二話 チュートリアルですか?
知らない部屋の中、私はベッドの上で目を覚ました。
ふとんが柔らかい。木の壁。ログハウスっぽい。
「気ガ付イタ?」
誰かいる。小さい。身長1メートルくらい。濃い緑のロープを着ている。フードを深くかぶっていて、顔は見えない。
もしかして、ゴブリンに捕まった?
「ゴブリンですか?」
「……違ウ」
微妙な反応。
私は川に流されていたはず。助かった? この人が助けてくれたのかな。こんな小さい人が? いや、小柄でも凄いパワーを持っている種族がいる。私がゲームで選んでいたあの種族だ。
「ドワーフですか?」
「……」
怒ってる? マズいことを言ってしまったか!?
「……チョット待ッテネ」
小柄な人は、フードを取った。一見子供に見えたが、すぐに違うとわかった。
丸い金色の目。可愛い鼻。笑みを宿した小さい口。ふっくらとした頬っぺた。顔全体が輝いて見えた。
そして、金色のさらさらした髪。その間から覗く、葉っぱのように尖った耳。
彼女は、いたずら好きの妖精だった。
「私は"エルフ"だよ」
本物!?
彼女たちは人との交流を避けて、西の辺境で暮らしているはず。それが何で東部に!?
そんなことよりも、可愛い。とにかく可愛い。
「そう、まじまじと見つめない方がいい。私たちはヒトよりも魅力値が高いから。今は魔道具で抑えてはいるけれど、念のために注意しておくよ。もしも心が迷って、どこかへ行ってしまうと大変だ」
「一向に構いません。それで、抱きしめてもいいですか?」
「……少し落ち着こうか」
フードを被り直そうとしたので、慌てて止める。
「ちょっと待って下さい。私、エルフを見るの初めてなんです。ゲームではドワーフでソロプレイしていたから……それで入れてもらえなかったんですよ。エルフの里に。髭もじゃのおじさんに追い返されちゃって。ドワーフはダメだって。それで、その、あれ?」
私は何を言っているのだろう。エルフの里に入ろうとしたって。私は街から出たこともないのに。
うん、そうだ。ゲームだ。今のはゲームの話だ。
「"クノテベス・サーガ"」
え?
「あなたの遊んでいたゲームの名前。これじゃない?」
何で知ってるの?
そもそも私はゲームで遊んで何て、いや、遊んでいた。
えっと?
えっと?
「転生者に会うのは、あなたで二人目」
「え?」
「転生前の記憶を思い出したんだよね?最初はかなり混乱したと聞いてる」
「……」
私はしばらく答えに詰まっていた。
エルフの少女。名前は"ミルルム"だと教えてくれた。
ミルルムさんは、私が錯乱して川に身を投げたのだと思っていたようだ。心配してくれていたみたい。
私は孤児院を出てから、ゴブリンに襲われた所までを順に説明した。途中で何度も、自分が何を言っているのかわからなくなった。それでも、ミルルムさんは優しく微笑みながら聞いてくれた。
だいだい話終わると、ステータスを開いて確認するように言われた。
「ごめんね。"鑑定"であなたのステータスを覗かせてもらったよ」
"鑑定"とは対象物を見極めるスキル。使った物の情報を知ることができる。高レベルになると、他人のステータスを覗くことが可能になる。
「まだ確認していないなら、開いてみて」
私はステータスを開いた。
【ステータス】
名前:ユ柚ミ実ル瑠
性別:女
年齢:12才
種族:人間
職業:勇者
称号:異世界からの転生者
ドワッフフフ爆爵
どういうことなの…。
名前が混ざっている。
さらに、称号に転生者と書かれてる。
何で"ドワッフフフ爆爵"の爵位まで!?
「前の転生者のときも名前が混ぜ混ぜになっていたんだ。それで、まず、今の状態を落ち着かせるために」
ミルルムさんは強い言葉で私に語りかける。
「名前を変えるよ」
「え!?」
「混乱した彼女は、周りの人々から悪魔に憑かれたと勘違いされたんだって。それで教会に入れられたらしい。うーん、麦の神様の信仰の話なんだけれど。聖職に付く際に改名する習慣があるんだ」
「風の神様もです。孤児院を出て改名した人がいました」
「そっか。名前は人の形を表している。神の信徒になるために、その人たちは名を変えたんだ」
「私も神の信徒になるの?」
「そこまでする必要はないよ。今のあなたには心が二つある。それを一つにする訳だ」
「どういうこと?」
「深く考えなくていいよ。それで彼女は改名して、身の振り方を改めた、と。それで、落ち着いたんだって。ようするに、新しい自分になるってこと」
よく判らないけれど、なるほど。
「じゃ、新しい名前を決めるよ」
いきなり決めると言われても心の準備ができてないよ。
新しくゲームを始めたときも、ここで躊躇するんだよね。
ん、もしかして、これって。
「どうかした?」
「あ、いえ、まるでチュートリアルだなって」
「チュートリアル?」
「ゲームを始めてすぐ、色々と説明があるんです。あらすじ、世界観とか。操作のやり方とか。誰かが説明してくれる場合もあります。そこで自分の名前や種族とか諸々を設定するんです」
「そう、それで私が説明役なのかな。偶然でもないような。面倒な因縁も感じるよ」
ミルルムさんは遠い所を見ながら、しみじみと感慨にふけっている。
「それじゃあ、名前を決めよう。この状態が続けば、魂が裂ける可能性もある。何か候補はあるかな?」
さらりと恐ろしいこと言われた。
だったら、早く決めた方が良いのだろうけれども…。ネーミングセンスの無い自分としては辛い作業でござるよ。
あらかじめ設定された名前があるなら、それを使うんだけれど…。
元のユミルに戻す?でも、この名前を名乗り続けるのはマズい気がするんだよね。このゲーム、北欧神話がベースになってるっぽい。詳しくないけれど、最初の巨人とかだった気がする。止めた方が良いのかな。
悩んでも仕方が無いのでゲームで使っていた名前、アレクサンドロスを元に改名することにしよう。
「"サンドラ"もしくは"イスカンダル"というのは、どうでしょうか?」
「うーん、サン……ドラ? サンやドーラは聞いたことがあるけれど…」
サンドラは無いのかな。アレクサンドロス大王がいないから?
「"イスカンダル"も初めて聞いたけれど、ドワーフに関係あることだったりする?」
怪訝そうに眉をひそめている。
ゲームと同じなら、エルフとドワーフは仲が悪いみたい。
「いいえ、ゲームで使用していた昔の王様の名前です」
「そっか。変わった名前だね」
名前で目立つのも嫌だ。
そうなると、サンかドーラの二択かな。いや、もうサンドラでいいや。
「サンドラにしようと思います」
「わかった。じゃあ、適当に変更の申し出をしてみて」
「適当にとは?」
「私は爵位を持っているから、他人の名前の変更できるよ」
簡単にお願いしてみて、と言われたので試してみる。
「えっと、私の名前をサンドラに変えて下さい」
「アルベーデン辺境伯がこれを了承します。あなたは今日からサンドラです」
これでいいのかな? ステータスを開いてみる。
【ステータス】
名前:サンドラ
「変わったみたいです」
「早いね。ビックリだよ」
「驚くことなんですか?」
「本来は、ね。国の正規の書類があって、そこに私がサインをするんだ。それから
洗礼を受けた神派の教会に行くの。そこから司祭様にお願いして、お説法を頂くんだよね。それからそれから、麦の神様の場合だと決まった日に儀式をするの。それでー、やっとやっと変わる訳だ」
つまり、どういうこと?
「勇者職は成長が早いから。名前もすぐに変わったんだよ」
そうなんだろうか?
勇者だから。
やっぱり、私は勇者なのか。
これで名前と職業が決定した。
「名前と職業が決まったので、フィールドへ魔物退治に行ってもいいですか?」
「…まあまあ、落ち着きなよ」
チュートリアルって嫌いなんだよね。ゼロから手探りで進めてこそ、RPGってやつだと思ってる。
「川に流されて、体力が落ちてる。今の状態じゃ、満足に歩けないよ」
言われてみると、体中が重い。確かに、動けそうもない。
それでいて、今すぐに戦闘がしたいとも思っている。異世界転生で心がハイになっている。頭の中が麻痺しているようだ。
「このポーションを飲んで。それから、お腹空いてる?」
「あ、私、お金持って無いです」
「いいよ。しばらく、あなたの世話をさせて欲しいんだ。理由はゆっくり説明するから。この世界のことも、私が知る限りね」
ポーションを飲み終えると、ミルルムさんが簡単な食事を持って来てくれた。蜂蜜入りのホットミルク。西方の果物。ふっくらとしたパン。
どれも孤児院では食べられないものばかり。こっちの世界の私が夢中で食べてしまった。途中でむせたのはお約束。
「すみません。眠くなってきて…」
「うん。ゆっくり休んでね」
横になった私に、ミルルムさんが布団をかけ直してくれた。エルフって、お人形みたいで可愛い。抱いて眠りたい。でも、我慢。
あれこれと、だいぶ失礼な態度だったと思う。テンションがおかしかった。
寝て起きたら、今度はちゃんとしよう。
おやすみなさい。