15.『神宮寺道場』
庭から見えるのは、正面の母屋とその奥にある大きな道場だ。庭は枯山水を彷彿とさせる見事な造りで、母屋と道場をつなぐ屋根付きの木の廊下が設えられている。
「こっちこっち!」
母屋から出てきたレナが、門をくぐってきた心たちを案内する。まずは母屋へと戻った。レナは上半身にいつものタンクトップ、下半身には袴のようなものを身につけていたことから、たぶん先程まで剣道をしていたのだろう。レナは、あらゆる格闘技や剣術を叩き込まれて育ってきた。
母屋の長い廊下を歩き、いくつかの部屋を通り過ぎながら、レナは言う。
「まず会わせたい人がいるんだ。」
襖の前で止まると小さな声でレナは喋り始めた。心は誰の事だか知っているので若干得意げな表情だったが、ケイトと茜は知らないので『誰だろう?』とお互いに疑問の目を合わせていた。
「この部屋だ。」
勢いよく襖を開けたレナは、その『居間』の奥にいる人物に向かって言った。
「親父!連れてきたぞ!」
「あ?あぁ……。ちょっと待ってなぁ……、今メールしてるとこだから。そこ、座っててくれ。」
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心はふと、この家の道場で初めて『レナの親父』に会った時のことを思い出していた。3年前の、中学時代の出来事だ。
レナと喧嘩し、負けた後に『もっと強くなりたいならついて来な』という誘いに素直についてきたらここに連れてこられた。その日もレナの親父はノートパソコンでメールを送信していた。それはともかく、あの時の心は目が点になった。レナが会わせたい人がいると言って入ってきた、この居間。そこにいた『レナの親父』なる人物が、ある人物そのものだったからだ。それは、学校で鬼教師とも言われているほどの怖い存在……通称『勘吉』だった。学校のプールの授業中、水着を忘れた罰だとプールに放り出された心は、少し勘吉のことが苦手だったが、今は慣れた口調で話すことができる間柄になっていた。勿論道場の師範としてはとても尊敬している。
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「よし送った!」
作業を終えた勘吉が、ノートPCをちゃぶ台の横に移し、喋り出した。
「おまえは朝比奈ケイトだな。名前は心得ておる。朝比奈家のご令嬢だ。そっちのお前は、ケイトと仲の良い鳳茜だな」
「あぁ、ごめん、二人のことは前もって私が、連れてくるからと説明させてもらったよ」
レナが補足すると、茜が切り出す。
「えと、初めまして。」
「よろしくな~!」
「初めまして。」
「うむ、よろしく~!」
ケイトと茜が勘吉をみて、レナの背丈や体格から想像するに結構背丈が高そうな親御さんのイメージのうち、父親の背丈がそんなに大きくもないことから、『母親はとてもグラマーで高身長なのかな』と思った時、
「おまえら二人!!今笑っただろう!!」
と大きな声で喋りだした。
「娘がこんなに背が高いのにその親父はちっこいと!!」
どうやら親父は身長に少しコンプレックスがあるようで、その手のことにはやけに鋭かった。
「滅相もございません!」
「ふん!まぁいいわ!ところでこれからレナの母親、つまり俺の奥さんを紹介する。俺のあとをついて来い。」
襖をあけ出ていく勘吉を先頭に、レナ・心・茜・ケイトの順にあとをついて行く。庭園が見えるこの廊下では、静寂のほうが似合っていると誰かが思ったかは定かではないが、途中の屋根付きの長い廊下ではだれも喋らなかった。それを抜けると、敷地の中の敷地といった感じで門があり、その向こう側には砂利で敷き詰められた少し広く開けている空間があり、『神宮寺道場』が奥にある。その手前にはほんの数段の階段があり、看板がある。
「ここは私が師範を務める道場である!!道場破りに来た輩は数しれず!!だが、未だ不敗故に看板は古いままなのだぁ!すげぇだろう!どうだ!すげぇだろう!」
門の前で、これみよがしに胸を張りながら左手で奥の『神宮寺道場』の看板を指差し、右手の親指はぐいっと自分自身を指さしながら満面の笑みとその眼力でものを言う。
「いいから入ろー?」
「く!おまえら……」
心とレナは勘吉の話を軽くあしらい門の入口に用意されていたスリッパを履く。他のものもスリッパを履き、門をくぐり、砂利道を歩き、道場内に入っていった。
道場の中は薄暗く、誰も居なかった。そこには、道場として確固たる『重々しい雰囲気』が漂っていた。特にケイトは重苦しささえ感じていた。先程の勘吉の言葉通り、凄みが感じられ、その重々しい雰囲気のなかではただひたすらに、屈服し従順になるしかなかった。もっとも、ふざけた気持ちには最初からなっていなかったが、『とにかく重い』。そんな空間だった。
先程のように、心もレナも師範であっても勘吉をおちょくるが、道場内では二人共真剣な顔付きになり、さらに道場と、その中に並ぶ数体の銅像すべてに対して手を合わせ、お辞儀をした。そういう『教え・習わし』なのか『癖』なのか、ただ単に敬いの念からなのか。茜とケイトもそれにならって一礼した。
しかし目的の場所はこの道場ではない様で、さらに、正面左脇の奥へと歩いていく勘吉の後をついていく4人。その若干高さが低めな『入口』は、そこがドアになっていることも気づかないかもしれないくらい薄暗かった。
「あれ?レナ……?こんなところにドアなんてあったっけ……?」
心もこのドア付近に近づいたことは無かったし、やはりドアになっていることも気づいていなかった。
「あぁ、心も初めてだ。今日はちょっと『みんなへの知らせ』がいくつかある。」
「まぁ、来てくれや。頭、気を付けて!」
勘吉は、カッコつけて親指をグッと立てながらさらにその向こう側へと案内を続けた。




