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感情FEVER 学園編  作者: きんたろ
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2.朝比奈ケイトと鳳茜

 青空心が神宮寺レナと決闘をした3年後。ここは江茂志えもし第四高等学校。通称、江茂志四校。江茂志市にあるその学校はとても美しい校舎で有名な学校だ。桜が完全に散りゆき、生徒たちが新しいクラスにも慣れてきた頃。その学校に似つかわしく、清楚かつ容姿端麗な娘が2年生として在籍していた。

 朝比奈ケイト。朝比奈グループを形成している外資系企業の会長である朝比奈洋一の息子、朝比奈洋介の娘。つまりご令嬢というわけだが、ケイトはこの事を仲の良い友達以外には「朝比奈グループとは無関係」と主張している。それは特別視されたくないという思いからだった。「朝比奈会長の孫娘さんだから」「朝比奈社長の娘さんだから」と常に特別扱いされ、周囲から向けられる好奇や羨望、あるいは皮肉めいた視線に辟易としていたケイトは、この江茂志第四高等学校では、ただの「朝比奈ケイト」として、ごく普通の高校生として過ごしたかった。家柄ではなく、自分自身の人柄で友人を得て、何気ない日常を大切にしたかったのだ。しかし培われた気品と美貌は隠すことは出来ず、頻繁に男子から告白されては丁重に【お断り】する日々で、その人気はとめどなく、他校の男子が校門で待っている程の人気ぶりであった。告白してくる相手に対して、気を悪くした素振りは見せないものの、学校生活において【保健室】が隠れ家としては最適の場所である事と、【怪我して困った人を助けたい】といういわば【慈愛の心】が働いた為か、一年生の頃から保健委員に属していた。その為、授業時間以外は大抵保健室で過ごしている。


 保健室でとくに問題の無い日。それは逆に学校で怪我や病気になった人がいなかった、という事なので嬉しくなり、笑顔になる。しかし今日は【誰かが来そうな予感】がする、そんな胸騒ぎがあった。昼休みが終わっても何もなかったがその胸騒ぎは消えなかった。放課後、その日の保健室の記録用のタブレットの【問題なし】の欄にチェックを入れようと思った時、保健室のドアが開いた。


「すいませーん!保健の先生いますかー!!」


 先生が今留守で、自分が代わりをうけもっている事を伝えようと奥の部屋から出てくると、入り口のドアの近くにはやたら背の高い女子生徒が女の子の手をとっていた。


「逃ーげーるーなーよ?」

「だからべつに大丈夫だってば・・・」

「顔だぞ、バイキンはいったらどうするんだよ!」

「こんなのなめとけばなおるもん。」

「小学生か!!」

「まぁ……どうしたの?」


 緑色の髪の毛をした背の高い女子生徒が、友達の女の子の怪我した顔を心配して連れてきた、というのが容易に想像できた。


「こんにちは。あぁ、2年生だね!」


 背の高い女子生徒は裸足だったがその子が連れて来た女子生徒の上履きの色を見て、自分と同級生だということがわかったので、いわゆるタメ語で話した。

「あぁ、どうも!こいつを診てくれないかな。顔に怪我してるんだ・・・」

「ええ。そこの長椅子に座ってね。」


ケイトは女子生徒の顔を診てあげた。左頬が擦りむけている。また右頬にもさほど深くはないが直線を描いた傷があり、その直線の延長線といった傷が耳にもあった。


「これ・・・どうしたの?」

「こいつ、よく他校の男にからまれるんだ。といっても男にモテてるってわけじゃないよ。喧嘩を申し込まれるんだよ。そっち界隈では有名だから」

「え、この学校、そんな悪評あったかしら?」

「いや、喧嘩するのはこいつだけ。おまえなんでそんなに喧嘩売られるの?」


 背の高い女子生徒が怪我した女子生徒にからかうように聞く。


「知らなーい」

「まぁ、そういうわけなんで、なんか薬塗ってやってくれよ」

「うん」


 そういうとケイトは手にしたガーゼに消毒液を吹きかけ、傷の周りを拭いて、優しく薬を塗ってあげた。


「これでよしっ。傷はそこまで深く無かったから、1週間もすれば治ると思うよ」

「ありがと。」

「よかったな。大事には至らないってよ。」

「でも気をつけてね。喧嘩は・・・、申し込まれてもしない方が良いと思うよ?」

「無理だ。あの黒い学ランのやつら、また来たら今度こそやっつける!」

「相手は何人だったんだ?」

「30人位」

「さ、30人!?」

ケイトは驚いた。

「貴女、30人相手に一人で喧嘩したの?」

「あーあー、えっとね・・・こいつ普通の女子と違うんだよ。

 喧嘩っぱやいのと、めっちゃ強いから有名で、それで喧嘩申し込んでくる奴がわんさかいて。その中には偶に卑怯な奴も居て。その結果がこれなんだ。」

「そ、そうなんだ・・・」


ケイトはちょっと信じられない様子。


「レナ、また30人できたら手伝ってくれない?あたしが倒したいのはリーダーだけなんだよ。あいつ!」

「いやだよ。手伝わないと倒せない相手なら最初からやるな。」

「だって倒してる間にそのリーダー格のやつ逃げるんだもん!もう!いいよ一人でやるから!」

「絶対危ないじゃん!あ、もし外で怪我した時の為に、はい、これ。」


 ケイトはそう言うと、その女子生徒に5枚ほど絆創膏を渡してあげた。


「あ、ありがと。こんなにいいの?」

「大丈夫。保健室でもこの学校じゃあ絆創膏使われる事あんまりないから。大体いつも平和って意味ね!ところであなたは何もなかったの?」


 ケイトはレナと呼ばれた女子に聞いた。


「あぁ、私は一緒に帰ろうとこいつを探してたんだけど、

 喧嘩後そいつらが帰ったあとっぽくて出くわさなかっただよ。

 で、こいつ顔が土と傷で汚れてたからここに連れてきたんだ」

「そうだったのね。それじゃ記録残しておかなきゃいけないから、ここに生徒番号と名前書いて行ってね。怪我・病気の欄は私が書くから書かなくていいので。付き添いのあなたもお願いね。」

「うん」

「オーケーオーケー」


 渡したタブレットの記入欄には、『2年3組 青空 心』と『2年4組 神宮寺 レナ』と記された。


「青空さんと神宮寺さんね」

「あぁ、こいつは心ってみんな呼ぶから心でいいよ。あたしもレナで。宜しくな!」

「こちらこそよろしく。わたしはケイトでよろしく。」

「じゃ、なんかあったらまたこいつ連れてくるからそん時は宜しく頼むよ!」

「もう、そんなに怪我しないって……」

「うん。気を付けてね!」

「カバン取りに行って帰ろうぜ……」

「うん!」


 保健室から出て行った二人の会話はしだいに遠ざかっていった。


「仲の良い子たちだ事。レナと……心……」


 二人は保健室を後にしてカバンをとりに階段を3階へと向かった。階段の上の踊り場から、レナ程ではないが一般的に見て背の高い女子生徒が降りてくる。後ろ髪は綺麗に束ねられ、カチューシャで持ち上げられた前髪は長いが左右に分かれ、目鼻立ちの良い顔をのぞかせている。鮮やかな小豆色の髪の前髪と後ろ髪が階段を降りる脚の動きに合わせてふわっと揺れる。時折前髪をたくし上げる右手の指には薄っすらと緑色に輝く石の指輪をしている。耳にはピアス。踊り場に差し込める夕焼けが背筋のピンと伸びた綺麗な姿勢をより美しく見せていた。火傷でもしているのか、右手前腕は【包帯】で覆われていた。


 すれ違った後、その子が入っていったのは先程の1階の保健室だった。ケイトに向かって元気に挨拶をする。


「ケイト、おっつ~。」

「あ!茜、もう帰る?」


 記録用のタブレットの電源を切って所定の棚にしまったケイトが応えた。


「うん。だから来た。未だ時間かかりそう?」

「ううん、もう終わったから帰ろう。」


そう言って隣の部屋から保健室の鍵と自分のカバンを取って来たケイトは、茜と呼んだその子とともに保健室をあとにした。


「さっき、久しぶりに保健室にお客さんが来たよ」

「へー、そうなんだ?けが人?」

「そう。顔と耳が切れてた。その理由を聴いたらびっくりしたよ」

「なんだって?」

「30人の他校の男子学生と喧嘩したっていってた。女の子だよ?」

「あー!それ、青空 心でしょ。」

「知ってるの?」

「うん、ってか、この学校に居て、青空心の事知らないの、保健室を隠れ家にしているケイトだけだと思う。」

「え……」

「青空 心。女の子なのに小学生の頃から毎日のように喧嘩してるって噂。体は大きいわけでもないのに、とてつもなく強いらしい。」

「そんなこと……言ってた……。」

「その30人ってのは、ちょっと眉唾物だけどねぇ。だって30人も相手がいたら、いやいやそれはさすがに無理でしょ、一人を攻撃してる間にやられちゃう!って思うのが普通だと思う。どうやって勝てるんだろうなぁ……。でも、なんかいっつも他校の男子と喧嘩してるのは本当らしいよ。私も喧嘩してるのを見たことがあるわけじゃないのだけど、とにかく喧嘩三昧だというのは有名な話だよ」

「本当の話なんだ・・・」

「あぁ~!そっか、だからさっきあの二人とすれ違ったのかぁ。友達ってわけじゃあないから挨拶してないけど。ちなみに、いつも心と一緒にいる女の子も強いらしい。たしか家が格闘技の道場だからってんで。名前は…なんて言ったっけな・・・」

「あぁ、神宮寺レナって子じゃない?さっきその子が心を連れてきたの。」

「レナは喧嘩はしないそうだね。」

「あぁ、そう言ってたわ。」


 ケイトたちの足は職員室に向かっていた。それはケイトと茜が一緒に帰る時のルーティン。


「保健室の鍵戻してくるね」

「うん、廊下で待ってる」


 ケイトが保健室の鍵を2階の職員室に戻し、二人は校舎の門を出た。午後の4時。


「ケイト、本屋行くの付き合って。今日注文しておいた本がとどいてるはずなんだぁ~」

「いいよ~」


ケイトはニッコリと応えた。


「何の本注文したの?」

外田ガイタクロのSF小説だよ。」

「あぁ、貸してくれた小説の人ね」


--

 【外田クロ(ガイタクロ)】は、『独特だけれども決して難解でなく、それでいて誰でも楽しめる小説を書く作家』と評されている、若干二十歳の短編SF作家だ。尚有名な書籍には「落ちた場所」「地球外的思考」「浄化の行方」「エンドレス・ライン」「感情の行方」などがある。

--


「もう読んだ?」

「読んだ!」

「どっち読んだ?」

「どっちも読んだよ!。」

「はやっ!一昨日貸したばかりで、【落ちた場所】の上巻と、【地球外的思考】もう2冊読んじゃったの?!言った通り最初に【落ちた場所】から読んでくれた?」

「うん、すごく文章が読みやすいから一気に読んじゃった。」

「ほう、で、どうだった?」

「【落ちた場所】は最初はなんかホラーなのかと思ったけど、最後はなんか感動した。感覚でわかりあうってのが良かった!【地球外的思考】は、主人公の女の子の戦いの描写が良かったけど、途中から出てきた「世界が裏返る」ってシーンを文章でどう表現するのかと思ったよ。」

「あの表現凄いよね!よく出てくるなぁって思う。」

「あ、今度【落ちた場所】の下巻も貸してくれる?」

「っていうか今持ってるよ!2冊読んだら貸そうと思ってたんだよ。実はね~【落ちた場所】と【地球外的思考】のお話は繋がってるってか、同じ世界の小説なんだよ。」

「あ、そうなの?!」

「そう、実は、外田クロの小説は、全部の小説を読んで初めて回収される部分があったり、読む順番によって解釈が全く変わるようになってる。」

「へぇ!」

「この事は【落ちた場所】と【地球外的思考】の『あとがき』に書かれてるから読者が勝手な考察で広まったことではなく、知ってる人にとっては常識なんだよ!ケイトには私が思った一番面白い解釈になる順に貸しちゃったんだけどね。落ちた場所の上巻からのぉ、地球外的思考からのぉ、落ちた場所の下巻ってわけ。」

「へぇ!あとがき読んでなかったや……反省……。」

「外田クロは本当、言葉の魔術師だよ!」


 そんな話をしながら商店街に着き、目的の本屋についた。富士見乃屋書店。その本屋は狭くて、中は雑多であり、本当に経営が成り立っているのかと客の方が心配しそうになる位の内装だ。


「こんにちはおじさ~ん!」


と、注文の引換用紙を新聞を読んでいた穏やかそうな中年店主に渡す。


「あぁ、おおとりさん、すぐ用意するから、ちょっとまってね」

「外田クロの棚どこだろう?」

「こっちこっち」


 茜がケイトを奥の本棚へ案内する。二人が、店主から見えない本棚の影となった時、ケイトがクスクスと笑いながら茜に静かに言った。


「そういえば茜が名字で呼ばれるのなんか新鮮な気分」

「ふふ。学校の先生も私の事、茜って呼ぶしなぁ~」


 と、茜もニコッと笑う。ふと、ケイトの目に『外田クロ』の文字が写った。

「あ!あった!」

「ふむ」

「これ何冊くらいかしら。」

「外田クロの短編小説は、全部で43冊だよ。いまのところは。」

「おお、鳳さん、よくご存知で!そのとおり!43冊。それ以上でもそれ以下でもない。数は重要です。そして、これが44冊目の【賢人伝】。1600円ね!」


 店主が袋に入っている本をカウンターに置くなり、


「いぇ~い♪」


 喜びながら支払いを済ませる茜をよそに、ふと外出クロの横の作家の本に目が留まったケイトは、背表紙に刻印されている名前を呼びながら本を取ろうと手を伸ばす……。


「ゲイム・ジェン・ヨハン……」


 真っ黒で分厚い本だった。






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