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感情FEVER 学園編  作者: きんたろ
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46.日常の黒い靄

 それは、夏休みの約1週間前。蒸し暑さが校舎にこもりはじめた頃のことだった。


 江茂志中学校では、いつの間にか小さな盗難が噂されるようになっていた。財布から消えた小銭。体操服のポケットに入れていたはずのタオル。教室の隅に置いていたキーホルダー。どれも高価なものではなく、被害に遭った生徒自身も「まあ、いいか」と流してしまう程度のものばかりだった。だから大事にはならない。けれど、だからこそ、気味が悪かった。


 心がその違和感をはっきりと意識したのは、ある日の放課後、昇降口を抜けたときだった。西日が校舎の壁に長い影を落とし、コンクリートがじんわりと熱を持っている。心が自分のクラス用の下駄箱にきたとき、下駄箱の裏の方で、人の声が聞こえた。


「ふーんふふーん♪」


 声は若いが、大人の声のような気がして、誰だろう?と思い、下駄箱の隅から向こう側を覗いてみた。

 その人物は、教師でもなければ、保護者にしては若すぎる。その若い声の持ち主は、下駄箱を眺めた後、遠くに帰っていく制服姿の女子生徒たちを、ただ静かに、遠くから眺めている。年齢は二十代後半か、三十前後。若干斜め後ろからだったので、表情は読めない。ただ、斜め後ろからでもその妙に鋭い視線が見えた。


 (……誰だ?)


 気配に気づいたのか、突然その男が心の方を向いた。しかしちらりと横目で心をみると、何事もなかったかのように、挨拶してきた。


「やぁ!」

「こ、こんにちは」


 心が答えると、男は校門の外へと歩き去っていった。


 それきり、二度と姿を見ることはなかった。それでも心の中には、拭いきれない薄い染みのような違和感だけが残った。


 数日後、全校集会が開かれた。体育館に集まった生徒たちの前に立った校長は、いつものように柔らかな笑顔を浮かべて――はいなかった。背筋を伸ばし、両手を演台に置いたその姿は、これまで一度も見たことがないほど神妙だった。


「ここ数日、校内で金品の盗難が発生しています」


 ざわり、と体育館の空気が揺れる。


「この学校で、そのような行為は決して許しません。各自、持ち物の管理には、注意するようにしてください」


 そう告げたあと、校長は頭を下げた。その姿が、妙に重く見えた。集会の後半。 長年、学校の用務員を務めてきた、相原という男性が壇上に呼ばれた。若干猫背になった背中。作業着の袖を整えながら、穏やかな声で語りかける。


「わたしの苗字は、相原と申します。といっても、先生方のようにみなさんと毎日やりとりしたわけではないので、わたしのことはあまりご存じないかもしれません。でもわたしはこの学校で毎朝、門をあけて、あなたたち生徒さんたちがおはようございますと挨拶をしてくれるのが毎日楽しかったです。長い間、お世話になりました。みなさん、楽しい学校生活を過ごしてください。それでは、お元気で……」


 短い拍手が起こる。続いて、新しい用務員の紹介があった。


「本日より着任しました、九条といいます。よろしくお願いします」


 壇上に立った男は若く、整った顔立ちをしていた。生徒たちの間から、小さな声が漏れる。


「若くない?」

「イケメンじゃん」


 心はその九条を一目見て、そう思った。


 (……普通だな)


 だが、その直後、説明のつかない引っかかりが胸に残った。立ち方。視線の配り方。間の取り方。何かを見定めるような感覚。


 (『測って』……る……?)


 その違和感は、言葉になる前に、心の奥に沈んだ。






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