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感情FEVER 学園編  作者: きんたろ
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41.接触

 『道場』からの帰り道、青空心は一人、森林公園沿いの夜道を静かに歩いていた。アスファルトに反射する街灯の光が、足元を朧げに照らしていた。紫陽花がところどころに咲き、周囲の木々は深い闇に沈んでいる。子供達の声はなく、湿った夜気の中で虫の音だけが静かに響いていた。『鍛錬』後の身体には、心地よい疲労感がじんわりと広がり、それが心の思考を巡らせる手助けをしていた。先日のスイミーとの合宿で掴みかけた『コツ』。「悲しみ」の核は、心の奥底で朧げな光を放っている。その光は、ナオトを救うという固い決意の証でもあった。 


---


 人には、能力は使わない。心は歩きながら、スイミーたちと過ごした合宿のあとすぐに、そう決めていた。合宿で得た『韋駄天』の能力。悲しみを原動力にして手に入れた速さは、追うための力だ。人を叩き伏せるためのものじゃない。


(人間相手に使ったら……きっと、戻れなくなる)


 胸の奥で灯る光を、心はそっと押さえ込んだ。人に対しては、これまで通りの自分の力で戦う。


---


(もしかして天気がいいと技のコンディションもいいのかな?)


 ふと、そんな他愛もないことが頭をよぎる。空を見上げれば、薄い雲の切れ間から月が顔を覗かせ、その淡い光が地上に届いている。その時、前を歩く一人の老人の背中が目に入った。ゆっくりとした、少し頼りない足取りで進むその姿に、心は自身の未来を重ねた。


(おじいさんは歩くのが遅いな……自分も年を取ると、ああなるんだろうか)


 今はまだ、漲る力と無限の可能性を感じる。痛みも疲労も、今は鍛錬の証だ。だが、いつか自分も、あの老人のように時を刻む日が来るのだろうか。 ――だが、その思考はすぐに断ち切られた。そんな物思いにふけりながら歩みを進めていると――道の先に、先ほどの老人とは正反対の、異様な存在感を放つ男の姿が目に入ってきた。心よりは背が高いが、男性としては中背といったところだろうか。しかし、その体格は見るからにガッチリとしており、学ラン越しにも筋肉の隆起がはっきりとわかった。彼の顔には複数のピアスが光り、夜の闇の中でもその銀色は妙に目を引いた。


「よう、青空心!」


 夜の静寂を切り裂く、低い声。だが、その声ははっきりと心の耳に届いた。まるで、目の前の空間そのものが彼の声によって震えるかのような響き。それが、その男に対する心の第一印象だった。そして何よりも、彼の着ているものが目を引く。『黒い学ラン』。つまり『クロコー』の誰かだ。どこか不気味なほどの貫禄を放っている。その学ランの隙間から覗く、鮮やかな赤いTシャツもまた印象的だった。闇に溶け込みがちな風景の中で、その赤だけが鮮烈に心の網膜に焼き付く。だが、その時の心にとって、目の前の男は全く知らない顔だった。なぜ、自分の名前を知っているのか? 疑問と警戒心が、心の胸中に渦巻く。


「あんた誰?」


 心は警戒を滲ませた声で問い返した。いつでも動けるよう、無意識に重心を低くする。男はフッと口角を上げた。その表情には、自惚れにも似た自信が見て取れる。


「知らねえってか?結構知られてると思ったんだけどな。俺はクロコーの八木皇治だ」


 『クロコー』。思った通りだ。だがその名を聞いた途端、心の中に眠っていた警戒心が一段と高まる。この江茂志市の街でその名を知らない者はいない。八木という男の顔と名前は初めて一致したのだが、『クロコー』の悪名は有名だ。現に、あいつらのせいで、うちの店のガラスは二度も割られている。『クロコー』とは、いつかそのケジメだけは取ると思っていた。


「ああ、その名前は聞いたことある。クロコーのリーダーなんだろ?あんた!」


 心は、その男がただの雑魚ではないことを瞬時に察し、確信を持って問い詰めた。八木は、その言葉に満足げに頷く。まるで、自分の存在が知られていることに喜びを感じているかのように。


「そのつもりだ。ウチもね、ちょいちょい『兵隊』が潰されて看板に泥塗られてよ。下のモンに誰にやられたのか聞いたら、あんたの名前が出てくんだよ。前から名前は聞いたことがあってな。だからどんなやつだか見に来たってわけだ」


 八木の言葉は、最近頻繁に起きていたクロコーの連中との小競り合いが、ついにリーダーである八木の耳にまで届いたことを意味していた。心は丁度、スイミーの合宿で力をつけたばかりだが、クロコーとの因縁は、そろそろ解決したいと思っていた。


「じゃあこれから果たし合い、してみる?」


 心は、挑発的に問いかけた。八木は焦る心を見透かしたかのように、ニヤリと笑う。その笑みは、まるで獲物を前にした捕食者のようだ。


「そう焦るな。話がしたい。しかし好戦的っていうのは噂は本当だな。」

「何を話すんだよ?」

 心は苛立ちを隠せないまま、次に何を言い出すのかと促した。八木は一転して真剣な眼差しを向けてきた。その目に宿る光は、まるで獲物を値踏みするかのようだ。

「聞きたいことがあるんだ。お前の仲間、朝比奈ケイトについてだ」


 朝比奈ケイト。その名が出た瞬間、心の警戒レベルは最高潮に達した。なぜ、八木がケイトのことを知っている?そして、何を尋ねようとしているのか? 嫌な予感が心の奥底に広がっていく。


「ケイト?」

「そう、お前のグループの中にいるだろ。朝比奈ケイトはあの朝比奈グループの社長の娘という噂は本当か?」


 心の脳裏にケイトの優しい笑顔が過ぎる。そして、彼女が自分たちを助けてくれた、あの時のことが鮮明に蘇る。以前、朝比奈グループのおかげで、割られた店のガラスを強化ガラスに変えてくれたことを。それだけでも、心にとっては測り知れないほどの恩がある。恩人を、自分たちの個人的な抗争にこれ以上巻き込むことだけは絶対に避けたい。


「ああ、なんかそんな噂はあるけど……気にしてないからわからない」


 心は顔色一つ変えずに答えた。八木は心の表情を探るように、じっと見つめてくる。その視線は、まるでレントゲンのように心の奥底を覗き込もうとしているかのようだ。


「そうかい。服とかは……いかにも金持ちそうな人が着てるものかな?」


 八木の問いは、ケイトがお嬢様であるかどうかの探り。心の反応を見て、彼女の言葉の裏にある真実を探ろうとしている。心は冷静に、しかし一切の情報を与えないように答える。


「んー、私おしゃれとか意識してないから、わからないな。もし、ケイトが超高級ブティックの服を着てたとしても気づかないかな。私にとってケイトは普通の子。そう思って接してる」

「なるほど……。そうかい。ありがとう」


 八木は、心の言葉に何かを感じ取ったのか、それ以上はケイトについて尋ねなかった。心は内心で安堵する。そして、しつつ、次の言葉を待つ。


「なんだ、喧嘩しに来たわけじゃないのか、クロコーさん」


 心は、八木がケイトの情報を得るためだけに来たのかと、拍子抜けしたように問いかけた。しかし、八木はフッと不敵な笑みを浮かべ、その雰囲気を一変させた。彼の全身から、これまでの探りの空気とは全く異なる、純粋な戦闘への意欲が立ち上る。


「フン、ここからが本題だ」

「どうぞ」


 八木の声が、夜の闇に響き渡る。その声には、一切の迷いや躊躇がない。


「先日30人だか50人だか、うちの下のモンがそっちに邪魔しただろ?」


 心は、やはりその話題になるか、さらに好戦的になった。


「やっぱそのことで来るよな!次から次へと『雑魚』がやってきて正直めんどいんだけど、どうにかして欲しいって思ってたところだ!」


 心の言葉に、八木の眉がピクリと動いた。その表情には、苛立ちと同時に、どこか納得したような色も混じっている。


「下の者たちが全く使い物にならず、話にもならなかったからな。だからトップの俺が来てやったってわけだ!」

「数が多けりゃ勝てるって思ってるんだろ?一人じゃ何もできない集まりってわけだ」


 心は敢えて辛辣な言葉をぶつけた。八木の表情が険しくなる。そのプライドを傷つけられたかのように、眉間に深い皺が刻まれる。


「別に徒党を組んでるわけじゃないがな!」

「こないだなんて50人も連れてきてるくせに?」


 心はたたみかける。八木は反論しながらも、何気なく遠回しに心の近くまで近づく。その動きに、心が緊張感を高める。八木のリーチ内。夜の空気が、張り詰めた二人の間に吸い込まれるように、重く、静かに立ち込める。


「互いがどれだけのモン持ってるのかを試してみないか?」


 八木の瞳には、心との真剣な打ち合いを求める闘争心が宿っていた。心は即座に反応する。


「なんだ、やりたいならさっさと言えよ!」


 心も拳を握り、八木を真正面から見据え、応戦の構えを取った。その体勢は、まるで研ぎ澄まされた刃のように鋭い。夜の帳が降りた公園の道に、張り詰めた緊張が支配する。

 最初に軽くジャブを放ったのは八木の方だった。電光石火の速さで放たれたその拳に、心は上半身をわずかにそらすことで寸でのところで避ける。だが、その拳が空を切った瞬間、肌を撫でるように感じた『風圧』は、ただの軽く放たれた一撃ですら、並大抵のものではないことを物語っていた。八木のパンチには、常人離れした力があることを、心は肌で感じ取った。


(いいパンチだ! ジャブ! ボクシング!!)

(だが、私は『それ』に限定されない!!)


 心は、それを避けながら自身の得意技のひとつ『右足ハイキック』を相手のコメカミを狙って放った。夜風を切り裂くような音が響き、その勢いは八木を圧倒するかに見えた。しかし、八木は冷静に左腕でガードする。


ズン!!


と重い衝撃音が夜に吸い込まれていった。互いに軽いフットワークで一度距離を取ると、両者はニヤリとした不敵な表情で再び構え直した。互いの実力を測り合う、静かなる攻防の開始だった。


「まだまだ!」


 心はそう叫ぶと、立て続けに右脇腹をえぐるためのブローを三、四発打ち込もうと、連撃の体制に入った。全身の筋肉を連動させ、速度と破壊力を最大まで高めた連打だ。


ガガガッ!!


 しかし、それは心の予測を上回る反応速度によって阻まれた。八木は、心のブローを同じブローで弾き、その流れのまま腹をえぐった――かのように見えた。木刀で打たれたかのような衝撃が、心の腹筋を襲う。当たりはした。だが心は歯を食いしばり、痛みを押し殺したまま八木を見据えた。レナとの初めての決闘で負けたあとの3年間毎日鍛えていた自分の欠点『腹部』は、今では鍛え上げられており、そのブローを何とか受け止めたのだ。


「へへ、パワーはあんたの方が強い。だが、日頃腹筋やってた甲斐があった!じゃぁこれではどうだ!」


 心は即座に反撃に出る。まるで『お化けだぞー』とでも言い出しそうな、両腕を上げた独特の構えをしたかと思えば、最近『改良』を試している『後ろ回し蹴り』の動きに素早く転じる。全身のバネを最大限に活かした回転蹴りは、その威力も速度も、これまでの心の蹴りとは一線を画していた。その一撃が八木に迫る。しかし、八木の目に映るのは、心が至近距離から突如として『遠ざかっていく』様だった。それは、いつから居たのか、サッとレナが心の隣に現れ、彼女を自分の方へ引き寄せたからだった。その突然の介入に、八木の攻撃は空を切った。激しい攻防の熱が、一瞬にして冷水で洗い流されたかのように消え失せる。


「なんだよレナ!いつからいたんだ?ていうか離せ!」


 不意を突かれた心は、レナに文句を言いながらも、その腕を振りほどこうとした。レナは涼しい顔で、八木に視線を向けた。その目は、心と八木の激しい応酬を冷静に見極めていたかのように、一点の曇りもない。


「……まあ、偶然と言えば偶然だがね。こんな真夜中に喧嘩してんじゃねえよ……。あんたもだ」


 レナの目は、八木の全身を値踏みするように探る。八木は、レナの存在に一瞬警戒を露わにしたが、すぐにニヤリと笑った。彼はレナのことを知っていた。


「知ってるぜあんたのこと。神宮寺レナ!あんたがすげえ強えって噂もな!」

「ああ……そう……それはどうも。ついでにこのままちょっと仲裁させてくれ。てか、こんな道の途中にいてもなんだから、風景変えるために少し歩かないか?」

「……。」


 レナの提案に、八木は何も言わず頷いた。彼の表情には、レナへの警戒心と、彼女が間に入ることへの奇妙な納得が入り混じっていた。こうして3人は、緑地公園の静かな夜道を一緒に歩くことになった。夜風が木々を揺らし、葉擦れの音が小さく響く。3人いるはずなのに、アスファルトの上には赤いスポーツシューズを履いた心の静かな靴音、裸足のレナからは何の音もせず、そして八木の下駄の音だけがカラン、コロンと響き、なんとも奇妙な静寂を生み出していた。夜の闇の中、3人の影が細く伸び、道を辿っていく。

 歩きながら、レナが心に尋ねる。その声には、ほんの少しの呆れと、深い懸念が混じっていた。


「心、日に日に……喧嘩の噂が多くなってる気がするんだけど、なぜ? とにかく会う人会う人と喧嘩するのか?」

「『挑戦』を受けたらね。自分から喧嘩吹っかけてるわけじゃないよ!!」

 心の言葉には、わずかな不満が滲んでいた。実際、彼女は積極的に喧嘩を求めているわけではない。ただ、強さを求めるがゆえに、彼女の存在と、譲らぬ視線は、不良たちの間で注目を集め、次々と挑戦者が現れるのだ。それはまるで、彼女が磁石のようにトラブルを引き寄せているかのようだった。

 心のスマホのメモ帳には、これまで倒してきた不良たちの名前でいっぱいだ。リストは延々と続き、その数は日ごとに増え続けている。それぞれの名前には、彼らを倒した日付と、簡単な特徴が添えられている。心にとってはただの「挑戦」の記録であり、自身の成長を測る指標だが、外から見れば、それは「茂志市の青空心の武勇伝」として、あっという間に不良たちの間に広まっていった。


「でも喧嘩になったら全員倒すんだよな?」


 レナの問いに、心は当然とばかりに即答する。その瞳には、一切の迷いがない。彼女にとって、戦うからには勝つこと、そして向かってくる相手は完全に打ち負かすことに決めている。


「それは当たり前じゃない?」

「ふぅむ……」


 レナは半ば呆れた顔で無理やり納得し、八木に視線を向けた。八木は腕を組み、二人の会話を興味深そうに聞いていた。


「これ聞いてどう思う?八木さんよ?」


 八木はニヤリと笑った。


「うむ。普通にマトモな意見だと思う。だから俺たちもやってやろうじゃねえかと思うがな!」


 八木の言葉に、レナは先日のクロコーとの大規模な喧嘩の出来事を思い出していた。あの時も、心のグループは少数精鋭で、クロコーの多勢を相手にしていた。しかし、その中には、明らかに「喧嘩」の範疇を超えた行為に及ぶ者たちがいた。


「それがさ、マトモな喧嘩だったらまだマシだけど、ナイフとかの凶器が当たり前とかの世界になったら普通の喧嘩じゃないんじゃね……?物には限度ってあるよな?」


 レナの声には、わずかな怒りが含まれていた。純粋な強さを求める彼女にとって、卑怯な手段、特に凶器を持ち出すような行為は、許容できるものではない。彼女の武道家としての誇りが、それを拒絶していた。八木は、レナの言葉に一瞬戸惑ったような表情を見せた。


「あ?俺はナイフとか武器を使っての喧嘩の推奨はしてねえよ?」

「でもそいつらに対して目を瞑ってるところもあるだろう?この間も、半分くらいは『ナイフ持ち』だったぜ?もしそんな事が世間に知れたら、停学や退学で一体クロコーの生徒は何人残るんだろうね?」


 レナの指摘は、全くもってまともな意見だった。八木の顔から笑みが消える。彼は、レナの言葉が持つ重みを理解した。クロコーの悪い評判、停学や退学という言葉の重み、それらがクロコーの危機に瀕する可能性が示唆されているのだ。


「いやいや……マジで知らない話だ。俺の身近に趣味でナイフで遊ぶやつはいるが……。いやそれについては今後検討しようと思う。すまん、奴らにはよく言っとくから」


 八木が素直に非を認めたことに、心は少し驚いた。やはり、ただの悪というわけではないのか。彼の言葉には、組織のリーダーとしての責任感がにじみ出ている。レナもまた、八木の意外な反応に、わずかな安堵を覚えたようだった。この男は、話の通じない輩ではない。それが分かっただけでも大きな収穫だ。


「なんだ、話してみれば話せる相手じゃん。あんたのしたいことって何なの?ただ決着?どうすれば決着がつくの?」


 心は、八木の真意を探るように問いかけた。この男が本当に求めているものは何なのか。ただの喧嘩ではない、もっと深い何かがあるように感じたのだ。八木は、再び不敵な笑みを浮かべる。その瞳には、不良としての、揺るぎない信念が宿っていた。


「そりゃあ……どちらかの『戦意が喪失すれば』かな!」


 シンプルだが、それこそが不良としての、本質的な決着のつけ方なのだと、心とレナは理解した。肉体的な痛みだけでなく、精神的な降伏が、真の勝利を意味する。だが、レナは別の側面も考慮する。


「曲がりなりにも私と心は『道場』で鍛錬をしている身だ。よって、事件になりそうなことからは身を引きたいんだがな?」


 レナの言葉には、自分たちの行動が周囲に与える影響、そして「道場」という看板を背負う者としての責任感が滲んでいた。警察沙汰や学校からの処分は、彼女たちにとっても避けたい事態だった。八木もその点を理解しているようだった。


「それはこっちとしても面倒なことにはなりたくない。だから正々堂々とやってやる」


 八木がそう答えた瞬間、心が衝動的に叫んだ。彼女の闘争本能が、全身全霊での戦いを求めていた。


「てめえら全員相手しやるよ!」


 心は八木とその裏にいるクロコー全てとの戦いを望んでいるようだった。その目には、真っ直ぐな闘志が燃え盛る。レナは慌てて心の言葉を遮る。


「まぁ……待て心……。えっと、それじゃあ、今度、決着をつけるか!心と戦いたがってる奴だけを連れてきてくれ。あんたところの『兵隊』って言うの?何人ぐらいいるんだ?」


 レナは冷静に、現実的な条件を提示しようとしていた。感情的になる心をなだめ、より公平で、かつ後腐れのない決着の方法を探る。八木は腕を組み、思案するように答える。


「俺が連んでるのは2人だけだ!」

「その下だよ。つまりクロコー全部だと何人かなって」


 レナはさらに詳しく問いただす。クロコーの全貌を把握しようと、冷静に情報を引き出す。


「知らん……!この間の、商店街に集まった五十人くらいだろ?なんか勘違いされてるようだけど、うちの学校、クロコーって呼ばれてこの付近じゃ『悪名高い』とされてるが、校内で別に事件が起こるわけでもないし、至って普通の高校だぜ?不良と呼ばれる奴は、学校ひとつにそのくらいは居るんじゃないのか?」


 八木の言葉に、心は少し呆れたような表情を浮かべた。どうやらクロコーの連中は、外から見られているイメージと、実態がかなり異なるらしい。単なる不良の集団ではなく、普通の高校生も多くいるのだろう。しかし、レナは冷静に、最も公平な条件を提示した。


「じゃあ、あんたの周りの全員にサシで本当に心と戦いたいのか、聞いてみてくれ。それなら文句ないだろ?サシなら多分そこまで多くないはずだ。いればまずは私と戦ってもらう。いなけりゃ私たち二人対あんたを含む三人だ。最低でも一人そちらが多いのはサービスしてあげる。こっちは戦える人が少ないんでね。これでどうだろう?」


 レナはそう言うと、心たちは後ろを向いて小さく話す。


「(茜やケイトもいるじゃないか……)」

「(いや、あの二人はそっとしておいてやれ……)」


 心はレナの意図を瞬時に察し、八木に向き直る。レナの戦略と気遣いに、心は素直に従うことを決めた。


「今回はレナの言う通りにするよ……」


 八木は、心とレナのやり取りを興味深そうに眺めていたが、最終的にレナの提案を受け入れた。彼の表情には、この奇妙な交渉の成立に対する、どこか楽しそうな気持ちが見て取れる。


「そうかい。俺は青空心、お前と戦えればいい。他の連れが1人足りねえじゃんって言うかもだがな。他の下っ端は連れてこない。どうやら『けじめ』が必要なようだ。ナイフなど……!」


 八木は「ナイフなど」という言葉を口にした時、その声には強い嫌悪感を含んでいた。どうやら、彼自身も凶器を用いた喧嘩には批判的なようだ。彼の言葉の端々からは、不良としての誇りのようなものが垣間見える。話がようやくまとまったところで、心は最終的な確認をする。


「じゃあ、いつにする?」

「なら今週土曜20時。場所はあの向こうにあるのグランド場でいいかい?」

 八木がそう答えた。夜のグランド場。それは、観衆のいない、純粋な決着の場としてふさわしい。広々とした空間は、隠れる場所もなく、互いの実力を余すことなくぶつけ合うには最適だ。


「わかった!」


 心は力強く頷いた。八木との決戦の時が、ついに決まったのだ。


「それじゃ」

「ああ……」


 簡潔な言葉を交わし、八木は夜の闇へと去っていった。その足音は、闇に吸い込まれるように、次第に遠ざかっていく。その背中を見送りながら、心は叫んだ。


「またな!」


 背中を向けたまま、親指で応える八木。


--


「悪いやつって決めつけていた」

「そうだな。見た目は変わってたけどな。鼻ピアスから鎖垂らしてなかった?」

「暗くてよく見えなかったけど!あの顔と一緒に歩きたくはないな!」

「で、どうだった?」


 心が笑って言うと、レナが先程の手応えについて問いかけた。心は、八木との短い対決を脳裏で反芻するように、じっくりと答える。彼の動き、力、そして纏っていた空気。全てを分析するように。


「ああ、スピードはなかなかだ。だけど『力』で向かってくるタイプだ。あいつ……強い。初めてレナと戦った時を思い出したよ」


 初めてレナと拳を交わした時の、あの衝撃と、本能が震えるような感覚。あの時以来の、純粋な強者との出会い。八木にも、それに匹敵するものを感じたのだ。心がその言葉を口にする時、その瞳には、新たな強敵との出会いに対する、喜びと興奮の色が宿っていた。


 一方、口笛を吹きながら静かに階段を降りていく八木もまた、先程の少しの攻防について考え事をしていた。彼の足元を照らす街灯の光は、その表情の微細な変化を捉える。


「あいつの武器はハイキックだな……。対策、練っとこ……。あと、後回し蹴りも……」


シュッシュッ!


 そういいながらパンチを空に放った彼の表情は、先ほどの不敵な笑みから一転、獲物を見つけた狩人のような、真剣な探求心に満ちていた。青空心の底知れない実力に、彼もまた興奮を覚えていたのだ。来るべき土曜日の決戦に向けて、八木もまた、既に思考を巡らせ始めていたのだった。夜風が、二人の異なる場所での決意を乗せて、森林公園を静かに通り過ぎていった。






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