三十一話 バイオレット
従魔を登録するための手続きを行う。
現在、フェンフェンはマリアンヌさんの従魔になっている。私に登録を移しておかないと、フェンフェンは街に入ることができない。
私は冒険者証をヘルミンさんに渡す。続いて、マリアンヌさんも騎士証を渡す。ヘルミンさんがそれぞれの証明カードを確認する。
「マリアンヌさんはAランクの冒険者なのですね」
「一昔前のことですわ」
話には聞いていたけれど、Aランクだったとは。
近くに知っている人がいた。
「彼女があの"マリアンヌ・ザ・バイオレット"か!?」
そんな異名だったんだ。
十年くらい前に、悪の魔法使いが作った巨大迷宮を攻略したらしい。
その時に、苦楽を共にした仲間を失った。それで、故郷のアルベーデン領に戻り、先生の騎士団に入った。
この世界の騎士は、貴族の私兵のようなもの。神官戦士も入団できる。
手続きは順調に進み、フェンフェンは私の従魔として登録された。
「登録できたよ」
「キュルル……」
ヘルミンさんに頭を撫でられてから、妙に大人しい。
「従魔だって、家族の一員です。無茶な命令をしてはいけませんよ」
家族か……。今は、そんな関係になれる日が来るとは思えない。
次に、はじまりの森へ行く許可を貰う。
ここで、今朝聞けなかった異変の詳細を説明してもらえた。
レッドゴブリンの率いるゴブリン軍団がいたそうだ。全体で五十匹くらい。下っ端の弱いゴブリンは森に元からいた個体と区別できない為、正確な数はわからない。
レッドゴブリンはジャイアントゴブリンの上位種で、パワーが上がっただけでなく火属性の魔法も操る。Cランク以上の冒険者が戦う相手だ。
はじまりの森へ入るのはDランク以下の冒険者であり、発見が遅れていれば大きな被害が出ていた。
そして、抗議活動に集まった余所の領地の冒険者が討伐依頼を受けた。ジマーリ男爵領出身者のいるパーティが、積極的に参加してくれた。それで暴動があった翌日には、掃討されていたみたい。
「念のために、現在も進入に制限が設けられています。簡単に説明しますね」
ヘルミンさんは森の地図を広げた。
「こちらのキャベツ帯には依頼を受けた冒険者以外、立ち入り禁止になっています。採集物の街への流通が滞っているための措置です。ご理解ください」
今朝集まっていた特別ツアーのことか。
「それで一般の冒険者、Dランク以下の方々はここまでの範囲で活動してもらっています」
ヘルミンさんが指で円を描いて、範囲を示す。ゲームだと、最初のMAPから奥へ行けない感じだ。
「ただ、マリアンヌさんが同行されるなら、キャベツ帯以外の場所を自由に歩くことができます。けれども、異変の原因が不明で、まだ続く可能性があります。従魔との連携を確認するのでしたら、森の奥へは行かない方が良いと思います」
原因の究明は目的ではない。フェンフェンとのパーティを試すだけだ。私たちは最初のMAPで行動することにした。
「ふふふ、サンドラさんはいつも無事に帰って来てくれるので、安心して送り出せますよ」
「いえ、精神的に辛いんですけど……。次から別の受付に並びます」
「お辛いのでしたら、一緒にスイーツ巡りでもどうですか? 日帰りでチミリート伯爵領に行きましょう。美味しいお店をいくつも知っていますよ」
「……そっとしておいてください」
「ふふふ、いつでも声を掛けて下さい♪」
心を削られながら、私は冒険者ギルドを後にした。
北門に行く。
兵士たちがマリアンヌさんに敬礼していた。
はじまりの森へ向かう。
フェンフェンが調子を取り戻した。テンションが上がってきている。リードは私が持っていた。少しずつ急くように早歩きして、私の手を引っ張る。狩場まであと少し。喧嘩しても仕方が無いので、私は歩くペースを少しずつ上げる。
森の入り口に来た。
フェンフェンがまた大声で吠えた。
「ウオオオオオン!」
「こら、止めろ!」
フェンフェンは得意げな顔をしている。何も悪いことはしていないと言いたげだ。
咆哮を聞いて、森の中から悲鳴がいくつも聴こえた。
何組かの冒険者がこっちに逃げてくる。森の中だから聴こえ難くて、声のした方角がわからなかったのだ。
「グルルル!」
「うわあああ!?」
彼らを威嚇するフェンフェン。どうして、そんなにツンケンしているの?
私では手に負えないので、マリアンヌさんが無理矢理抱き上げた。
顔見知りの冒険者がいたので、この狼の魔物は私の従魔だと説明をした。動揺していたけれど、マリアンヌさんを紹介すると安堵の表情に変わった。
マリアンヌさんからは西洋ファンタジー物のポスターに描かれているような荘厳な雰囲気が出ている。さらに、神官でもあるので全幅の信頼を置かれる。
そんな訳で、文句を言う冒険者も無く、元の採集に戻って行った。
「フェンフェン、リードを外すよ。勝手に奥に行っちゃ駄目だよ」
「ガウッ!」
「飛び出すつもり? 違うかな。俺を舐めるなよと言っている気がします。俺に全て任せろ。黙って三歩後ろをついてこい」
「オウッ!」
「わかるの?」
「何となくですけど……」
生意気だ。でも、狂暴化とは違う気がする。反抗期的なものだろうか?
考えていると、知っている声がした。カリーナだ。
「サンドラちゃん!」
後ろに冒険者も何人か付いて来た。前に救助を手伝ってもらった人たちかな。顔は何となく覚えている。
フェンフェンが吠えて、カリーナが驚く。
「私の従魔だよ」
私はお手の仕草をする。すると、フェンフェンに前足で叩かれた。反応すると思わなかったのでビックリした。
「大丈夫!?」
カリーナたちが心配そうに私を見る。
掌を見ると無傷だった。爪痕も無いし、ヒリヒリもしない。最低限の力加減は心得ているみたいだ。
突然のことに、マリアンヌさんも強張った表情をしていた。
「平気……うん。それで、えっと……」
救助かなと思ったら、やっぱり救助だった。
カリーナたちは森の一部解禁の情報を得て、もう一稼ぎしようと街に残った。
今朝のキャベツ帯へ行く抽選に外れた彼女たちは、通常の採集依頼を受けることにした。そして、先に森へ来ていた冒険者から、ベテラン冒険者たちが森の奥へ調査に向かったという話を聞いた。それなら安全に採取ができるはずだと、許可の出た行動範囲のギリギリの所を攻めることにした。
人の通った後だと、出現する魔物の数も減る。その選択は間違っていないと思う。
それから、暴ウルフと交戦して二名が負傷した。来た道を戻っていると、一角ウサギに襲われているパーティがいた。助けに入った結果、負傷者が増えた。それで素早いカリーナが走って、入口まで救助を要請に来た。
どうやら、サンドラ救助隊の使命からは逃れられないようだ。
マリアンヌさんは了承してくれた。
フェンフェンは……任せろと言ってるみたい。カリーナがフェンフェンに話しかける。
「フェンフェンちゃん、よろしくね」
「ウォウ!」
"お願い"には気前よく返事するみたい。だんだんと行動パターンが判ってきた。
安心した矢先、また汚い声が響いた。
「よし、俺も行ってやるか」
カールだ。薬草の採集に来ていたいのか。ヘルミンさんも教えてくれればいいのに……。
「この『薬草マニュアル 初級』だけどよう。わかりずれーんだよな」
気さくに話しかけないで下さい。
「結構です。さあ、みんな行こう」
「無視するなよ。何で俺のことを避けんだよ」
「自分で考えてください」
見ると、マリアンヌさんが籠手を外そうとしている。
「駄目です。こいつが例の男爵家の次男坊です」
「素手ならセーフだと、イー=ラパツヨ超司教様が仰っていました」
尚更、殴られねばとその笑顔から読み取れた。これも自重しない転生者が世界に悪影響を与えた所為だ。
カールに呼びかける。
「麦の神様に代わってお仕置きされたくなければ、行動を慎んでください」
「救助に行ってやるってんだよ。悪いのかよ!」
「担ぎ手は間に合っています。来なくて結構です」
今度はフェンフェンが何かするのではと思った。こいつを噛んで処分されるとなると、ギルマスが可哀想だ。
しかし、私の不安を余所にフェンフェンはあくびをしている。従魔として、主人を助ける気は皆無ってことね。今はその方が良いけれど。
すると、別の冒険者の女の子が来て、私に耳打ちした。カールが採集をしている面々にウザ絡みしてくるらしい。このままではまた問題を起こしかねない。私たちに連れて行って欲しいそうだ。
力が抜けそうになる。しかし、私は勇者だ。弱者を守るために戦うのだ。
「わかりました。カール君も一緒に来てください」
カールが得意げに返事をした。うざい。
マリアンヌさんは事情を察したのか、籠手を付け直す。かなり、ご立腹の模様。
フェンフェンは……やれやれって顔してる。
カリーナはオロオロしていたけれど、出発が決まると凛々しく表情を変えて、私たちを案内した。
担ぎ手に三人の冒険者が付いて来てくれた。七人と一匹で森の中を進む。
フェンフェンのリードは外してある。今はカリーナと並走して歩いている。指示は出していない。Cランクの真ん中くらいの実力があると聞いている。ゴブリン数匹なら、ソロで倒せるはずだ。
一角ウサギが三体現れた。フェンフェンがかみついたり、爪で攻撃して、あっさりと倒した。
「すげぇな! この犬! がっはっはっ!」
カールがドカドカと音を立てて、フェンフェンに近づく。
フェンフェンは彼を避けて、私とカリーナの所に戻ってくる。これくらい余裕って顔だ。カリーナにお礼言われて、得意げになっている。
一方、カールは一角ウサギの魔石を拾って、アイテム袋に仕舞っている。取り分のことを理解しているのかな?
マリアンヌさん曰く、貴族や商家の出の冒険者にはああいうのが結構いるらしい。
しばらく歩くと、目的の場所に着いた。
見ると、そこにいる全員が負傷していた。カリーナが応援を呼びに行っている間に、魔物に襲われたようだ。
カリーナが悲鳴を上げる。彼女のパーティのリーダーが重症だ。お腹が裂けて大変なことになっている。私は少し気分が悪くなった。
他にも、腕が千切れている者や顔を引き裂かれた者もいる。凄惨な光景だ。担ぎ手に付いて来た冒険者の一人が嘔吐した。
フェンフェンが大きな声で吠える。
「ヴァアアアアアア!!!」
今までとは違う声。魔力を感じた。おそらく、スキルを使っている。
マリアンヌさんには分かったようだ。
「"威嚇"のスキルを使ってくれたみたい。これで弱い魔物は寄ってこないわ」
彼女は武器を下ろし、魔石を取り出す。ヒールを使うつもりだ。私もポーションを取り出して、皆に配る。
マリアンヌさんはヒールを三度使った。私のように転倒することも無い。あっという間に、三人の重傷者を治した。
「ほかの子はポーションで十分かしら」
「えっと、その……私たち、お金は」
「この"貸し"は、サンドラちゃんに返してね」
マリアンヌさんは司教に推薦されたことのある実力者だ。請求すれば、かなりの金額になる。
これを背負うことになる私も大変だ。
ひとまず、危機は脱した。私たちは治療をしながら談笑する。
カリーナはリーダーのことが好きなのかなと気になった。私一人だったら、ヒールを使っていたかな? 三回は使えないから、黙っていたかもしれない。彼が亡くなって、後で私がヒールを使えることを知ったら恨まれるかな? そんな怖いことを考えてしまった。
突如、マリアンヌさんが立ち上がる。瞬時に、盾とメイスを構えた。
フェンフェンも続くが、よくわかっていないみたい。
私も何が起きたかわからない。"魔力探知"の魔法には反応が無い。マリアンヌさんも似た系統の回復スキルを使えるはずだ。高ランクの魔物を補足したに違いない。
ヘルミンさんの顔が頭をよぎる。そういえば、異変はまだ続く可能性があると言っていた。フラグを回収したと思った。
「サンドラ君かな?」
私を呼ぶ声。これはディーノさんの声? マリアンヌさんとフェンフェンが体の向きを変えたので、その方角に向かって返事をする。
「ディーノさんですか?」
「ああ、この森にいない魔物の声がしたが……そこの黒い犬が声の主かい?」
「そうです。新しく私の従魔になりました。ほら、戻っておいで」
異変の起きた森で正体不明の咆哮がした訳だ。警戒して当然だ。誤解を解くために、フェンフェンを呼び戻す。
フェンフェンは私とディーノさんの方角を交互に見ながら迷っている。彼との実力差を理解したのか、しょんぼりした顔で私の所に歩いて来た。
ディーノさんが警戒を解いたのか、魔力探知に反応が出た。彼はBランクのレンジャーだ。私にはまだ捉えることができない。
ディーノさんが茂みから出てきた。
マリアンヌさんが声を掛ける。二人は知り合いみたいだ。互いに領地の外へ援軍に行ったときに交流があったのだろう。
ディーノさんが従魔の電撃コンドルを使って、仲間を呼ぶ。三組のベテラン冒険者のパーティが現れた。
「彼女が"マリアンヌ・ザ・バイオレンス"だ」
「呼ぶなら、"バイオレット"でお願いします」
マリアンヌさんがバイオレットの花が描かれた肩アーマーを叩く。
ディーノさんが慌てて言い直す。
えらい違いだけど、前者が正しいと思う。これも自重しない転生者の所為だ。
私たちは負傷者が多くて困っていた。 カリーナのパーティが6人、途中で合流したパーティが4人いる。彼らが手伝ってくれると聞いて安堵した。
すると、ベテラン冒険者の一人が後方を指差して、あれは違うのかと言った。
見ると、カールが大の字になって寝ていた。近づくと気絶しているみたい。すっかり忘れていた。おそらく、負傷した人たちを見て、気を失ったのだ。
ベテラン冒険者たちに経緯を説明すると苦い顔を浮かべた。
森の入り口に向かう。
フェンフェンは私の横をトボトボと歩いている。自分の出る幕が無くなり、拗ねているみたいだ。
ベテラン冒険者の叔父さんたちがその様子を眺めている。
彼らが王都に似た狼の魔物がいると言った。私がこの子がそのフェンリル君だと言うと驚いていた。
彼らのパーティは王国の西方で活動している。王都にも何度か訪れていた。それで、フェンフェンのことを知っているらしい。
一ヵ月前に王都に行ったときは、暴れて手に負えない状態だったそうだ。狂暴化すると噂されて、処分する話が出回っていた。檻に入れて、成体になってから素材を回収する計画もあったとか。
王都のギルマスが先生に送り付けた話をすると、険しい表情で互いの顔を見合わせていた。やっぱり無茶振りだったみたい。
今の状態は、かなり大人しいけれど、どういう心境の変化だろう。
ヘルミンさんが原因かな?
それとも、勇者フラッシュが効いたのかな? 自分が主人と主張する以上、私と組むことは了承したはず。
ひとまず、一緒に活動してみて、狂暴化した訳では無いと感じた。仲良くできるかは、まだわからない。




