表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クノテベス・サーガ  作者: 落花生
第ニ章 岩砂糖を入れた紅茶の味は苦い
32/87

三十一話 バイオレット


 従魔を登録するための手続きを行う。

 現在、フェンフェンはマリアンヌさんの従魔になっている。私に登録を移しておかないと、フェンフェンは街に入ることができない。

 私は冒険者証をヘルミンさんに渡す。続いて、マリアンヌさんも騎士証を渡す。ヘルミンさんがそれぞれの証明カードを確認する。


「マリアンヌさんはAランクの冒険者なのですね」

「一昔前のことですわ」


 話には聞いていたけれど、Aランクだったとは。

 近くに知っている人がいた。


「彼女があの"マリアンヌ・ザ・バイオレット"か!?」


 そんな異名だったんだ。

 十年くらい前に、悪の魔法使いが作った巨大迷宮を攻略したらしい。

 その時に、苦楽を共にした仲間を失った。それで、故郷のアルベーデン領に戻り、先生の騎士団に入った。

 この世界の騎士は、貴族の私兵のようなもの。神官戦士も入団できる。


 手続きは順調に進み、フェンフェンは私の従魔として登録された。


「登録できたよ」

「キュルル……」


 ヘルミンさんに頭を撫でられてから、妙に大人しい。


「従魔だって、家族の一員です。無茶な命令をしてはいけませんよ」


 家族か……。今は、そんな関係になれる日が来るとは思えない。

 

 次に、はじまりの森へ行く許可を貰う。

 ここで、今朝聞けなかった異変の詳細を説明してもらえた。

 レッドゴブリンの率いるゴブリン軍団がいたそうだ。全体で五十匹くらい。下っ端の弱いゴブリンは森に元からいた個体と区別できない為、正確な数はわからない。

 レッドゴブリンはジャイアントゴブリンの上位種で、パワーが上がっただけでなく火属性の魔法も操る。Cランク以上の冒険者が戦う相手だ。

 はじまりの森へ入るのはDランク以下の冒険者であり、発見が遅れていれば大きな被害が出ていた。

 そして、抗議活動に集まった余所の領地の冒険者が討伐依頼を受けた。ジマーリ男爵領出身者のいるパーティが、積極的に参加してくれた。それで暴動があった翌日には、掃討されていたみたい。


「念のために、現在も進入に制限が設けられています。簡単に説明しますね」


 ヘルミンさんは森の地図を広げた。


「こちらのキャベツ帯には依頼を受けた冒険者以外、立ち入り禁止になっています。採集物の街への流通が滞っているための措置です。ご理解ください」


 今朝集まっていた特別ツアーのことか。


「それで一般の冒険者、Dランク以下の方々はここまでの範囲で活動してもらっています」


 ヘルミンさんが指で円を描いて、範囲を示す。ゲームだと、最初のMAPから奥へ行けない感じだ。


「ただ、マリアンヌさんが同行されるなら、キャベツ帯以外の場所を自由に歩くことができます。けれども、異変の原因が不明で、まだ続く可能性があります。従魔との連携を確認するのでしたら、森の奥へは行かない方が良いと思います」


 原因の究明は目的ではない。フェンフェンとのパーティを試すだけだ。私たちは最初のMAPで行動することにした。


「ふふふ、サンドラさんはいつも無事に帰って来てくれるので、安心して送り出せますよ」

「いえ、精神的に辛いんですけど……。次から別の受付に並びます」

「お辛いのでしたら、一緒にスイーツ巡りでもどうですか? 日帰りでチミリート伯爵領に行きましょう。美味しいお店をいくつも知っていますよ」

「……そっとしておいてください」

「ふふふ、いつでも声を掛けて下さい♪」


 心を削られながら、私は冒険者ギルドを後にした。




 北門に行く。

 兵士たちがマリアンヌさんに敬礼していた。


 はじまりの森へ向かう。

 フェンフェンが調子を取り戻した。テンションが上がってきている。リードは私が持っていた。少しずつ急くように早歩きして、私の手を引っ張る。狩場まであと少し。喧嘩しても仕方が無いので、私は歩くペースを少しずつ上げる。


 森の入り口に来た。

 フェンフェンがまた大声で吠えた。


「ウオオオオオン!」

「こら、止めろ!」


 フェンフェンは得意げな顔をしている。何も悪いことはしていないと言いたげだ。

 咆哮を聞いて、森の中から悲鳴がいくつも聴こえた。

 何組かの冒険者がこっちに逃げてくる。森の中だから聴こえ難くて、声のした方角がわからなかったのだ。


「グルルル!」

「うわあああ!?」


 彼らを威嚇するフェンフェン。どうして、そんなにツンケンしているの?

 私では手に負えないので、マリアンヌさんが無理矢理抱き上げた。


 顔見知りの冒険者がいたので、この狼の魔物は私の従魔だと説明をした。動揺していたけれど、マリアンヌさんを紹介すると安堵の表情に変わった。

 マリアンヌさんからは西洋ファンタジー物のポスターに描かれているような荘厳な雰囲気が出ている。さらに、神官でもあるので全幅の信頼を置かれる。

 そんな訳で、文句を言う冒険者も無く、元の採集に戻って行った。

  

「フェンフェン、リードを外すよ。勝手に奥に行っちゃ駄目だよ」

「ガウッ!」

「飛び出すつもり? 違うかな。俺を舐めるなよと言っている気がします。俺に全て任せろ。黙って三歩後ろをついてこい」

「オウッ!」

「わかるの?」

「何となくですけど……」


 生意気だ。でも、狂暴化とは違う気がする。反抗期的なものだろうか?

 

 考えていると、知っている声がした。カリーナだ。


「サンドラちゃん!」


 後ろに冒険者も何人か付いて来た。前に救助を手伝ってもらった人たちかな。顔は何となく覚えている。

 フェンフェンが吠えて、カリーナが驚く。


「私の従魔だよ」


 私はお手の仕草をする。すると、フェンフェンに前足で叩かれた。反応すると思わなかったのでビックリした。


「大丈夫!?」


 カリーナたちが心配そうに私を見る。

 掌を見ると無傷だった。爪痕も無いし、ヒリヒリもしない。最低限の力加減は心得ているみたいだ。

 突然のことに、マリアンヌさんも強張った表情をしていた。


「平気……うん。それで、えっと……」


 救助かなと思ったら、やっぱり救助だった。


 カリーナたちは森の一部解禁の情報を得て、もう一稼ぎしようと街に残った。

 今朝のキャベツ帯へ行く抽選に外れた彼女たちは、通常の採集依頼を受けることにした。そして、先に森へ来ていた冒険者から、ベテラン冒険者たちが森の奥へ調査に向かったという話を聞いた。それなら安全に採取ができるはずだと、許可の出た行動範囲のギリギリの所を攻めることにした。

 人の通った後だと、出現する魔物の数も減る。その選択は間違っていないと思う。

 それから、暴ウルフと交戦して二名が負傷した。来た道を戻っていると、一角ウサギに襲われているパーティがいた。助けに入った結果、負傷者が増えた。それで素早いカリーナが走って、入口まで救助を要請に来た。


 どうやら、サンドラ救助隊の使命からは逃れられないようだ。

 マリアンヌさんは了承してくれた。

 フェンフェンは……任せろと言ってるみたい。カリーナがフェンフェンに話しかける。


「フェンフェンちゃん、よろしくね」

「ウォウ!」


 "お願い"には気前よく返事するみたい。だんだんと行動パターンが判ってきた。


 安心した矢先、また汚い声が響いた。


「よし、俺も行ってやるか」


 カールだ。薬草の採集に来ていたいのか。ヘルミンさんも教えてくれればいいのに……。


「この『薬草マニュアル 初級』だけどよう。わかりずれーんだよな」


 気さくに話しかけないで下さい。


「結構です。さあ、みんな行こう」

「無視するなよ。何で俺のことを避けんだよ」

「自分で考えてください」


 見ると、マリアンヌさんが籠手を外そうとしている。


「駄目です。こいつが例の男爵家の次男坊です」

「素手ならセーフだと、イー=ラパツヨ超司教様が仰っていました」


 尚更、殴られねばとその笑顔から読み取れた。これも自重しない転生者が世界に悪影響を与えた所為だ。

 カールに呼びかける。


「麦の神様に代わってお仕置きされたくなければ、行動を慎んでください」

「救助に行ってやるってんだよ。悪いのかよ!」

「担ぎ手は間に合っています。来なくて結構です」


 今度はフェンフェンが何かするのではと思った。こいつを噛んで処分されるとなると、ギルマスが可哀想だ。

 しかし、私の不安を余所にフェンフェンはあくびをしている。従魔として、主人を助ける気は皆無ってことね。今はその方が良いけれど。


 すると、別の冒険者の女の子が来て、私に耳打ちした。カールが採集をしている面々にウザ絡みしてくるらしい。このままではまた問題を起こしかねない。私たちに連れて行って欲しいそうだ。

 力が抜けそうになる。しかし、私は勇者だ。弱者を守るために戦うのだ。


「わかりました。カール君も一緒に来てください」


 カールが得意げに返事をした。うざい。

 マリアンヌさんは事情を察したのか、籠手を付け直す。かなり、ご立腹の模様。

 フェンフェンは……やれやれって顔してる。

 カリーナはオロオロしていたけれど、出発が決まると凛々しく表情を変えて、私たちを案内した。




 担ぎ手に三人の冒険者が付いて来てくれた。七人と一匹で森の中を進む。


 フェンフェンのリードは外してある。今はカリーナと並走して歩いている。指示は出していない。Cランクの真ん中くらいの実力があると聞いている。ゴブリン数匹なら、ソロで倒せるはずだ。


 一角ウサギが三体現れた。フェンフェンがかみついたり、爪で攻撃して、あっさりと倒した。


「すげぇな! この犬! がっはっはっ!」


 カールがドカドカと音を立てて、フェンフェンに近づく。

 フェンフェンは彼を避けて、私とカリーナの所に戻ってくる。これくらい余裕って顔だ。カリーナにお礼言われて、得意げになっている。

 一方、カールは一角ウサギの魔石を拾って、アイテム袋に仕舞っている。取り分のことを理解しているのかな?

 マリアンヌさん曰く、貴族や商家の出の冒険者にはああいうのが結構いるらしい。

 

 しばらく歩くと、目的の場所に着いた。

 見ると、そこにいる全員が負傷していた。カリーナが応援を呼びに行っている間に、魔物に襲われたようだ。

 カリーナが悲鳴を上げる。彼女のパーティのリーダーが重症だ。お腹が裂けて大変なことになっている。私は少し気分が悪くなった。

 他にも、腕が千切れている者や顔を引き裂かれた者もいる。凄惨な光景だ。担ぎ手に付いて来た冒険者の一人が嘔吐した。


 フェンフェンが大きな声で吠える。


「ヴァアアアアアア!!!」


 今までとは違う声。魔力を感じた。おそらく、スキルを使っている。

 マリアンヌさんには分かったようだ。


「"威嚇"のスキルを使ってくれたみたい。これで弱い魔物は寄ってこないわ」


 彼女は武器を下ろし、魔石を取り出す。ヒールを使うつもりだ。私もポーションを取り出して、皆に配る。

 マリアンヌさんはヒールを三度使った。私のように転倒することも無い。あっという間に、三人の重傷者を治した。


「ほかの子はポーションで十分かしら」

「えっと、その……私たち、お金は」

「この"貸し"は、サンドラちゃんに返してね」


 マリアンヌさんは司教に推薦されたことのある実力者だ。請求すれば、かなりの金額になる。

 これを背負うことになる私も大変だ。


 ひとまず、危機は脱した。私たちは治療をしながら談笑する。

 カリーナはリーダーのことが好きなのかなと気になった。私一人だったら、ヒールを使っていたかな? 三回は使えないから、黙っていたかもしれない。彼が亡くなって、後で私がヒールを使えることを知ったら恨まれるかな? そんな怖いことを考えてしまった。


 突如、マリアンヌさんが立ち上がる。瞬時に、盾とメイスを構えた。

 フェンフェンも続くが、よくわかっていないみたい。

 私も何が起きたかわからない。"魔力探知"の魔法には反応が無い。マリアンヌさんも似た系統の回復スキルを使えるはずだ。高ランクの魔物を補足したに違いない。

 ヘルミンさんの顔が頭をよぎる。そういえば、異変はまだ続く可能性があると言っていた。フラグを回収したと思った。


「サンドラ君かな?」


 私を呼ぶ声。これはディーノさんの声? マリアンヌさんとフェンフェンが体の向きを変えたので、その方角に向かって返事をする。


「ディーノさんですか?」

「ああ、この森にいない魔物の声がしたが……そこの黒い犬が声の主かい?」

「そうです。新しく私の従魔になりました。ほら、戻っておいで」


 異変の起きた森で正体不明の咆哮がした訳だ。警戒して当然だ。誤解を解くために、フェンフェンを呼び戻す。

 フェンフェンは私とディーノさんの方角を交互に見ながら迷っている。彼との実力差を理解したのか、しょんぼりした顔で私の所に歩いて来た。


 ディーノさんが警戒を解いたのか、魔力探知に反応が出た。彼はBランクのレンジャーだ。私にはまだ捉えることができない。


 ディーノさんが茂みから出てきた。

 マリアンヌさんが声を掛ける。二人は知り合いみたいだ。互いに領地の外へ援軍に行ったときに交流があったのだろう。


 ディーノさんが従魔の電撃スパークコンドルを使って、仲間を呼ぶ。三組のベテラン冒険者のパーティが現れた。


「彼女が"マリアンヌ・ザ・バイオレンス"だ」

「呼ぶなら、"バイオレット"でお願いします」


 マリアンヌさんがバイオレットの花が描かれた肩アーマーを叩く。

 ディーノさんが慌てて言い直す。

 えらい違いだけど、前者が正しいと思う。これも自重しない転生者の所為だ。 


 私たちは負傷者が多くて困っていた。 カリーナのパーティが6人、途中で合流したパーティが4人いる。彼らが手伝ってくれると聞いて安堵した。

 すると、ベテラン冒険者の一人が後方を指差して、あれは違うのかと言った。

 見ると、カールが大の字になって寝ていた。近づくと気絶しているみたい。すっかり忘れていた。おそらく、負傷した人たちを見て、気を失ったのだ。

 ベテラン冒険者たちに経緯を説明すると苦い顔を浮かべた。


 


 森の入り口に向かう。

 フェンフェンは私の横をトボトボと歩いている。自分の出る幕が無くなり、拗ねているみたいだ。

 ベテラン冒険者の叔父さんたちがその様子を眺めている。

 彼らが王都に似た狼の魔物がいると言った。私がこの子がそのフェンリル君だと言うと驚いていた。

 彼らのパーティは王国の西方で活動している。王都にも何度か訪れていた。それで、フェンフェンのことを知っているらしい。

 一ヵ月前に王都に行ったときは、暴れて手に負えない状態だったそうだ。狂暴化すると噂されて、処分する話が出回っていた。檻に入れて、成体になってから素材を回収する計画もあったとか。

 王都のギルマスが先生に送り付けた話をすると、険しい表情で互いの顔を見合わせていた。やっぱり無茶振りだったみたい。


 今の状態は、かなり大人しいけれど、どういう心境の変化だろう。

 ヘルミンさんが原因かな? 

 それとも、勇者フラッシュが効いたのかな? 自分が主人と主張する以上、私と組むことは了承したはず。

 ひとまず、一緒に活動してみて、狂暴化した訳では無いと感じた。仲良くできるかは、まだわからない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ