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LastStudent.  作者: JACK_KINGSLAVE
2/22

『記憶』









「…………………………」








黒塗りの世界の向こうには、きっと何かがある。

その証拠に暗黒の彼方から、微かに誰かの声が聞こえてくる。


その声は嘆きにも怒号にも取れるような荒さで、耳を傾けると、そのまま体ごとゆっくりと引っ張られる。


すぐに身体中が暗黒空間を自由落下をしているような感覚に満たされる。


しかし、どういう訳か恐怖は感じない。

それどころか、暗黒を落ちていくような感覚に安心感を抱いている自分に、とにかく驚いていた。





長く長く、前に向かって落ちていく。





黒い世界が、加速していく。







「………………」







時速数京キロで前進する純黒世界に、次第に青白い点滅が現れはじめ、それらを幾つか横切っていくと、その光刺激が目蓋の裏にこびりついて頭痛が止まらなくなる。



目蓋で蠢く鮮烈な光跡はゆっくりと変形し、接着と離散を繰り返す過程で、様々な光景が形成されていく。






浮き出てきたのは灰被りの街の中心、

その広場で焚きつけられる十字架。


あるいは海戦の傷跡が残る座礁船、

荒波に揉まれる黒旗。


あるいは灯り無き暗く寂れた墓場、

そこから掘り起こされた泥塗りの棺。


あるいは謀反の焔に燻る巨城、

月明かりの射し込む天守閣。


あるいは岩蓋の亀裂から零れる一条の光、

出口なき洞穴の底。


あるいは人工的に削り出された川、

深くゆるゆると流れる上水。


あるいは本の山と新聞紙、

空薬莢と血痕が残る、

静寂が支配する地下シェルター。






纏まってはぼやけて、そうして幾つもの景色が過ぎ去ったのちに、全身が灼けるほどの光が突如として漆黒の向こうから口を開いた。





近づけば近づくほど、

光はその輝きを増していく。


やがて光は全てを飲み込み――――








いつの間にか、不思議な空間へと接続した。



地平線の奥まで敷かれた白黒のタイル。

継ぎ目のない真白な空。

幻想的な情景に、遠近感覚が揺らぐのを感じる。

身体から重みが消え、立っているのか浮いているのかすらわからない感覚に満たされる、不安定な場所だ。






「………………」







気がつくと、視界の先に誰かが立っていた。


白い仮面を被っていて、顔はわからない。


黒いロングコートで身を包んでいて、体格も性別もわからない。


全てが秘匿されている。


それなのに、オレは"彼"を知っている気がする。






「……あんた、誰なんだ」


「…………………………、…………」










「…………キ………………ラ……」

























――――――――――――――――――――










「…………る? …………えるか?」






「……聞こえるか? ……よかった、意識はあるみたいだ…………。 大丈夫、すぐに救急車が来るよ。 すぐに起き上がらなくていいからね、手は動く?」




 ……………………。




「じゃあ、まばたきはできる?」




 ……………………、……。




「よし、オーケーオーケー。 それじゃあー……、声、出せる? ゆっくりでいいからね、自分の名前、言える?」




 ……キ…………、……。




「もう一度、ゆっくり」




 …………、………………。











「キ……、ラ」












――――――――――――――――――――











「お兄ちゃん、起きないと遅刻しちゃうよ」

「……起きてるよ」

「またいつもの台詞セリフ。早く起きてよお」

「起きてるって……」


 半透明な視界を擦ると、窓の光が目玉の中で朦朧と拡大していくのがわかる。


「起きてる起きてるって言うくせに、いつも朝ごはんギリギリまで起きてこないんだからあ」


 理紗りさはそう言って、ちゃぶ台をひっくり返すように勢いよく、オレがくるまっていたタオルケットを剥ぎ飛ばした。


「おい!? ばか、ズボン脱がすな!!」

「だっていつもキスで起こそうとしたら嫌がるんだもん」

「キスがダメなら兄のパンツ見るのは許されるとでも思ってんのかよ!」

「安心して、私はそのパンツの向こう側に用があるからね!」

「尚更悪いわ!!」


 ズボンを腰まで上げて理紗を睨むと、悪意ゼロの笑みをこちらに返してきた。


「ちゃんと起きるから、朝からそういうのやめてくれよ」

「なんでですか! インターネットが世界を覆い尽くした現代だからこそ、こうして言語や行動で愛情表現をすることが大切なんですよ! それは兄妹とは言え例外ではありません! いいえ、兄妹だからこそ! 日頃から愛情を伝えずらい家族だからこそ、こうしてコミュニケーションを取るべきなんです!」

「愛情表現が直接的すぎんだよ!!」


 叫んだ途端にズキリ、と。

 静電気のような頭痛が襲った。


「…………また、あの夢だ」








 オレと理紗は、本当の兄妹ではない。

 ある土砂降りの夜、大通りの車道に倒れていたところを神無月家――――、理紗の両親に拾われた。どこにも外傷はなく、病棟で覚醒してからは意識もはっきりとしていたが、それまでの記憶が思い出せないことから、早期の社会復帰は困難と判断されてしまうことになった。

 そこで理紗の両親が、記憶の回復のために出来る限り自然な日常生活を送るべきだと、オレを一時的に引き取り、学校にまで通わせてくれているのだ。


 オレのことを、まるで本物の息子のように、手を尽くして援助してくれている。その気遣いに応えて、いい加減オレもちゃんと記憶を戻して、保護してくれたお礼をしなくちゃいけないとは思うんだが……、まだ記憶は戻らない。


 手がかりは、唯一覚えていた「キラ」という名前と、どうしてだか毎晩見る同じ夢くらいなもので、記憶を取り戻すには情報が足りなさすぎる。



「あたま、いたい?」

「ちょっとだけだ、大丈夫」

「お医者さんが、頭痛は記憶が戻る前兆だって言ってたし、もーすこし我慢だね」


 そう言いきってから理紗はハッとなにかに気づいた顔をして、


「やっぱだめっ!記憶喪失のままでいてくれないと困る!」

「さっきと言ってること百八十度ひゃくはちじゅうど違うぞ」

「だってお兄ちゃん、記憶が戻ったら元の家に帰らなきゃじゃん!そんなのやだよ!急にばいばいなんてー!!今のうちにラブラブしておかないと!!」

「おいばか、飛びつくな!服を脱がそうとするな!ポケットの中に手を入れるなあああああ!!」











「ははは、それはそれは。朝から大変だったね。僕は近親相姦を肯定する気はない。でも、煌君の妹さんの愛情表現コミュニケーションを見聞きしていると、少し過剰なだけの兄妹愛を否定できるほどの理論や意見が僕の中で確立できていないことに気がついてね、それからは少し羨ましい感情で君たちを見るようになってしまったよ」

「近親相姦なんてしてねえよ、人聞き悪いな。誤解を産むようなこと言うな」

「なあんだ。登校する時も一緒、昼時間も一緒、休日も一緒、更には腕を組んだり抱きついたりなんてことを公衆の面前で平然としているもんだから、てっきりその一線は随分も前に越えているものかと思ったよ」

「だから、誤解を産む発言をするんじゃねえって。あれはどんだけ払い除けても理紗が勝手にくっついてくるんだよ!」

「冗談だってば、そんな怒るなよ」



 枢木仁クルルギジン

 とにかくおしゃべりで、毎日うざったいくらいに明るいやつだ。 この高校に編入した日から、隣の席というえんでつるんでいる。 校則に引っかからないギリギリを攻めた秩序的なストレートヘアに、乱れのない清潔な制服。 白縁しろふちの眼鏡がトレードマーク。 教師達の信頼も厚い頭脳明晰ずのうめいせき模範生徒もはんせいと……、


 というのは表の顔で、



「彼女無し……、恋愛遍歴無し……! そんな今の僕にあんなに可愛い妹がいて、あんなにベタベタしてくれようものなら、確実にドスケベイチャラブエッチしちゃうね!!」



 …………こういう事を休み時間の教室で言えてしまう、不健全極まりない男だ。

痛え、痛えよ。教室中の女子の視線が!

クラス替えシーズンを逃して五月に転入してきた時点で、既に教室で浮きまくっているというのに、こいつのせいで、より浮き出ってしまう。



「そういえば今週末の校外学習だけど、この後のホームルームで班決めするって噂らしいよ」

「校外学習?」

「おいおい、記憶喪失とは聞いたけれど、そんなことも忘れられちゃったのかい。」

「お前も信じてくれないなら、ネタにすんな」

「僕は信じてるってば。いいじゃん、記憶喪失。まるでラノベの主人公みたいで格好いいよ」


 こいつ、人の苦労も知らないで……。


「おっと、休み時間終わっちゃったな。煌、同じ班になろうな」


 クラス担任はすぐやってきた。


「今日のホームルームは校外学習について。班決めと課題の説明をするよ」


 隣を見ると、仁が「ほらね」といった顔で微笑んできた。


「向かう先は前に説明した通り、新国立博物館。皆には人類の軌跡について学んでもらう。班の人数は四人。メンバーは自由。他のクラスの友達と組んでもらってもいい。ただし、遊びじゃないからな。ここに当日の簡単な流れと約束事を書いたプリントがある。自分の分を取って後ろに回して」


 プリントには集合時間や場所、持ち物などがリストアップされていて、切り取り線の下には「希望する班のメンバーのクラス、学籍番号、名前を記入して担任の先生に提出してください」と書かれている。


「課題はレポート提出。拝観の感想を原稿用紙三枚以上にまとめること。一人一人、テーマを決めて書いてもらう。例えば日本史における――――」






 ホームルーム、授業終わりの鐘、下足場、住宅街、それを越えた町外れ。











「ねー、博物館めっちゃ楽しみすぎない?? なんか、特別展示で世界中で発見された最新の品々が見れるとかなんとか! 最新だよ! 最新!」

「俺にゃあ、よく分かんねえんだけどよ、博物館って恐竜の骨とか飾ってあんだろ? なんちゃらミュージアムっつー映画で見たことあるぜ。恐竜の骨でラーメン作ったらどんな味すんだろうなぁ」

「かっつんのおバカはほっといて、早く班の登録票書ききっちゃお!」

「誰が馬鹿だオラァ! 想像力豊かなだけだっつうの!」


 いや、どう考えてもバカだろ。きっと博物館でもこの調子で大声で騒ぐんだろうな、この二人は。


 水島遥夏ミズシマハルカ相原勝人アイバラカツヒト。 オレがクラスに転入してすぐ、周囲に馴染めないオレを見兼ねた、仁の紹介で繋がったクラスメイトだ。 二人はいつも、今みたいに騒いでいる。 仲良しといえば仲良しなんだろうが、その騒ぎを横で聞かされる身にとってはたまったもんじゃない。 更に、そこにおしゃべりの仁もついてくるもんだから、放課後はいつも心的資源をすり減らす。


「あれ、なんで煌だけあんまりテンション上がってない感じなの?」

「いやいや、逆になんでそんな乗り気なんだよ。高校生にもなって遠足(・・)なんて、だるいだけだろ」

「もう、煌は夢がないなー!博物館だよ!宇宙船とかパンジャンドラムがグワーッてなってるんだよ!絶対楽しいじゃん!」


 この子、博物館を何か根本的に間違えてるな。


「なあ煌ぁ、もし恐竜が動き出したらどうするよ? 炎とか吐き出すんかな? あ、そりゃあドラゴンか」


 この馬鹿は何を見に行くつもりなんだ。


「煌君、せっかくなんだから楽しまないと。安心してくれていい、この僕がいれば、あらゆる展示品を詳細に精密に適切に厳密に解説してあげるから、飽きることはないはずだよ。脳内データバンクには僕の偏見に基づいた知識が豊富に蓄えられているからね」

「仁、解説してくれるのはありがたいが、できれば偏見は除外してくれないか?」


 転入して二ヶ月間、ずっとこんな感じだ。

 記憶喪失になった時の後遺症で頻繁に頭痛になりやすい体質になってしまったのか、それとも単純にこいつらの声が脳を揺さぶるほど騒がしいのか、慣れてしまった今になってはもうわからないが、とにかくこのテンションで左右を挟まれると、頭を抱えたくなるほどの鈍痛に襲われるので、やめていただきたいのが実情だ。








 しばらくして、オレ達は操車場の近くにある、放置されて使われなくなったコンテナ墓場に足を運んだ。

 どうして授業後の学生たちが、ゲームセンターや甘味処のひとつもない、寂れた町外れにやってきたのかというと、このコンテナ群のうちのひとつに、共用の隠れ家を持っているからだ。

 去年の四月、まだ一年生だった仁たちが、授業後にも集まれる場所を求めた結果、たまたま中が空っぽで錠の外れた放置コンテナを見つけ、その中に彼らがソファや机なんかを持ち寄って『いつもの場所』としたらしい。特に予定がない授業後や休みの日は、各自が勝手に集まるのがお約束となっていた。


「ねー、またラジオ調子悪いよ」


 遥夏は砂嵐を吐き出す古いラジオを指先でつついて言う。


「新しいのにしない? みんなでお金出し合ってさ」

「ラジオなんてもう古すぎるって。スマホあんだしいらなくね?」

「かっつん、こういうのはロマンなんだよロマン!ラジオにはスマホでは味わえないロマンが宿ってるの!」


そうかなあ、と首を傾げる勝人を隣に、遥夏がグリグリとつまみを回すと、砂嵐の合間を縫って途切れ途切れの音声が流れ始めた。


「…………によると、テロリストの活動範囲は………………いるようです。構成員も目的も不明…………手口まで…………ではな……………かいの一連の事件は…………」

「テロ、続いてるな」


 テレビ、ラジオ、ネット、新聞紙までもが、最近はいつも同じ話題で持ち切りになっている。それがこの、連続的なテロ活動に関するものばかりだ。武装集団による現金輸送車襲撃事件、無差別傷害事件など、謎のテログループによる報道は後を絶たない。


「これよぉ、こんだけ騒がれてんのに誰一人捕まってねえってやべえよな。完全犯罪ってやつ? ちょっとかっこよくね?」

「かっつん! 不謹慎でしょ、やめて」

「お、おう、すまん……。 それにしても、最近の日本ってぐちゃぐちゃだよな。ほら、まだ七月なのにクッソ暑かったり、北の方じゃ雪が降ったらしいじゃん。異常気象ってヤツ? テロも怖えけどよ、お天道様も怖いし、どうなっちまうんだろうなあ日本は」



 少しの静寂があった後に、電池切れか、ラジオはそこでブツリと切れた。



「あぁ、そうだった。 わりぃ、明日部長会議あるもんで、空手部の部費関連の資料だかなんだかを読んどかねえとだから、先帰るわ」

「そういえばかっつん、噂聞いたよ。 次は陸上部に挑戦するんでしょー?」

「お、もう話広まってんのか! そうさ、この相原勝人サマが見つけた次のライバルは、陸上部二年のエース、御山秀次郎ミヤマシュウジロウ! 明日、果たし状を叩きつけてやるぜ! あいつをぶっ倒して、オレが次の一番になってやるぜ!」


ということは、と仁が、


「明日の部長会じゃ、勝人君と秀次郎君の、ウォーミングアップとなるバチバチが見れるという訳だね。なんとも面白そうなトピックだ。勝人の部活破りは、学校中から注目されているからね。今日日きょうびまでに、柔道部、水泳部、剣道部、空手部と、四連続で部長格に勝負を挑んで全勝してきて、遂に次の陸上部で伝説の五連勝と相成るわけだ」

「伝説の五連勝?」

「煌君、僕らの学校でこんな噂は聞いたことないかい? かつて、全ての部活動の部長となることに挑戦し、伝説となったOBの存在を。彼は各部活動の部長に果たし状を送り、順番に勝負をふっかけて周ったらしいんだ。柔道部なら柔道一本勝負、水泳部なら40mプール自由形レース勝負、なんてふうにね。そして驚くことに、そのOBは驚異的なまでの身体能力を見せつけ、次々に部長格を破り、次の部活へ次の部活へと果たし状を送っては、挑戦を続けたんだ。その度に、勝負には多くのギャラリーが集まったみたいで、学園中の大人気イベントにまで発展したらしい。しかしね、そんな部活破りの伝説は、五連勝を達成したところで急に途絶えてしまうんだ」

「五連勝で? ああ、いや、五連勝でもとんでもない話だが……。 そのOBはどこ部活に負けちまったんだ?」

「それがこの伝説が伝説たる所以さ。本当に全ての部活を攻略しきっていたら、伝説として語り継がれるのにも納得がいくだろ? でもこの伝説は、五連勝で止まっている未完だというのに、伝説として語られている。更に謎を付け加えれば、この伝説が話される時には、決まってそのOBの名前だけは出てこないんだ。伝説が残るようなことをした人なら、名前も言い伝えられているのが筋だろ?おかしいと思わないかい?」

「……何か、事件に巻き込まれたのか?」

「そう、OBは六戦目の試合を前に、急な失踪を遂げたんだ。当然、警察が事情聴取に入ったけれど、OBに関する手がかりは全く見つからなかった。学生たちは、負けた部活からの逆恨みで殺されてしまったんじゃないかとか冗談を含めて言われてたみたいだけど、さすがに勝負で負けたからって、人を殺して山に埋めたりするほどの恨みを持つわけがないしね。それに、どれだけ隠そうと何かしらの証拠が残るはずだ。それなのに、今日日きょうびまで何の証拠も見つからず、誰も彼の行方を知らず、OBは失踪したままだ。こうして、OBの名前は口に出すことがはばかられるようになり、失踪事件というミステリアスな話題性の付加価値を得て、五連勝を讃える言い伝えだけが残った、というわけさ。……伝説の五連勝、といえば聞こえはいいけどね、この伝説、逆手に取ればこうとも言える。『失踪の六戦目』。僕らの学校に、歴史的遠近法で湾曲させられながらも、漂い続ける学園七不思議のひとつ……、恐ろしい都市伝説というわけさ。そして勝人君は、そんな伝説を塗り替えようと奮闘中。今が四連勝目で、次勝てば都市伝説に並ぶ! 七不思議の真実を確かめる千載一遇の機会が到来するのさ!」

「……仁、お前ってそういう、オカルトなのも好きなのか」

「はは、良いじゃないかオカルト。知識は直接的には毒にも薬にもならないけど、毒や薬を作るのには必要だからね。つまり、どんな知識でも使い方次第で、有意義に使うことが出来るってことさ。興味がひかれたものは全部貪って、こういう場で披露する。僕は知識披露宴が出来て満足する。皆もくだらないと感じながらも知識を得る。悪いことなんてないだろ?」

「……理論武装したお前には、噂のOBどころか、誰も勝てそうにないな」

「おお、それは嬉しいことを言ってくれるね。さて、僕も明日は図書部の部長補佐として部会に出席する予定だし、今日はここらで解散にしようか。勝人君、失踪しないように頑張ってね」

「だーーれが失踪するかってんだ!」






 彼らには各々、所属している部活があって、

 そして、目指しているものがある。

 呼ばれている名前がある。

 帰るべき場所がはっきりしている。


 オレには――――





「煌、帰るよー?」

「ああ、今行く」




 仁がコンテナの重い扉を開くと、その先で待っていた西日が彼を飲み込んだ。シルエットだけになった仁が、オレに手招きをする。


 また何も思い出せず、一日が終わる。








 コンテナ群、操車場、長い石段、線路。









 俺達はいつも通り、夕日に染まる空を背に、廃線になった線路をゆっくりと歩いて帰っていた。



 仁はきっと、帰ったら部長会の資料でも見直して、授業の課題を済まして、明日を見据えて早めに床につくのだろう。


 勝人は学校中からの注目を背に、部活破りの伝説越えという目標に向けて、毎日のトレーニングを続けて、有意義に日々を過ごしているのだろう。


 遥夏は未来に来たる全てに期待するような、明るい性格の持ち主だ。だからこそ、他の人によってはくだらないと思うことにも期待をして、眩しいほど輝かしい学生生活を謳歌しているのだろう。


 それに対して、オレはどうだ?


 煌という名前すら、正しいか定かではない。

 学生という身分すら確かではない。

 何も思い出せやしない。

 こんなオレを繋いでくれた理紗と、彼女の両親、『いつもの場所』の皆には本当に感謝している。


 だけど――――、正直なところ、息苦しい。

 ここにいてはいけない、そんな場違い感がいつまでも拭えない。

 オレには思い出すべき、帰るべき場所があって、今この毎日に満足して、心を許してしまうと、本当(・・)が戻ってこなくなってしまうような気がして。心の空洞が、空洞のまま蓋をしただけで終わってしまう気がして。



 皆の姿が、夕日に溶けかける。


 オレはこのポジションにいるべきじゃない。

 勝手な話だが――、オレはここに依存してしまうより先に、記憶を取り戻すべきだと思う。勿論、恩返しはしたい。でもそれはきっと、全てを思い出した後になるだろうし、今のオレに出来ることなんて、何も無い。


 何も――、無い。

 そう、何も無い。空っぽなオレなんかが、青春の中心にいる彼らや、幸せな人達のいる場所に、冷水のように割り込んでいいわけがないんだ。


 オレはこのポジションにいるべきじゃ、ないはずだ。




 夕日、駅前、街灯、神無月かんなづき宅。









 今のオレの帰る場所はここだ。

 理紗と、彼女の両親のいる、神無月かんなづき家。


 記憶が戻ったらお礼をして、必ず帰るべき場所に帰る。受け入れてくれてはいるが、オレみたいな部外者が失礼していることは、本来嬉しいことではないはずだからな…………



 物思いにふけりながら玄関の扉を開けると、


「おかえりなさあああああい!!」

「うがっ!?」


廊下の奥にいた理紗の全力疾走&飛びかかりを腹部でモロに受けとめた。


「おかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりお兄ちゃん!!」

「痛ってえよ!! もし避けたらどうするつもりだったんだよその捨て身タックル!!」

「うわあああああんお兄ちゃん寂しかったたよぉぉおおお!! どうして夕方までいつも出かけちゃうのぉぉぉぉお!!」

「学校行ってるからに決まってんだろ! お前も引きこもり脱して登校できるようになってきたんだから、毎日学校に行け!」

「いやあああああああああずっとこうしてたいいいいいいい!!」


 ああ、くそ、これだから。

 『いつもの場所』の皆といる時も、よく同じ気持ちになる。

 なんでこいつらといると、こんな心地いいんだよ。

 何も無いはずのオレを待ってくれて、信頼してくれるやつがいるから、考えが鈍っちまう。




「今日の晩御飯はねーー! オムライスだよ!! 今日は特別にケチャップで、お兄ちゃんの好きなところ100個書いたげるね!!」

「それオムライスじゃなくてケチャップが主食になる分量だからやめてくれ」









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