三十九話 楽団
森の中を進む。
ここでは"巨大ネズミ"や、カミキリムシ型の魔物"バイトル"が出現する。そんなに数は多くない。
これらが主に出現するのは、風の神のほこらのあるマップだ。ここはそのお試しコースのようなもの。ここを練り歩けるようになれば、西のほこらのマップへと移る。
そして、北西にもう一つマップがある。そこの奥にある泉が"旅立ちの泉"だ。これといった収集品も無いので、腕試しの新人冒険者くらいしか行くことはない。
今回、私は泉を目指す。理由はよくわからない。気分転換だと思う。
この森の推奨レベルはDランクだ。フェンフェンにヘルミンさんと、Cランクの実力者を二人も連れて歩くと物足りない。さくさくではなく、たんたんと進んでいる。おそらく、二人とも自動戦闘をONにしている。
私はと言うと、杖で弱々攻撃するほど馬鹿ではない。ずっと防御コマンドを入れている。いつゴブリンアサシンが降ってきてもいい様に全力で警戒している。
ほどなくして、北西のマップに移る。
魔物もレベルも上がり、"切裂ホーク"が出たり、暴ウルフからファイヤーボールが飛んでくる。Dランクの実力、つまり一人前の冒険者の技量が必要になる。
フェンフェンとヘルミンさんは我先にと競うように戦闘している。フェンフェンはムキになっているけれど、ヘルミンさんはペットと戯れている様子だ。
思った以上に、彼女の実力は高い。そして、動きが怖い。芸を披露しながら、目にも止まらぬ速さで強烈な攻撃を繰り出している。
そんな訳で、私は余裕があるので、ずっと防御している。
泉に着いた。聞いていた通り、何の変哲もない泉だ。水質もあまり良くない。眺めていても仕方がないので採取に移る。
依頼のレア薬草は、再出現までの時間が一週間から一カ月と大きく開いている。そして、数日の内に消滅する。見つけられるかは運に大きく左右される。なので、採取できなくても失敗扱いにはならない。
ほこらのマップの方で安定して沸くので、ベテラン冒険者は誰も依頼を受けない。実質、泉にアタックする新人冒険者の確認用だ。
適当に、探索する。早々に見つかった。
手を伸ばそうとすると、フェンフェンが吠える。罠でもあるのかと思った。すると、"魔力探知"に反応があった。この森のボスである"スパイク・ボア"だ。
臨戦態勢を取る。大きい猪だ。体高2メートルくらい。顔と背中にトゲが生えている。牙も長い。
剣なら関節を狙うか、ひっくり返して腹を狙うのが有効だ。
しかし、今日は無理をするつもりはない。私は魔法を使う準備をする。
相手は火属性なので、水属性での攻撃が有効だ。魔法で水を出すのはMPの消費が大きい。しかし、ここでは泉の水が使える。
水場があるところに火属性のボスを配置してくれるとは、なんて親切なダンジョンだ。
そんなことを考えている間に、ボスのHPが減っている。ヘルミンさんが青いリングを投げて、輪投げの様にスパイク・ボアのトゲに通している。
演目を成功させることでダメージが入っているのだろうか? フェンフェンも首をかしげている。
「サンドラさーん! トドメ刺しますかー!?」
譲ってくれるなら、遠慮なく貰うことにする。
私は泉に杖を向けて、魔力を放つ。泉に渦が三つできる。やがて、圧縮した水の塊が完成する。三個の弾を浮かべて、スパイク・ボアに狙いをつける。
「"ウォーターボール"!」
命中した。スパイク・ボアは灰になった。
ドロップは魔石が一つとトゲが三つ。そして、お肉だ。
肉はミートペーパーに丁寧に包まれている。シュールな光景だ。ゲームの世界が実体化した結果、リアリティがズレてしまっている。
「やりましたね」
ヘルミンさんがアイテム袋からマーチングドラムを取り出し、腰に装着する。小さいドラムが四つ付いていた。左手でバチを持ち、右手でラッパを吹く。そして、ファンファーレを演奏する。
パンパカパーンパーンパーン♪
「いぇい?」
「うぉん?」
勝ちどきを上げる。あっさり終わったので、ボス戦の達成感がない。
ヘルミンさんは引き続き演奏している。私とフェンフェンは採取を行う。
依頼のレアな薬草が二本。低品質のMP回復ポーションが一本。それから、イチゴなど果実をいくつか拾った。
収集品が渋いので、新人だと赤字になる。本当に腕試し用のマップだ。
つまらないので、ヘルミンさんの演奏に聞き入っていた。ご機嫌なミュージックだ。普通ならウザいと思うけれど、私には前世で激しい音楽を聞きながら残業していた経験がある。採取をしながらテンションが上がってきた。
今生の私は先生からオカリナを習った。お互いに知っている曲がないか、ヘルミンさんと相談する。
そうして、"リンゴ夢の旅"を奏でる。盗賊の隠した財宝を探し求める歌だ。
突然、演奏を始めた私を見て、フェンフェンが呆れ顔になっている。こういう時もあるんだよ。
サンドラ楽団の誕生だ。楽器を鳴らしながら帰路に就く。"魔力探知"の精度が落ちるけれど、フェンフェンが警戒してくれているので大丈夫のはずだ。
すると、切裂ホークが出てきた。ヘルミンさんがラッパを吹くと、空気の球のようなものが飛び出した。
バン! バン!
命中した切裂ホークは灰になった。
それも武器なの?
スキルではなく、通常攻撃かな?
妙に強いけれど、詮索するのは止めておこう。
愉快な音楽を奏でて、私たちは進む。
最初のマップへ戻ってくる。小麦トラップのある広場には誰もいない。そのまま進む。
ヒューゴたちのいる採取スポットの近くを通る。魔力探知を使い、バッタリ出くわすことのない様にする。
すると、ヒューゴの反応が出た。一人でこっちに向かってくる。サンドラ救助隊のアラームが鳴る。
私たちを見たヒューゴの顔は、何とも言えないものだった。救助を頼む申し訳なさと、ダンジョン内でドラムとラッパを装備しているヘルミンさんへの反応に困っている。
私はスルーして話を聞くことにする。しかし、彼は私からも目を反らす。私も一緒に演奏していたから引いてるの!?
とにかく、用件を話してもらう。
採取スポットに行くと、カールが大の字になって寝ていた。三度目だ。昨日はギルドでチラッと見たので四度目かな。
しつこいけれど、これも強制イベントなの? クリアしないと毎日発生する系?
昨日、長男と会ったので、メインクエストは進んでいると考えられる。もしや、カールの扱い次第でトゥルーエンディングに行けなくなるとか?
折角、楽しくなってきた所なのにスキップできないの?
私は頭を抱えて、その場にしゃがんで項垂れてしまった。
「あーーーーー」
ヒューゴたちに心配される。みんな、申し訳なさそうにしている。
よく見ると、知らない冒険者が二人もいた
いや、思い出した。昨日喧嘩していたレオンだ。男爵家に捕まったのか。他の冒険者をイジメていたという話を聞いていたので、彼らに同情するつもりはない。
ヒューゴのパーティの三人と、レオンの仲間の戦士とで担架の四方を持って担ぐ。魔法使いのレオンは腕力が足りずに余りだ。
それで、私たちに魔物から護衛してほしいそうだ。私は受けることにした。
すると、ヘルミンさんが水筒の水を取り出して、カールの所に向かう。
「ちょっと、ダメだって!?」
「起こした方が早いですよ」
「それで溺死したら、どうするんですか?」
寝ている人間に水を飲ませるのは結構危ない。
さらに、ヒューゴたちが、カールが寝る前に何かを食べていたと言う。これは最低な事態が起きるフラグだ。
「それに、口も利きたくないです。寝たままにしておきましょう」
ヘルミンさんは、それもそうかという顔をして水筒をしまった。
ヒューゴと仲間たちは不安そうにしていた。フェンフェンがいるから大丈夫だと、私は言った。フェンフェンは得意げに返事をする。彼らは安心したようだ。
しかし、ヘルミンさんがラッパの空気砲でゴブリンを倒すのを見て怯え始めた。"呪いの受付嬢"を怖がっていたみたい。異様な戦闘スタイルに驚愕している。
私は気を紛らわせるために、演奏を続けることにした。ヒューゴたちのリクエストにより、"おお冒険者は真っ赤"を演奏する。レオンがハーモニカで混ざった。
軽快に進んでいると、魔力探知にねっとりした反応があった。リッカルドのおっさんだ。キャベツ帯の依頼は終わったのかな。
「楽しそうだね。僕も混ぜてよ!」
おっさんはヴァイオリンを持っていた。そして、私たちの演奏に参加した。
とりあえず、向こうで事件があった訳では無さそうだ。のんびり進む。
森の入り口に到着する。大勢が私たちを見ていた。
私は事前に気がついていたので、オカリナをしまい、杖を構えている。レオンは吹きながら登場して、大慌てしていた。
丁度、演奏が終わり、ヘルミンさんとリッカルドのおっさんが猛アピールする。小さいながら拍手が出た。
アイラさんが話しかけてきた。
「大丈夫だったの?」
「大丈夫……うん、あれ?」
そう言えば、何も異常は無かった。
「何故か……何もありませんでした」
「えぇ……」
アイラさんは呆れ顔になる。チラッと指差す。楽団のことか、カールのことか。
私は顎に手を当てて、首をひねる。
「もう、このくらいは日常的な光景なんですよ」
「そうなの……」
休憩が終わり、特別依頼組が街に帰ると言う。入口で採取していた冒険者も一緒に帰るらしい。私たちが戻ってきたことで、森に入っていた全員が無事に帰還したようだ。
引き続き、ヘルミンさんとおっさんが演奏する。レオンは控えている。二人がこっちを見るけれど、私は混ざらない。そもそも知らない曲だから。
街に戻る。
門兵のおじさんたちが笑っている。
ひとまず、演奏はここまでだ。ロバートさんがおっさんから楽器を取り上げて、アイテム袋にしまった。
ヘルミンさんを見ると、すでに楽器を収納していた。
「むぅ、私、そんなに非常識に見えますか?」
「見えますよ」
「むぅ」
頬を膨らませて抗議する。わりと童顔なので、見ていてむかつく。
今度はカールのイビキが始まった。聞くに堪えない。
ボブさんと筋肉質の冒険者が輸送を代わってくれた。ヒューゴたちはヘトヘトになっている。
街中を歩く。あちこちで笑い声がする。そんな中、イビキを発している人物を知っている者が、笑っている者を止める様子が見られた。三日目だから、詳細が広まっているみたい。
泉を攻略したので、もう森には行かなくてもいい。屋敷の掃除をするのもありだ。
そうすると、カールを避けることができる。君子危うきに近寄らずだ。
これで流れが変わると良いな。




