二十四話 貴族
先生から勇者ロッキーの短剣を貰った時の話。
「この短剣は、勇者候補の若者を守るために渡されるんだ。揉め事が起きたら、王様が直接裁きを下してくれる。だから、貴族に襲われても平気だよ」
「貴族……うーん。先生たちも貴族に襲われたことはありますか?」
「あるよー。冒険に出て、最初の頃は苦労したよ。あんまり"勇者"の信用も無かった時代だったからね。何かあると、スーデが民衆の前で演説してさ。貴族の家の前で暴動を起こさせて解決してたよ」
前世で学んだ民主主義が活きているようだ。
「ロッキーが立派な勇者に成長してからは、きちんと交渉で解決していたよ。国と連携して、法の秩序が広まるように頑張っていたよ」
「偉業ですよね。歌や絵本で知りました」
「立派になれたのは、私とスーデのやらかしのお陰だって言ってたよ。酷いよねー」
3人の昔話は信じがたい内容のものばかりだ。
「だから、貴族に絡まれたら、大勢の前でこの短剣を見せるんだよ。王都にいる王様の所へ一緒に来いって言えば、大抵は引き下がるよ」
「ええっと、王様は私がこの短剣を持つことを知っているのですか?」
「知らないけど、そこは私に貰ったって言ってさ。後は適当に自己アピールしてみて」
「王様にですか?」
「もちろん」
「信じてもらえますか? 持つに値しないとか言われて、その場で打ち首とか?」
「へーきへーき。そんな乱暴なことはしないよ。きちんと話せば大丈夫だよ」
「むむっ」
王様か……怖い人じゃないといいな。
そして、現在。
行きたくない。
あいつの声も聴きたくない。
それよりも、ルーシーの家族と依頼主のヤンおじさんに連絡しないといけない。
カレンが、ルーシーの母親とヤンおじさんがもうここに来ていると言う。狭い街だから、すぐに話が伝わったみたい。
私は挨拶をしてからギルドに向かうことにした。
診療室の前に二人と、お店のおばちゃんがいた。
ルーシーの母親は、ボブさんにそっくりだった。
少し話をして、ヤンおじさんに依頼の報告書を渡す。
「ここで、そんな話しなくてもいいだろ」
それもそうかな……。
お店のおばちゃんがヤンおじさんの頭を叩く。
「あんたは!? 若い女の子がきっちり仕事してるんだから、ちゃんとしないさいよ。まったくもう! 飯を作る以外、何にもできないんだから!」
怒られるヤンおじさん。二人は夫婦かな?
とりあえず、報告書を受け取ってもらった。
それから、男爵家の次男坊と揉めている話をする。
「あのバカボンか」
「もう! 誰が聞いているかわかったものじゃないんだから、外では言葉を選びなさい!」
またヤンおじさんが頭を叩かれる。
街の住人の間でも彼の評判は悪いみたい。ルーシーの母親が慌てている。
「ギルマスが間に入ってくれると思うので、何とかなりますよ」
相談して、カレンも一緒に行くことになった。ルーシーの母親に後を任せる。ヤンおじさんたちは店に戻って行った。
街を歩く。憂鬱な気分。
カレンも不安そうだ。
私の先生が"辺境伯"の爵位を持っているから大丈夫と言う。
カレンは貴族のことはあまり詳しくないらしい。
私もよくは知らない。
貴族とは、特権を持った人たち。土地を治めたり、要職に就いたり、国を動かす重大な役割を担っている。
今生の記憶だと、逆らってはいけないというイメージがある。上流階級とか言って、住む世界が違うとか、そういうの?
前世では会ったことが無いけれど、政治家の一族とかが近い存在なのかな?
この街を治める貴族は、男爵だ。貴族の中では階級が一番低い。
貴族の階級には、上から公爵、伯爵、子爵、男爵の4つがある。
昔はもっと色々あったらしい。ドラゴン伯とか、銀河公とか。600年前に世界がクノテベス王国に統一された。そして、新しく爵位制度が敷かれて、今の形になったとか。
この辺りの歴史には、ゲームの製作工程が関係している。ドラゴン伯などのオリジナル爵位は、開発初期に存在した設定だ。話し合いが進むにつれて無難なところに落ち着き、実在した4つの爵位を導入することになった。この流れが、こちらの世界の歴史に反映されたみたい。
そして、先生の持っている"辺境伯"の称号は極めて特殊な例外だ。
元々は統一前に使われていて、600年前に無くなった。今のクノテベス王国でこの称号を持っているのは先生だけだ。
これにもゲームの製作工程が関係している。
まず、スタッフの中に"辺境伯"のファンがいた。どうしても使いたいと主張を始めた。彼の布教活動により、社内でファンが増えた。
そして、彼らはプレイヤーキャラに"辺境伯"の称号を与えようと唱えた。
それならと、オリジナル爵位を使いたい層も息を吹き返す。
議論を繰り返した結果、爵位を授けられる際に、デフォルトで"辺境伯"の称号を与え、任意で変更できる仕様になった。
私は変更して、"爆爵"にしたよ。
それから、スーデ・イー=ラパツヨ超司教様がこの世界に転生してきた。
そして、冒険する内に、爵位を授かるイベントが起きた。聖職者は貴族に慣れないので、先生が"辺境伯"の称号を与えられることになった。
勇者ロッキーではなく、先生にだ。
理由は二つ挙げられる。
ロッキーには、この時点で転生者のことを話していなかった。だから、ゲームのことを知っていた先生に、権利が移ったと思われる。
もう一つは、クノテベス王国に辺境と呼ばれる場所が二ヵ所あったから。西のアルベーデンの森の境の辺りと、北西の荒れ地だ。本来なら魔王が現れる北西の荒れ地を領地にして、プレイヤーが開拓するはずだった。
しかし、先生が勇者パーティの一員として活躍したことで、エルフとの融和政策が持ち出された。そうして、王国とアルベーデンの森の境にある土地を先生が領有することになった。
最初は先生に"伯爵"の称号が与えられる予定だった。それが、いつの間にか"辺境伯"になった。何故かは、こちらの世界の人間には誰もわからなかった。元になったゲームから、世界に対して強制力のようなものが働いたと先生たちは考えた。
とりあえず、先生は"伯爵"と同格の貴族ということになっている。
貴族同士でも階級がある。公爵と伯爵は俗に上級貴族と呼ばれている。広大な領地を保有するだけでなく、国の議会に貴族院という席があって、政治も行う。その分、権力も強い。
ここの男爵は、今の日本で言うと市長くらいの立場かな? 上級貴族は知事と国会議員を足したようなもの。そう考えると、先生の方が偉いはずだ。
しばらく歩くと、後ろから声がした。
「サンドラさ~ん!」
ヘルミンさんだ。
「大変でしたね。"異変"なんて。私も今日は休みだったのですが、返上して今から出勤ですよ」
「え? 朝もいましたよね? 制服着て」
「あれは個人的に訪れていました。休みにギルドの中を、職員の服を着てうろつくなって怒られましたよー」
何で制服を着ていたの? 私たちを威圧したかったの?
それよりも、暴れる次男坊を何とかして欲しい。今朝、彼女が引き合わせたのが因縁の始まりなのだから。
「騒動は"異変"だけではありませんよ」
傷付いた仲間を運ぶ際に、次男坊が妨害をしたことを話す。怒った周りの冒険者に成敗されたこと。逆恨みして、ギルドで待ち構えていることを説明する。
「カール君にも困ったものですね。ここは私が何とかしましょう」
得意げな顔で、ドンと胸を叩く仕草をする。
不安だ。でも、あいつと口を利きたくない。
ギルドに着いた。
先ほど、私たちを呼びに来た冒険者が出迎えてくれる。
ギルマスはいない。調査隊と一緒に北門へ向かったらしい。頼りにしていたのに、まずい。出直そうか。
酒場の方を見ると、カールがいた。
前のテーブルにはカリーナたちがいる。救助してくれた面々が揃っている。。みんな、憂鬱な顔をしている。これは帰る訳にはいかないようだ。
一方で、カールは薄気味悪い顔をしている。
「大したケガではないようですね。頭の一本や二本取れていれば、少しは反省したでしょうに」
それ、死んじゃうよ。
先ほど、救助してくれた人たちが私に気が付いた。パッと笑顔になる。
私はなるべく凛々しい顔をして、手を軽く振る。
カールがこちらに向かってきた。汚い言葉を投げつけてくる。
嫌気がした。横のヘルミンさんを見る。
「ふふふ。私に任せて下さい」
ヘルミンさんはカールを説得し始める。"救助"の邪魔をするのは良くないと簡単な所から説明を始める。しかし、段々と話がこじれていく。
カールは冒険者の悪口を言い出した。それも大声で。
すると、酔っ払った冒険者がカールを殴った。何人も集まってきた。酔いか怒りか、みんな顔が真っ赤だ。
案の定、火に油を注いでしまい大変なことになった。
喧嘩を止めるのは無理だ。ギルドから逃げるべきか。
すると、ギルマスが大慌てで戻ってきた。早々と喧嘩を治めた。
とりあえず、気絶したカールを教会に運ぶことになった。
今から、私たちも教会に戻る訳だけど……まだまだ荒れそうだ。




