表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情FEVER 学園編  作者: きんたろ
40/49

40.合宿

 翌日。心、レナ、ケイト、茜の四人は、再びこの神秘的な洞窟へと足を踏み入れていた。昨日の『金色ブラモンとの決闘』が、今も心の瞼の裏で、何度も再生されていた。その圧倒的な素早さの前に、自分の持ち前の敏捷性がまるで通用しなかった瞬間。その無力感が、今も胸の奥で疼いていた。

 冷んやりとした洞窟の空気が肌を撫でる。奥へと進むほど、壁面に反射する淡い光は幻想的な輝きを増し、現実感を遠ざけていく。この非日常の空間で、彼女たちは今――『己』を変えるための、最初の一歩を踏み出そうとしていた。


「良いか、お前たち」


 スイミーの声が洞窟に響く。


「訓練は、学校休み中のこの三連休で行う。『合宿』だ。短い期間だが、お前たちの潜在能力を引き出すには十分な時間だ。このあとすぐ始める。それぞれに合った訓練を、順番にな」


 そう言うとスイミーは四人に近づき、順に見渡した。その小さな体に似合わぬ鋭い眼差しは、彼女たちの心の奥底を見透かしているかのようだった。洞窟に言葉にならない緊張感が満ちる。そうして、訓練は始まった。


---


 心の訓練は、自身の感情と向き合うことから始まった。スイミーは心に瞑想を命じる。これまで一度も本格的に行ったことのない『瞑想』だったが、簡単な呼吸と意識の向け方を教えられ、心は徐々に集中の感覚を掴んでいった。


「目を閉じろ。そしてただひたすら、幼馴染の顔を追え」


 言われるまま、心は目を閉じる。浮かび上がったのは、自分を庇い、『漆黒の穴』へと消えていったナオトの姿だった。その瞬間、胸を締め付ける深い悲しみが押し寄せる。だが同時に、その悲しみを押し隠すかのように、ブラモンへの激しい怒りが煮えたぎった。連れ去った張本人がブラモンなのだから、無理もない感情だった。だが――


「今のお前の怒りは、悲しみに『蓋』をしているに過ぎない」


 スイミーの声が、静かに、しかし鋭く突き刺さる。


「表に噴き出す怒りでは、真の力にはならない。お前が引き出すべきは、その奥だ。悲しみのさらに奥にある、根源的な衝動だ」


 心は思わず、感情の扉を閉ざそうとする。しかし、スイミーが見せるその眼差し――深い慈愛と、どこか孤独を帯びた哀愁が、心の抵抗を少しずつ溶かしていった。

 何度も、何度も。悲しみの底へと誘導される。逃げずに向き合ったとき、心は気づく。悲しみは、止まるための感情ではない。失ったからこそ、前へ進もうとする力。追いつきたい、取り戻したいと願う衝動。

 その瞬間、心の感覚が一変した。足元が地面から、わずかに浮いたように感じた。空気の流れが、手に取るように分かったその時、地面をけると、景色が前へ前へと変わりゆく。


「……これが」


 心の身体が、意志に先んじて動き出す。


「それが《韋駄天》だ」

「韋駄天!?」


 スイミーが頷いた。


「悲しみを原動力とした神速。止まるための力ではない。追うための力だ」


---


 神宮寺レナの訓練は、より苛烈だった。スイミーは、予告もなく攻撃を仕掛ける。視界の死角からの奇襲、足元に出現する罠、五感を狂わせる幻覚。レナは何度も不意を突かれ、思考が止まるほどの驚愕に叩き込まれた。だが、スイミーは逃がさない。


「驚きを拒むな。受け入れろ。そして――使え」


 レナは気づき始めていた。驚いた瞬間、世界が一瞬だけ“止まる”ことを。相手の動き、重心、呼吸。すべてが、驚きの刹那に読み取れる。次の瞬間、身体が勝手に動く。避けるのではない。返すのだ。


「……なるほどね」


 レナは笑った。驚きは弱点ではない。相手の隙を、映し返す鏡だ。


「それがお前の《驚反》だ」


 スイミーが告げる。


「驚きを起点に、すべてを反撃へと変える力だ」


---


 鳳茜の訓練は、恐怖の中にあった。洞窟最奥、光の届かない闇。得体の知れない音、揺らぐ影。恐怖が、全身を支配する。だがスイミーの声が、闇を裂いた。


「恐れは、生き残るための感情だ。それを制御できれば、最強の情報源になる」


 茜は震えながらも、棒を構える。恐怖の中で、音を拾い、気配を読み、危険を先読みする。守るべき位置。塞ぐべき角度。気づけば、茜は自然と“後ろ”に立っていた。仲間を守る位置に。


「それが《後詠陣》だ」


 スイミーが静かに言う。


「恐れを読み、戦場を制御する後方支援の力だ」


---


 朝比奈ケイトの訓練は、『時刻の書』との対話だった。呼吸を整え、書に触れ、意識を集中させる。時間の流れを、感じ取る。傷つく直前。消耗する一歩手前。そこに、触れる。


「……戻せる」


 小さく呟いた瞬間、ケイトの手元で微かな光が瞬いた。


「《瞬刻再生》」


 スイミーが頷く。


「時間を巻き戻すのではない。“直前”を切り取る力だ。損傷や消耗を瞬間的に巻き戻す治癒能力!」



---


 三日間の合宿は、終わりを迎えた。完全な覚醒には至らない。だが、四人は確かに新たな“力”を手にしていた。


「最後の試練だ」


 スイミーの言葉と共に、金色のブラモンが姿を現す。


「フフフ……少しは強くなれたか?」


 戦闘は、一瞬だった。心の《韋駄天》が距離を詰め、レナの《驚反》が隙を突き、茜の《後詠陣》が守りを固め、ケイトの《瞬刻再生》が流れを支える。連携は、偶然ではない。それぞれの卓越感情が噛み合った、必然だった。


トン。


「……負けだ」


 金色のブラモンが倒れる。


「よくやった」


 スイミーは満足げに頷いた。


「だが、これは始まりに過ぎない。掴んだのは、卓越感情のあやつり方の“コツ”だけ。コツを制するには反復練習が必要。あとは、お前たち次第だ。その先に、卓越感情の本当の力がある」


---


 こうして三日間の合宿は終わった。四人にとって今やスイミーは師とも呼べる存在。その師すら、『避難』してきたというアグダラの地はどんな世界なのか……。スイミーのことはまだ知らない事でいっぱいだが、それはいつか四人がアグダラに旅立つときに明かされるのかもしれない。いつか踏むこむかもしれない、その巨大な敵に勝つべくこの三日間やってきた。しかし、漆黒の穴を発見するまでは日常の世界へとまた戻る。

 夕暮れの江茂志市へ戻りながら、心は思い出していた。まだ終わっていない、もう一つの決着。クロコーとの対峙。今の自分なら――。心の中で、確かな変化が脈打っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ