二十一話 呪い
これは修業時代の話。
悪霊が現れて、見回りの兵士たちが"呪い"を受けた。
教会で治療をすることになり、私は先生の指示で手伝いに行った。
無数のろうそくの並んだ祭壇。その前に、麦わらで作られた聖なる法陣がある。シスター・ハルが祈りを捧げる。すると、兵士たちから赤黒いドロドロした何かが浮かび上がる。
瞬く間に、"呪い"は虚空へと消えて行った。
「これで終わりじゃ」
兵士たちの顔から笑みがこぼれる。
正直に言うと、拍子抜けした。一大事だと聞いていたのに……。
一緒に手伝いに来た神官戦士のマリアンヌさんは、普通はあんな簡単にはいかないと教えてくれた。
シスター・ハルの回復スキルは、高位の聖職者をも凌ぐ効果がある。シスターの位に留まっているのは、戦争で不本意な殺生を重ねたからだと彼女は言っていた。しかし、聞くところによると、割と積極的に参戦して暴れていたらしい。
帰ってから先生と話をすると、どうやら私に"呪い"を治癒するところを見せたかったらしい。勇者職の私なら、いずれ解呪のスキルを覚える可能性が高いからだ。
「もう一つは、この世界の"呪い"について知って欲しかったんだ。前の世界じゃ、迷信扱いだったんでしょ? こっちだと、魔力や精神力によって、呪いはスキルとして対象に降りかかるんだ」
「そっか。目に見えて、判るのですね」
「あー、気が付かないときもあるよ。レベルが低いと、高レベルの"呪い"には反応できないから」
勇者職なら神職と同様に、"呪い"への耐性が強いそうだ。ひとまず、"呪い"対策はレベルを上げるだけで解決するみたい。
そして、今、私は強大な"呪い"と戦っている……のかな?
朝食の時に、宿屋のおばちゃんに聞かれた。
"呪いの受付嬢"でお馴染みのヘルミンさん。彼女の受付を私が毎度のように利用していると知って、心配してくれたみたい。
おそらく、"呪い"ではない。彼女のあっけらかんとした人柄と、粗暴な冒険者の持つ不平不満が合わさって、悪評が立っているのだと思う。
自分は悪くない。失敗を認めたくない。誰かの所為にしたい。
もちろん、本当に"呪い"を飛ばしている可能性もある。レベルが低くて、気が付けないのかもしれない。たぶん、違うと思うけど……。
宿を出て、冒険者ギルドへの道を歩く。
ミレイは二日酔いにはならなかった。でも、朝が弱いからか、フラフラしている。
ギルドに到着。
朝一ではなく、いつもの時間帯。小手先を利かせても無駄だと知ったから。
中を見渡すと、雰囲気が変だ。いつものような喧騒が無い。どんよりしたものを感じる。
私たちに視線が向く。憐れむような眼だ。一体、何事!?
そこにヘルミンさんの声が響いた。
「サンドラさ~ん、おはようございま~す」
「お断りします」
つい脊髄反射で回答してしまった。それとも、本当に呪いが飛んでいて、勇者パワーで跳ね返したのかな? とにかく、嫌な予感がする。
「実はですね。サンドラさんに紹介したい冒険者がいるのですよ」
今、断ったよね?
「先に来た仲間の方々にはもう話してあります」
どういうこと?
いつも待ち合わせしている辺りに、ルーシーたちがいる。今日は先に着いたみたい。
そして、横に新人冒険者らしき男子が三名いる。にやにやと得意げに笑っている。ルーシーたちは打って変わって気まずい表情をしている。
嫌な予感しかしない。
「お断りします」
「そこを何とか、話だけでも聞いてください。私も困っているのですよ」
「知りません」
ルーシーとカレンの所に向かう。
男子三名が気持ちの悪い声をかけてくるけれど無視だ。
「受付に行こう」
「それがそうもいかなくてさ……」
ルーシーらしからぬ元気のない声。
カレンが少し話を聞いて欲しいと言う。
何かあったのかな? 仕方が無いので、ヘルミンさんの話を聞くことにする。
「彼らに腕の良いパーティを紹介するように叔父様から……いえ、男爵様から言われた訳です」
三人の中に、冒険者らしからぬデブがいる。名前をカールという。
そして、この街を治める男爵家の次男坊だそうだ。ルーシーとカレンが怯えている理由はこれだ。貴族と平民では、大きな力の壁がある。下手に逆らうことはできない。
「どうして、お貴族様が冒険者になるの?」
「決められた人生なんて、まっぴらだろ? 男なら腕っぷしで未来を切り開くんだよ!」
汚い口調で話す。本当に貴族なの?
「腕っぷしって……強いの?」
「俺たちは三人ともDランクだぜ」
三人が冒険者証を見せる。
騙されると思った? 一般人なら気付いたとしても疑うことができないかもしれないけど、私は違う。
「知ってるよ。貴族の推薦があれば、Dランクから始められる。実際の実力はどうなの?」
ヘルミンさんを見る。
「ええ、彼らは実力ではなく、男爵様の推薦でDランクを取りました。しかしながら、エドガー君とレオナルド君はEランクの実力があると伺っています」
正直に答えてくれた。
Eランクは成人していて、問題行動を起こさないでいれば、誰でも昇格できるランクだ。ようするに、素人ってことじゃないか!?
「じゃあ、ダメです」
「そこを何とかお願いできませんか!?」
危険すぎる。呪いよりも具体的にヤバい。
取り巻きの二人がまた汚い口調で話し始める。
要約すると、男爵家に逆らうと痛い目に合うということだ。
「私の先生はアルベーデン辺境伯様です。ふとどきな連中がいれば、代わりに対処すると言ってくれました」
取り巻き二人が固まる。
貴族にも順位のようなものがあって、先生の方が男爵よりも上だ。
「何が何だって!? 知らねーよ」
男爵の次男のカールが吠える。知らないの? おかしいでしょ。
ヘルミンさんが説明する。
しかし、カールは意に返さない様子だ。
「うちの家はドワーフの大公とも旧知なんだぜ」
"ハンマーヘッド"を持ち出すか。エルフとドワーフで戦争させるつもりか。無茶苦茶だよ。
脅せば何とでもなると考えているのか。野に放ってはいけない危険な存在だ。
「サンドラさんも大公様に気に入られているそうです。無理強いはできません」
そうだったかな?
アッシュさんが言ってた気がする。一度しか会ってないから、よくわからないんだけど……。
すると、ギルマスがやってきた。職員さんが呼んでくれたのかな?
ギルマスも彼らのことをよく思っていないようだ。あとは任せてくれと言って、私たちを解放してくれた。
受付コーナーに行って、ステラさんの所に並ぶ。
すぐに順番が来た。昨日、ヤンおじさんから預かった依頼書を渡す。リーダーということで私が持っていた。
ステラさんが手続きをしている合間に、ギルマスたちの方を見る。揉めているみたいだ。野次馬も多い。ヘルミンさんと目が合った。手を振ってくれた。能天気だな。一応、軽く手を上げて返事をした。
手続きが終わり、正式に依頼を受理した。ステラさんが小声で、早めにギルドを出るようにと言ってきた。私たちももう関わりたくない。すぐに冒険に向かうことにする。
「あーうーあー、ぬー」
北門に向かって歩いていると、ルーシーが声にならない声を出す。
そして、私に抱き着いた。
「どーしよーもなかったんだよー、ごめーん」
「私も父さんたちがお店出してるから……ごめん」
平民が貴族に逆らうのは難しい。責められるようなことではない。
「仕方ないよ。運が悪かった……あ、いや、これが"呪いの受付嬢"の災厄かな? ヘルミンさんに近づいた私が迂闊だったよ」
彼女と交流しなければ、こんな目には合わなかった。
「他の冒険者が被害に合うことを考えると、先生の恩恵を受けている私の所に来たのが一番良かったのかも。皆を助けたと思って、切り替えて行こう」
「おー」
「はい」
ミレイを見ると、凄い怒ってる。
「突くところだった」
槍の下の部分で地面を打つ。
「ちょっと休んでいく?」
「大丈夫、冷静だから。行こう」
北門を出て、森へと向かう。
入口付近で知り合いの冒険者たちが声をかけてくる。また"救助"かと思ったけれど違った。後から来た冒険者から私たちの騒動を聞いて、心配してくれたようだ。
私はカールという冒険者に注意するように伝える。取り巻き二人の名前は忘れた。
先へ進む。
"救助"を求める冒険者は現れない。順調に"キャベツ帯"へ進む。
どうやら、呪いは消えたみたいだ。
「今日は依頼達成できそうだねー」
ルーシーもカレンもすっかり元気になった。
ミレイは帰ったら乾杯しようと言う。ルーシーが賛成する。君たち、飲兵衛になりたいの? まあ嫌なこともあったし、今日は酒盛りするしかないよね。今生の私はまだ飲めない。悔しい。
目的地まであと少しの所まで来た。
その時だった。"魔力探知"にドロリと濁った感覚の反応があった。僅かだけれど、何かいるのが判った。それも、私よりもレベルの高い何かが……。
「待って……えっと……えっと」
うまく話せない。
今、考えていることは自分が死ぬことだ。
稽古ではいつも手加減してもらっていた。
魔物退治の現場に見習いで同行するときには、いつも先生が一緒だった。
そうだ。私は本気で身の危険を考えたことは無かった。
「……すぐに戻ろう」
動揺した私を見て察したのか、三人とも帰還を承諾した。
「ミレイは何か聴こえないのー?」
「私の耳にはまだ何も……っ!?」
木の上から何かが降ってきた。
ミレイが倒れる。大量の血が見えた。
相手はゴブリン。黒いマントに、二本の短刀を持っている。
私はとっさに"鑑定"の魔法を使う。魔物の正体を判別することができる。
"ゴブリン暗殺者"!?
こいつはゴブリンの上位種だ。本来いるはずのない、Cランク以上の冒険者が相手にする魔物だ。
どうして!?




