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感情FEVER 学園編  作者: きんたろ
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1.強敵!神宮寺レナ

 人がようやく「夕方の時間が短くなった」と実感するようになる時期。他には誰もいない河原近くのグラウンドで、『決闘』の真っ最中の二人の少女がいた。

 『神宮寺 レナ』は中学2年生。深緑で、時代に全くマッチしていない、昔でいう『スケバン』のような髪型。見るからに硬そうな突起した前髪は少し姿勢を変えると片目を隠し、後ろ髪はさらっと流れていてそよ風に揺れている。地面に映る影の頭部の大きさはそのパーマの膨らみにより、普通の人の1.5倍程度ある。身体はとても中学生とは思えない程で、背丈だけなら海外のファッション雑誌のモデルのようだ。その高い身長にマッチした手足は筋肉質だが綺麗で長く、肌は白く美しい。『対峙しているその相手』を覆うかの様に、攻撃体勢をとっている。

 一方の『青空 心』はレナとはクラスは違うが同じ中学の同級生だ。栗色で腰よりは上だが長めの髪もまた、そよ風に揺れている。その揺れは、まるで相手の「隙」を伺うかの様だ。『普通の女の子』の髪型。おそらく第三者に「どちらの髪型が可愛い?」と、二人のポートレート写真を見せたなら、十中八九、心の方を指差すだろう。可愛らしい髪型がそのまま体型にも反映されたような若干小柄な体からは想像しにくいが、その手足もまた相手に対していつでも攻撃可能な体勢で構えている。

何故この二人が『決闘』をしているのか。それは…。



--

 学校のプールの授業前、確かに自分の机に置いておいた水着がトイレから帰ってきたら、無くなっていた。かなり探したがなかったのでプールの授業開始とともにそれを体育の先生に伝えると、「忘れたんだろう!嘘を付くな!」と怒られ、皆の前で制服のままプールの中に放り込まれた。文字通りプールの中でずぶ濡れになった心が見たのは、自分をあざわらうレナの顔だった。挑発的な嫌な顔。他の生徒たちは見て見ぬふりだった。その時(こいつが隠したんじゃないのか!?)と彼女を疑い、休み時間にレナに問いただしたが、白を切るどころか得意げに好戦的な態度だったので(やはりこいつだ!)と悟り「いいかげんにしろよ!答えろよ!」と感情的になった心はその場でレナを張り手打ちしたのだった。それに対してレナは、「お前、あとで来いよ!」と呼び出され、結局、だれも居ないこのグラウンド場で決闘をすることになったのだ。

 そう、中学生の喧嘩の発端など、他人から見ればとてもくだらないもの。だが当事者にとっては、真剣であり、決して負けられない戦いなのだ。

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 レナがじりじりと詰め寄るが、最初に攻撃をしかけたのは心の方だった。その攻撃は「掌打」と似ていた。



--

掌打しょうだ】。それは「掌底打ち」「掌打」「底掌ていしょう」、単に「掌底しょうてい」とも呼ばれる、格闘技や武道における打撃技の一種だ。固く握りしめた拳で相手を打てば、時に自身の指を、あるいは手首を痛める危険が伴う。だが、掌打は手全体、あるいは掌底という広い面で衝撃を伝えるため、自らを傷つける心配がそれよりも格段に少ない。ゆえに躊躇なく、全力で叩き込むことが出来るのだ。青空心は、レナの戦闘の構えから『今まで戦ってきたやつらとは違う何か』を戦いの本能で感じ取ったがゆえに、これを放った。

--



 レナは幼少の頃より父親に格闘技を「仕込まれ」ていた。その為、いわゆる『攻撃に対する正しい防御の方法』を知っていた。また防御よりも避けられるならば避ける方を選択するということも身に付いていた。レナは心の放った掌打は難なくかわしたが、掌打を使ってきたこと自体に、【驚き】を感じた。しかしこの時の表情は互いに一見冷静だった。 避けた後の心の体勢でチャンスと感じたレナは、次に連続パンチを仕掛ける。しかし心もまた防御よりも避ける方を選び、ぎりぎりでレナの拳をよけ、逆に負けじとアッパーを放つ。後ろに避けたレナはそのままバック転で二転三転と後方に遠ざかる。レナの驚きは確信に変わった。


(こいつのは格闘技とは違う。だが『喧嘩慣れ』している!)


 一方、心はレナのバック転に驚いた。


(なんだ今の動きは……!こいつ、新体操でもやっているのか……!?)


「やるね!おたく・・・。」



 負けることはないと自負しているにせよ、自分を驚かせた心に対し、レナは称賛のつもりでそう言った。だがその後に出てきた言葉は、(しかしおまえは私には勝てない!それをこれから嫌というほどわからせてやる!)という気持ちを含んだ言葉だった。



「じゃぁ徹底的に叩いてやる!!」



 ザッザッザッ……


 元の心のいる位置へ戻る足取りは、自信の現れとなってしっかりと大地を踏み歩む。真剣勝負は楽しくなってくるもの。わくわくするもの。さらにそれが、強さにそれほどの差がないとなると尚更だ。戦いは未だ終わらない。こう思い、胸を膨らませたレナは自然と笑みが溢こぼれた表情だった。

 先程の攻防にて、既に『青空心の構えの隙』を見つけていたレナは視線は心の眼から離さずも、隙である心の左脇腹をターゲットにしていた。大きく腕を振りかぶったパンチの姿勢から繰り出されたレナの次の攻撃はフェイントによる右脚中段キックだった。しかし心はこれを冷静な顔でたやすくガードした。そしてニヤリとしてこう言い放つ。



「わざと死角を作ったんだよ。フェイントかけたつもりだったんだろう?あたしはその上を行ってたんだよ!」



 この時レナは口がひん曲がる程の屈辱を味わった。格闘能力において、自分より下だと思っている目の前の心に【私のほうが上】と言われたのだから無理もなかった。そして『泣かす』と決めた。子供の喧嘩は、得てして泣いた方は負けとなるのだ。

 そこからのレナの攻撃は今までよりも力の漲った、且つ華麗な技の応酬だった。ジャンプしてからの左の横蹴りは心に避けられたがその風圧は心の頬に鋭い赤の直線を描いた。さらに右での後ろ回し蹴りの連打。4連打目までは心は避けたが5連打目は腹部にもろに入り、心の動きを鈍らせた。ダメ押しの顔面パンチで心をふっとばすした。レナは『してやったり』といった笑みがこぼれた。しかし心もただやられているだけではなく、攻撃され続けながらも考えていた。それは相手をダウンさせうる頭部への決定打を放つ事。ふっとばされた空中で「ここで放つ!」という気合いとともに出た



『くっ・・・』


 声にならない声とともに瞬間的に繰り出された左足の蹴りは美しくレナの左頬をヒットした。蹴りを喰らったレナの顔は一瞬にして左に傾いた。普通、人ががむしゃらに喧嘩した場合、体力の関係でものの数秒で終わるものだ。お互いに決定打をうけ、体力もかなり使っている二人は立っているのがやっとで、その時ばかりは休憩が必要になった。最初に心がダウンし、レナもすぐに倒れた。

 時間にして30秒。元々の体力の差と格闘技で培った根性がものを言ったのだろう。力を振り、先に立ち上がったのはレナの方だった。


「(こいつ……。まさかあの体勢で、ケリいれてくるとはね……。痛っつぅ……今のは少し効いたわ……。けど!)ダメージは、お前のほうが大きいようだなぁ!」


 そう言うと心の襟元を左手で掴み肩よりも高く心を突き上げた。それが聞こえているのか聞こえていないのか、とにかく苦しそうな心の表情。



ババッ!!



--

 どこからかやってきた野鳥が空から急降下してきたと思えば二人のそばで急上昇しながらそのまま遠くへ飛んでいった。

--



 レナは躊躇なく手を離し、心を地面に落とした。しかし心のその顔からうかがい知るに、『負けん気』はまだ残っているようだ。



(こいつのこの負けん気、気迫は、どこから湧いてくるんだ……感情からくるものなのか?人と知り合うとたまにこういうやつがいる。ヤバい奴。)


と気にはなるものの、心に多い被さり、またもや大きく振りかぶったパンチの姿勢。しかしその姿勢はある種のフェイントだった。握りしめられた拳は鋭いスピードで心に向かうのではなく、ゆっくりと向かっていくのだった。拳は心の右頬に到達する。心は


(なんだ?)


 ただそう思った。力が拳を押し顔に重圧がかけられる。


『グググググ・・・』


「この拳……。押し続けたらどうなると思う?」


 心はレナがやろうとしている事がすぐに分かった。レナは続ける。


『脆いほうが砕ける!!』


 段々と強くなっていく、拳の重圧。


『こんな……やつに……!!』


 拳の重圧の最中、心が思い出すのは決闘のきっかけだった。水着がどこだとか、先生に制服のままプールに放り投げられたことは、今はどうでもよくなっていた。心が許せない事。それは、


「(あの時のこいつの卑怯な、嫌な笑顔。それだけは許せない。こんなやつに負けてたまるか!)こんな……やつに……!!」


 心は重圧をかけてくるレナの右腕を掴み、咄嗟に体勢を変えて【腕ひしぎ十字固め】をかけた。


「力が強くったって、そんなスローじゃ、簡単にほどけちゃうよ!!」


 今まで瞬劇で喧嘩に勝ってきた心にとっては、スピードこそが勝利に必要なものだと思っている。その言葉は、そんな心から発せられた自信の現れだった。そして何故中学2年の女子が腕ひしぎ十字固めなんて技を咄嗟に出来るのか。それは普通の男子が、テレビでプロレス中継がされていたら『好きなので見ている』という程度よりははるかに、心の場合は研究の眼差しでみていたからだ。卍固めも、サソリ固めも、やる相手がいないのでやったことはないが形を完璧に覚えている。この時一番使えそうだったのが腕ひしぎ十字固め……。ただそれだけの理由だった。

 一方、まだ『こんな力があったのか』とまた驚いてしまったことが原因で、重圧の拳を外されたレナもまた己の自信の礎があった。それは力だ。寝かせられた状態から力で心の腕ひしぎ十字固めの姿勢から持ち上げ、パンチを放つ勢いで気合の声とともに心を放り投げる!


「だぁっ!」


 放り投げられたがすぐにレナの方を向いた心はレナが『一瞬あらぬ方向を向いている様に見えた』ので突っかかっていき、


「よそ見してんなぁあああ!!」


 と、得意技の『右脚ハイキック』をレナの頭部に浴びせようとした。


 第三者がみていたとしたら、そこまでは互角に見えた勝負だったであろう。健闘した心であったが、今回ばかりは相手が悪かった。格闘技を身につけていたレナに【一日の長】があった。


「いくら速くったって、そんなキックじゃ、あたしにゃきかないよ!」


 それは格闘技を身につけたレナの本心だった。そんな我流のキックが私に通用するか!と言いたいのだ。ハイキックを左腕で払い除け、さらに無心で心が放ったローキックも難なくガードした後、先程見つけた心の隙、弱点『左わき腹』への膝蹴りの攻撃で心の動きを止め、最終的に顔面への『正拳突き』で心を気絶させた。顔面への攻撃は試合では注意をうけるがこれは喧嘩なので殺しさえしなければいいと思ったし、こいつはその程度では死なないと、これまでの攻防でわかっているので正拳突きを放ったのだ。心は、意識が消えゆく瞬間の最後まで、頭の中で「くそ…ちくしょう…」と叫びながら、パンチやキックを放っていた……。

 夕方の帰り道。秋の虫が鳴いていた。心を担いで裸足で土手を歩くレナの姿があった。



--

レナは基本裸足で生活していて、変な習慣(というか痛くないのかそれは本人しかわからないが)、それはもう学校中知れ渡っているほど有名な話だった。それは他人からみたらおかしなことだが、レナからしたら、それは大地を直に感じることで大きなパワーを得られる、強くなるための試練なのだ。髪型についてはとても不思議がられる。なんで今どきそんな髪型をしているのか。それはレナは格闘技を愛していて、余計なものを排除するためだった。中一の時から大人っぽかったレナは当時男子から告白され、少し面倒くさいことになった。それは己の鍛錬に邪魔なこと。そんな時、テレビで見た、昔の映画に出てきた不良たちの姿。その姿がピンときた。この恰好をしていれば、男から告白を受けることもなく、ただただ、己の鍛錬に集中することができると。レナが『より強く!』を目指している限り、その二つの姿勢は変わることはないだろう。

--



 その眼は、先程までの敵意をもっていた時のギラギラとした眼ではなかった。


(先の決闘は今は言えないが『仕組まれた事』。だけど、勝負は勝負、それはもう終わった。そしてこれから青空心は仲間になるかもしれないのだ。もっとも、これからの彼女の返答次第だが。)


と、自身の片腕で担いでいる青空心の横顔を横目で見る。その瞳は決闘の時とは違い、優しい微笑だった。

少しして


「はっ!!」


 と気が付く心。腕から下ろした瞬間、なおも身構える心に対して、『もう戦いは終わった!』と諭し、


「水着を隠したのは自分だ」


 と故意に心を怒らせた事を謝罪し、それにはある理由があった事をレナは告白した。そして


「もしさらに強くなりたいなら私についてきな!」


 と心を試した。『お互いに、もっと強くならないとお話にならない』からだった。一方心は……。

 悔しいが負けたことは事実……。去っていくレナを見ながら、自問自答した心が結局レナについて行くことを決め、レナに追いつき、一緒に隣を歩いていった。


 その時、二人にとってこの後想像もつかない展開・大冒険への『運命の歯車』が回り始めた。







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