状況だ。
男爵家の騎士たちは、ろくに確認もせずに門を閉じたようだ。カールまで門の外にいるのはおかしい。
先生から貰った"トノサマバッタの羽"が頭をよぎる。今、見張り台に飛び込むと騎士がいる。会いたくない。門の中の様子が分からない以上、うかつに街へ飛び込むのは危険だ。
そういえば、どんな魔物が来るのか聞いていなかった。ゴブリン程度なら、このメンバーでも倒せる。
リッカルドのおっさんに尋ねようとしたら、カールがまた騒ぎ始めた。
「そうだ! 俺にはこれがあったんだ!」
カールがアイテム袋から、30センチくらいの銀色の虫の羽を取り出した。"トノサマバッタの羽"だ。入手困難な品だけれど、貴族なら持っていてもおかしくない。
「うおおお! 俺を街の中に連れて行け!!!」
カールが"トノサマバッタの羽"を両手に持って、高々と掲げる。すると、魔道具が発動し、カールの体が飛び上がった。まるで、バッタが跳ねるように。
「あああああああ!!!」
この魔道具はコントロールが簡単なことも高い需要を誇る理由の一つだ。しかし、簡単と言っても、スキルも使えない全くの素人ではどうしようもない。
カールは300メートルほど真上に飛び上がった。そして、魔道具の効果が切れ、落下が始まった。
「あああああああ!!!」
ヘルミンさんが叫ぶ。
「サンドラさん、何とかしてください!?」
私ですか!?
一応、先生から失敗したときの訓練は受けている。風魔法で体を浮かせて、落下のエネルギーを消すことができる。けれども、他人に行うのは初めてだ。
私は風の魔石を使い、強力な竜巻を作る。そして、カールの落下地点に置く。
「うおおおおお!!!」
カールはグルグルと回転して、最後はゆっくりと地面に着いた。
「さすが、サンドラさん!」
「ガゥ!」
「ピュ~♪」
ヘルミンさんたちが褒めてくれる。正直なところ、このまま死んで欲しいと思った。でも、目の前では無理だ。
カールは地面に寝転がって痙攣している。ヒューゴたちにカールを門の方に運ぶように言う。彼らはきょとんとした顔をして、反応が鈍い。おかしなことの連続に混乱しているみたい。
ギルマスが大慌てで走ってきた。アイテム袋から担架を出して、カールを門の前に運ぶようにヒューゴたちへ指示した。
すると、南の方から地響きが聞こえてきた。どうやら、魔物のお出ましのようだ。
ヘルミンさんが私を見て、不敵に笑う。
「まったく、サンドラさんといると命がいくつあっても足りませんよ!」
ケラケラと笑う。
いやいや、私は関係ないよ。




