二十六話 疲労
騎士が四人、ギルドの中に入ってきた。
こっちにくる。
真新しい鎧を着ている。しかし、足取りが不自然だ。顔つきもチンピラみたいで不釣り合い。服に着られているような、全く似合っていない。
岩砂糖の儲けで買ったのだろう。"成金騎士"というフレーズが頭をよぎった。
ギルマスと職員たちが彼らの前に立つ。怒号が飛び交う。尋常じゃない雰囲気だ。
知らない職員が私たちにギルドの奥に行くように促す。睨み合いとか怒鳴り合いとか、大の苦手だ。ここは退散しよう。
ふと、トムさんがこっちを見ていることに気が付く。たぶん、ロッキーの短剣のことだ。出すのかと聞いているのだと思う。
私は首を振る。
この状況で「我は勇者なり~」なんて言える訳が無い。チキンでゴメンと、心の中で皆に謝る。
椅子から立ち上がる。すると、急に力が抜けた。本日、三度目の横転。しかし、トムさんが支えてくれて助かった。
"ヒール"を使った影響かな? それとも、食べ過ぎ?
なんだか、頭がクラクラする。
カレンとミレイが駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「……わかんない」
めまいがする時は、なるべくその場を動かない方がいい。しかし、私たちはギルドの奥に避難しないと。
起き上がろうとした私をトムさんが止める。無理しないようにと告げる。私を支える役をカレンとミレイに変わる。時間は稼ぐからと言う。
ギルマスや騎士たちの方を見ると、状況は変わっていない。非常にまずい。どうしたらいい……。
その時、ギルドに入ったきた一人の男が目に付いた。
銀髪の長い髪、カラスのような黒い服。服には金細工を施した宝石がたくさん付いていた。
男が右腕を上げる。魔力の流れを感じた。
重くて低い音がギルドの中に鳴り響いた。
ガゴガゴガゴ、グワァーン!!!
ピアノを乱暴に叩いたような、耳障りな音。しかし、どこかノリが良いと思った。
その場にいた全員が静まり返った。
騎士の一人が口を開く。男の風変わりな格好もあって、声が狼狽えている。
「てめぇ、何者だ!?」
男がすぐに質問に答えず、騎士を見て、甘い微笑をする。右腕で顔を半分隠し、歌うように言葉を紡ぐ。
「俺はこの世の哲条を省み、晴耕雨読を引き裂く愚象を吹き払う一陣の疾風。魔陀乱艇の活選を握る暴虐の雨。人呼んで、"破滅のスコール"」
そして、体をくねらせて、カッコいいポーズを決める。
厨二病だ! ヤバイ人が来ちゃった。
周りにいる人たちが茫然としている。
そんな中、私に向かって、何かが飛んできた。
ネコ?
私? いや、ミレイに抱きつく。
「ミレイちゃーん! うわああああん!」
ミレイによく似た猫獣人の女性だ。
「姉さん!?」
もしかして、ミレイのお姉さん?
ディーノさんの言葉を思い出す。ミレイはチミリート伯爵領で活動する大きなクランに所属していた。確か、そのクランのリーダーの名前がスコールだ。
「スコールさんに……みんなも!?」
強そうな冒険者たちが次々と現れる。おそらく、クランのメンバーだ。
スコールさんが美しい声で話す。
「ディーノの仲間が知らせてくれた。"異変"のこと。"愚か者"のこと。それで、これはどういう状況だ?」
騎士が叫ぶ。私たちを捕縛しに来たと。
「そうか。俺たちの仲間を傷つけることは許さない。今すぐ、立ち去れ」
私の仲間なんですけどー!
でも、こっちは立ち上がるのも儘ならない。
騎士たちがスコールさんに掴みかかろうとする。彼はゆらりと動いて、後ろに下がる。代わって、屈強な戦士たちが前に出てくる。
男爵の騎士たちは、あっという間に制圧された。
スコールさんが仲間の若い冒険者たちに、騎士たちを縄で縛るように指示する。
ギルマスがそれはまずいと止める。
スコールさんが両手で髪をかき上げ、悲痛な顔をする。
「悲しいけれど、これは戦争なんだ。冒険者と貴族のね」
何やら大変なことになってるぞ。
とりあえず、立ち上がる。パーティリーダーとして仲間の古巣の面々に挨拶しないと。
よろよろしている。カレンが支えてくれる。ミレイはお姉さんに羽交い締めにされている。
スコールさんがこっちにやってきた。
挨拶をする。私がパーティのリーダーだと言う。
「やつらに何かされたのか?」
「いえ、魔法の使い過ぎです……」
ミレイが突然、泣き出す。
「私が弱いから……うええええん」
お姉さんも、もっと泣く。
「うわあああああん」
酷い状況だ。
ひとまず、助けてもらった御礼を言う。
ミレイの"友達"だからとカッコよく返された。"仲間"としては、歯がゆい。悔しい。
トムさんも彼に挨拶する。先生に仕える騎士だと言うと、スコールさんの顔が強張った。やはり、エルフは嫌悪の対象なのだろうか?
ミレイのお姉さんが説明する。
スコールさんは若い頃、立ち入り禁止になっているアルベ-デンの森に飛び込んだことがあるらしい。それで、すぐにエルフたちに捕まった。そして、シスター・ハルにお尻ペンペンされたそうだ。
「……若気の至りだ」
彼はバツが悪そうな顔をする。何だか、一気に親しみが出てきた。
トムさんが私に街を出ることを提案する。聞くと、私が捕縛されるようなことがあれば、エルフたちがこの街に攻めてくると言うのだ。
私が出発する際に、エルフたちに会わなかったかと聞かれた。記憶を辿ると、見回りの部隊が馬車を追いかけてきた覚えがある。どうやら、あれは見回りの部隊ではなく遠征部隊で、本気で付いて行くつもりだったらしい。先生も後で知ったそうだ。
今回のことがエルフたちの耳に入れば、先生でも止められない可能性がある。穏便に事態を収めるには、私が街を出た方が良いみたい。
ギルマスが護衛付きの馬車を手配してくれると言う。
悩んでいると、カレンが震えていることに気が付く。
「カレン、どうしたの?」
彼女は少し驚いて、私を見る。そして、トムさんとスコールさんを恐る恐る見る。
スコールさんが優しく声をかける。
「どうした? 言ってごらん」
「……教会に仲間が入院しています」
カレンは震えながら答える。
ルーシーの所にも騎士が向かったかもしれない。でも、教会の中なら、手荒なことはしないはず。……本当にそうかな?
ミレイが叫ぶ。
「そうか!? 教会に行かないと……ルーシーが危ない!」
ミレイはもう一人、仲間がいることを説明する。
すぐに向かうことになった。
ミレイのお姉さんが私を見る。
「おんぶしちゃる」
ひょいと背負われた。聞いた話だと、彼女はBランクのレンジャーだ。力も強い。名前は、コリーナさんだったはず。
ギルマスも一緒に行くと言う。
私たちは外に出た。
ギルドの前には人だかりができていた。かき分けて、外に出る。
街の様子がおかしい。うっすらと夜になっていたけれど、人が多い。
ギルドの職員が走ってくる。騎士たちが教会で暴れているらしい。
私たちは走った。
教会の前に着いた。
中から騎士たちが出てきた。五人だ。全員、灰を被っている。
先ほど、出迎えてくれたシスターが後から出てきて、彼らに呪いの言葉を吐く。そして、持っていた杯を投げようとして、他のシスターに止められた。
カレンが叫ぶ。
「ルーシー!」
どこにいるの?
探そうとすると、スコールさんがポエムを読む始めた。
「迷えるスフラよ。明け星に続く涙の兆陵よ。それはゴリデアの看護人……」
何を言っているのか、わからない。
さらに、両手を何かを混ぜるように動かす。そこには魔力が込められていた。
前にいた戦士たちが、サッと横に動いて道を開ける。
「"縛りのメリージェルズモン"」
水色の霞のようなものが騎士たちに降りかかる。すると、騎士たちの動きが止まった。
"スロー"の魔法を使ったみたい。対象の動きを遅くする効果がある。レベル差があると、金縛りみたいになる。
ポエムだと思ったのは呪文の詠唱だ。この世界では詠唱を入れることで、魔法の威力が上がることがある。そうなるのは当人の才能や性格によるもので、私には合わなかった。
クランの人たちが騎士を拘束する。
ルーシーは布を被せられて、騎士の肩に担がれていた。彼女を安全に助けるために、スコールさんはスローの魔法を使ったみたい。
遠目に見ていると、ケガをしていると聞こえてきた。シスターたちが教会の中に来て欲しいと言う。
私はどうしよう?
ふと、瞼が重くなってきた。
やっぱり、ヒールの負担が大きかったのかな?
"異変"で死にかけたり、貴族に絡まれたり、今日は酷い目に合ってばかりだ。きっと疲れたんだ。
だんだんと思考が鈍くなる。
私はパーティのリーダーだ。こういう時こそ、しっかりしないと。
ミレイの声がする。トムさんの声も。言葉の意味が理解できない。
私の意識は遠のいて行った。




