45.衝突
そのメッセージは届いたのは、心が全速力マラソンをしていた時だった。
「今日、ブラモンと遭遇した。きっかけができたから、心がアグダラに行くとき、私も、行く」
家に帰り、風呂のなかでそのことを考える。
(一緒に行くったって……。どう思っているんだろうか……)
いつか三人には、自分一人で行きたいと話をした。自分の言いたいことが上手く伝わっていないのか……。心はレナにその返事をまだしていなかった。レナが送ってきたメッセージは理解したつもりだが、それに対しての返信が、どうしてもレナを傷つけてしまうものになってしまいそうだったからだった。風呂から出て、自分の部屋にもどり、ドライヤーをかける。
「自分の為で行くのなら、別にいいけど……」
その合間、メッセージ送信欄に書いてはみたが、消した。
スイミーの話によると、その世界は弱肉強食の世界だという。心が気にしているのは、一人ならば自由に行動できる。しかし一人増えれば何か問題が起こった時に、二人分のことを考えなければならないことだった。自分の目的はあくまでナオト君の救出。それをしようとしたとき、足枷になることは排除したいと思っているのだった。向こうの皇帝の反逆軍のリーダーは、捕虜としてつかまっているという。そして処刑が決まっているという。それがレナだったら、自分はレナを救い出そうとするだろう。それは、言葉は悪いが、足枷になる……。
「何があっても私は助けられないよ」
またメッセージ送信欄に書いて、消した。
そんなことをしていたら、レナから電話の呼び出しが鳴った。気持ちの整理ができぬまま、電話を取った。
「よう、レナ」
「なにしてんの?」
「お風呂に入ったから、ドライヤーで髪乾かしてた」
「ふふ、ねぇ、メッセージ読んだ?」
「うん……読んだよ」
「そっか。私、一緒に行くからな!」
「あぁ……それについて今考えてたところ」
「ん?なんか、元気なさそうだな……大丈夫か?」
「……。」
心はそのメッセージのブラモンと遭遇した、というところについて聞いてみた。
「ねぇ、ブラモンと会ったんでしょ?どんなやつだった?」
「あぁ、最初は敵だと思った」
「思った?それで、戦ったの?」
「いや、二体でてきて……ちょっと……様子をみてたら穴の中に帰ってったよ」
「穴……漆黒の穴か……」
「そう」
「ねぇ、なんで漆黒の穴が出た時にすぐに知らせてくれなかったの?」
「いや、すぐ消えたんだ。そのあと電話したところですでにいないからさ……」
「そう……まぁそれは、いいや、それで、何を話したの?」
「えっと、最初に赤いブラモンが出てきて、攻撃されそうになったんだけどさ……」
「うん」
「怖くて……動けなかった……」
「怖くて?なにやってんだよ!」
「……。」
心が責めているのは、恐怖そのものではなかった。怖さを抱えたまま、それでも「一緒に行く」と言い切った、その覚悟の軽さだった。ゆえに心はその言葉を聞いてがっかりし、思ったまんまを叫んだのだ。
「そんなんで一緒に行くとか言ってんな!はっきり言って……足手纏いになる!」
「あぁ?!お前、その場にいなかったくせに。私たちなら、相手がどのくらい『やばい』かは肌でわかるだろ?」
「だからって怖くて動けなかったら、アグダラにいったって同じじゃないのか!私がなかなか返事出来なかった理由がわからないようだな!心が弱いやつと、いっしょに居たくないからだよ!!覚悟が足りないなら、足かせになるから!」
「誰が困った時助けて欲しいと言った!私は別に誰にも助けて欲しくない!!」
「怖くて動けなかったなんて聞きたくなかった!」
プー、プー……。
電話を切ったのは心だった。それ以上話してもなにも進まないと思ったからだった。それでもレナは親友。でもどうすればいいかわからなかった。一時間ほど経ったころ。丞が心の部屋にやってきた。
「心、レナが来たぞ。公園で待ってると」
「あ、うん……」
駄菓子屋のちかくの小山の前には、小さな公園がある。昼間は子供がたまにいるが、今は二十一時をまわっているのでだれも居なかった。
「よ……」
「よっ!さっきの話だけれど」
そう言い始めたのはレナだったが、心は先ほどの話でレナが言ったことに実は反省していた。それはーー『その場にいなかったくせに。私たちなら、相手がどのくらいやばいかは肌でわかるだろ?』その言葉に、足かせになるから心が弱いやつと、いっしょに居たくない、と言い放ってしまったことだった。
「さっきは、ごめん」
「いや、私も、心が昔からナオト君を助けるために頑張ってることを知りながら、弱い所をみせてしまってごめん。足枷……心からしたらそうなるよなって思ったよ。でもね、私は、私も自分の為に行くと決めたんだ。そのためだったら、誤解は払拭したいと思って来たんだ。私が本当に足枷か、心に判断してもらいたいと思ってね」
そういうとレナは構えをとった。
「これは喧嘩ではないからな!」
心も受けて立つ。
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その時、その場所は二人だけの舞台になった。オミナスベイパーの影響かはわからないが、なぜだか二人にはそこが、アグダラの秘境に見えた。
「どちらが勝っても恨みっこなしだ!」
「来い!!」
そういい、『悲しみ』の感情を爆発させる心。そしてそれに呼応するかの如く、『吃驚』で立ち向かうレナ。
人間に対しては『韋駄天』を使わないと決めていた心だった。それでもこの瞬間だけは、レナを守るべき仲間ではなく、アグダラで向き合うかもしれない“敵”として見ることにした。その判断が、『韋駄天』を呼び起こした。一瞬にしてレナの前に突撃し、先手の攻撃『正拳突き』を放つ心。それがレナの胸に当たる。
「ぐふっ!!」
しかしレナにはカウンター『驚反』がある。心のその攻撃を受けつつも、屈んだ姿勢から同じ『正拳突き』を心の胸に叩き込む。
「くはっ!!」
互いの攻撃が、心臓が一瞬止まる程の衝撃が二人を襲った。そのあまりの苦しさに二人とも立っていられなかった。勝負は一瞬にして終わったのだ。
「はぁ……はぁ……レナ……強い……」
「はぁ……はぁ……心……お前もな……」
「あし……足枷なんて言って悪かった。ごめん!そんなこと……なかった!!」
「へへ……。わかってくれたらいいんだ……」
「それで!はぁ……はぁ……相手のブラモンは……、どんなやつだったんだ……」
「はぁ……はぁ……あぁ……、今からから……ちゃんと話すよ」
レナは、敵なのか味方なのか結局わからなかったブラックモンスターと話した経緯を伝えた。『金色ブラモン』は特別なのだと思っていた心は、ブラックモンスターだからといって『黒』い生き物だけではなく色んな種類がいることを知った心。そしてその強さが、これほど強いレナですら、恐れて動けなくなる程だったことを改めて思い知った心。
夜の公園に、二人の荒い呼吸だけが残っていた。 その沈黙が、答えだった。




