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クノテベス・サーガ  作者: 落花生
第ニ章 岩砂糖を入れた紅茶の味は苦い
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二十七話 エルフが攻めてくる


 修業時代の話。

 私は教会で"ヒール"の練習をしていた。


「動けない……」


 絨毯の上にひっくり返る。


「信心が足りないのじゃ」


 シスター・ハルが私の横に座る。水を持って来てくれたみたい。

 先生は離れたところで椅子に座って、足をパタパタさせている。


「麦の神か風の神に毎日祈ってみればー? 少しは楽になるんじゃないかな?」


 勇者はマナで回復スキルを発動する。そこに神への信仰心があると、効果が上がったり、消耗が減ることもあったそうだ。勇者ロッキーがヒールを覚えたのは、超司教様から強制的に神への祈りを捧げる習慣を付けられてからだ。


 今生の私は教会の運営する孤児院で育った。ある程度の習慣は身につけている。

 けれども、真実を知ったからには、今までのように祈るのは難しい。


 この世界に神はいない。信仰することで奇跡が起きるシステムが存在する。これが先生と超司教様が出した結論だ。

 可能性として、認識できない所に本当にいるかもしれない。だから、悪口は言わないようにとのこと。


「明日から毎朝、教会に来るのじゃぞ」

「毎朝ですか!?」


 スパルタだ。厳しいのは嫌。緩い宗派を探そう。


 すると、教会の入り口が開く音がした。

 大勢の子供の声がする。見まわりのエルフたちだ。休憩時間に、この教会を訪れる。

 シスターハルが彼らを呼ぶ。お人形のように綺麗な子供たちが部屋に押し寄せてきた。


「サンドラだー」

「寝てるー」

「死んでるー」

「なむあみだぶつ」

「あはははは」


 愉快な声がする。生きてるよ。

 私の周りに集まって、ペチペチと体を叩く。


 エルフたちのはしゃぐ声。いつもよりボリュームがある気がする。

 よく響く。体が浮かび上がりそうになる。


「きゃははは」

「わーいわーい」

「なむあみだぶつ」


 私も笑顔になっていた。両手を上げて、みんなとハイタッチする。

 何もかも忘れて、飛んで行きたい。


「こりゃ、いかんぞ」

「ぶへぇっ!?」


 苦しい。

 シスターハルに水をかけられた。


 先生がエルフたちを遠ざける。


「疲れで、チャームへの耐性が落ちているんだ」


 そうか。危ない所だった。


 エルフたちが心配そうに私を見ている。


「また今度ね」


 エルフたちは笑顔で手を振りながら帰って行った。チャームの脅威が無ければ、本当に愛らしい種族だ。


 私は勇者と転生者の特性で、彼らと直に話すことができる。だから、特別仲良くしてもらっている。

 お返しに、彼らを恐れる人間たちの誤解を解いてあげたい。いつか何とかしたい思っている。それが勇者の指名? どうだろう?




 現在。

 ここは……いつも止まっている宿屋の部屋だ。

 目が覚めた。けれども、前にも起きた気がする。

 思い出す。ミレイと一言二言話した。そして、パンを食べて、もう一度眠ったはず。

 横を見ると、カレンがいた。


「おはよう。もうお昼過ぎてるけど……」


 そんなに眠っていたんだ。


 お昼ご飯を頂く。豚肉の煮込みだ。お腹の調子も良く、食欲は落ちていなかった。

 カレンはすでに食事を終えていた。


「調子は戻ったと思う」


 原因が心労なら、まだ安心はできない。ひとまず、現在の状況をカレンに尋ねた。

 そうしたら、大事になっていた。午前中に、街で暴動が起きたらしい。


「全然、気がつかなかった……」

「怒鳴る声があちこちでしてね。本当に怖かった。こんな事、初めて……」


 カレンが目に涙を浮かべる。

 前世で、暴動の映像を見たことがある。あれが自分の住んでいる街で起きた。何か声をかけようと思ったけれど、うまく出てこない。

 カレンが話を続ける。 


「それから……ね」


 カレンは言い難そうにしている。


「エルフが攻めてくるって、噂が流れたの」

「何で?……あっ、昨日の冒険者ギルドでの会話を聞かれたのかな?」

「街の人たちの間でね。あの男爵家の次男様がサンドラに危害を加えたことになっているの。だから、報復で街が滅ぼされるって」


 思考が追い付かない。

 騎士に襲われそうになったのだから、似たようなものか。

 もし、私が牢屋に入れられたら、エルフたちは助けに来てくれると思う。でも、街を滅ぼすことはしないはず。


 ドアがノックされて、宿屋のおばちゃんが顔を出した。

 ジマーリ男爵を説得するために、チミリート伯爵が街に来たらしい。


 チミリート伯爵領は、クノテベス王国からアルベーデンの森へ行くまでの通り道だ。過去に戦争があったときは、王国側の軍隊の横暴もあって、大変な目に合っていた。

 地方の田舎領地であるため、中央への影響力も低い。本当に通り道程度の扱いで、多くの民が飢えたそうだ。


 チミリート伯爵は過去の過ちを繰り返さないため、近隣の領地がエルフと揉め事を起こさないように目を光らせている。

 岩砂糖の採掘が始まった際、先生は直接ジマーリ男爵領に乗り込むつもりだった。対話で解決する方向に変わったのは、伯爵の顔を立てるためだ。


 そんな伯爵様が来たということは、今度こそ騒ぎが収まるのかな?

 

 ひとまず、カレンは家に帰ることになった。現在、街には外出を控えるように勧告が出ている。彼女は、私が起きるまでという約束で家を出てきたらしい。

 家には店の常連の冒険者が送ってくれるらしい。お礼を言って別れた。

 



 ベッドに横になっていたけれど、眠れなかった。

 3時に紅茶を頂いた。

 またしばらく、ぼんやりした。




 夕方になった。

 トムさんがやってきて、現状を説明してくれた。


 暴動の件。

 岩砂糖の採集が始まって、街の様子が一変した。それで不満を抱えていた住民たちが、怒りを爆発させた。

 引き金になったのは、騎士たちが私たちを捕えようと暴れたこと。それで、大規模な抗議活動が起こった。

 まず、冒険者たち。参加したのは、ギルドにいた面々だけではない。スコールさんが連絡して、チミリート伯爵領にいた冒険者を呼んだ。ジマーリ男爵領出身者がいるパーティが次々と街にやってきた。

 そして、教会でのこと。ルーシーの誘拐を阻止しようと、シスターたちが抵抗を試みた。それで、聖職者たちに危害を加えられたことで、街の住民だけでなく、周辺の村々からも有志が集まった。

 さらに、ルーシーの父親がケガを負ったらしい。ルーシーの父親は街の兵団で働いている。それで、兵団からも男爵への抗議活動に参加するものが大勢出た。

 

 当初、男爵邸の前で抗議活動が行われていた。

 いくつか、小競り合いが起きて、騎士と冒険者の乱闘が始まった。

 呼応して、余所から来た商人の露店を襲撃する者が出てきた。ここも問題を多く抱えていたみたい。

 多くの兵士たちが抗議活動に参加していたため、手が足りずに事態の収拾が遅れた。

 幸いにも死者は出なかった。現在、チミリート伯爵領の教会から応援を呼んで治療に当たっているそうだ。


 それでチミリート伯爵が来て、ジマーリ男爵を説得した。

 男爵は自身に非があったことを認めて、冒険者と街の住人たちに謝罪した。

 岩砂糖の採掘は一時中断することになった。


 めでたし、めでたし……で、良いのかな?


 ルーシーと彼女の父親のこと。カレンは何も言わなかったけれど、私を心配させたくなかったから?


 あと、先生のこと。私のことを聞いて、すぐに駆け付けると言ってくれた。

 それで、チミリート伯爵にも事前に行くと連絡した。すると、伯爵から自分が行くから待って欲しいと返事が来たみたい。そんな訳で、先生は来ないって。

 憎たらしいとか思っていたけれど、今は先生の顔が見たい。頬っぺたをプニプニしたい。


 それと、話を聞いていて、連絡の速度が速いと思った。先生と騎士隊が鳥の魔獣を従魔にして、伝書鳩のように使っていることは知っている。伯爵なら、お抱えのテイマーがいてもおかしくない。


 トムさんは体調が回復したなら、街を出るかと聞いて来た。

 先生は可能なら残って欲しいとのこと。この後、"スタンピード"の件で、南方のマナの乱れを調査するらしい。先生やエルフも参加したいと言っている。それで、私に街の冒険者との橋渡しを頼みたいらしい。

 大役なので断ってもいいとのこと。それなら、面倒だから断ろう。


 ひとまず、パーティの仲間たちと話がしたい。だから、安全が確保されるなら街に残ると言った。

 街の状況は落ち着いた。けれども、念のため、仲間に会いに行くのは明日にして欲しいと言われた。私は了承した。




 夕ご飯の時間。ミレイが戻ってきた。一緒に部屋でご飯を食べることになった。

 食事が運ばれるのを待っていると、ミレイがポツリと呟いた。


「姉さんに戻ってくるように言われた。クランのみんなにも。……それで戻ることにした。ごめん」


 つまり、パーティを抜けるってこと!?


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