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18 決断

 ……陛下は本当にわざと剣を取り落としたの?


 思い返さずとも私の父はひどい人だった。前世の記憶が無くとも異常と言えるほどに。


 だからこそ双子の父親である陛下は『一人を選べ』と迫られた時、わが子を殺める決意は固めず剣を川へ取り落としたのだと信じていた。

 だかそれも前世の常識にら染る私の甘い考えだったのだろうか……。


 国王陛下が続ける。


「そなたは亡き妻と同じだな。優しすぎる。……だがその優しさがシャルルに勇気を与えたのだと私は願いたい」


「陛下、私は意図せず剣を取り落としたと信じます。陛下は最愛の方の髪留めをシャルルの守りとして譲られたのですから」


 陛下の紅い目が少しだけ揺らいだ気がした。






 貴婦人達が自分達の夫に駆け寄るのをカルミアは冷めた目で見て、菓子をつまむ。


「私たちの仲間を解放しろ! 真面目な仲間をそそのかし、酒を飲ませて捨て駒にしたろう!」


 数名の近衛兵が剣を構え、カルミアに迫る。諸侯は自分の夫人を安全なところへ避難させている。カルミアはその諸侯の名を脳裏に刻んだ。


「何を言ってらしゃるの? 私は浮名を流した悪女の身体に興味があるか聞いただけです」


「王太子妃。なぜ首謀者の貴方がここで菓子をつまみ、脅され命じられた私の仲間が責めを追う!」


「愚かなことを聞くのね。私が王太子妃で、貴方達はただの駒。命じられる側だからよ」


 兵士達が怒り、剣を振りかざす。


「止まれ! 私の妻から離れろ!」


 ルイ王太子が叫び、部屋に入る。諸侯達が身動き一つしないのを認め、紅い瞳を苦々しく細める。


「お前達は何をしている? 職務に戻れ」


 近衛兵の一人がカルミアを引き寄せ、その首筋に剣を当てた。


「殿下。捕らえた者達を解放して頂きたい。あの者達はこの女に命じられただけだ!」


「その前に妻を離せ」


「そうよ。離してちょうだい。ビスケットの食べ過ぎでお茶が飲みたいわ」


 カルミアの場違いな発言に近衛兵が一瞬、気を取られた。


 ルイはその一瞬を見逃さなかった。テーブルのナイフを妻を抑える近衛に向かって飛ばす。

 同時に左手でテーブルクロスを掴み、そのまま他の近衛に向かって引きずり投げ、左拳のシグネットリングを妻を押さえる近衛の顔に打ち込んだ。


 右手で近衛の剣の柄を取り押さえ、払い落とした。


 テーブルの上にあった茶器と菓子皿は派手な音を立てて床に落ち、割れ砕けた。



 近衛が顔を抑えて倒れ、床で呻く。王太子が息を整えて、カルミアに問う。


「問題はないか? カルミア」


「問題が無いかですって? あるわ! あのテーブルの焼菓子はまだ食べてない!」


 カルミアが、割れた茶器の中に落ちた焼菓子を指差した。ルイの紅い瞳が一瞬だけ見開き、そして微笑む。


「そんなことか。また作らせればいいだろう」


 ルイはカルミアのために、ティーカップを取ろうと腕を動かす。


「そんな気狂いのために無駄な菓子など作らせるか!」


 広間を悲鳴が包んだ。


 ルイの紅い瞳が再び見開く。ずぶりと言う音と共に、王太子の胸から剣が現れた。


 カップが床に落ちて、割れた。


「………カルミア……君は……逃げろ」


 カルミアが崩れ落ちるルイに駆けより、その胸に抱きついた。ルイを貫いた剣先はカルミアの胸を貫く。


「………やっと、見てくれたわ……ね」


 カルミアが暗い瞳で呟き、その頰に一筋の涙が流れる。


「ルイ!」


 ルイ王太子は薄れゆく意識の中で艶やかな黒髪の亡き母の姿を見て、瞳を閉じた。




 鋭い悲鳴に私は思わず立ち上がる。


「陛下。今、悲鳴が」


「アイリス。行ってはならない」


 腕をつかんだまま、国王陛下が私を鋭く睨んだ。


「でも………」


「今は行くな。今はどんな結末も受け止める用意をするのだ」


「どうしてですか?」


「……いずれ分かる」


 静かにロウアン国王陛下は紅い瞳を伏せた。






 いつもそうだ。


 ためらわず、自分の胸に剣を刺していれば。


 リンデンの樹の下で声をかけていれば。


 扉をもう少しだけ早く開けていれば。


 助けられたかもしれない。


 かもしれない? 


『不幸なら十分味わったわ!』


 アイリスの声が蘇る。


 そうだ。


 有り得たかもしれない過去に浸るより、必要な未来を作るのが先だ。


 広間を見渡す。まずは……


「誰か、状況を説明してもらえるか」


 広間にいる諸侯も、侍女も、従者も誰もかもが口を閉じている。


 ルイの背で、近衛の服を身につけた男が震えながら、ゆっくりと立ち上がった。


「殿下に捕えられた仲間を助けようとしただけです。この狂った女から」


「狂っている?それはお前では無いのか?王太子の近衛が主を刺して良いという道理とはなるまい?」


「私は正常です。マルラン卿。食糧不足の最中に豪華で無駄な茶会をするこの女も、容認した王太子も気が狂っている!」


 込み上げる怒りを抑えるために、息をゆっくりと吐き切る。正論で全てが救われるならば双子だからという理由で子供は殺されぬはずだ。


「お前は狂わない為に必要な物が何か分かるか?理性と知性だ。今のお前にそれがあると主張するならば、裁判にて証明すれば良い」


 近衛が叫ぶ。


「俺をこの場で殺せば済む話だっ!」


 カルミアと共にうずくまるルイに視線を落とす。


 ……ルイ……今、楽にしてやる。


 鋭く近衛を睨みつける。


「民が飢えてもなお、生きたいと叫んでいる時にお前は死にたがるのか。民の為ではなく私利私欲で王家に仕えたのなら、好きにしろ」


 近衛は呆然と立ち尽くしている。近衛よりも先にする事がある。ルイの背後に屈む。


 二人を貫く剣の柄は重たい。


 ルイの背に左手を当てるとあばら骨を感じる。リンデンの樹の下で会った時は、こんなに痩せてはいなかったはずだ。


……ルイ……


 息を吐き、柄を握りしめてゆっくりと引き抜く。僅かな血飛沫が傷から溢れる。


 カルミアを抱きしめるように、ルイの身体が崩れ落ち、彼は逝った。


 その顔が微笑んでいるように見えるのは、私の気のせいではないと祈りたい。







「シャルル!」


 私は驚き、椅子から立ち上がった。


 現れたシャルルは右手に血の滴る剣を下げ、白いシャツの半分は赤い血が覆っていた。


 その瞳が私を一瞥し、国王陛下の前に跪く。


「ルイ王太子、カルミア王太子妃を近衛の男が襲撃し両名ご逝去なされました。この剣は証拠の品です」


 陛下が目配せし、従者が一瞬ためらい、まだ血が渇ききらない剣を受け取り、下がった。


「その近衛はどうした」


「自ら死を選ぼうとしたところを、他の近衛に捕えられました」


「そうか。諸侯はどうしている?」


「広間にとどらませています」


「お前はどうする?」


 シャルルが呆然と佇む、私を見た。


「アイリスと少し、話をさせて頂けますか?」


「良いだろう。私は先に広間へ行く」


 国王陛下が目配せし、従者や護衛を伴って部屋から出ていった。


 二人だけになり、シャルルは静かに佇んでいる。彼は静かに切り出した。


「アイリス。君にも選ぶ権利はある……」


「何を!今は私よりも貴方でしょう!」


 私は叫んで彼の言葉を遮り、抱きしめた。


 今、彼は自分の片割れを失ったのだ。


「アイリス。私の話をまずは聞きなさい……」


「聞かない!何故なら貴方はまだ国王でもなく、私の夫だからよ。夫ならば私に命じないで!」


 シャルルは唇を噛んで私の言葉が終わるのを待っている。私は抱きついた彼から離れた。謝らなくてはならない。


「それに……貴方の弟を守れなくてごめんなさい」


 私が最後に見た王太子の顔が蘇った。


 今度はシャルルが私を抱きしめた。彼の息を深く吐く音だけが、広間に響く。


「君が悼んでくれれば、私の弟も浮かばれるだろう」


 淡々としたシャルルの声に、私は息をのむ。彼が抱擁をゆっくりと解く。


 私は黒曜石の瞳を見上げた。


「……貴方の話はなに?」


「もう、分かっているのではないのか?」


 シャルルから何を言われるか、国王陛下の話の後で何となく想像はしていた。


 ルイ王太子が身罷ったいま、シャルルが為さねばならない事は一つある。


「私はどんな結末でも受け入れる覚悟はあるわ」


「残忍な事を選ぶ時もあるかもしれない」


「貴方は『君は人間の残忍さをよく知っている。案ずる事はないよ』と言ったわ。私は貴方の言葉を信じている」


 私は彼の頬に触れた。


「それとも、私は信頼できるけれど、信用しきれない?」


「いや、君との間にあるのは信頼でも信用でもない……」


 そこまで言うと、彼は口をつぐんだ。


「何?」


 シャルルが私の頬を優しく撫でる。


「………全てが終わったら言うよ。陛下が待たれている。広間へ行く前に、髪を結んでもらえるかな?」


シャルルがくるりと踵を返す。


「良いわよ」


 私は屈んだシャルルの黒髪を手ですいて、髪留めを止めた。


「できたわ。シャルル王太子」


「ああ、行こう私の王太子妃、アイリス」

お読み頂きありがとうございます。

ブクマ、評価、いいね、感想をありがとうございます。


最終話まで連続投稿しています。

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