三十六話 フラッシュバック
「ウオルルル!」
昨日と同じように起こされた。
着替えて外に出る。朝食の手伝いをする。
門の方で、呼び鈴が鳴る音がした。騎士が向かう。
私はジャガーモの皮をむく。フェンフェンは横で寝ている。眠いなら、こんなに早く起こさないで欲しい。
騎士が戻ってきて、男性の宿泊テントに入って行った。私はジャガーモを茹でて、ウインナーを焼いて行く。
ジャガーモをマッシュする。前世の記憶が戻った頃には、腕力が足りずにうまくできなくて驚いた。この二年間でだいぶ鍛えた。
昨日の稽古を見る限り、ウィル辺りになら棒術でも勝てそうだ。ヒューゴは無理だ。
そう言えば、ルーシーやミレイとは一度も手合わせできなかった。
テーブルを用意して、お皿を並べる。そうしていると、トムさんたちが出てきた。みんな、不機嫌そう。私は無難に挨拶し、朝食の支度に集中する。
みんな、無言で朝食を食べる。私も喋らないが、フェンフェンも空気を読んでいる。皿に盛られた料理を自分で食べていた。
食事が終わり、テントに戻って防具を装着する。皮鎧に、左手に籠手もつける。
そして、テントから出てきたところをトムさんが話しかけてきた。
ジマーリ男爵とコンナトキー伯爵は、採掘場を防衛することに決めたらしい。
この世界の通信手段は、テイマーたちによる鳥型の魔物による手紙の配達と、魔道具による電報のようなものの二つだ。
魔道具は使い勝手が非常に悪く、多額の費用もかかる。ゆえに、緊急時のみ使用される。
今のところは、従魔による手紙の配達で連絡を取り合っている。王都に連絡を送り、返事がくるまで最短で二日かかる。前世で電話やネットを使った記憶があるので、とても不便に感じる。
そんな訳で、向こうでの決定がこちらに伝わるのは、だいぶ先のことなるそうだ。援軍は間に合わない。おそらく、採掘場は陥落するとのこと。
「マリーたちは異常があれば、すぐにでも採掘場を放棄して帰還するつもりだ。兵士たちも連れてね。だから、今回の男爵たちの決定は非常にまずい。これが大きな亀裂になる」
つまり、上とは連絡が十分に取れず、現場は喧嘩している。最悪だ。
どこの世界でも、危機を前に人間同士が争うのは同じなんだね。
そして、私の話になった。トムさんとしては、アルベーデン領に戻って欲しいみたい。もう一度、暴動が起きる可能性もあるからと。
私は、この街に馴染んできたばかりだ。何かできることがあれば手伝いたいという気持ちがある。
私は採取に行くことにした。
ギルドに着く。
早朝なのに人が多い。仕立ての良い服を着た民間人がたくさんいる。いつもと違う雰囲気だ。
人波に揉まれて、フラフラと歩く。中にはフェンフェンに驚く人もいる。
「あれが"アルベーデンの魔女"ですか……」
「あの従魔は何だ!? 見たことがない魔物だぞ」
「性格は良いらしいぞ。ズバ抜けた魔術の才能があるとか」
「この街を滅ぼしに来たんじゃないのか!?」
「冒険者の間では評判良いみたいだ。ヤンの所の女将さんも褒めてたぞ」
色々と聴こえてくる。気にしないでおく。
そして、流されるように、受付カウンターの方へ来てしまった。
「サンドラさん、おはようございます」
ヘルミンさんに見つかった。
受付は四つ。臨時で入ったのか、男性職員が応対している所もある。
それで民間人が並んでいるけれど、列は三本だけだ。ヘルミンさんの所には誰も並んでいない。
「御用ですかー?」
観念して、ヘルミンさんの所へ行く。周囲がざわつく。気にしないでおく。
「これは……何かあったのですか?」
「ふふふ、ここにいる皆様は街を脱出する準備をしているのですよ。南方の白い霧の話は知っていますよね?」
正体不明の霧だ。わかってからでは手遅れになる可能性もある。迅速に距離を置くのが賢明だ。
ここにいるのは、お金がある人たちだろう。一般人は頼れる親族でもいないと、他の領地への避難は難しい。世知辛い話だ。
「ふふふ、サンドラさん。感傷に浸っている暇はありませんよ。冒険者にとっては、お金儲けのチャンスです。新人なら荷造り、Dランク以上なら移動時の護衛と、次々と仕事が舞い込んできますよ」
両方の拳を上げて、ファイティングポーズを取り、はしゃぐヘルミンさん。周りから、ため息が聞こえる。
「お金には困っていないので、今日も採取に行きます。森の様子はどうですか?」
「門兵からも変わった報告はありませんね。それで、どの辺りへ採取に行くつもりですか?」
「奥へ行くなと言われたので、入口付近で採取するつもりです。この子と親密になるのが本来の仕事なので、無難に行こうと思います」
フェンフェンを見る。私の後ろに隠れている。
「サンドラさん、何だか不満そうな顔ですね」
不満ですよ。ストレス溜まってますよ。原因の一つはあなたですよ。
「こんなときは大暴れです。採掘場の防衛依頼なんて、どうでしょうか?」
「死んじゃいますよ」
「派手な戦いがしたいように見えますよ」
「私は大冒険がしたいのです。それどころじゃないから……色々と窮屈なんですよ」
「わかりますよ。私も家出したことありますから」
ケラケラと笑う。
「そういうのではなくて、自分のレベル帯に合ったストーリー進行を望んでいるわけです」
「採掘場に行けば、ベテラン冒険者の後ろから魔法を撃ち放題です。レベルもガンガン上がりますよ」
「そんな都合良くいきませんから……」
ゲームとは違う。この街に来てから身を持って知ったよ。
ヘルミンさんが受付に置いてある依頼書を何枚か見せてくれた。入口から少し進んだ場所で採取できるものを選んだ。
「では、気をつけてください」
ヘルミンさんに笑顔で送り出される。
私の後ろには誰も並んでいなかった。じろじろと見られている気がするけれど、無視する。
入り口付近に人が多い。急いで森に向かう必要はない。いなくなるのを待ってもいい。
ギルドの片隅にカリーナを見つけた。手招きしている。昨日の稽古組みや顔見知りの冒険者もいる。私はそこに向かうことにした。
「おはよう。もう依頼を受けたの? 私たちはこれからキャベツ帯への依頼の抽選だよ」
新人冒険者が大勢集まっていて、「今日こそは!」という顔をしている。
「森の奥に行かないように言われたんだ。だから、森の入り口から、ちょっと行った所で採取をするつもり。それも、フェンフェンの気分次第だけど……」
「……ガゥ」
ヘルミンさんの所へ行ったばかりだからか、テンションが低い。
「そーなんだ。じゃあ、抽選に外れたら、私たちもその辺りで採取するね。よろしく、フェル様」
カリーナがフェンフェンを抱き上げようとする。後ずさりして、逃げるフェンフェン。他の女の子も加勢して捕まった。みんな、触って感触を楽しんでいる。フェンフェンはしょうがないなという顔をしている。
大勢でいる方が安全だ。注文をつけてくるような人がいなければ、問題ないと思う。今日はこんな感じでいこう。
男子たちが声を上げる。ヒューゴが現れた。彼は人気者みたい。昨日、初めて話したけれど、リーダー気質の少年だ。
しかし、今日は元気が無さそうだ。後ろにいる仲間の二人も同じく。
彼の口から驚きの言葉が出た。なんと、カールとパーティを組むことになったらしい。
ヒューゴの家は代々兵士の家系で、男爵家に仕える騎士も輩出してきた。だから、要請を断れなかったらしい。
彼は納得がいかないという顔だ。自由にやりたかったのだろう。私も同じだから、気持ちがわかる。
しかし、男爵は何を考えいるのだろう。カールに冒険者が勤まるはずがない。早急に辞めさせるべきだ。
今度は、ヒューゴが私が来ていないか周りに尋ねた。カリーナが手を上げて、私がいることを教えた。
どうやら、カールに私が近づかないようにしろと指示が出ているらしい。いつも、向こうからやってくるんだけど……。釈然としない。
そんな訳で、お互いの予定を確認する。ヒューゴたちはキャベツ帯の抽選に参加して、はずれたら昨日と同じ場所で採取するつもりだった。彼らは戦士3人の偏ったパーティなので、カールを守ることを考えると不安がある。だから、キャベツ帯方面での採取に変更しようと考えているそうだ。
私は北北西の方角で採取するにした。ここなら、彼らがどこで採取しても被らない。
そして、今回の件はギルドに相談した方が良いと思った。ヒューゴに聞いてみると、相談はしないそうだ。
「近所や親戚からは、兵団に入らずに遊んでいるみたいに見られているからな。仕方ないさ」
三人とも諦め気味だ。私が出しゃばって状況が悪化するのは避けたい。それ以上は何も言わなかった。
チリン♪ チリン♪ チリン♪
鈴の音が鳴る。抽選が始まる。
ヒューゴとカリーナが鈴の鳴った方に向かった。
しばらくすると、カリーナのはしゃぐ声がした。当たりを引いたみたい。
アイラさんやギルド職員たちが相談している。もう二組ほど追加するようだ。二度目の抽選が始める。
ヒューゴは二度落ちたみたい。
ウィルが歓声を上げていた。当たったようだ。
フェンフェンを抱いている魔法使いの女の子のパーティは落ちたみたい。ぎゅっと抱き締めて、「よろしく、フェル様」と言っていた。フェンフェンは覇気の無い声で返事をした。やっぱり面倒臭いのかな。
ギルドの入り口が騒がしい。様子が変だ。
見ると、いつぞやの男爵家の騎士だ。顔は覚えていないけれど、鎧でわかった。二人の騎士の後ろから、偉そうな執事が現れた。さらに、後ろにカールがいた。あくびをしている。彼はギルドの医務室に泊まっていたはず。夜中に迎えが来たのかな?
私は後ろの方に隠れることにする。察したのか、周りの女子が壁になってくれた。
執事がヒューゴたちに何かを話している。雰囲気から察するに、ろくなことではない。
何故か、カリーナがヒューゴたちの所へ向かった。
執事の人が上から目線でカリーナに指図している。周りの騎士もチンピラみたいに睨みつけている。
異様な事態に、ギルドの職員とロバートさんたちが彼らに詰め寄った。すぐに、ギルマスも出てきた。こんなことなら、早めに知らせた方が良かったかも。
騎士たちの怒鳴り声がする。この前と同じだ。クラクラしてきた。フラッシュバックというやつかな。あの騒動は私にもショックが大きかったのか、ダメージを引きずっているようだ。
後ろに下がって、隅の長椅子に座った。何人か心配して一緒にきてくれた。フェンフェンはあの程度のヘボ騎士にビビるとは情けないという顔をしている。私は頭を撫でる。
「嫌なことがあったの……。思い出しちゃった」
フェンフェンは私の気持ちが理解できたみたい。近寄って来たら、ブッ飛ばしてやると言ってくれた。頼もしいけれど、経験上まずいことになるので控えてもらう。
しばらくすると、執事と騎士は帰って行った。
そして、キャベツ帯への特別依頼組が出発した。
ギルドの中に、カリーナもヒューゴたちもカールもいない。全員、キャベツ帯へ向かったみたい。
近くで話を聞いていた女の子たちが私の所にやってきた。
執事がカールをキャベツ帯の依頼に行かせようと言い出した。誰かに権利を譲らせるように、ヒューゴたちに言ったそうだ。
ヒューゴたちが困っていると、カリーナが自分が譲ると言った。カリーナはヒューゴと私に"貸し"があるからと、これで私からカールを引き離せると言っていたそうだ。
それで権利を譲って終わるはずが、さらに困ったことが起きた。
執事がカリーナも一緒に来るように言い出した。女手が必要だとか、坊ちゃんのサポートをするようにとか。そして、彼女の出身地や親のことまで詮索を始めた。ヒューゴたちも止めようとしたけれど、無理だった。
そして、ギルマスまで出てきて、大騒ぎになった。
結局、カリーナはヒューゴたちと一緒に行くことになった。同行するのは今回だけで、後で詮索をしないことをギルマスが執事に約束させた。
うんざりするような話だ。
男爵家の人たちは、先日の件で何の反省もしていないみたい。
カリーナは大丈夫だろうか。周りの子も不安みたい。ロバートさんたちもいるから、何とかしてくれるはず。
フェンフェンを抱いていた子の仲間が、採取に行こうと声を掛けてきた。私たちは解散して、出発することにした。
ギルドの入口に向かうと、大きな影が前を塞いだ。見上げると、ギルマスだった。
「ちょっといいか」
カリーナが動いたのが、私にも関係があると聞いてきたそうだ。問題が無ければ、事情を教えて欲しいと。
私は救助したり、されたりした仲だと説明する。それで、一昨日の救助で、マリアンヌさんが彼女の仲間にヒールを使ったことを話した。
ギルマスは納得したようだった。顔を見ると、不健康そうだ。体も痩せたように見える。心労は私の比ではないはずだ。
ギルマスと別れた後、ベテラン冒険者たちからも話しかけられた。
けれども、うまく答えられない。
彼らは田舎の貴族だから、威張り散らすことしかできないと誰かが言う。悪口が飛び交う。私の前では止めて欲しい。
外に出ると、今度はフェンフェンが話しかけてきた。
「勇者なら、この状況を何とかしろ」と言っている風に見える。一応、私を勇者と認識しているみたい。
でも、実態はヘタレの新人冒険者なんだよね。
私はただ普通に冒険がしたいだけなのに……。
やっぱり、領地に帰ろうか。先生が出発の時に「すぐに泣いて帰って来る」とか言っていたのを思い出した。むかつく。ほっぺたをつねりたい。




