17 王城と王
食料を載せた荷馬車の列の左右を『狩場』で雇った屈強な男達が固める。
「何だか大所帯になったわね。貴方はこういう事も考えて『狩場』に足掛かりを作っていたの?」
馬車の窓の外、荷馬車の後を連なる従者と男達を見てシャルルに声をかけた。
「アイリス。フードをきちんと被っておきなさい。金で雇う彼らはまだ信用できるが、何が起きるかは分からない」
彼は私に深くフードを被せ、抱き寄せた。
「まるで、領民のことは信じていないみたい」
「信頼はしている。だが信用しきれない。非常時は人をいくらでも残忍にできるからだ。だから君も連れてきた」
「……そうなの。でも私は足手纏いになるのでは?」
「君は人間の残忍さをよく知っている。案ずる事はないよ」
彼の手が優しくフード越しに私の頭を撫でた。
無事に王都の城門まで辿り着いたものの、事態は思ったよりも深刻だった。
城門の近くに集まった人々を城の兵士が押し返している。
「俺たちを飢え死させる気かっ!」
「貴族どもに小麦を売るなら、俺たちによこせ」
「一週間も何も食べてないのよ!」
『狩場』の男達が兵士に群がる群衆を薙ぎ払い、荷馬車の通る道を開ける。
「君はここにいろ」
「シャルル。だめよ。危なすぎる!」
「大丈夫。今は彼らが嫌う貴族ではない。ただの『黒騎士』だ」
シャルルが微笑み、馬車の戸を開けてその扉に手をかけて逆上がりするように軽やかに飛んだ。
馬車の天井に着地する音と共に、扉が閉まり、シャルルの声が響く。
「我は『黒騎士』。君達の食料を調達してきた。王都の中央広場にて等しく配る準備をする。道を開けてくれ」
「あの黒騎士か?」
「知ってる。拾い物を買い取る人だわ」
「助けが来たのか!?」
人々の波が割れて石畳の道が開かれた。
シャルルが指示を飛ばす中、従者と『狩場』の男達は荷馬車の荷をほどき、中央広場に簡易の小屋を建て、炊き出しの準備をする。
野菜のスープを配り始めた時だった。王城の近く、貴族の住宅地から火が上がった。
あそこは………フラワードの家だ。城下にいた兵士が慌てて、火元へ向かう。
「アイリス。大丈夫か?」
呆然と煙を見上ていると、シャルルが駆け寄り、私に声をかける。
「………大丈夫」
シャルルが私を抱き上げ、馬車に乗せる。
「アイリス。城に行け。陛下に部屋を用意してもらっている。あそこなら安全だ」
「シャルル、貴方は?」
「私もひと段落したらすぐに行くよ。大丈夫、これを持っていて」
シャルルが銀細工の髪飾りを外して、私に握らせた。
彼の手を私は掴んだ。
「渡すのはやめて。怖いわ」
不吉な予感しかしない。
「アイリス。今の私には必要ない。怖いなら君が持つべきだよ。私の母もきっと君を守ってくれる」
「だけど………」
シャルルが手のひらを私の震える手に重ねる。
「さぁ、行って。必ず生き抜いて会おう。荷馬車の残りの荷物と手紙を国王へ届けてくれ。頼んだよ」
馬車の扉が閉まり、動き出す。
シャルルの長い黒髪が見えなくなり、私は渡された銀細工を握りしめる。
貴族の邸宅が並ぶ中、フラワード家の屋敷は燃え盛っている。兵士が水を汲んだ木桶を持って道を駆けていく。
「小麦の値を釣り上げた貴族を殺せっ!」
「南の国から届いた食料を探し出せっ!」
人々の罵声。火の中に飛び込んで、豪華な飾りを略奪する人々。その屋敷の前を通り過ぎてもなお、残像は瞼の裏に残った。
王城の城門が開く。王都の下町とは異なり、城内は静かだった。
……陛下にお会いしなくては。
迎えの従者に積み荷を託し、銀細工を握りしめたまま馬車を降りると、城の従者が広間に通した。
豪奢な扉が開かれると、ドレスを着飾った貴婦人達が談笑していた。
テーブルの上にはありとあらゆる菓子が飾られ、その殆どに手はつけられていない。それどころか、紅い絨毯の上にも焼き菓子が散らばっていた。
侍女達が崩れた焼き菓子を箒で片付けていく。
「あら、珍しい。シャルル・マルラン公爵夫人ではないの?」
カルミアだった。豪奢なドレスに身を包み、スコーンを齧ると側に控えている貴婦人に向かって投げ捨てた。
貴婦人は一瞬眉をしかめ、カルミアに気取られぬように扇子で顔を隠した。
「良かったら、お茶を飲まれませんこと? 私の夫も、婦人達の夫も難しい話し合いに出ていてつまらないの」
「カルミア……さま。私は陛下と話があって来たのです」
「あら、そうなの」
カルミアは指で手招きして侍女を呼び寄せると、侍女が差し出した、紅茶を飲み干した。
「ならその後でもいいわ。私、どんなに食べてもお腹が膨れないのよね。貴方が話している間、お茶を飲んで待ってるわ」
カルミアがティーカップを投げ、侍女が慌ててそれをキャッチする。
「捨てたものを拾わないの!」
「か、カルミア様、ですがカップの数にも限りがあります……」
「気にしないで。フラワード家がもう金を貸さないと言うなら、他の諸侯から金を借りて買います」
「………それは難しいかと」
侍女が言い淀み、カルミアが笑って私に尋ねた。
「ねぇ、アイリス。ルイが言う『ハサン』は何の事だかご存知?」
破産。王太子妃の口から放たれる聞き慣れぬ単語に、私は言葉を失った。
王太子と諸侯の声が控えの間まで響いている。
「私たちの領地を直轄になさるおつもりか?」
「嫌だと言うならば、追税を行う!」
「これ以上の税は領民の反感を招きますぞ!ただでさえ、今年は蝗害が酷かったのに」
「そうか?貴公は馬を多く買い集めてたと聞いているぞ」
「王太子殿下。その話は今は関係ない」
「いや関係ある。馬に牧草を買い与える余裕があるならば、民に食わせてやるべきでは?」
「殿下妃より浪費はしていません」
「何だと?貴殿の娘だろ!」
「婚約してから娘はおかしくなったんだ!」
「おかしい? 貴公は自分の娘……我が妻が気が触れたと思ったか!ふざけるな!カルミアはまともだ!」
扉が開け放たれ、王太子が飛び出してくる。怒りが滲む紅い目と視線が合う。開け放たれた広間には諸侯が沈黙して座している。
ルイが尋ねた。
「………アイリス。シャルルはどこだ?」
「殿下、公爵も来てはおりますが……今は王都の中央広場で城下の民に食料を配っています」
「それで、君だけここへ来たと?」
私は頷き、続けた。
「国王陛下に話があって参りました」
ルイが目を細めて、しばらく私を見つめ何か言いかけて首を振った。
「ならば入れ。俺はカルミアが菓子を食べすぎないように見張ってくる」
ルイが立ち去り、私は仕方なく広間に足を進める。
「評議の最中、ご無礼をお許しください。アイリス・マルランと申します。国王陛下へマルラン公爵より急ぎの手紙を預かって参りました」
広間の一番奥に座す国王陛下が視線で従者に合図を送り、従者が私の手紙を受け取った。
陛下が封蝋を解いて手紙に視線を落とす。
「……手紙には王都の民へ十分な食料を届ける用意はする、と書いてあるだけだ。他には何か言っていなかったのか?」
「いえ?……何も」
「シャルルは今どこに?」
「先ほども申し上げたとおり、王城の中央広場に」
「マルラン公爵に使いを出せ。今すぐこの場へ来るように呼びなさい」
命を受けた従者の一人が走り去っていく。
「皆の者、マルラン公爵が来るまで評議は一旦休止だ。マルラン公爵夫人、控えの部屋を用意している。そこで待ちなさい」
「陛下のご厚意、心より感謝いたします」
私が跪き首を垂れると、従者が扉を放ち、焦ったように声を上げた。
「殿下、取り急ぎ申し上げます! 王太子の近衛が謀反を起こしました!」
遠くで金切り声が聞こえる、広間の一同が立ち上がり、私は銀細工を握りしめた。
……シャルル、早く来て!
諸侯が私の前を通り過ぎ、呆然としていた私も慌てて悲鳴のする方へ向かおうと立ち上がる。
国王陛下が私の肩を掴んだ。
「アイリス。他の者に任せ、そなたはここに残りなさい」
「陛下、ですが」
「これは王命だ。そなたに何かがあっては困る。私と一緒にいろ」
国王陛下に力強く抑えられ、身動きが取れない。
「……わかりました」
仕方なく国王に付き従い、護衛の従者と共に広間に残る。銀細工の髪飾りを握りしめ、シャルルの到着を待つ。
「………それは我が亡き妻の髪飾りだな。シャルルが幼い頃に私が渡したものだ」
「すみません。私が持ってしまって」
「いや……あの子が君に託したのなら、それは私にとって喜ばしい事だよ」
「彼が幼い頃に渡されたのですね」
「シャルルは自分を恐れていたからな。恐れないよう妻の形見を預けた」
「自分を恐れる……ですか?」
「ああ。自分が人を殺めうる人間であると恐れていた」
「でも王妃様の時は違います………よね」
「アイリス。王とは孤独だ。こうして最も動きたい時であっても動くことはならない。我が命はこの国のあり方その物だからな」
「………」
「そして、最も刺したくはない相手を刺さねばならぬ時もあるのだよ」
「……陛下はあの時、ためらって剣を取り落とされたのでは」
「子を失う恐れで剣を取り落としたのではない。あえて剣を水に落として、二人に選ばせたのだ。」
自分の声が震えるのを感じた。
「陛下、嘘です。そんなのは嘘だと……おっしゃって下さい」
あまりにも残忍な告白に、私はうろたえた。
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