19 悲しみの後に
シャルルと私の姿をみた国王陛下が諸侯に向けて口を開いた。
「皆揃ったな」
陛下の足元には布で覆われたルイとカルミアが横たわっっている。
ルイを刺した近衛は、自由を奪われ捕えられていた。
「皆が承知の通り、ルイ王太子とカルミア王太子妃は今や儚くなった。今、我が国の民は飢えている。今こそ我らは己の行いを改め、民のために尽くさねばなるまい」
国王陛下は鋭い目つきで諸侯を見つめ、そして続けた。
「王太子亡き今、次の御代を継ぐものをこの場で定める。皆の者、異存はないな?」
沈黙は承認の証だった。
「シャルル・マルラン公爵、前へ」
「はっ」
一礼して陛下の前に歩み出、その足元の布を一瞥し、シャルルがひざまづく。
国王陛下がシャルルの右肩に手を添える。
「我ロウアン・ルスティ・フランシスはシャルル・マルランをこの国の王とする」
………え。
シャルルも驚いたように顔を上げ、諸侯も騒めく。国王陛下が手を挙げて諸侯を制す。
「静粛に。……シャルル、立て」
シャルルがゆっくりと立ち上がる。
「我にはルイを王太子として叙任し、カルミアをその妃として認めた責務がある。今、民のために我が国を立て直し、この国を統べる者として相応しいのはお前だ。良いな」
国王陛下は優しく微笑むが、その紅い瞳は鋭くシャルルを捕らえていた。
シャルルが瞳を伏せ、彼の凛としたよく通る声が広間に響いた。
「承知いたしました。謹んでお受け致します」
諸侯の貴族達は黙したまま、国王陛下が左手から王の象徴であるシグネットリングを外すのを見守った。
シャルルが左手を差し出し、その小指に国の象徴が渡された。
「皆の者、新たな王を支え、この国難に対処せよ」
ロウアン先王の声が響くと諸侯とその妻が己の胸に手を当てて、その場にひざまづく。
私もその場にひざまづき、右手を胸に当て、新たな国王へ心からの敬意を表した。
ロウアン先王の宣言から一週間が過ぎた。
その間、新たな王となったシャルル国王と諸侯は評議を行った。
私は王城に留まり、直轄領となったマルランの領地に残るロイツに手紙を書いたり、債務整理のために城の財宝を整理する実務を担った。
その中で、ウィルヘルム・フラワード伯爵が亡くなったという知らせが届いた。フラワードの邸宅は全焼し、その領地と権利は王家に戻された。
アイツは亡くなった。その知らせを聞いても、悲しみもなければ、解放されたという実感もないまま眠りにつく。
『アイリス……』
夢の中でシャルルの声を聞き、手を握られた気がした。翌朝には姿は無かったが、部屋に彼の香油の香りを感じて私は身支度を整えた。
時間は瞬く間に過ぎ、王となったシャルルとは言葉を交わすことなく、寝室を共にすることもなかった。
そして八日目に従者は私の部屋を訪ねた。
「王妃様。準備が整いました」
従者が私を呼ぶ。私は黒いドレスとベールを身につけて席を立つ。
従者を従わせ、王城の裏にある庭園に進んだ。
雪がちらつく庭園にその棺はあった。
黒いコートをまとったシャルルの後ろ姿が見え、私は淑女の礼を持って王の一歩後ろに立つ。
ベール越しに見る彼の広い両肩がわずかに上下している。白い息は空へ吸い込まれるようにして消えた。
王となったシャルルは振り返ることなく、従者達に命じた。
「はじめてくれ」
庭園に穿たれた深い穴へ、少し大きめの棺が下される。
シャルルはルイとカルミアを同じ棺に入れることを許した。
棺が閉じられる前、わずかに微笑んで眠る二人の顔を私は忘れることはないだろう。
棺が下ろされ、土がかけられた。
ロウアン先王が紅い瞳で王を見上げ、深く一礼し、従者達にも目配せして共に下がらせた。
もう庭園にはシャルルと私しかいない。
雪が墓石と埋め戻された土を白く染めていく。
私は一瞬ためらった手を、上下する彼の肩に添える。
「………アイリス」
シャルルが私を抱きしめて両膝を雪の上につき、私はたまらず彼の黒髪を抱きしめた。
シャルルは泣いていた。私が彼の涙を見たのは初めてだった。
「シャルル……」
私は抱きしめる手に力を込める。
その慟哭がどこへも行かぬように。泣きじゃくる王の姿が誰にも咎めらぬように。
私は涙をこらえて、夫を抱き包んだ。
「………すまない。すっかり君が冷えてしまった」
シャルルは自分のコートを脱ぎ、私の肩にかけ、左手で目頭を押さえた。
左小指にある王家の紋章を刻んだいかめしい指輪は彼の指を細く見せた。
「……シャルル。暖かいお茶を淹れるわ。久しぶりに一緒に飲まない?」
「ありがとう、アイリス。そうするよ………どのみち、この顔では皆の前へ立てぬからな」
泣いて赤くなった目を向け彼は口元をわずかに緩ませた。
シャルルと私は部屋に戻った。私が注いだ紅茶を口にしてからが続けた。
「……母を刺したときに泣くことは捨てたはずだったんだがな」
紅茶を見つめたまま、シャルルが呟く。
その言葉は私に向けたというよりも自分自身に向けているようだった。
私は彼の左手に手を添えた。
「私の前では泣いてもいいのよ?貴方は王になったけれど、私は妻である事に変わりはないのだから」
シャルルがティーカップを置いて私を抱き寄せた。
「君こそ、王位を継いでから私に遠慮していないか?アイリス、私の一歩後ろに立つ必要はない。君が私を王にする勇気を与えたのだから」
「……そんなつもりは無かったのだけど」
先王に王家の印となる指輪を譲られてから、無意識に彼を王として扱っていた自分に気づく。
シャルルが黒曜石の瞳を細め、微笑んだ。
「ひと段落したら、君を正式に王妃に迎えたいと思う。その時はアイリス、君は私の真横に立って欲しい」
「正式に?」
「いま直ぐという訳にはいかないが、民にも新たな王と妃を知らせる必要があるからな。それに君の手にも指輪はいる」
シャルルが私の左手を手に取った。
「貴方が直してくれた髪飾りがあるのだから、いらないわよ?」
シャルルが眉を寄せた。
「妻に指輪も贈らない、ケチな国王と思われるのは嫌だ」
「ひょっとして近衛の言葉を気にしてたの?」
「近衛に揶揄されたからじゃないよ。私なりのけじめだ」
彼の真剣な眼差し……優しく握りしめられた手に私は頷く。
「………わかったわ」
私も……考えないとね。
それからの数ヶ月は瞬く間に過ぎた。王の采配と諸侯の協力によって危機的状況は脱し、王家の財宝を元手として南方との交易は再開され、下々まで食料を行き渡らせることができた。
その間、王となったシャルルと共に過ごす時間は全く取れなかったが、彼に悟られず、正式な王妃への準備に専念することができた。
元マルラン公爵領を代理で治めているロイツへ手紙を出し、カリテの実のクリームを取り寄せて王城に出入りする商人に見せた。
商談は成立し、クリームの買い上げ金を使ってそれを準備した。
あっという間に季節は春となり、穏やかな陽射しが広間を照らしている。
広間に豪奢な飾り付けはない。諸侯の貴族と貴婦人も質素なドレスに身を包んで参列した。
厳かな式典は進んでいった。
王となったシャルルが私の目の前で、真剣な眼差しを私に向けている。
「……アイリス。王妃としても私を支えてくれるか?」
私の口元がわずかに緩んでしまう。「も」という言葉が彼らしかった。小さく息を吐き、口元を引き締めた。
「どのような貴方でもお支え致します」
今度は王の口元がわずかに緩んだ。王は私の前に立ち、私の左手を手に取った。
左手の薬指には漆黒のオニキスの石が輝いた。
諸侯から拍手が広間を包む、私達は並んで横に立ち、民が待つ中央広場へと向かう。
広間に向かう馬車の中、私が指輪を眺めているとシャルルが口を開いた。
「どうした? 黒い石は……嫌だった?」
私は微笑んで首を横に振った。
「いいえ。貴方の瞳と同じ色だと思って。それに……私と考えていた事が同じだったから」
「同じ?」
私はグランダがクリームと一緒に贈ってくれたレティキュールからハンカチの包みを取り出す。
白いハンカチを広げる。
オニキスの髪留めが姿をあらわした。銀細工で縁取られた漆黒の石。
「オニキスの石には魔除け、成功の意味があるらしいの。これを貴方に」
「どこでそれを?」
「カリテの実のクリームを元手として、王城に出入りする宝石商から買ったのよ。受け取ってもらえる?」
「ロイツが言っていた事はそういう事だったのか。……もちろん受け取るよ」
シャルルが銀細工の髪留めを外し、オニキスの髪留めで黒髪を束ねる。
「これは父へ返さないとな」
シャルルは銀細工の髪留めを彼を白いハンカチへ大切に包む。
「アイリス。オニキスにはもう一つ意味があると知っているか?」
そう言うと、彼は身を屈め、心を探るような視線で私を覗き込む。
「知ってるけれど……石に頼ることではないわ」
私は急に恥ずかしくなり、視線を逸らした。
シャルルが微笑む。
「確かに。『夫婦の幸福』それは二人で創るものだな」
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