二十九話 新しい仲間
起床。
先生の屋敷で使用人をしていた経験から、朝は安定して起きられる。
今日の予定は、宿屋でトムさんからの連絡を待つだけだ。もう少し寝ていても良い。迷ったけれども、起きることにした。
食堂に降りて、朝ごはんにする。
目玉焼きを挟んだキャベツサンドを食べる。すると、キャベツの味がいつもと違った。
私の様子を見て、宿屋のおばちゃんが声を掛けてきた。やはり、普段のキャベツはキャベツ帯のキャベツだった。異変で始まりの森が封鎖されたので、近所の村から仕入れたらしい。キャベツ帯があるので、この街の近辺ではキャベツはあまり作られていないそうだ。それでか、味も今一つだった。
近くにいた若い冒険者が、私に異変のことを訪ねて来た。
どうして、私に?
行く予定も無いので、その後のことは気にしていなかった。正直に知らないと答えた。
すると、他の冒険者も話に混ざってきた。
千匹のゴブリンがいた。
"ゴブリン・タイタン"が城壁から顔を出した。
あの"邪眼鬼神のスコール"が死んだ。
地下帝国へ続く洞窟が見つかった。
ゴブリンは鳥に進化した。
などなど、不確かな情報が錯綜している。
ここにいるのは余所から来た新人冒険者たちかな? 私もその一人だ。先達の知り合いがいないと、情報を得ることは難しい。
私の場合、ギルドに行けば誰か声を掛けてくれるかな? アッシュさんたちが起きるのを待ってもいい。最後の手段で、ヘルミンさんに聞くという手もある。
もしくは、トムさんたちと合流すれば教えて貰えるかも。森に行く予定も無いし、宿でゴロゴロしていようかな?
他の冒険者たちも宿に残るようだ。暴動後の片付けの仕事で疲れているらしい。
それなら、私はギルドに行こう。朝早くに、先生の家の人たちが到着するとは思えない。
ご飯を食べ終わると、私はマントを羽織って、宿を出た。
ギルドまでの道を歩く。
街はすっかり落ち着いた。いつも通りの光景が見える。
何事も無く、ギルドに着いた。
中に入ると、いつも通り混雑していた。
掲示板の前でギルドの職員から説明を受ける新人たち。
片隅では新人とベテランの冒険者が大勢集まって、話し合いをしている。
受付には列ができている。
森と南方のダンジョンが閉鎖されているのに、思った以上に人がいる。何かまた事件でも起きたのかな?
適当に歩いて、キョロキョロと周りを見ていると、ヘルミンさんと目が合った。
受付は四つあって、左から二番目のヘルミンさんの所だけ、誰も並んでいない。他は三組ずついる。
「サンドラさーん! おはようございます!」
大きな声を出さないで下さい。私は会釈をして、他の所に行く。
「何か御用ですかー!」
だから、大きな声を出さないで。周りの冒険者がこっちを見ている。仕方が無く、ヘルミンさんのいる受付に行く。
「大きな声で呼ばないで下さい。恥ずかしいので」
「まあまあ、困ったことがあるなら、受付で聞くのが一番ですよ」
何も困っていないです。いや、あなたの所為で困っています。
ひとまず、森の異変がどうなったのかを尋ねた。
「あー、知らないのですか?」
ヘルミンさんがにやりと笑う。
「今日から一部解禁になったのですよ」
「そうだったのですか。知りませんでした」
「ふふふ、わかってませんね。数日の間、誰も採らなかったので薬草がたくさん生えているはずです。お金儲けのチャンスですよ!」
冒険者は仲間であり、商売敵だ。困ったときは助け合うけれど、美味しい話は秘密にするものだ。一部解禁の情報は人脈があるか、運の良い冒険者たちの間で隠されていたみたい。
「あそこを見てください」
ヘルミンさんがギルドの片隅を指差す。先ほど見た新人とベテランの集まりだ。向こうもこっちを見てる。何で? 見なくていいよ……。
「新人冒険者にキャベツ帯への採集依頼が出ていまして、それもベテラン冒険者の護衛付きです。街のキャベツ不足を解決する為の特別ツアーですね。残念ながら、サンドラさんは来るのが遅かったので、もう参加できません」
「そうですか……」
「冒険者にとって、情報は命の次に大切です。目ざとくないと一流の冒険者には慣れませんよ」
講義か何かですか? めんどくさい……。
「それより、異変の詳細が知りたいです」
「そこはベテラン冒険者に任せましょう。パーティリーダーなら、仲間の為に稼ぎ口を探さないと」
「あぁ、パーティは解散しました」
言いたくないな……。
解散の手続きはヘルミンさんのいない時に、知らない受付さんの所で行った。
「解散したのですか!? 仲良さそうに見えましたが、何かあったのですか?」
「いや、あったじゃないですか!?」
つい、声を荒げてしまう。魔法を撃ち込みたい。我慢。
「むむっ……」
ヘルミンさんは口元に人差し指を当てて、遠くを見ながら考え始める。たぶん、本気でやってる。何を言っても無駄だ。
「仲間がいないので依頼は受けません。それで異変の詳細を……」
その時、後ろから声がした。二度と聞きたくなかった汚い声。
「何だ何だ、お前、ぼっちなのか!?」
振り向くと男爵家の次男坊がいた。名前は……忘れた。何で、ここに? まさか、仕返しに来た!?
「まぁ、俺もぼっちなんだけどな。兄貴に家を追い出されたんだ」
話しかけてこないで。私はあなたの知り合いでもない。むしろ、恨んでるんだけど……。
「そうですか……」
私はヘルミンさんの方に向き直り、彼女に質問した。
「それで異変の詳細を……」
「カール君、家を出たのですか? それで、どこに住むつもりなのです?」
ヘルミンさんが私を無視して、カールと会話を始める。あなたは仕事中でしょう。
「どこに住むか困ってんだよ。なあ、お前さ。どこの宿に泊まってんだ?」
お前って、私のこと?
これ以上、関わりたくない。
私は宿に帰ることにする。
「じゃあ、私は帰りますね」
「じゃあ、じゃなくて、いい宿が無いか探してんだよ。お前の所はどうなんだよ?」
私の宿に来るの? 嫌なんだけど……。
宿屋のおばちゃんには良くしてもらっている。嘘でも、酷い店だなんて言いたくない。
でも、褒めたら、こいつが泊まりに来るんだよね。どうしたらいい?
私は"お前"ではないから、無視で良いよね。
「どこ行くんだよ」
カールが、私の前に立ち塞がる。
左右には受付に並ぶ冒険者がいて、壁になっている。逃げられない。
しかも、みんな、私たちを見てる。
「帰ります。通してください」
「さっきから聞いてるだろ?」
「誰にですか?」
「お前にだよ」
「私は"お前"という名前ではありません。帰ります。通してください」
「何でだよ!?」
あなたが何なのですか!?
すると、ヘルミンさんがまた余計なことを言い出した。
「そう邪見にならずに……そうだ! お二人とも、仲間がいないでのしょう。それなら、お二人で組んでみてはいかがですか?」
無理無理。何でそうなるの!?
「あー、仕方ねえな。組んでやってもいいぞ」
この期に及んで、上から目線。何様のつもりなの?
家を追い出されたのなら、もう貴族では無いはずだ。
ヘルミンさんが手続きの用紙を取り出す。
「パーティ名はどうされますか?」
「俺の先祖のカール超帝の逸話から取るべきだな」
「それは良いですね。あ、私も子孫なんですよ。サンドラさんは知っていますか? このジマーリ男爵領の成り立ちは、西マロン帝国の……」
私の知らない時空で話が進んでいるようだ。
どうしたらいい?
ステラさんを見る。彼女は驚いて、ドキッと体を反らせた。
ステラさんの所に並んでいた冒険者が、横にズレて道をあけてくれる。そして、行けと手でサインをくれた。
私は大急ぎでその場を離れる。一目散にギルドから出て、走って逃げた。
追いかけては来ていない。大丈夫かな?
何が起きたのか理解できない。私を逆恨みして、報復に来たのではないようだ。これ以上、事態が悪化する前に街を出よう。
宿への道を歩いていると、どこからか、変わった鳴き声がした。
空を見上げると、鳥の魔物が飛んでいる。首輪があるので従魔だ。誰かが、どこかと連絡を取っているんだ。
私もそろそろフェンリルとかを従魔にしてもいいはずだ。
異世界転生したら、何でもうまくいって、次々と無双して、私凄いってなるものじゃないの?
どれも物語の話だけどさ。現実は世知辛いよ。
宿に戻ってきた。
すると、トムさんがいた。先生の家の人たちがもう到着したらしい。
私はギルドに行ったこと、次元が崩壊したことを簡単に伝えた。
トムさんたちは空き屋敷を借りたそうで、私にもそこへ移るように言った。
早速準備をする。
宿屋のおばちゃんに宿を出ることを伝える。あと、カールのことも。ここへ来るかもしれないと。おばちゃんもどうしていいのかわからないという顔になる。
トムさんが宿屋の店主たちと話してくれた。面倒事が起きれば、自分たちの所に連絡を入れて欲しいと。なるべく、こちらで解決するからと言った。
アッシュさんたちは誰も起きていなかった。急ぎたかったので、挨拶をせずに宿屋を出た。
街の北側に行く。北門から近い場所に、大きな屋敷があるらしい。五年前に、持ち主の商人が破産して、屋敷を手放した。それから、建物が古くなっていたので、買い手がつかなかった。
エルフの軍隊が何人来るか判らないが、広い庭があるのでテントを張れるらしい。周りの塀も高くて、中を覗くのは難しい。ひとまず、拠点の確保はできたとトムさんは安堵している。
歩きながら今後のことを話す。
私は帰りたいと思っていると伝える。こちらから領地に帰る人がいるのか尋ねた。先生の騎士隊と一緒に帰れるなら安全だ。
トムさんは私の機嫌を取るように、やんわりしたトーンで返事をする。嫌な予感。先生がまた何か企んだな。
トムさんは、この街に安全に滞在する為に"新しい仲間"を迎えようと言った。
前の仲間とは一昨日別ればかりだ。それも不本意な形で。すぐに次の相手と組むなんてできない。トムさんもそこはわかっているので、声のトーンが低い。
そして、その子は普通の仲間とは違うと言った。もしかして、エルフかと思ったけれど違うらしい。
一体、先生は私に何をさせるつもりなの?
屋敷に着いた。想像以上のボロ屋敷だ。
冒険者ギルドに依頼を出して、大規模な清掃を行う予定らしい。
騎士隊や家臣の人たちは庭にテントを張っていた。まずは、彼らに挨拶をしよう。
テントに入ろうとすると、後ろから獣の鳴き声が響いた。
「ウオオオオオオルルル!」
真っ黒い犬? 目が黄色く光っている。体高は40cmくらい。顔が大きく、胴体と同じくらいのサイズだ。手足は小さい。マスコットキャラみたいなデザインだ。
おそらく、魔物だ。首輪とリードが付いている。誰かの従魔かな?
テントの中から、神官戦士のマリアンヌさんが出てきた。鎧を着こんでいて迫力がある。
「ごきげんよう、サンドラさん。大変だったわね」
マリアンヌさんが頭を撫でてくれた。子ども扱いしないで欲しい、とは言えない状況だ。強い女性が一緒にいてくれると非常に頼もしい。
「ウオオオオオオンンン!」
また吠えた。
「この犬は?」
誰の犬だろう? アルベーデン領で二年暮らしたけれど、見るのは始めてだ。
「この子はフェンリル君よ」
「え? フェンリル!?」
とうとう出たか、フェンリル!?
でも、知ってる姿と違う。原典の神話だと、灰色のずんぐりした狼だ。和ゲーや異世界転生ものだと、雪国カラーのカッコいい狼になっている。
「名前がフェンリルなのよ。本物のフェンリルとは違うわ」
「そうなんですか。紛らわしいですよ」
「もし本物ならスタンピードより大事になるわよ」
マリアンヌさんはクスクスと笑う。確かに、本物の訳ないよね。修業時代にこの世界の神話を読んだけれど、本物はまだ湖の底で眠っている。
「それで、ミルちゃんからサンドラちゃんに新しい指令よ。この子の面倒を見て欲しいの」
「私がですか?」
トムさんがコクリとうなずく。
「グルルル!」
この狼が私の"新しい仲間"!?




