一話 私は誰?
「ゴブリンだああ!!!」
「やべぇ、数が多い」
「馬車の外へ出るな」
「後ろからも来るぞ!?」
何も慌てることはない。こっちはLv92のドワーフだ。蹂躙してやる。私は斧と盾を構えようとする。しかし、手には何も持ていなかった。
「あ、ゲームと間違えてた」
ちょっとやり込み過ぎたかな。現実と区別がつかなくなってる。そう、これは現実なのだ。
「ぐああああああ!!!!」
「ゴブリンの大群だあ!?」
「馬車から降りて走れえええ!!!」
ゴブリン? どういうこと? ゴブリンなんている訳が…そうだ、私は見たことがある。人型の小さい怪物。街の外へ薬草を積みに行ったときに襲われた。
あの時は護衛の冒険者さんたちが倒してくれた。でも、その日は怖くて眠れなかった。
いやいや、現代日本にゴブリンがいる訳が無い。伝承やゲームに出てくる怪物なのだから。
違う、ここはクノテベス王国。
いやいや、クノテベス王国はゲームの舞台だ。やっぱりゲームなんだ。疲れているのか幻覚でも見ているのだろう。
「逃げろ逃げろ」
「うわあああ」
「きゃあああ」
次々と悲鳴が上がる。一緒に馬車に乗っていた人たちが慌てて外へと飛び出して行く。私も馬車を降りた方がいいのかな?
その時、怪物が目の前に現れた。
「ゴオオオブブブブブ」
ゴブリンだ。たぶん。ゲームと見た目もそっくり。50cmくらいの背丈に緑色の瘦せこけた体、子供のような外観。醜い表情、口も裂けている。
私を襲うつもりか。甘いな。こんなこともあろうかと、スポーツジムで棒術を習っていたのだ。脇に置いてあったホウキを手に取り、ゴブリンを思いっきり突いた。
「ゴアアアア」
やったか。OLを舐めるなよ。フハハハ。
OL? 何? スポーツジム? わからない?
「ゴッブゴッブゴッブ」
む、あんまり効いていないようだ。ちょっと鍛えてるつもりだったけれど、24歳の女の腕力ではダメなのか。
え? 24歳? 私はまだ12歳だよ。この間、洗礼式を受けたばかり。
自分の体を見てみる。子供っぽいワンピースを着ている。小さい。手も足も体も。ホウキが異様に長く見える。私の体じゃない。
私? 私はユミル。
んん? 私は柚実瑠。
何? どういうこと?
「ゴゴゴゴゴ」
ゴブリンは数歩下がって体制を整えようとしている。しかし、ゴブリンの姿が突然消えた。馬車から落ちたのだ。下を覗き込むと、頭から落ちたようで気を失って痙攣している。とりあえず、終わった?
「助けてえええええええ」
「ちくしょう、何匹いやがるんだ」
「もう逃げるしかねぇ」
馬車を降りて、周りを見る。人がゴブリンに襲われている。どこもかしこで。馬車は全部で八台あった。それで真ん中くらいにいたはず。前も後ろも、あちこちでゴブリンが暴れている。
「どういうこと?」
ゴブリンは弱い魔物と聞いている。新人冒険者が相手にするものだって。それに、出ても数匹のはず。それがこんなにたくさん。どうして?
休憩の時に飴をくれたお姉さんのことが頭をよぎる。衣装や一緒にいた人たちの様子から、魔術師の冒険者だと思う。街の外を移動するときには魔物や盗賊に襲われないように、護衛として冒険者を雇うのが常識だ。
飴玉はとても甘かった。そういえば、砂糖って希少だったよね。
…希少?
あんな美味しい飴玉を持っているんだ。きっと強い冒険者に違いないってことだよ。
うん、そうなのかな?
そう。たかがゴブリン。どんなに数が多くてもへっちゃらさ。範囲魔法で、ド~ン☆だよ。
ド~ン?
誰と話しをしているの?
私?
私は君に……君? ……ん、私?
?????
?????
ふと、周りを見る。あの魔術師の女性が倒れている。ゴブリンが馬乗りになって、彼女の背中をナイフで刺している。
見てはいけないものを見てしまったような、気味の悪い、濁った感情が昇ってくる。
あれは違う。違う。違う。
さらに、周囲を見渡すと、次々と人が倒れていく。そして…。
「ゴギィィィィッ!!!!」
ゴブリンに見つかった。
後ろを向く。森の中に、人が通れそうな開けた道がある。飛び込んだ。走る。
後ろからゴブリンが追いかけてくる。それも、二体!?
「「ゴブゴブゴブ」」
うまく走れない。子供の体だからか。
これはアレだ。つまり、そうだ。だから、間違って大人の動きを脳が指示しているみたい。
少し開けたところに出た。持っていた箒をゴブリンへと投げつける。二体のゴブリンに箒が当たる。ダメージは無いみたい。ただ、二体が箒を払いのけようとして、引っ張り合いを始めた。
「「ゴッ、ゴッ、ゴッ!?」」
箒を掴んで、二体が立ち止まっている。この隙に。私は森の中を駆けた。
木の枝が体のあちこちに当たる。痛い。どうしてこんなことにったのか?
私はこの状況に一つだけ心当たりがある。"異世界転生"だ。別世界に生まれ変わる現象だ。
いや、でも、ゲームの世界に行くのは変じゃないかな?
「「ゴオオオオオオ!!!」」
ゴブリンが追いかけてきた。まずい。このままでは殺される。転生して、すぐに死ぬとか勘弁してほしい。
RPGの世界に転生したのだから、何か不思議な力を使えるのではないか。そうだ、先日の洗礼式で私は神様からスキルを授かった。"ポーション作成"だ。うん、役に立たない。
どうしよう? どうしよう?
次の瞬間、体が急に軽くなった。
「飛んでる!?」
なんと飛行能力を手に入れた。これが異世界チート。凄いよ。
ヒュウゥゥゥゥゥゥ!!!
何かおかしい。左右で地面が空に向かって上昇している。これは飛んでいるのでは無く……落ちて
バッシャアアンン!!!
~~~~~~~~~~~
生きてる?
体の周りに水が流れている感触がある。仰向けになっているのか、顔の上に太陽が乗って眩しい。しかし、動く気力がない。とりあえず、頭は回るので状況を整理してみよう。
私はユミル。12歳の孤児の女の子。
クノテベス王国のとある街の孤児院で暮らしていた。色々あって、乗っていた馬車がゴブリンの群れに襲われた。そして、崖から落ちて、今、川に流されている。
前世の私は柚実瑠。日本に暮らす24歳のOL。
ド田舎の県で生まれ育つ。大人になってからは、叔父のコネで広告代理店に就職した。そこからは飲み会に参加したり、スポーツジムに通ったり、家でゲームをしたりして過ごしていた。ようするに、深く考えずダラダラと生きていた。
うちの会社では定期的に健康診断を受ける決まりになっている。それで人間ドッグに行ったら、入院することになって…。
ゲームの中の私はアレクサンドロス・フォン・ドワッフフフ爆爵。…なんて名前だ。ドワーフの戦士。冒険者。
入院中、私は"クノテベス・サーガ"という怪しいゲームで遊んでいた。半額セールで偶然見つけた。
まず、"クノテベス"の意味が分からない。検索しても不明。
そして、こっちの私も意味を知らない。一度、院長先生に尋ねたことがある。誰も知らないことで、昔からそう呼ばれているらしい。
とにかく胡散臭い。知らないメーカーが作った謎のゲームだ。
しかしながら、遊んでみると非常に面白い。
プレイヤーは冒険者になって、西洋ファンタジー風の世界を自由に巡ることができる。複雑な操作性もなく気楽に遊ぶことができた。やり込み要素も豊富だ。
私はキャラメイクでドワーフの戦士を選択し、ソロプレイを強行。レベルをたくさん上げて、ソロで魔王を倒すことに成功した。
ひとまず、このゲームの趣旨は"勇者が魔王を倒して世界を救う"ことだ。
こっちの私の記憶を遡っても、魔王の存在は出てこない。いないのか、これから出てくるのかは不明。
そして、勇者はいる。二年前、勇者の称号を受けた少年が王都から旅立った。私の街でも旅立ちを祝ってお祭りが行われた。だから、もし魔王が出現しても彼に任せておけば大丈夫ということだ。
とりあえず、私は物語の蚊帳の外にいることがわかった。
これからどうしようか?
孤児院には事情があって戻れない。それなら、冒険者として生きよう。まだ達成していないクエストも一杯ある。異世界転生したなら、とにかく楽しまないと。なんだか、ワクワクしてきた。
その時、虫の知らせのようなものを感じた。慌てて、自身のステータスを確認する。頭の中にゲーム画面のようなイメージが出てきた。こっちの世界では常識なので、この現象に違和感は何も感じなかった。そして、恐る恐る職業の項目を確認してみる。
職業 勇者
冗談でしょ…?
よくある異世界転生ものです。初連載です。書くの遅いけれど頑張ります。
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