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3 策略と黒騎士

作中に虐待描写ががあります。苦手な方はご注意下さい。

「食事代です。ご自分でどうぞ」


 夕暮れの街道沿いの宿場町。その一軒に馬車が止まる。渡された袋には銀貨がニ枚入っていた。


 王城から遣わされた従者が私に銀貨を渡すと離れていく。


「待って、側で警護しないの?」

「町娘を? そんな薄汚い格好、誰がさらうのです」


 王城から出るときに服は使い古しを着せられ、革靴も侍女のお古を施された。


「荷物もどうぞ」


 私が詰めたトランクを渡されて違和感を覚える。


「私はシャルル・マルラン公爵家に下賜されるのよ?」


「ははは。『悪女』の貴方が不満を述べる権利があるとお考えですか?心配ならフードでも被れば?」


 それだけ言うと従者達はすでに他の仲間と奥へ行ってしまう。

 仕方なく目立つ銀髪をまとめ、フードの下に隠す。


 幸い店内は明るく、客でごった返していた。確かに『悪女』として、気にしすぎなのかもしれない。

 

 パンとスープを頼み、入り口近くのなるべく目立たない壁際に席を取った。


 ドスン、と目の前に一抱えの布包みが置かれる。


「おう、悪いね。ここは俺たちが使う場所なんだぜ?あんた、見かけない顔だな」

「兄貴。こいつ、女ですよ?」

「へへへっ。良い拾い物しだなぁ」


 屈強な三人の男に囲まれる。


「席を譲るわ」


「おっと。つれないな、お嬢ちゃん」

「俺たち高く売れる処を知ってるんだぜ」

「へへへっ。じってる」


 一人が遮り、もう一人が包の中からハムナイフを取り出す。ナイフの持ち手は太く作られ握りやすくなっている。


 男の手が私の両手首をテーブルの上に押さえつけた。


「離しなさい!」


 男たちは全く聞き耳を持たず、私の声は賑やかな店内に消えてしまう。


「貴族様ってのはなぁ。これでぶ厚い肉を切って食った後、窓から捨てるんだってさ」


「もったいねぇよなぁ?で俺たちは王都の道にころがる道具を拾って使えるやつを下々の店に売るわけ」


「それは干したハムを切り裂くためもの。ディナーナイフじゃないわ」

「そんな高級な物、俺達が食えるかよ。これは女の秘密を切り裂くのに使うのさ」


 ナイフの持ち手が私の両手の間に落とされる。


「おっと。逃がさねぇぞ」


 反射的に縮めた体を後ろから男に捕えられる。

 離しなさい!と声を出そうとした瞬間、




「逃げられないのは、君たちのほうだな」


 



 凛とした一声。

 賑やかだった食堂が静まり、皆が一斉にその声の主を見た。

 

 私を取り囲む男達より、頭ひとつ分背の高い青年が背筋を伸ばして立っていた。


 艶やかな黒髪は肩の後ろで一つに括られ、毛先は腰まで伸びる。黒いシンプルな礼装。息を飲むような美貌には黒曜石の瞳。


「く、くろ黒騎士様。ご、ご機嫌うるわしく」

「いやはや、良い品を手に入れたもんで」

「へ…へへへ」


「この宿屋も私の『狩場』。私以外と取引きしようとしていると聞いたが?」


「や、やましい事は何も。なぁ?」

「罰がある事を忘れはしませんよ」

「い、ひひひひっ!」


「それは良かった。なら銀貨三枚で手を打とう」


「さ、三枚?……旦那、安すぎやしませんか?」

「パン代にしかならねぇ」

「へへへ。」


「私の狩場を乱したのを許し、なおかつ品を買い取ると言ったつもりだったんだが?」


 黒騎士が男達の肩を持って微笑みを浮かべる。


「子どもや妻に嫌われたくないなら、君達も上手くやらないとな?」

「やだなぁ、騎士様。ご冗談を」

「そうか、冗談なのか? 美しい細君をほっといて非合法に()()()()事も、冗談だったのかな?」


 男達の顔が青ざめる。青年は黒い目を細め、不敵な笑みを浮かべている。


「す、すみません!」

「け、契約の打ち切りだけは…」

「べっべっっ!」


「君達が賢くて良かったよ。私も有能な部下を失いたくはない。節度を守って上手くやれ」


 黒騎士はテーブルに銀貨を三枚置く。男達が慌ててそれを拾い逃げていく。

 拍手が湧き上がり、青年は優雅にお辞儀をする。


「よ、黒の騎士!」

「色男にあっぱれ!」


 誰かが叫び、笑い声が上がる。そして食堂はまた賑やかになった。青年は身体を優雅に起こし、黒い瞳で私を一瞥する。


「君は私と来なさい。此処にいれば絡まれるぞ」

「助けてもらった事には感謝するわ。でも貴方が危なくない保証がないからお断りよ」

「なるほど。君は賢い。それに小麦粉の袋よりも軽いな」


 黒騎士はひょいと片腕で肩の上に私を抱き抱え、もう一方の手でハムナイフを布に入れるとその包みとトランクを取った。


「ちょっと、下ろしなさいよ!」


 黒い瞳がじっと私を見つめる。


「目が腫れている。泣いていたならやはり置いていけない」

「助けてっ!」


 店の奥の護衛に向かって叫ぶが、従者達の姿が無い。

 

 嘘でしょ!?


 青ざめる私を無視し肩に担いだまま、黒騎士は人混みの中をすり抜けていく。


「ちょっと、通るよ」

「おお黒騎士の旦那。良い買い物したな」


「いつも騒がしてすまないね」


「毎度見事な手腕だぜ。綺麗な顔してアンタも下衆な野郎だな」

「それはどうも。お褒め頂き光栄だ。また悪い奴がいたら情報を頼む」


「ワルはアンタもだろ。酒をおごられて言うのも何だがな」


 黒騎士は親しげに食堂の人々と言葉を交わしながら宿屋を出る。





「ちょっと、こら! 下ろしなさい!」


 黒騎士は沈黙したままだった。店から離れ、通りの角まで行くと、私はゆっくりと降ろされた。

 私は乱れた服を整え、見下ろす黒騎士を睨む。


「貴方、失礼にも程が……」


 先ほどまでの朗らかな笑みは消え失せ、地を這うような低い声と冷徹な視線が私を捉えた。


「自分を粗末にするな。あの店は貧しい者が女を捨て買う店だぞ」

「違うわ。私は……護衛に騙されただけよ」

「護衛?……彼らはとっくにカルミア公爵令嬢に買収されてたぞ」


 買収ですって……カルミアが?


「聞き出しただけで確証はないがな。さぁ、乗るんだ」


 装飾も何もない黒い馬車。従者が扉を開けると同時に、空に足が浮き、私は馬車に乗せられた。


 扉が閉まり、馬車が揺れて動き出す。


「か、勝手に乗せないで!この人攫い!」


「ははははは」


 黒騎士は端正な顔を手のひらで隠して笑っていた。笑う姿すら優雅なのが悔しい。


「君に『人攫い』呼ばわりされるとはね」


 黒曜石の瞳が妖しく私をとらえる。男は手を伸ばしフードを奪い取った。


「何をするの!」

「『悪女』の君に『人攫い』と呼ばれるのは光栄だ」

「貴方……何者なの?」


 黒曜石の瞳が微笑む。


「私がシャルル・マルラン。アイリス・フラワード伯爵令嬢、君が下賜される公爵だよ」

「ふざけないで。公爵が女を買う場所に出入りしているの?」

「これで信じる?」


 差し出された手紙には国王陛下の封蝋が施され、名前が記されていた。


「貴方は陛下に似てないわ」

「私は亡き王妃に似ているからな。……従者に騙されたわりに、君は疑り深い」

「中身を見せて」


「陛下の許可なく見せられるか。君が信じないなら信じなくてもいい。『人攫い』で結構」


「仮によ? 貴方が公爵だとして、私が下賜されるのが決まったのは昨日よ?公爵領まで馬車で七日もかかるのに」


「父上がルイと君の間柄を知らないとでも?手紙は十日前に着いていた。信じるかどうかは君の好きにすればいい」


 そう言うと公爵を名乗った男は足を組み、目を閉じた。話しかけても返事もなく、美しい顔立ちで眠ってしまった。


 眠る?狭い馬車の中でどうして眠れるのだろう。

 自称公爵は既に規則正しい呼吸を繰り返している。






 翌日、隣町で簡単な軽食を取るやいなや、馬を代え馬車は街道を突き進んだ。

 

 その日の夕暮れ、街道を逸れた河原で従者が野営の準備をしている。私は河原に足を浸していた。


「君も浴びたらどうだ? 河原に湯が出るのはこの辺りだけだぞ?」


 自称シャルル公爵は鍛えられた上半身を覆う黒髪の水を搾り取る。腰にはタオルを巻いている。


「子供じゃあるまいし、外で裸になんて…きゃあっ!」


 屈強な腕が私を押し倒す。


「止めて!こんなところで犯されるなら川に身を投げるわっ!」


 無言で私を抱き上げると、服を着たまま、水音と共に河原にできた温泉に落とされた。


「きゃあっ!」 


「女性なら少し気にしたらどうかな? 私は鼻が効くんだ。道を急いだとはとはいえ、館まであと二日かかる。狭い馬車の中ではさすがに君の匂いに耐えられそうにない」


 少し熱めの湯が服越しに伝わる。だが裸の男の腕の中では落ち着かない。


「離して!」

「川に飛び込まれたら困る。肩まで浸からないと匂いも落ちないぞ」

「と、飛び込まないし、ちゃんと洗うからっ!」


 ……私が気にしていた事を!


「そもそも、お風呂に入れないのは、あなたが宿も使わずに街道を飛ばすからでしょ!」

「仕方ないだろ。刺客があるかもしれない旅路だ。馬車の代馬で経費もかかる。風呂だけの為に宿を取れるか。宿代がもったいない」


「変な所でケチらないでよ」

「ケチで結構。私はケチで有名な公爵だからね。少しのぼせたから先に上がるよ。君も見られたくないなら、のぼせる前に上がるんだ」


「余計なお世話よ!」


 ケチな公爵は私の着替えを河原に置き、離れていく。


 久しぶりのバスタブ…天然温泉は心地よい。侍女の嫌がらせでこれほど暖かい湯に入った事はなかった。

 

 ケチなりに気を遣ったのだろうか?……そんな訳ないか。


 心地よい温もりは湯から上がっても続く。揺れる馬車の中で、久々の眠気が私を襲う。


「ふ……やっと眠ったな」


 夢の中でケチな公爵の声を、聞いた気がした。


お読み頂きありがとうございます。

ブクマ、いいね、評価、感想をありがとうございます。


ヒーローの出番です!な回でした。

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