13 国王陛下
「これはどういう事ですの!」
王城の執務室の扉を開け放ち、カルミアはルイに、招待客リストを突きつけた。
「何故、あんな貧相な女を呼んだの? わたくしには捨て石など、不要です」
ルイは書類を一瞥した。カルミアが示した名前、シャルル・マルラン公爵の名の後、アイリス・マルラン公爵夫人の名も添えられている。
「国王陛下のご命令だ」
「だったら、貴方が反対なさって」
「無理だ」
「どうして? わたくしの為に、貴方の為に陛下へ進言して下さいな」
「ならば、しばらくドレスを作るのを止めろ」
「またその話ですの? どうして? 貴方だってあれほど着飾っていたでしょう。なのに貴方は一度来た服でも平気で着るようになって……」
「金は湯水のようにあるわけじゃない!……カルミア、またフラワード伯爵から金を借りたな?」
「貴方がドレスを買ってくれないから……」
「どんなに豪奢なドレスも君は文句を言うだろう? 希望通りにしても出来上がった翌朝には気に入らないと言うのは何故だ?」
「そんな事もお分かりにならないの?」
「分からんな。私は愛する者のにしか物は贈らん。君にも有り余るほど物を贈っているだろう?」
「私は二番目でしょう?」
「何の事だ?」
「はぐらかしても駄目よ。何故、あの女が嫌うフラワード伯爵の商会と縁を切ったの? 金が欲しい貴方には必要だったでしょう!」
ルイの紅い目が一瞬だけ揺らぐ。
「俺は、君を毎晩抱いているだろ? 俺は愛してない女を抱いたりはしない!」
「違うわ。貴方は私を身代わりにしてるのよ! 貴方に私への気持ちなんてこれっぽっちもない!」
ルイは視線をそらし、うめくように呟いた。
「……何をすれば私を信じる?」
「自由にドレスを作らせてちょうだい」
カルミアは言い放ち、部屋から出ていった。
馬車の窓から遠くに王城が見え始め、外を見ていたシャルルが、私に振り返った。
「アイリス。……王城に着く前に伝えておく事がある」
「何?」
シャルルが私の震える手を握りしめる。
「君はいつでも愛されている。だが一番君を愛しているのは……私だよ?」
「……どうしたの?」
「君は私が守る」
私の震える手が止まった。
豪華絢爛な王城の広間は紳士淑女で溢れている。
皇太子と王太子妃の式典を明日に控え、各地の貴族達が王城に集っていた。
「これは珍しいお方だ。お久しぶりですなシャルル・マルラン公爵。四年ぶりになりますかな?」
アイツだった。ウィルヘルム・フラワード伯爵。私の父。いやらしい視線が私に突き刺さる。握りしめているシャルルの右手がビクリと動くのを感じた。
微笑みつつも笑っていない目でシャルルが応える。
「伯爵、妻は長旅で疲れているので、ご挨拶は失礼させて頂く」
アイツが口を開く。
「貴殿はゴミ集めで忙しいのでは無かったのか?」
シャルルは目を細め、眉を僅かに動かす。周りにいる紳士淑女から、興味と蔑みの視線を感じる。
「ん?……ああ、自分の商会で扱うものはゴミとご謙遜されているのか」
……駄目。挑発しないで。
シャルルを握る手に力を込めると、握っている彼の親指が私の手を優しく撫でる。フラワード伯爵の眼光が鋭くなる。
「何だと? 貴殿に『下賜』した後、王太子は長らく懇意にしていた我が商会との取り引きを一方的に切り捨てたのだぞ。まさか貴殿が?」
ルイが?………何故?
「言い掛かりは控えてもらいたい。君が納める商品の品質に問題があったからでは無いのか?」
アイツが私を睨みつける。
「アイリス。お前……何か言ったのか」
「わ……」
シャルルが私を庇うように身を寄せる。
「伯爵、彼女は今はフラワード家の者ではなく、私の妻だ。それとも貴方も捨てたものを拾う方なのかな?……私と同じくゴミ集めが趣味だったとはね」
ギリとアイツが歯を食いしばる。
「ふん! 二度とその顔を見せるな!」
シャルルの一段と低い声で言った。
「それはこちらの台詞だ。今後近づいたらどうなるか、私が公爵家である事を忘れるなよ?」
「くっ」
アイツが踵を返し、集まっていた貴族達を押しのけて去っていく。シャルルへ向けられていた貴族達の視線から蔑みが消えた。
「疲れたろう?用意された部屋に行こう」
シャルルが私をエスコートし、広間を後にした。
用意された部屋に着くなり、暖かい抱擁が私を包む。
「アイリス、君をゴミ扱いしてすまなかった。どうしても伯爵が許せなかったんだ」
「いいえ、守ってくれてありがとう。シャルル」
「ずっと君の手が震えていたよ」
「平気だと思ったのだけど……ね」
私は握りしめていたら手を開き、閉じる。手のひらの感覚が、やっと戻っていた。その手をシャルルが絡めとる。
「無理をしないでくれ。私は弱い君も強い君も、どんな君も愛している」
引き寄せられるように落とされる熱い口付け。
目を閉じてシャルルの気配を全身で感じると、冷えていた指先まで温まる。
部屋の扉をノックする音に、互いに唇を離す。
「どうぞ」
王城の従者が恭しく挨拶を行った後、用件を告げた。
「国王陛下がアイリス・マルラン様をお呼びです」
私の両肩を持つシャルルの、指先に力がこもる。
「国王陛下にお会いしてくるわ」
小声でシャルルが尋ねる。
「私も行こうか?」
「大丈夫。貴方は此処にいて」
シャルルが私を優しく抱きしめた。
「……分かった」
シャルルを部屋に残し、従者と共に国王陛下……彼の父親の元へ向かった。
案内されたのはロウアン国王陛下の私室だった。王の私室にしては、質素な部屋で最小限の物しか置かれていない。
「そこへ座りなさい」
金髪に、紅い眼……姿こそ王太子のルイに似ている。シャツにベストを身につけたラフな姿でもなおその振る舞いは威厳に満ち、眼差しは全てを見通していた。
私は背筋を正し、最上の礼をもってソファーに座る。執事がローテーブルに紅茶を置き、退出した。
「随分、印象が柔らかくなったな」
紅い眼を細め、ロウアン陛下が口を開く。私が深く礼をしようとするのを制した。
「今は二人きりだ。それにそなたは義理の娘だ。無礼は許す」
「ありがとうございます、陛下。手紙にはシャルルの事でお話があると書いてありましたが……」
「あの子はそなたに髪留めの話をしているのか?」
「……少しだけ聞いております」
……十歳の時、母親が自ら川に入った事。その理由は未だ教えてはくれないが。
「アイリス。ここから先は他言無用だ」
「はい」
「妻が懐妊して暫くしてから十年間、妻と子を我が父から隠していた」
「先王から?」
「ああ。同時に生まれた事が問題だった。赤子の見た目は違い、私は我が父を欺けると考えてしまった。私は父親として守りたかったのだ」
「……だが先王に知られてな。十年後に見つけだされ、ルイかシャルルか一人だけ選べと命じられた」
ロウアン国王がシャツの腕を肘までまくった。私は目を見張った。
鍛えた腕の皮膚は割れて盛り上がり、白い肌を浅黒いアザと傷が被う。それは切り傷、焼きごて、縄の跡だった。
「私は亡き先王に脅される、弱い男だった。双子を懐妊した妻を隠し、王と不作に苦しむ民を欺いた事を咎められ、捕えられたシャルルを前にルイと妻の居場所も吐いてしまった」
シャルル? 私が目を見開くと、陛下は微かに頷いた。
……シャルル、陛下の事も知っていたのね。
「全てを知ったシャルルは集められた私達の目の前で、自分に剣を突き立てようと剣を拾った」
国王陛下が額を手で抑えた。
「……だがシャルルが手にした剣をそのまま妻が自分の胸に突き刺して、川に身を投げたのだ」
背筋が凍った。
「か……彼は自分のせいだと思っているのですが?」
「おそらくな。自分を責めたからこそ、デビュタントで見染めたそなたをルイに譲ったのだろう」
私の心臓が掴まれた。
「……譲った?……ルイに?」
「デビュタントの後、二人の話を聞いてな……姿こそ違えど、さすが双子の好みは似るのだと思ったものだ」
「デビュタントで?……私は二人と直接お会いしてはいません」
「そうだな……だが王城の広間で純白のドレスを身につけ、青の瑠璃を身につけてフラワード卿の横に佇むそなたを二人は見ていた……最も君は暗い目をしていたが。シャルルはそなたをずっと気にかけていたようだ」
国王陛下が立ち上がり、私の側に跪く。
慌てた私を陛下が手で制した。
「アイリス、そのままで。そなたがシャルルを受け入れ領地で結婚したと聞き、私は嬉しく思ったよ。シャルルの父としてそなたに感謝を伝えたい」
紅い瞳が優しく私を見上げ、私の手を包む。
「長い間、辛い状況下に置いてすまなかった。シャルルと必ず幸せになってくれ」
「……はい。必ず」
国王陛下の部屋から退席すると、暗がりに人影があった。シャルルが壁にもたれ俯いている。黒髪で表情が見えない。
「……シャルル。もしかして聞いてたの?」
「………」
シャルルは黙って踵を返し、廊下を歩いていく。
追いかけて彼の顔を見ようとするが、足を早めるので顔が見えない。
私達の為に用意された客間まで戻った時、ようやく彼が口を開いた。
「……予想はしていた。あの人が私から君を逃げられないようにするとね」
「私が貴方から逃げる?……そんな事ないわ」
シャルルの手をつかもうとするが振り解かれてしまう。険しい顔で彼が叫んだ。
「僕は人殺しだぞ!」
お読み頂きありがとうございます!
ブックマーク、いいね、感想をありがとうございます。
読者の皆様のおかげで、完結まで書き切る事ができました。
ささやかではありますが、感謝の気持ちとして
次話から最終話まで一気に投稿して完結させています。
最後までお楽しみ頂けると嬉しく思います。




